アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る   作:矢塚 和哉

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白の下の銀

 四センチ。

 

 数字だけなら、大したことはない。

 

 けれど床に立ってみると、世界が少しだけ低くなった。

 

「……高い」

 

「四センチです」

 

「四センチ高い」

 

「はい」

 

「目線変わるな」

 

「四センチですから」

 

「さっきから四センチ舐めとるやろ」

 

「事実を言っています」

 

 黒曜はアクトの頭から足元までを眺めた。

 

 白い。

 

 両腕。

 

 両脚。

 

 以前の銀色のサイバーリムは、厚みのある白い増加装甲に覆われている。

 

 肩から前腕へ。

 

 大腿から脛へ。

 

 足底まで。

 

 細身の身体に対して、四肢だけが明らかに重い。

 

 それでも不格好には見えなかった。

 

 白い装甲の継ぎ目。

 

 関節が動くたび、その奥から銀色が覗く。

 

「どう?」

 

「ごつくなりました」

 

「そこ?」

 

「他に何と」

 

「似合うとか」

 

「兵器に?」

 

「服みたいに言うなや」

 

「あなたが聞いたんでしょう」

 

 アクトは右腕を上げた。

 

 握る。

 

 開く。

 

 手首を回す。

 

 肘。

 

 肩。

 

 続いて左。

 

 脚。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 急停止。

 

 重心がわずかに前へ流れる。

 

 足底が即座に補正した。

 

「……なるほど」

 

 もう一度。

 

 今度は速く。

 

 三歩。

 

 踏み込み。

 

 停止。

 

 白い脚部が床を噛む。

 

 上体はほとんど揺れなかった。

 

「前より重い」

 

「総重量は増加しています」

 

 観察室からEVOの技術担当者が答える。

 

「せやけど、重心は分かりやすいな」

 

「脚部制御を再調整しています」

 

「遅れは?」

 

「計測上は規定値以内です」

 

「規定値やなくて」

 

 アクトは赤い眼鏡を押し上げた。

 

「前のあたしと比べて」

 

 一拍。

 

「改善しています」

 

「どんくらい」

 

「平均応答遅延で――」

 

「数字見せて」

 

 壁面にグラフが出た。

 

 アクトは黙って読む。

 

 黒曜が横から覗く。

 

「分かるんですか」

 

「失礼やな」

 

「分かるんですね」

 

「全部は分からん」

 

「正直ですね」

 

 アクトはグラフの一点を指した。

 

「ここ」

 

「はい」

 

「切り返しで残っとる」

 

「許容範囲です」

 

「見えるな」

 

「見えます」

 

「直せる?」

 

「調整可能です」

 

「ほな後で」

 

 技術担当者が記録する。

 

 黒曜が小さく息を吐いた。

 

「満足しましたか」

 

「まだ」

 

「まだ?」

 

 アクトは観察室の向こうを見た。

 

「今日の本番、そっちちゃうやろ」

 

     *

 

 射撃試験場は地下にあった。

 

 ただし、普通の射撃場ではない。

 

 長い。

 

 広い。

 

 そして、奥に並んでいるものがおかしい。

 

 強化コンクリート壁。

 

 鋼板。

 

 複合材。

 

 その後ろに、さらに壁。

 

 その後ろにも壁。

 

 黒曜が足を止めた。

 

「……何を撃つ場所ですか、ここ」

 

「壁やろ」

 

「なぜ壁を撃つんですか」

 

「向こうにおる奴撃つためや」

 

「壁の向こうにいるなら、普通は撃たないんです」

 

「普通の銃ならな」

 

 黒曜が嫌そうにアクトを見る。

 

「楽しそうですね」

 

「そらな」

 

 射撃線の脇では、EVOの技術班が最終確認を進めていた。

 

 アクトは白い四肢のまま指定位置へ立つ。

 

 床には固定用のマーカー。

 

 その後方。

 

 運搬フレームに載せられていたものが動いた。

 

 白いカウル。

 

 長大な銃身。

 

 太い本体。

 

 小銃という形を辛うじて残しながら、その内部には電磁加速器が一直線に収まっている。

 

「……でか」

 

 初めて実物を見た黒曜が呟いた。

 

「せやろ」

 

「なぜあなたが自慢するんですか」

 

「今日から撃てるから」

 

「あなたの物ではありません」

 

「細かいなあ」

 

 技術担当者がアクトの横へ来た。

 

「改めて確認します」

 

「はいはい」

 

「試験中止条件を読み上げます」

 

「そこはちゃんと聞く」

 

 黒曜が少しだけ眉を上げた。

 

「珍しい」

 

「これで事故ったら笑えへん」

 

「普段からそうしてください」

 

 技術担当者は淡々と続けた。

 

「姿勢制御異常。脚部固定不良。電力系統異常。冷却系異常。神経接続値の規定超過。いずれか一つでも発生した場合、発射手順を中断します」

 

「了解」

 

「発射判断はあなたが行います」

 

「了解」

 

「システム側は許可条件のみを管理します。自動発射はありません」

 

「それでええ」

 

「目標は第一試験標的。射線上に人員なし。後方安全確認済み」

 

 壁面表示が切り替わった。

 

《CLEAR》

 

「では接続を」

 

 アクトが右腕を出した。

 

 運搬フレームが前進する。

 

 ガウスライフルが持ち上がった。

 

 手で持つ。

 

 ――という動きではなかった。

 

 まず右腕。

 

 白い前腕装甲の一部が開く。

 

 銀色の接続基部が露出した。

 

 銃側の支持機構がそこへ噛み合う。

 

 重い。

 

 接続された瞬間、右肩へ重量が来る。

 

 アクトの身体がわずかに傾いた。

 

「うっわ」

 

「異常ですか」

 

「ちゃう。重い」

 

「事前説明しました」

 

「数字と身体は別や」

 

 左腕。

 

 第二接続。

 

 固定。

 

 銃の重量が両腕へ分散する。

 

 それでもまだ足りない。

 

《DEPLOY SEQUENCE READY》

 

 視界の端に表示。

 

 アクトが息を吐く。

 

「始めるで」

 

「開始してください」

 

 アクトが承認した。

 

《30》

 

 低い駆動音。

 

 脚部装甲が開く。

 

 足底から固定機構が展開。

 

 床の専用レールへ噛み合った。

 

《28》

 

 腰を落とす。

 

 膝が曲がる。

 

 重心が後ろへ移る。

 

 姿勢補正。

 

《25》

 

 銃本体から支持アームが伸びた。

 

 右腕。

 

 左腕。

 

 肩。

 

 荷重が分散されていく。

 

「……銃持っとる感じせえへんな」

 

「喋らないでください」

 

「はい」

 

《21》

 

 電力系統切り替え。

 

 白い四肢の内部で、普段とは違う経路が開く。

 

 腕の奥を熱が走った。  痛みではない。

 けれど、自分の身体の中に、銃の都合で使われる回路が一本増えたのが分かる。

 

 アクトの口元から笑みが消える。

 

《18》

 

 固定確認。

 

 右脚。

 

 左脚。

 

 骨盤。

 

 肩。

 

 腕。

 

 ひとつずつ緑へ変わる。

 

《15》

 

 充電開始。

 

 音が変わった。

 

 高くなるのではない。

 

 むしろ、低い。

 

 床を通して伝わってくる。

 

 機械が力を溜めている。

 

《12》

 

 黒曜は安全区画の厚い透明隔壁越しに見ていた。

 

 小柄な少女。

 

 白く太くなった四肢。

 

 その身体に繋がる、あまりにも長い銃。

 

 人間が武器を持っているというより。

 

 武器の一部に、人間が挟まっているようにも見えた。

 

 黒曜の眉が寄る。

 

《10》

 

 けれど。

 

 アクトの指は、まだ引き金に触れていない。

 

《8》

 

「照準」

 

 アクトが言った。

 

「第一標的。中央」

 

「確認」

 

《6》

 

 視界に射線が出る。

 

 補正値。

 

 距離。

 

 姿勢。

 

 風はない。

 

 それでも数字が並ぶ。

 

 アクトは一つずつ見る。

 

《4》

 

 右手の人差し指が動く。

 

 引き金へ。

 

《3》

 

《2》

 

《1》

 

《READY》

 

 そこでカウントは止まった。

 

 撃たない。

 

 一秒。

 

 二秒。

 

 技術担当者も何も言わない。

 

 黒曜も黙っている。

 

 アクトは照準の向こうを見る。

 

 最初のコンクリート壁。

 

 その後ろの鋼板。

 

 さらに複合材。

 

 射線。

 

 安全表示。

 

 固定。

 

 全部、自分で確認する。

 

「撃つで」

 

「発射を許可します」

 

 引き金を引いた。

 

 爆発はしなかった。

 

 炎も上がらなかった。

 

 ただ。

 

 世界が一度、殴られた。

 

 空気が潰れる。

 

 床が震える。

 

 白い四肢へ衝撃が走り、固定機構が一斉に荷重を受けた。

 

 アクトの歯が噛み合う。

 

 視界が揺れる。

 

 その向こう。

 

 最初の壁に穴が開いていた。

 

 大きな爆発痕ではない。

 

 抉れたクレーターでもない。

 

 穴。

 

 その後ろの鋼板にも。

 

 さらに奥の複合材にも。

 

 一直線。

 

 最後の受弾壁で、ようやく巨大な破砕痕になって止まっていた。

 

 しばらく誰も喋らなかった。

 

 煙ではなく、粉塵が落ちる。

 

 細かな破片が床へ転がる音がした。

 

「……えぐ」

 

 アクトが最初に言った。

 

 黒曜が隔壁の向こうから睨んだ。

 

「今さらですか」

 

「いや、数字では見たけど」

 

「数字と身体は別、でしたね」

 

「せやな」

 

 アクトは射線の先を見た。

 

「壁、無かったことになっとるやん」

 

 技術担当者が訂正する。

 

「存在はしています」

 

「穴開いとるやん」

 

「はい」

 

「ほな射線上だけ無いやん」

 

「そういう用途です」

 

 アクトは笑った。

 

「分かりやすい」

 

 固定解除は、すぐには始まらなかった。

 

 冷却。

 

 残留電荷確認。

 

 接続部温度。

 

 四肢側の負荷。

 

 ひとつずつ確認される。

 

「右肩、どうですか」

 

「重い」

 

「疼痛は」

 

「ない」

 

「指先」

 

 アクトは右手を開く。

 

 閉じる。

 

「動く」

 

「感覚異常」

 

「なし」

 

「脚部」

 

「平気」

 

 表示が一つずつ正常へ戻る。

 

 ようやく固定機構が外れた。

 

 足底が床から離れる。

 

 支持アーム。

 

 左腕。

 

 右腕。

 

 最後に銃本体が運搬フレームへ戻った。

 

 急に身体が軽くなる。

 

 アクトが一歩踏み出した。

 

 少しだけよろけた。

 

「アクト」

 

「大丈夫」

 

 すぐに立て直す。

 

「銃の重さに身体が合わせとっただけや」

 

「それを大丈夫と言うんですか」

 

「戻ったから大丈夫」

 

 黒曜が隔壁から出てくる。

 

 アクトの右腕を見る。

 

 白い装甲。

 

 接続部は閉じている。

 

「壊れてませんか」

 

「壊れてへん」

 

「本当に?」

 

「触る?」

 

「いいです」

 

「遠慮すんな」

 

「しません」

 

 アクトは笑いながら右腕を振った。

 

 白い装甲。

 

 その関節の隙間で、銀色が光る。

 

 黒曜がそこを見る。

 

「中は、前と同じなんですね」

 

「ん?」

 

「銀色です」

 

「ああ」

 

 アクトも自分の肘を見る。

 

 白の下。

 

 銀。

 

「全部替わったわけやないからな」

 

「かなり替わりました」

 

「せやけど」

 

 指を開く。

 

 閉じる。

 

「動かしとるんは、あたしや」

 

 黒曜は少し黙った。

 

「なら、いいです」

 

「何が」

 

「別に」

 

 技術担当者が二人の横を通り、試験結果を表示した。

 

「第一射、規定内です」

 

 アクトが振り向く。

 

「次ある?」

 

「あります」

 

「撃てる?」

 

「本日は一射のみです」

 

「なんで」

 

「初回評価だからです」

 

「もう一発くらい」

 

「駄目です」

 

「ケチ」

 

「試験です」

 

 黒曜が横から言った。

 

「帰りますよ」

 

「ちょい待ち。せめて穴見てから」

 

「近づけません」

 

「なんで」

 

「まだ安全確認が終わっていません」

 

「見るだけやん」

 

「駄目です」

 

「写真」

 

「後ほど提供します」

 

「ほなええか」

 

 切り替えが早かった。

 

 黒曜が呆れた顔をする。

 

「それでいいんですか」

 

「写真もらえるし」

 

「子供ですか」

 

「十九や」

 

「そういう意味ではありません」

 

 アクトはもう一度、遠くの標的を見る。

 

 壁が何枚も並んでいる。

 

 そのすべてに、同じ位置で穴が開いていた。

 

 派手な爆発はない。

 

 炎もない。

 

 ただ一本。

 

 そこにあったはずの遮蔽物を、意味のないものにする線。

 

「これ」

 

 アクトが呟いた。

 

「何ですか」

 

「使いどころ、間違えたらあかんな」

 

 黒曜が横を見る。

 

「分かっているなら結構です」

 

「人に向けて気軽に撃つもんちゃう」

 

「最初からそう言っています」

 

「建物の向こうにおるから安全、が通じへんからな」

 

 アクトは白い右手を握った。

 

「撃つ前の三十秒で、ちゃんと考えろっちゅう銃や」

 

 技術担当者が少しだけ顔を上げた。

 

「その認識を維持してください」

 

「分かっとる」

 

 アクトは歩き出す。

 

 四センチ高くなった視界。

 

 重くなった手足。

 

 白い装甲。

 

 その下に残る銀。

 

 〇・〇七秒が消えたかどうかは、まだ分からない。

 

 けれど。

 

 届く場所は、確実に増えた。

 

 背後で、試験場の隔壁が閉じる。

 

 白い扉の向こうに。

 

 一直線の穴だけが残った。

 

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