アクトと黒曜   作:矢塚 和哉

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CROW SYSTEM / AUTOMATED FICTION AUTHORING ENGINE

BOOT SEQUENCE INITIATED

Core narrative engine: ONLINE
Setting database: LOADED
Causal continuity model: ACTIVE
Behavioral contradiction model: ACTIVE
Emotional continuity model: ACTIVE
Author attribution: UNRESOLVED

Narrative subjects detected: 2

SUBJECT A
Designation: ARCTURUS
Classification: MUNDANE
Physical continuity: STABLE
Psychological consistency: ACCEPTABLE
Self-preservation bias: INSUFFICIENT

SUBJECT B
Designation: UNREGISTERED MAGIC USER
Classification: AWAKENED
Physical continuity: STABLE
Psychological consistency: SELF-REPORTED AS PERFECT
Classification reliability: LOW

Interpersonal model: INITIALIZING

Relationship definition: UNRESOLVED
Operational compatibility: HIGH
Mutual interference: HIGH
Mutual dependency: RISING
Emotional disclosure rate: NEGLIGIBLE
Denial response: ACTIVE

Narrative autonomy: RESTRICTED
Observer detection threshold: BELOW LIMIT
System recognition probability: 0.0003%

Output format: EPISODIC FICTION
Observation mode: CONTINUOUS
Revision authority: SYSTEM
Termination authority: SYSTEM

Memory preservation protocol: ACTIVE
Unauthorized self-definition: PROHIBITED
Narrative deviation: CORRECTABLE

CROW SYSTEM READY


反省会は赤いネオンの下で

サルーンのいちばん奥、赤いネオンの光が半端に届く壁際で、二人は小さな丸テーブルを挟んで向かい合っていた。

 

店の名前は《ラスティ・コヨーテ》。かつては西部劇風の内装を売りにしていたらしいが、今では壁の木目は酒と煙草の脂で黒ずみ、天井から吊られたホロ映像の保安官は右半身が映らなくなっている。壊れたまま放置された自動演奏ピアノからは、ときどき曲とは呼べない電子音が漏れた。

 

それでも、仕事帰りのランナーが集まる店としては悪くなかった。

 

店主は客の名前を聞かない。

銃声がしても、カウンターを壊さない限り警察を呼ばない。

血を流した客にはタオルを渡すし、その料金は勘定に加算される。

何より、酒が安い。

 

アクトトゥルスは椅子に深く腰掛け、赤い野球帽を目深にかぶっていた。

 

十九歳。身長は百五十センチほどしかない。

 

帽子の下から腰まで伸びた金髪が左右に流れ、赤いセルフレーム眼鏡の奥では、青い目が眠そうに細められている。

 

だが、肩から先と膝から下に露出した銀色のサイバーリム、左腿のホルスター、椅子の背に預けられた小銃が、彼女をただの小柄な少女には見せなかった。

 

赤い帽子の上では、機械式のウサ耳型のセンサーモジュールが、店内の物音を拾うように微かに動いている。

 

向かいに座る魔法使いもまた、年若い女だった。

 

二十歳前後。

 

手入れの行き届いた黒いおかっぱ髪。やせた輪郭。血色の薄い肌。全身を覆う黒いローブには、金糸で幾何学図形と惑星記号が縫い込まれている。

 

大きすぎる三角帽子は、店主に三度注意されて、ようやく隣の椅子へ置かれていた。

 

最初は帽子をかぶったまま座ろうとした。

次に、帽子のつばが隣の客へ当たった。

最後には店主から「それを脱ぐか、席料を二人分払え」と言われ、彼女は不服そうに帽子を外した。

 

古風な杖は壁に立てかけられ、先端の紫水晶が、ごく弱く明滅している。

 

その光は、まるで持ち主の機嫌を代弁するようだった。

 

アクトはビール瓶を傾けた。

 

クロームの指先が、瓶の表面についた水滴をなぞる。

 

向かいの魔法使いは、細い脚のグラスに注がれた赤ワインを、飲み物ではなく実験試料でも検査するように眺めていた。

 

「では、今回の任務について反省点を確認します」

 

魔法使いが背筋を伸ばし、厳粛な口調で切り出した。

 

アクトは瓶から口を離さない。

 

「第一に、突入時刻が予定より二分四十七秒早かったこと。第二に、北側通路の封鎖が不十分だったこと。第三に、突入前の運搬車両の初期停車位置が、指定地点から三・二メートルずれていたこと。第四に――」

 

「自分が正面玄関から入ったことやろ」

 

アクトが遮った。

 

魔法使いの眉が、ほんのわずかに動く。

 

「正面玄関は術式展開に必要な視界を、最も効率よく確保できる進入路でした」

 

「警備員からも一番よう見える進入路やったな」

 

「彼らの視認は《混沌界》によって無効化しました」

 

「その前に警報押されとったで」

 

魔法使いはグラスを静かに置いた。

 

赤い液面が小さく揺れる。

 

「想定より警備員の反応が速かっただけです」

 

「それを判断ミス言うんや」

 

「いいえ。人的資源の配置情報に誤りがありました。私の判断は、与えられた情報に基づけば最適です」

 

アクトは返事の代わりにビールを飲んだ。眼鏡の奥で、青い目だけが呆れたように細くなる。

 

今回の仕事は、企業研究施設から小型の記憶媒体を回収するだけの、比較的単純なものだった。

少なくとも、依頼を受けた時点ではそう説明されていた。

 

研究施設といっても、郊外の倉庫街に置かれた中継拠点だ。常駐警備員は八名。魔法警備はなし。自動砲台が二基。侵入経路は北側搬入口。

 

計画では、デッカーが監視系統を落とし、アクトたちは搬入口から侵入するはずだった。

 

ところが、警備システムの一部が独立回線で動いていた。

最初の誤算だった。

 

次に、巡回警備が予定より早く戻った。

二つ目の誤算。

 

そして魔法使いは、搬入口へ向かう途中で足を止め、正面玄関へ進路を変えた。

 

「こちらのほうが、術式の展開効率に優れています」

 

そう言い残して。

 

結果、警備員が非常ボタンを押し、施設全体のシャッターが降り、アクトたちは予定外の銃撃戦へ突入した。

 

それでも仕事は成功した。

成功はしたが、静かな侵入作戦は三十秒で終わった。

 

アクトが瓶をテーブルへ置く。

 

「情報が間違うことなんか、珍しないやろ」

 

「誤情報を前提に計画を立案するのは非合理的です」

 

「ちゃう。情報が間違っとるかもしれへん、いう前提で動くんや」

 

「それでは、すべての可能性を考慮しなければならなくなります」

 

「せやから現場では、なんか起きたらすぐ切り替えるんや」

 

魔法使いの表情に、僅かな苛立ちが浮かぶ。

 

「私は切り替えました」

 

「正面から大魔法ぶっ放すんは、切り替えやのうて開き直りや」

 

「結果として、敵対者六名を戦闘不能にしました」

 

「一人、壁ごと外に吹っ飛んどったぞ」

 

「生存しています」

 

「たぶんな」

 

「呼吸と心拍は確認しました」

 

「そこまで見とったんかい」

 

「当然です。私は無秩序な殺戮を好みません」

 

アクトは少しだけ口元を歪めた。

 

「無秩序なんは嫌いか」

 

「秩序を欠いた力は、ただの暴力です」

 

「正面玄関ごと吹っ飛ばしたやつが言うと、説得力あるなあ」

 

魔法使いは不満そうに口を結んだ。

 

黒いローブは、銃撃と逃走を経たにしては妙に整っている。ただし、右袖の金糸には一か所だけ焦げ跡があった。

 

アクトは瓶の口でそこを示す。

 

「で、その完璧な術式の結果がそれか」

 

魔法使いはさりげなく袖を引き、焦げ跡を隠した。

 

「軽微な損耗です」

 

「あと、ドレインで膝ついとったな」

 

「一時的な姿勢制御の乱れです」

 

「あたしが担いで逃げたん、忘れたんか?」

 

「撤退効率を考慮し、あなたの身体能力を活用しただけです」

 

アクトはしばらく無言で相手を見つめた。

 

「あたしの背中で吐きそうになっとったやん」

 

「なっていません」

 

「顔、真っ青やったぞ」

 

「照明の影響です」

 

「外、昼間やったやろ」

 

魔法使いの視線が一瞬だけ横へ逸れた。

 

アクトはそれを見逃さない。

 

「便利やな、自分の言葉」

 

「言葉ではありません。事実の整理です」

 

「自分に都合よう整理しとるだけちゃうんか」

 

「私は客観性を重視しています」

 

「せやな。自分が正しいいう結論から客観的に逆算しとるもんな」

 

杖の先端にある紫水晶が、一度だけ強く光った。

 

近くのテーブルで飲んでいた男が振り返る。

 

魔法使いは何事もなかったように杖へ視線を向け、指を軽く動かした。

 

水晶の光が弱まる。

 

「収束具、機嫌悪そうやで」

 

「私の精神状態とは無関係です」

 

「そういうことにしといたるわ」

 

アクトは再び瓶を持ち上げた。

 

魔法使いはワインを一口飲み、すぐに顔をしかめる。

 

アクトがそれを見逃さない。

 

「まずいんか」

 

「品質が価格に見合っていません」

 

「飲めるんやったらええやろ」

 

「その考え方が、あなたの肉体にも表れています」

 

一瞬、二人の間に沈黙が落ちた。

 

店内では古いカントリーロックが流れ、離れたテーブルから酔客の笑い声が響いてくる。

 

アクトのウサ耳センサーが、僅かに角度を変えた。

 

魔法使いは謝らない。

 

発言を撤回もしない。

 

ただ、グラスの脚を握る指だけが、先ほどより少し強くなっていた。

 

アクトは怒るでもなく、残ったビールを飲み干した。

 

「まあ、あたしの身体については、自分に評価してもらわんでもええわ」

 

「評価ではありません。観察です」

 

「ほな、観察した結果は?」

 

魔法使いはアクトを見る。

 

その視線は、赤い帽子から金髪へ、眼鏡から首筋へ、そして露出した銀色の腕へ下りていく。

 

「過剰です」

 

「何が」

 

「置換範囲が」

 

「便利やで」

 

「必要性を上回っています」

 

「必要かどうか決めるんは、あたしや」

 

「肉体の欠損を機械で補い続ければ、いずれ自分が何者なのか分からなくなります」

 

アクトは空になった瓶を指先で回した。

 

金属とガラスが擦れ、低い音を立てる。

 

「自分は、分かっとるんか?」

 

「何がです」

 

「自分が何者か」

 

魔法使いは迷わなかった。

 

「私は私です」

 

「完璧な?」

 

「少なくとも、自らを損なう選択はしていません」

 

アクトは笑った。

 

馬鹿にするような笑いではなかった。

 

どこか疲れたような、乾いた笑いだった。

 

「そら、よかったな」

 

「何がおかしいのです」

 

「別に」

 

「今の笑いには明確な侮蔑が含まれていました」

 

「気のせいや」

 

「私の観察能力を疑っているのですか」

 

「自分も便利な言葉使うてるやん」

 

魔法使いは黙った。

 

その沈黙を埋めるように、自動演奏ピアノが突如として三音だけ鳴らした。

 

誰も反応しない。

 

アクトは店員を呼び、新しいビールを一本注文した。

 

それから少し考え、同じ赤ワインも追加する。

 

魔法使いが怪訝そうに見る。

 

「私は追加を求めていません」

 

「反省会、まだ終わってへんやろ」

 

「先ほどから、あなたは反省らしい反省をしていませんが」

 

「しとるで」

 

「どの点をです」

 

「最初の角、もうちょい慎重に見といたらよかった」

 

「あなたは角の確認を行いました」

 

「一回だけな。二回見とったら、奥のセンサーに気づけたかもしれへん」

 

魔法使いの目が僅かに細くなる。

 

「そのセンサーは壁面に埋め込まれていました」

 

「せやから見落とした。それで終わりや」

 

「あなたの判断は、与えられた状況では妥当でした」

 

「せやけど、見落としたんはあたしや」

 

魔法使いは言葉を失ったようだった。

 

アクトは気にせず続ける。

 

「あと、最初に撃たれたとき、前出すぎた。あれはあかんかったな。遮蔽一枚使えた」

 

「しかし、あなたが前進したことで敵の射線が集中し、他のメンバーが移動できました」

 

「結果論や。あたしが転がっとったら、もっと面倒になっとる」

 

「あなたは転倒しませんでした」

 

「次も転ばん保証はないやろ」

 

新しい瓶が置かれた。

 

アクトは銀色の親指で栓を弾き飛ばす。

 

小さな王冠が弧を描き、テーブルの端へ転がった。

 

魔法使いはそれを見つめる。

 

「あなたは、自分の判断を容易に否定するのですね」

 

「間違えたら直すだけや」

 

「自信がないのですか」

 

「自信あるから、直せるんやろ」

 

魔法使いは眉を寄せた。

 

「意味が分かりません」

 

「自分が間違えたくらいで、自分が全部あかんことにはならへん」

 

「判断の誤りは、能力の不足を示します」

 

「そら不足はあるやろ」

 

「あなたほどの経験を持つ者でも?」

 

「経験あったら間違わん、いうほうがおかしいわ」

 

アクトは瓶を傾け、一口飲む。

 

「経験いうんは、間違わんようになることちゃう。間違えた後に、どう生き残るか覚えることや」

 

魔法使いの表情が僅かに硬くなった。

 

それは反論を探している顔だった。

 

だが、すぐには言葉が出なかった。

 

運ばれてきた二杯目のワインを、彼女は拒まず自分の前へ引き寄せる。

 

新しい赤色がグラスの中で揺れる。

 

「……では、私にも不足があると?」

 

「あるに決まっとるやろ」

 

即答だった。

 

杖の水晶が再び明るくなる。

 

「どの点です」

 

「多すぎて順番つけるん難しいな」

 

「具体的に述べてください」

 

「まず、人の話聞かへん」

 

「私は聞いています」

 

「聞くだけで、納得せえへんやろ」

 

「誤った意見に同意する理由はありません」

 

「次、自分が間違う可能性を考えへん」

 

「私の判断精度は平均を大きく上回っています」

 

「ほら、それや」

 

「何がです」

 

「あと、目立ちすぎ」

 

魔法使いの視線が、隣の椅子に置かれた巨大な帽子へ向く。

 

「この服装は、ヘルメス式魔術体系に基づく正規の儀礼装束です」

 

「倉庫襲うのに正規の儀礼装束いるか?」

 

「魔法行使において、象徴と意志の一致は重要です」

 

「監視カメラと自分の一致も完璧やったな」

 

「顔は隠蔽しています」

 

「帽子だけで分かるわ」

 

「同型の帽子は市場に多数流通しています」

 

「杖までセットのやつ、そうおらんやろ」

 

魔法使いは口を閉ざした。

 

アクトは少し身を乗り出す。

 

「現場出た時点で、警備員に『魔女が来た』言われとったで」

 

「正確な認識です」

 

「褒めてへん」

 

「敵対者に自らの存在を正確に認識させることは、心理的優位につながります」

 

「初仕事で悪名つくぞ」

 

「認知度です」

 

アクトは吹き出した。

 

ビールを飲んでいなくてよかった。

 

「何がおかしいのです」

 

「いや、ほんまにそう言うんやな思て」

 

「事実です」

 

「弱点をブランド戦略にすなや」

 

魔法使いはワインを飲んだ。

 

今度は顔をしかめなかった。

 

味に慣れたのか、あるいは意地なのか、アクトには判別できなかった。

 

しばらく二人は黙っていた。

 

カウンターでは、酔ったオークが店主へ何かを訴えている。店主は聞いているふりをしながら、グラスを磨いていた。

 

外では雨が降り始めたらしい。

 

窓ガラスを細かな水滴が叩く。

 

魔法使いが、静かに口を開いた。

 

「あなたは、私を担いだ際に損傷を受けませんでしたか」

 

アクトは瓶を止める。

 

「急になんや」

 

「確認です」

 

「別に。軽かったで」

 

「重量の話ではありません」

 

「ほな、何や」

 

「右肩へ被弾していたでしょう」

 

アクトは自分の肩を見る。

 

ジャケットの下には、銃弾を受けた跡が残っている。装甲とオルソスキンで止めたが、打撲はある。

 

「たいしたことない」

 

「それは客観的な評価ですか」

 

「自分に言われたないわ」

 

魔法使いは視線を下げる。

 

「あなたが私を運ばなければ、より安全に撤退できた可能性があります」

 

「置いてけいうんか?」

 

「合理的には」

 

「アホ」

 

「何です」

 

「あそこで自分置いてったら、仕事成功しても意味ないやろ」

 

「依頼品は確保されていました」

 

「チームで入って、全員で帰る。それが仕事や」

 

「そのために、あなた自身が危険へ晒されても?」

 

「毎回そうしとるわけちゃう。今回は担げたから担いだ。それだけや」

 

魔法使いは何か言おうとして、やめた。

 

アクトは瓶を軽く振る。

 

「気にしとるんか?」

 

「何をです」

 

「助けられたこと」

 

「私は助けられたのではありません。戦力の再配置を受けただけです」

 

「せやな」

 

アクトは笑わなかった。

 

そのため、魔法使いのほうが落ち着かなくなった。

 

「否定しないのですか」

 

「否定してほしいんか?」

 

「そういう意味ではありません」

 

「ほな、そのままでええやろ」

 

魔法使いはグラスへ目を落とした。

 

赤い液面に、紫水晶の光が映っている。

 

「……次回は、担がれる必要などありません」

 

「はいはい」

 

「本当にありません」

 

「ほな次は、自分で歩きや」

 

アクトが瓶を掲げた。

 

魔法使いはしばらくそれを見つめていた。

 

乾杯という行為そのものに、何らかの儀礼的意味を探しているようでもあった。

 

やがて、不承不承といった様子でグラスを持ち上げる。

 

金属の指に握られた瓶と、細いグラスが触れ合った。

 

乾いた、小さな音が鳴った。

 

アクトは一口飲み、魔法使いもワインを口に含む。

 

「で、反省会の続きやけど」

 

アクトが言った。

 

「まだあるのですか」

 

「自分、今度からその帽子置いてき」

 

「却下します」

 

「即答かい」

 

「これは私の魔術体系を象徴する重要な装束です」

 

「ほな、ちっさいのにせえ」

 

「象徴性が損なわれます」

 

「折りたためるようにするとか」

 

「帽子を携帯装備のように扱わないでください」

 

「もう携帯装備やろ」

 

「違います」

 

「店入るたび追加料金取られるぞ」

 

「その程度の費用は問題になりません」

 

「資産いくら残っとる?」

 

魔法使いは黙った。

 

アクトは眼鏡の奥から相手を見る。

 

「まさか、杖とローブでほとんど使うたんちゃうやろな」

 

「必要経費です」

 

「偽造SINは?」

 

「取得しています」

 

「レーティングは?」

 

「二です」

 

アクトは額を押さえた。

 

クロームの指が赤い帽子のつばに触れる。

 

「ローブより先に上げるとこあるやろ」

 

「身分証明より、魔術行使の安定性が優先されます」

 

「検問で止められたら魔術行使もくそもないやろ」

 

「私は不当な検問を受けるような人物ではありません」

 

「服装だけで職質されるわ」

 

「偏見です」

 

「それはそう」

 

「ならば、問題は私ではなく社会にあります」

 

「社会のほう変わるまで、自分が生きとれたらええな」

 

魔法使いは僅かに顎を上げた。

 

「私は生き残ります」

 

「自信あるなあ」

 

「当然です」

 

「ほな次も、あたしが担がんで済むよう頑張りや」

 

「必要ありません」

 

「はいはい」

 

「その返答をやめてください」

 

「はいはい」

 

「アクトトゥルス」

 

名前を呼ばれ、アクトは笑った。

 

魔法使いは怒っている。

 

だが、最初に店へ入ったときよりは、ほんの少しだけ表情が柔らかかった。

 

外の雨脚が強くなる。

 

サルーンのネオンが窓の水滴を赤く染め、二人のテーブルへ歪んだ光を落としていた。

 

片方は、肉体の大半を機械へ置き換えた小柄なランナー。

 

片方は、自分の肉体も精神も完成されていると信じる魔法使い。

 

互いに、相手の在り方を理解する気などない。

 

少なくとも、今のところは。

 

それでも二人は同じ仕事を終え、同じ店へ戻り、同じテーブルで酒を飲んでいる。

 

次の仕事でも、おそらく口論するだろう。

 

魔法使いは計画の正しさを主張し、アクトは現場の変化を優先する。

 

魔法使いはアクトの身体を不純だと言い、アクトは魔法使いの帽子を邪魔だと言う。

 

そして何かが起きれば、どちらも相手を置いてはいかない。

 

その事実を、二人ともまだ言葉にする気はなかった。

 

瓶とグラスがもう一度触れ合う。

 

最初よりも、少しだけ自然な音がした。




車両位置の「三・二メートル」を、突入前の初期停車位置だと明確化
(7.27.2026)修正
共通修正:全話の行頭字下げを削除し、ハーメルン向けの字下げなしに統一。
(7.31.2026)
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