アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る   作:矢塚 和哉

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弾雨の中心

 午前六時。

 

「眠い」

 

「昨日、自分で指定した時間です」

 

「EVOが指定したんや」

 

「行くと即答したのはあなたです」

 

「朝飯は?」

 

「食べました」

 

「そういう意味ちゃう」

 

「何がですか」

 

「EVOの朝飯」

 

「ありません」

 

「メガコーポのくせに」

 

「メガコーポを何だと思っているんですか」

 

 白い試験室。

 

 昨日の高架下とは違う。

 

 壁も床も明るい。

 

 アクトの背中には、まだ何もない。

 

 正面のガラス越し。

 

 外部視覚ユニット。

 

 集音器。

 

 盾を載せた防護ユニット。

 

 細いマニピュレータ。

 

 白いカウルに包まれた火力担当腕。

 

 それぞれが独立した台座に固定されている。

 

 百本には程遠い。

 

 だが。

 

 アクトにはもう、数の問題ではないと分かっていた。

 

「神経評価、正常」

 

 EVO技術担当者。

 

「前回試験後の残留身体像、軽微」

 

「軽微?」

 

 黒曜が聞く。

 

「後方視覚を無意識に参照しようとする反応が継続しています」

 

「朝もやっていました」

 

「言うなや」

 

「事実です」

 

 理香子が端末を操作する。

 

「本日の接続上限、昨日提示した通りです。外部視覚四。多点聴覚六。外部肢四。防護一。火力一」

 

「いっぱいやな」

 

「異常を感じたら申告してください」

 

「気持ち悪いは異常?」

 

「程度によります」

 

「ほな、ずっと気持ち悪いで」

 

 担当者の顔が固まる。

 

「……前回からですか」

 

「せやで」

 

「なぜ申告しなかったんですか」

 

「申告したやん。気持ち悪い言うた」

 

「そういう意味では――」

 

「アクト」

 

 黒曜。

 

「はい」

 

「ふざけないでください」

 

「はい」

 

 黒曜はアクトの前へ来た。

 

「撤回できます」

 

「うん」

 

「今でも」

 

「うん」

 

「接続した後でも」

 

「うん」

 

「戦闘中でも」

 

「分かっとる」

 

「なら」

 

 黒曜の手が、白い右肩へ触れた。

 

「帰ってきてください」

 

 アクトは一瞬だけ黙った。

 

「どこから?」

 

「増えた方からです」

 

 少し笑う。

 

「了解」

 

     *

 

 最初に目が増えた。

 

《VISUAL-1 CONNECT》

 

 右後方。

 

 自分の背中。

 

《VISUAL-2 CONNECT》

 

 左上方。

 

 試験室の天井。

 

《VISUAL-3 CONNECT》

 

 正面高所。

 

 自分と黒曜と理香子。

 

《VISUAL-4 CONNECT》

 

 床近く。

 

 白い靴。

 

「……来た」

 

「視覚競合」

 

「ある」

 

「自己位置」

 

「ここ」

 

 アクトが自分の胸を指す。

 

「外部視覚を自己視点と誤認」

 

「してへん」

 

「吐き気」

 

「ちょい」

 

「継続可能ですか」

 

「できる」

 

 次。

 

 音。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 壁際。

 

 天井。

 

 廊下。

 

 試験室の外。

 

 人の呼吸。

 

 端末の冷却ファン。

 

 遠くで閉まる扉。

 

 音が増えるのではない。

 

 場所が増える。

 

「聴覚定位」

 

 理香子。

 

「右廊下、二人。奥の一人、歩いとる」

 

 担当者が確認する。

 

「一致」

 

「次」

 

「急がないでください」

 

「はい」

 

 マニピュレータ。

 

 一本。

 

 指を開く。

 

 アクトの手は動かない。

 

 二本。

 

 床のボルトへ触れる。

 

 三本。

 

 試験台を掴む。

 

 四本。

 

 空中で拳を作る。

 

 白い両手は腰にある。

 

 それでも。

 

 全部、自分で動かしている。

 

「……フヒ」

 

「理香子」

 

「はい」

 

「今の声、気持ち悪いで」

 

「あなたに言われたくありません」

 

 防護ユニット。

 

 低い車体が動く。

 

 盾が上がる。

 

 火力担当腕。

 

 銃口が、アクトとは違う方向を向く。

 

《LOW LEVEL CONTROL:ACTIVE》 《POSTURE:AUTO》 《COLLISION

AVOIDANCE:AUTO》 《AIM FOLLOW:AUTO》 《TARGET SELECT:MANUAL》 《FIRE

AUTHORITY:ACTURUS》

 

 アクトが見る。

 

 全部の目で。

 

「どれが正面ですか」

 

 担当者が聞く。

 

「知らん」

 

「……」

 

「あたしが向いとる方はこっち」

 

 自分の顔が向く方向を指す。

 

「でも、全部見えとる」

 

 理香子の指が止まる。

 

「神経伝達帯域、七十一パーセント」

 

「余っとる?」

 

「その質問は禁止です」

 

「なんでや」

 

「増やせと言うからです」

 

「分かっとるやん」

 

「増やしません」

 

 黒曜が割り込む。

 

「絶対に」

 

「はいはい」

 

「一回です」

 

「はい」

 

 技術担当者が息を吐く。

 

「実戦接続試験へ移行します」

 

 アクトの笑みが消えた。

 

     *

 

 場所は、EVO管理下の旧物流区画だった。

 

 表向きは解体待ち。

 

 実際には。

 

 MCT側が先に入っていた。

 

「企業間の限定衝突、という説明でしたね」

 

 黒曜が言う。

 

「せやな」

 

「言葉だけ聞くと、とても穏当です」

 

「限定やからな」

 

「銃弾も限定してほしいです」

 

「それは相手に言うて」

 

 理香子の声が通信へ入る。

 

『接続確認。外部視覚四。聴覚六。外部肢四。防護一。火力一。全系統正常』

 

「了解」

 

『上位判断は本人。低位制御のみ自動』

 

「了解」

 

『異常値で私から切断します』

 

「了解」

 

『黒曜さんにも停止要求権限』

 

「知っとる」

 

『返答してください』

 

「了解」

 

 黒曜が横を見る。

 

「私の時だけ雑ですね」

 

「信頼しとる」

 

「便利な言葉ですね」

 

 倉庫のシャッターが開いた。

 

 暗い。

 

 アクトは入る。

 

 振り返らない。

 

 後ろは見えている。

 

     *

 

 最初の銃声は、上からだった。

 

 正面のアクトは動かなかった。

 

 上方視覚。

 

 二階通路。

 

 銃口。

 

「上、二」

 

 火力担当腕が回る。

 

 アクトの顔は正面。

 

 右手の通常小銃も正面。

 

 だが。

 

 身体の外にある銃口だけが、上へ向く。

 

 アクトが選ぶ。

 

 一人目。

 

 二人目。

 

 低位制御が照準を追う。

 

 引き金。

 

 アクトの指ではない。

 

 それでも。

 

 撃つと決めたのはアクトだった。

 

 二連射。

 

 二階の射手が伏せる。

 

 同時。

 

 左の集音器。

 

 足音。

 

 三。

 

「左来る」

 

 防護ユニットが滑る。

 

 アクトは見ない。

 

 盾が左の射線へ入る。

 

 着弾。

 

 金属音。

 

 その陰からマニピュレータ一本が伸びる。

 

 床のコンテナ固定具を外す。

 

 別の一本が押す。

 

 コンテナが倒れる。

 

 通路が塞がる。

 

「……うわ」

 

 黒曜が呟いた。

 

「何」

 

「気持ち悪いです」

 

「便利やで」

 

「知っています」

 

 正面。

 

 大きな影。

 

 ダンボ。

 

「来たな」

 

「来たで」

 

 昨日より。

 

 増えている。

 

 外部腕。

 

 盾。

 

 火力系統。

 

 背中の支持。

 

 そして。

 

 ダンボの顔がアクトへ向くより先に、銃口がこちらを向いた。

 

『行動補正を確認』

 

 理香子。

 

『昨日より介入範囲が広いです』

 

「見たら分かる」

 

 ダンボの画面。

 

 アクトの外部視覚が拾う。

 

《推奨行動》 《行動補正》 《優先行動》

 

「……優先?」

 

『はい』

 

「本人より?」

 

『可能性があります』

 

 ダンボが撃つ。

 

     *

 

 盾が間に入った。

 

 アクトは動かない。

 

 弾丸が防護ユニットを叩く。

 

 同時にアクト本人は前へ出る。

 

 通常小銃。

 

 三発。

 

 ダンボの盾。

 

 弾かれる。

 

 昨日と同じ。

 

 だが今日は。

 

 上から火力担当腕。

 

 側面からマニピュレータ。

 

 背後から視覚。

 

 ダンボの盾が上を向く。

 

 その瞬間。

 

 アクト本人が懐へ入る。

 

「昨日の続きや」

 

 拳。

 

 ダンボの腹。

 

 重い。

 

 入る。

 

 外部支持腕が路面へ突く。

 

 倒れない。

 

「それも知っとる!」

 

 別のマニピュレータが支持腕へ絡む。

 

 引く。

 

 機械同士。

 

 軋む。

 

 ダンボの軸が一つ消える。

 

 アクトが足を入れる。

 

 投げ。

 

 ダンボの足が自動で逃げる。

 

《行動補正》

 

「それも!」

 

 火力担当腕が床を撃つ。

 

 逃げる先。

 

 破片。

 

 ダンボの足が止まる。

 

 今度こそ。

 

 腰が浮く。

 

 巨体が横へ落ちる。

 

「っしゃ!」

 

「喜ぶの早いです!」

 

 黒曜。

 

 右後方。

 

 アクト自身は見ていない。

 

 見えている。

 

 敵兵。

 

 銃。

 

 防護ユニットはダンボ側。

 

 間に合わない。

 

 アクトが選ぶ。

 

 マニピュレータ。

 

 一本。

 

 床の鉄板を掴む。

 

 持ち上げる。

 

 銃弾。

 

 鉄板へ当たる。

 

「便利!」

 

「だから喜ばないでください!」

 

 黒曜の術式が飛ぶ。

 

 敵兵の足元が沈む。

 

 アクトは前を見る。

 

 後ろも見る。

 

 上も。

 

 左も。

 

 右も。

 

 遠くの音も聞こえる。

 

 自分がどこにいるかは分かる。

 

 白い身体。

 

 ここ。

 

 でも。

 

 手は。

 

 そこにも。

 

 あそこにも。

 

 いる。

 

     *

 

 戦場が広がった。

 

 いや。

 

 アクトが広がった。

 

 正面でダンボの拳を流す。

 

 背後ではマニピュレータが黒曜へ向いた銃口を逸らす。

 

 上では火力担当腕が二階の射手を押さえる。

 

 左では防護ユニットが理香子の中継機を守る。

 

 右の集音器が、壁の向こうの足音を数える。

 

「四人、右奥!」

 

『一致!』

 

「上、移動!」

 

『確認!』

 

「黒いの、左!」

 

「見えています!」

 

「そっちちゃう、あたしの左!」

 

「どの左ですか!」

 

「……確かに!」

 

「笑ってる場合ですか!」

 

 ダンボの拳。

 

 アクトの白い右腕が受け流す。

 

 同時に外部腕がダンボの盾を引く。

 

 別の腕が床を掴む。

 

 身体の軸を増やす。

 

 昨日。

 

 ダンボがやったこと。

 

 今日はアクトがやる。

 

 ただし。

 

 違う。

 

 外部腕は勝手に敵を選ばない。

 

 盾は勝手に誰かを見捨てない。

 

 銃は勝手に撃たない。

 

 低いところは機械に任せる。

 

 関節角。

 

 衝突回避。

 

 照準追従。

 

 反動。

 

 姿勢。

 

 でも。

 

 見る先を決める。

 

 守る相手を決める。

 

 撃つ相手を決める。

 

 それだけは。

 

 アクトのままだった。

 

『神経負荷、上昇』

 

 理香子。

 

「まだいける」

 

『右肩接続、熱上昇』

 

「許容?」

 

『今は』

 

「ほな続行」

 

「アクト」

 

 黒曜。

 

「聞いとる」

 

「無理なら切ります」

 

「分かっとる」

 

 ダンボが起きる。

 

 画面が変わる。

 

《優先行動:対象ACTURUS制圧》 《本人入力:競合》 《補正優先度:上昇》

 

 アクトの目が細くなる。

 

「おい」

 

 ダンボは答えない。

 

 右腕が一瞬、別方向へ動こうとする。

 

 だが。

 

 外部銃器が先にアクトへ向く。

 

 本人の肩が。

 

 それに引かれる。

 

「ダンボ」

 

「……問題ない」

 

「何が」

 

「強くなった」

 

「聞いてへん」

 

 盾。

 

 拳。

 

 銃。

 

 支持腕。

 

 全部が来る。

 

 アクトも全部で受ける。

 

 盾と盾。

 

 腕と腕。

 

 銃と銃。

 

 人間の拳。

 

 機械の関節。

 

 音が重なる。

 

 弾雨。

 

 金属。

 

 魔法。

 

 白い装甲。

 

 黒い外装。

 

 その中心。

 

 アクトは笑わなかった。

 

     *

 

『右肩、警告』

 

 理香子の声。

 

 アクトの右肩。

 

 白い装甲の内側。

 

 熱。

 

 神経接続が一瞬、ざらつく。

 

「感覚ノイズ」

 

『程度』

 

「砂噛んどる感じ」

 

『切断候補』

 

「まだ」

 

『左膝も上昇』

 

「動く」

 

『動くかではありません』

 

 ダンボが突っ込む。

 

 アクトは前へ。

 

 避けない。

 

 防護ユニットが横から入る。

 

 盾。

 

 ダンボの火力腕。

 

 着弾。

 

 一発。

 

 二発。

 

 三発。

 

 盾が持つ。

 

 四発目。

 

 亀裂。

 

「理香子!」

 

『見えています!』

 

 五発目。

 

 防護ユニットの盾が裂けた。

 

 外部視覚の一つが、回転する世界を映す。

 

 床。

 

 天井。

 

 火花。

 

 床。

 

《DEFENSE UNIT LOST》

 

 アクトの身体が。

 

 一枚、剥がれた。

 

「っ」

 

 一瞬。

 

 左側が裸になったように感じた。

 

 実際には白い身体がある。

 

 盾がなくなっただけ。

 

 なのに。

 

 寒い。

 

『アクト?』

 

「続ける!」

 

 ダンボが来る。

 

 アクトの右肩へ。

 

 外部腕を一本入れる。

 

 衝撃。

 

 関節が悲鳴を上げる。

 

《MANIPULATOR-2 ERROR》

 

「一本死んだ!」

 

『切ります』

 

「待て!」

 

『損傷系統のみ切断!』

 

 ぷつり。

 

 右後方にあった手が。

 

 なくなる。

 

「――っ!」

 

 アクトの右手が反射的に開いた。

 

 違う。

 

 それではない。

 

 なくなったのは、そこではない。

 

「アクト!」

 

「分かっとる!」

 

 ダンボの拳。

 

 受ける。

 

 白い右肩。

 

 鈍い音。

 

 装甲が割れる。

 

 白い破片。

 

 その下。

 

 銀色。

 

『右肩装甲損傷!』

 

「腕は!」

 

『駆動継続! 神経負荷上昇!』

 

「ほな動く!」

 

 アクトは右腕を振る。

 

 動く。

 

 痛い。

 

 動く。

 

 火力担当腕が上からダンボの外部銃器を撃つ。

 

 火花。

 

 ダンボの画面。

 

《優先行動:継続》 《本人入力:遅延》 《システム補正:先行》

 

 アクトは見た。

 

 ダンボ本人の左手が。

 

 一瞬だけ。

 

 止まった。

 

 外部腕は止まらない。

 

「……嫌やな」

 

「何がですか」

 

 黒曜の声。

 

 アクトはダンボを見る。

 

「いや」

 

 首を振る。

 

「後でええ」

 

 今は。

 

 戦う。

 

     *

 

 左膝へ衝撃。

 

 外部視覚で見えた。

 

 見えたから。

 

 身体を捻った。

 

 直撃は避けた。

 

 それでも。

 

 白い膝装甲が路面へ擦れる。

 

 嫌な音。

 

《LEFT KNEE LOCK ERROR》

 

「膝!」

 

『確認! 負荷を逃がします!』

 

 外部腕が床へ突く。

 

 左脚の代わりに。

 

 身体を支える。

 

 アクトは一歩出る。

 

 自分の脚。

 

 外の腕。

 

 どちらも。

 

 今は足だった。

 

「フヒ……!」

 

「笑うな理香子!」

 

『笑っていません!』

 

「今フヒ言うた!」

 

『神経負荷八十二!』

 

「話逸らした!」

 

「アクト!」

 

 黒曜。

 

 怒鳴る。

 

「切ってください!」

 

「まだ!」

 

「右肩、左膝、外部肢一、盾喪失!」

 

「まだ見えとる!」

 

「それが問題です!」

 

 ダンボが立つ。

 

 外部火力腕。

 

 損傷。

 

 盾。

 

 半壊。

 

 支持腕。

 

 二本。

 

 本人。

 

 まだ立っている。

 

 アクトも。

 

 立っている。

 

 身体の外の腕に支えられて。

 

『接続系に逆流ノイズ』

 

 理香子の声が変わった。

 

「どこ」

 

『複数。右肩系から外部肢バスへ波及』

 

「止められる?」

 

『局所遮断します』

 

「やれ」

 

 一系統。

 

 切れる。

 

 上方視界が消えた。

 

 天井が。

 

 なくなる。

 

「……っ」

 

 二系統。

 

 聴覚。

 

 右奥の足音が消える。

 

 三系統。

 

 マニピュレータ。

 

 床を掴んでいた手が消える。

 

 左膝が落ちる。

 

 アクトの身体が傾く。

 

「まだ――」

 

『駄目です』

 

「理香子」

 

『神経負荷九十一。接続系ノイズ拡大』

 

「あと」

 

『駄目です』

 

「十秒」

 

『駄目です』

 

「五秒!」

 

『アクト』

 

 理香子の声。

 

 低い。

 

『切ります』

 

「待――」

 

《EMERGENCY DISCONNECT》

 

     *

 

 世界が。

 

 消えた。

 

 後ろ。

 

 ない。

 

 上。

 

 ない。

 

 右奥。

 

 ない。

 

 遠くの呼吸。

 

 ない。

 

 盾。

 

 ない。

 

 床を掴んでいた手。

 

 ない。

 

 火力担当腕。

 

 ない。

 

 四本あった外部肢。

 

 ない。

 

 アクトは。

 

 白い身体の中へ落ちた。

 

「――」

 

 息が詰まる。

 

 狭い。

 

 違う。

 

 そんな言葉では足りない。

 

 さっきまであった場所がない。

 

 さっきまで触れていた床がない。

 

 さっきまで握っていた鉄骨がない。

 

 右後方へ手を伸ばそうとする。

 

 何も動かない。

 

 当然だ。

 

 そこに腕はない。

 

 左上を見る。

 

 見えない。

 

 当然だ。

 

 目は二つしかない。

 

「アクト!」

 

 黒曜。

 

 どこ。

 

 正面。

 

 正面にいる。

 

 首を向けないと。

 

 見えない。

 

 遅い。

 

 ダンボが動く。

 

 見えた時には。

 

 近い。

 

「っ!」

 

 アクトは右腕を上げる。

 

 遅れた。

 

 拳。

 

 白い肩へ。

 

 衝撃。

 

 身体が飛ぶ。

 

 床。

 

 左膝が支えきれない。

 

 崩れる。

 

「アクト!」

 

 黒曜の障壁。

 

 ダンボとの間へ入る。

 

 透明な壁。

 

 衝撃。

 

 黒曜が一歩下がる。

 

「理香子!」

 

『再接続不可! 全系統隔離!』

 

「分かっとる!」

 

 アクトは立とうとする。

 

 左膝。

 

 ロックしない。

 

 右手で床を押す。

 

 一本。

 

 左手。

 

 二本。

 

 二本しかない。

 

「……くそ」

 

 存在しない腕を動かそうとする。

 

 何度も。

 

 信号だけが出る。

 

 行き先がない。

 

 気持ち悪い。

 

 違う。

 

 痛い。

 

 ないのに。

 

 痛い。

 

「アクト、撤退します!」

 

 黒曜。

 

「ダンボは」

 

「今はあなたです!」

 

 障壁の向こう。

 

 ダンボが立っている。

 

 その背中。

 

 外部腕。

 

 銃。

 

 盾。

 

 まだある。

 

 画面。

 

《優先行動》 《システム補正》 《本人入力:待機》

 

 アクトは歯を食いしばる。

 

「……あいつ」

 

「後です!」

 

 黒曜がアクトの左側へ入る。

 

 肩を貸す。

 

「立てますか」

 

「立つ」

 

「左膝」

 

「知っとる」

 

「右肩」

 

「動く」

 

「外の手は」

 

 アクトが止まる。

 

「……ない」

 

「はい」

 

 黒曜はそれだけ言った。

 

     *

 

 撤退路。

 

 EVOの回収班が射線を作る。

 

 理香子が扉を開く。

 

『右、二名!』

 

 アクトは反射的に。

 

 右奥の集音器を探した。

 

 ない。

 

「どこ!」

 

『二時方向、十八メートル!』

 

「最初からそう言え!」

 

 通常小銃を上げる。

 

 自分の目。

 

 自分の耳。

 

 自分の腕。

 

 照準。

 

 撃つ。

 

 一人が隠れる。

 

 二人目。

 

 黒曜の術式。

 

 退路が開く。

 

「行きます!」

 

「分かっとる!」

 

 一歩。

 

 左膝。

 

 痛む。

 

 二歩。

 

 右肩。

 

 熱い。

 

 三歩。

 

 背後。

 

 見えない。

 

 怖い。

 

 アクトは振り返る。

 

 ダンボ。

 

 遠い。

 

 外部腕に囲まれている。

 

 その姿が。

 

 今のアクトには。

 

 大きすぎて見えた。

 

     *

 

 回収車両の中。

 

 医療担当者が右肩を固定する。

 

 左膝へ補助具。

 

 端末が神経反応を読む。

 

「外部肢運動信号が継続しています」

 

「切ったやろ」

 

「接続先は切れています」

 

「ほな何」

 

「あなたが動かそうとしています」

 

「……」

 

「意識して止められますか」

 

 アクトは目を閉じた。

 

 右後ろ。

 

 手。

 

 開け。

 

 何もない。

 

 左上。

 

 目。

 

 見ろ。

 

 何もない。

 

 床。

 

 掴め。

 

 何もない。

 

「止め方が分からん」

 

 医療担当者が黙る。

 

 黒曜も。

 

 理香子の声だけが通信に残る。

 

『残留身体像を確認』

 

「名前ついとるんやな」

 

『前に説明しました』

 

「知っとる」

 

『……アクト』

 

「何」

 

『切断判断は撤回しません』

 

「せんでええ」

 

『でも』

 

「せんでええって」

 

 アクトは目を開く。

 

 天井。

 

 車内。

 

 視界。

 

 狭い。

 

 今度は。

 

 笑えなかった。

 




◆ 作中用語ミニ解説

・ドレイン(Drain): 魔法を行使した際に術者の肉体・精神へ跳ね返ってくる反動ダメージ。強力な術式や長時間の維持ほど負担が激しくなり、鼻血や激しい消耗を伴う。
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