アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る 作:矢塚 和哉
ダンボは、一人で来た。
それが最初に分かったことだった。
理香子が拾った監視映像には、旧工業区画へ入ってくる大柄な影が一つだけ映っている。
護衛なし。
MCTの回収班なし。
車両なし。
ただし。
「腕、増えとるやん」
アクトが端末を覗き込んだ。
「増えています」
理香子が答える。
「前回損傷した外部腕は交換済み。左右二基ずつ。背部支持肢二基。防護ユニット一基。火器二基」
「増えとるやん」
「二回言いました」
「大事やからな」
黒曜が横から画面を見る。
「あなたは?」
「二本」
アクトは両手を上げた。
白い装甲。
右。
左。
「脚も二本」
「見れば分かります」
「目ぇも二つ」
「分かります」
「耳も――」
「もういいです」
「はい」
アクトは手を下ろした。
右肩にはまだ負荷制限が残っている。
左膝には補助制御。
ガウスライフルはない。
ヘカトンケイルもない。
外部視覚も。
外部聴覚も。
外部腕も。
火力担当腕も。
ない。
腰には通常小銃。
左脚のホルスターには黒い自動拳銃。
それだけ。
理香子がアクトを見る。
「本当に、その装備で行くんですか」
「せや」
「勝率計算はできません」
「せんでええ」
「比較データが不足しています」
「ほなちょうどええやん」
「何がですか」
「向こうも、あたしがこれで来るデータ持ってへん」
理香子が黙った。
「詭弁です」
「せやな」
「認めるんですか」
「詭弁が間違いとは限らん」
黒曜が杖を持ち上げた。
「私も行きます」
「知っとる」
「止めません」
「珍し」
「止めても行くでしょう」
「学習したなあ」
「誰のせいですか」
アクトは赤い眼鏡を押し上げた。
「ほな」
立つ。
左膝が一瞬だけ遅れる。
待つ。
補助が追いつく。
歩く。
「行こか」
*
旧工業区画。
雨は降っていなかった。
錆びた高架。
使われなくなった搬送路。
倉庫の壁には古い企業ロゴの跡だけが残っている。
ダンボは、その中央に立っていた。
大きい。
前より。
外部装備が増えたせいで、人間の輪郭がさらに遠くなっている。
背中から伸びた二本の支持肢が路面へ触れている。
左右の外部腕。
防護板。
火器。
全部が微かに動いていた。
風ではない。
ダンボ本人が動くより先に。
小さく。
次の位置を探している。
アクトは二十メートルほど手前で止まった。
「よう」
ダンボが顔を上げる。
右目の横で表示灯が点滅した。
《TARGET IDENTIFICATION》
《ARCTURUS》
《THREAT:HIGH》
「失礼やな」
「事実です」
耳元で理香子。
「お前どっちの味方や」
「事実の味方です」
「床の次は事実か」
「集中してください」
ダンボが言った。
「来ると思っていた」
「そらよかった」
「装備が違う」
「軽いやろ」
「ヘカトンケイルは」
「置いてきた」
ダンボの外部腕が一斉に止まった。
ほんの一瞬。
《PREDICTION ERROR》
アクトには見えない。
理香子が読んだ。
「今、予測が外れました」
「そらそうやろ。昨日あれだけ見せたんやから、今日も持ってくる思うわな」
「なぜ持ってこなかった」
ダンボ。
アクトは肩をすくめた。
右肩が痛んだ。
「壊れとる」
「修復できる」
「できるな」
「ならば」
「今日は要らん」
沈黙。
ダンボの右側の火器が数度、角度を変える。
「話しに来た」
「話す必要はない」
「ある」
「ない」
「ほな一個だけ」
アクトはダンボを見る。
「それ、ほんまに欲しいん?」
外部腕。
支持肢。
防護板。
火器。
そして。
その全部を先回りして動かすシステム。
ダンボは答えなかった。
代わりに。
表示灯が点滅する。
《RECOMMENDED RESPONSE》
「今、回答候補が出ています」
理香子の声。
アクトは鼻で笑った。
「それや」
「何がだ」
「今の質問、あたしがお前にしたんや」
「……」
「そいつに聞いてへん」
ダンボの右手が動く。
ほんの少し。
指。
止まる。
《RECOMMENDED RESPONSE:ACCEPT》
「出ました」
「読むな」
ダンボが言った。
理香子が黙る。
アクトも黙った。
数秒。
ダンボが口を開く。
「必要だ」
「何が」
「強さが」
「それは聞いてへん」
「同じだ」
「ちゃうやろ」
外部腕が動いた。
銃口がアクトへ向く。
黒曜の杖が僅かに上がる。
アクトは動かない。
「次に何付けるか」
ダンボの火器が追従する。
「次に何外すか」
防護板が前へ出る。
「次に何をそいつに任せるか」
支持肢が路面を掴む。
「それ」
アクトは自分の胸を指した。
「誰が決めとる?」
ダンボの表示灯。
《RECOMMENDED――》
「俺だ」
アクトは少し笑った。
「ほな」
右手を下ろす。
「今の、そいつに聞いた?」
銃声。
*
アクトは横へ飛んだ。
左膝。
遅れる。
分かっている。
だから最初から、その分だけ早く踏んだ。
弾丸が白い装甲を掠める。
「障壁!」
黒曜の声。
透明な圧力が路面から立ち上がる。
次弾。
止まる。
「話し合いちゃうんか!」
「撃ったのは向こうです!」
「知っとる!」
アクトが通常小銃を抜く。
三点。
防護板。
関節。
外部火器の接続部。
撃つ。
防護板が一発目を受ける。
二発目。
外部腕が割り込む。
三発目。
火器が下がる。
全部。
先に動く。
「相変わらず腹立つな!」
「右から外部腕!」
「どの右!」
「あなたの右です!」
「学習した!」
外部腕。
横薙ぎ。
アクトはしゃがむ。
右肩が悲鳴を上げる。
無視しない。
右手を使わず。
左手を路面へ。
身体を回す。
脚。
二本。
それだけで抜ける。
頭上を金属腕が通過した。
アクトはダンボの懐へ入る。
投げ。
前回は。
重心が逃げた。
今も。
《AUTO BALANCE》
支持肢が路面を突く。
四点。
倒れない。
「知っとるわ!」
アクトは投げなかった。
掴んだまま。
左脚を。
支持肢の接地点へ蹴り込む。
金属音。
一本が滑る。
ダンボの巨体が数センチ傾く。
《BALANCE CORRECTION》
もう一本。
反対側へ。
予測通り。
「黒いの!」
「分かっています!」
重力が落ちた。
路面が軋む。
ダンボの支持肢が二本とも沈む。
外部腕が姿勢保持へ回る。
防護板が下がる。
火器が一瞬遅れる。
アクトはその一瞬で離れた。
「今のは」
「誘った」
「はい」
「便利やなあ、先回り」
小銃を構える。
「次何するか分かるもんな」
三発。
外部腕の関節へ。
今度は当たった。
*
ダンボが突っ込んでくる。
速い。
巨体。
多肢。
システム補正。
正面から見れば壁だった。
アクトは撃つ。
避ける。
撃つ。
しゃがむ。
右肩。
使いすぎない。
左膝。
踏み込みすぎない。
右後ろ。
腕がある。
掴め。
信号が出る。
行き先がない。
「っ」
一瞬。
身体が止まる。
「アクト!」
「分かっとる!」
ダンボの外部腕が来る。
右後ろの腕では受けられない。
ない。
だから。
今ある右腕を上げる。
白い装甲。
衝撃。
身体ごと飛ぶ。
壁へ。
背中。
息が抜ける。
「アクト!」
「生きとる!」
立つ。
左膝。
遅い。
待つ。
立つ。
ダンボが来る。
外部火器。
銃口。
アクトの視界には一つしかない。
正面。
それでいい。
「狭いな」
「何ですか!」
「視界!」
「今言いますか!」
「今やからや!」
撃つ。
防護板。
弾かれる。
ダンボの左腕。
右外部腕。
支持肢。
火器。
全部が別々に動く。
でも。
ダンボ本人の顔は。
アクトを見ていない。
視線が。
一瞬。
右上へ滑る。
何かを読む。
「理香子!」
「はい!」
「今あいつ何見た!」
「推奨表示です!」
「内容!」
「回避優先。次動作――」
「要らん!」
アクトは走った。
「読まんでええ!」
「何をするんです!」
「知らん!」
ダンボの表示。
《PREDICTED ROUTE》
外部腕が動く。
アクトの進路を塞ぐ。
だから。
アクトは止まった。
《PREDICTION ERROR》
半歩。
後ろ。
ダンボの火器が補正。
右。
アクトは左へ。
補正。
左。
アクトは前へ。
「何をしている」
ダンボが初めて聞いた。
「考えとる」
「何を」
「今!」
アクトが踏み込む。
外部腕。
遅れる。
ほんの少し。
予測不能ではない。
予測する材料を。
直前まで作らない。
それだけ。
「非効率だ」
「せやで!」
拳。
ダンボの胸へ。
装甲。
効かない。
でも。
殴る。
「めっちゃ非効率や!」
二発目。
外部腕がアクトを掴む。
身体が浮く。
アクトは笑った。
「ほらな!」
「何がだ」
「失敗した!」
左手。
外部腕を掴む。
脚。
ダンボの腰へ。
身体を捻る。
右肩が軋む。
左膝が鳴る。
それでも。
自分で動かす。
「失敗できるやろ!」
投げる。
支持肢が展開する。
自動。
地面へ。
黒曜。
「そこです!」
重力。
支持肢の先端が路面へ食い込む。
固定。
ダンボ自身の巨体が回る。
外部腕が。
自分を支えるはずの腕が。
回転を止めきれない。
巨体が路面へ落ちた。
轟音。
*
アクトも倒れた。
「痛ったぁ……」
「動かないでください!」
「今は無理!」
ダンボが起きる。
早い。
外部腕。
支持肢。
全部が復帰する。
《RECOVERY ROUTE》
《COUNTERATTACK》
《RECOMMENDED――》
「ダンボ!」
アクトが叫んだ。
ダンボの顔が向く。
「次!」
外部火器がアクトへ向く。
「次、何する!」
「……」
《RECOMMENDED ACTION》
「見るな!」
ダンボの目が止まった。
「お前に聞いとる!」
銃口。
動かない。
「撃つんか!」
〇・一秒。
「撃たんのか!」
〇・二秒。
《RECOMMENDED ACTION:FIRE》
「どっちや!」
ダンボの指が。
動く。
止まる。
「俺は」
「おう!」
「俺は――」
《AUTO EXECUTION STANDBY》
外部火器が動いた。
ダンボの指より先に。
アクトの顔から笑みが消えた。
「……それや」
銃口が向く。
黒曜の障壁。
間に合う。
だが。
アクトは前へ出た。
「アクト!」
「来んな!」
外部火器。
発射。
アクトは。
右へ。
自分で避ける。
遅い。
弾丸が左腕装甲を削る。
警告。
《ARMOR DAMAGE》
それでも前へ。
「自分の手ぇ動かしとるのに」
ダンボの外部腕。
アクトを殴る。
受ける。
「自分より偉い奴がおるん」
もう一発。
白い装甲。
亀裂。
「嫌やないんか!」
アクトの拳が。
ダンボの顔面へ入った。
軽い。
人間一人分の拳。
巨大な外部腕より。
ずっと軽い。
ダンボの顔が横へ向く。
《RECOMMENDED COUNTER》
ダンボは画面を見る。
アクトは。
待った。
「……」
「……」
「どうした」
「お前が決めるまで待っとる」
「なぜ」
「知らん」
「攻撃しろ」
「誰に言うた」
「お前に」
「ほな、お前が決めろ」
《RECOMMENDED COUNTER:GRAPPLE》
ダンボの目が。
表示を見る。
長い。
〇・五秒。
一秒。
二秒。
「遅いです」
理香子の声が震えた。
「選択時間、伸びています」
三秒。
ダンボの右手が上がる。
外部腕ではない。
本人の。
二本しかないうちの。
右手。
アクトの襟を掴んだ。
「お」
そのまま。
殴られた。
「ぶっ!」
アクトが転がる。
「アクト!」
「待て!」
鼻。
血。
アクトは笑った。
「今の」
ダンボを見る。
「お前か?」
ダンボは自分の右手を見る。
《RECOMMENDED ACTION:FOLLOW-UP》
表示。
ダンボは。
見て。
手を下ろした。
《ACTION NOT EXECUTED》
「……俺だ」
アクトは笑った。
「痛いわ、ボケ」
*
戦闘は。
そこで終わらなかった。
そんな綺麗には終わらない。
ダンボの外部システムは動いている。
MCTの回収信号も来る。
理香子が叫ぶ。
「外部回線が増えています! 回収班、四分!」
「四分もあんの?」
「しかありません!」
「十分や」
アクトは立ち上がった。
鼻血を拭く。
「ダンボ」
「……何だ」
「それ外せ」
ダンボの外部腕が動く。
《RECOMMENDED RESPONSE:DENY》
「命令するな」
「命令ちゃう」
「外せと言った」
「提案や」
「同じだ」
「ちゃう」
アクトは自分の左腕を見る。
削れた装甲。
「あたしも付けるで」
「……」
「外すし」
右肩。
痛い。
「壊すし」
左膝。
遅い。
「また付ける」
右後ろ。
ない腕。
まだ少しだけ。
そこにいる。
「次に何付けるかくらい」
アクトはダンボを見る。
「自分で決めろ」
ダンボの表示。
《RECOMMENDED RESPONSE:DENY》
点滅。
ダンボは見ている。
「……外したら、弱くなる」
「なるかもな」
「死ぬ」
「かもな」
「怖くないのか」
アクトは少し考えた。
「怖いで」
右手を見る。
左手を見る。
「せやから、どこまでやるか決めるんやろ」
ダンボの表示が変わった。
《RECOMMENDED RESPONSE:DENY》
その下。
《MANUAL INPUT》
カーソルが出る。
「理香子」
「はい」
「今何した」
「推奨応答を閉じました」
「誰が」
「ダンボです」
アクトは黙った。
ダンボが。
自分の手で。
胸元の操作面に触れる。
外部腕が追従しようとする。
ダンボの指が止まる。
外部腕も止まる。
もう一度。
本人の指だけが動く。
《AUTO ACCEPT:DISABLE》
自動受諾を無効化するための、最後の確認画面が開く。
《CONSENT REQUIRED》
《YES》
《NO》
カーソル。
止まる。
〇・二秒ではない。
一秒。
二秒。
三秒。
YES。
《CONSENT:YES》
アクトは顔をしかめた。
「結局YESなんかい」
「内容が違います」
「分かっとるわ」
外部腕の動きが止まった。
一基。
二基。
支持肢。
防護ユニット。
火器。
完全停止ではない。
安全保持だけ。
だが。
先回りしない。
ダンボの身体が。
急に。
小さく見えた。
大きさは変わっていない。
手が。
二つあるだけだった。
「……重い」
ダンボが言った。
「せやろ」
「身体が」
「せやな」
「遅い」
「せやな」
「狭い」
アクトは。
少しだけ笑った。
「それも、せやな」
黒曜がアクトを見る。
アクトは何も言わなかった。
笑えた。
少しだけ。
*
「回収班、二分!」
理香子。
「帰るで!」
アクトがダンボの腕を掴む。
「待て」
「何」
「俺はMCT所属だ。契約がある」
「知っとる」
「戻らなければ――」
「それも自分で決めろ!」
アクトは手を離す。
「戻るなら戻れ。来るなら来い!」
ダンボを見る。
「立てへんなら置いてく!」
ダンボは。
立った。
外部支持肢は動かない。
二本の脚。
巨体。
一歩。
遅い。
二歩。
「……遅い」
「文句言うな!」
三歩。
左膝を庇うアクトと。
システム補助を切ったダンボ。
どちらも遅い。
黒曜が後ろから言った。
「二人とも遅いです!」
「うるさい!」
理香子の声。
「一分三十秒!」
「走れる?」
「走れる」
「自分で?」
ダンボが一瞬黙る。
「……自分で」
「ほな走れ!」
二人が走る。
遅い。
格好も悪い。
でも。
走った。
*
EVOの回収車両へ飛び込んだ瞬間。
黒曜が障壁を閉じた。
後方。
交差点へMCTの車両が入ってくる。
「出してください!」
車両が加速。
アクトは床へ座り込んだ。
「痛った……」
「だから走るなと言ったでしょう!」
「言うてへんやん!」
「今言いました!」
「後出し!」
ダンボが向かいに座っている。
外部装備は安全停止。
巨体だけが残っている。
理香子が通信越しに言った。
「EVO側へ一時保護申請を出しました」
「通る?」
「契約と企業間問題が絡みます」
「めんどいやつ?」
「非常に」
「一般社会人の仕事やな」
「私は技術契約です」
「逃げた」
「担当外です」
黒曜がダンボを見る。
「これからどうするんですか」
ダンボは答えない。
アクトも聞かない。
しばらくして。
ダンボが自分の右手を見る。
開く。
閉じる。
もう一度。
「二つしかない」
アクトが横から言った。
「二つあるだけや」
ダンボがアクトを見る。
「同じ意味だ」
「ちゃうで」
「何が」
アクトは自分の両手を上げた。
「知らん」
「……」
「そこまで言葉にしたら、たぶん間違う」
黒曜が小さく息を吐いた。
「便利な言葉にしていませんか、それ」
「バレた?」
「はい」
理香子の声。
「同意します」
「二対一ずるない?」
「三対一だ」
ダンボが言った。
アクトが止まった。
黒曜も。
理香子も。
数秒。
「……お前」
「何だ」
「そういうこと言うん?」
「不適切だったか」
アクトは吹き出した。
「いや」
笑う。
右肩が痛む。
「ええやん」
窓の外。
旧工業区画が遠ざかっていく。
アクトは右後ろを見ようとした。
一瞬だけ。
ない目を使おうとする。
それから。
首を回した。
自分の目で。
遠ざかる街を見る。
右手。
左手。
二つある。
それで十分かどうかは。
まだ知らない。
次に何を付けるかも。
まだ決めていない。
だから。
今は、それでよかった。