アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る   作:矢塚 和哉

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百手巨人

 第二次突入は、四人で始まった。

 

 ただし、四人で動いてはいなかった。

 

「アクト、停止」

 

 小鴉の声で、アクトは右足を止めた。

 

 その二秒後。

 

「黒曜、前へ。右壁沿い」

 

「はい」

 

 黒曜がアクトを追い越す。

 

 さらに一秒。

 

「理香子。黒曜にだけ送れ」

 

「送信」

 

 アクトの視界には何も来ない。

 

「何送った?」

 

「知らなくていい」

 

「気持ち悪いなあ」

 

「そのためにやっている」

 

 小鴉の返事は短かった。

 

 旧施設の搬入口は、前回と同じ場所に口を開けていた。

 

 同じ床。

 同じ壁。

 同じ天井レール。

 

 けれど、同じ入り方はしない。

 

 前回ならアクトが先頭だった。

 

 白い装甲を前へ出し、黒曜がその背後へ防壁を置き、理香子が三人の視界へ同じ情報を重ねる。

 

 今回は違う。

 

 先頭は黒曜。

 

 その十メートル後ろをアクト。

 

 理香子はさらに後方。

 

 小鴉は側路から全体を見ている。

 

 互いの位置は分かる。

 

 互いが何を見ているかは、分からない。

 

 理香子の端末には三つの送信窓が開いていた。

 

 アクト。

 

 黒曜。

 

 小鴉。

 

 同じ警告を三人へ投げることはできる。

 

 だが、それをしない。

 

 アクトへは射線。

 

 黒曜へは術式反応。

 

 小鴉へは全体図。

 

 同じ一秒の中で、別々の情報を選び、別々の順序で送る。

 

「アクト。左上、二・四秒後」

 

「了解」

 

 白い身体が沈む。

 

 直後、天井の搬送フックが落ちた。

 

 アクトは避ける。

 

 黒曜にはその情報が届いていない。

 

「黒曜。正面、術式」

 

 黒曜が杖を上げた。

 

 空気が歪む。

 

 見えない圧力が通路を横切る。

 

 アクトは知らない。

 

 だから前へ出ない。

 

 黒曜が守ってくれるはずだ、という判断をしない。

 

 その代わり、小鴉の声を待つ。

 

「アクト、三歩」

 

「三歩?」

 

「三歩だ」

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 三歩。

 

「止まれ」

 

 止まる。

 

 右側の壁が開いた。

 

 銃眼。

 

 しかし銃口は、アクトの半歩前を向いていた。

 

 理香子の画面に数字が出る。

 

《行動予測一致率:43.2%》

 

「下がっています」

 

 前回は七割を越えていた。

 

「まだ高い」

 

 小鴉。

 

「分かっています」

 

 理香子が答えた瞬間、送信窓の一つが赤くなる。

 

 黒曜。

 

 術式警告。

 

 次にアクト。

 

 射線。

 

 さらに小鴉。

 

 搬送床の駆動。

 

 三つ。

 

 順番に処理する。

 

 同時ではない。

 

 そのコンマ数秒が、理香子には長かった。

 

「黒曜、右へ二十センチ」

 

「アクト、伏せて」

 

『理香子、床は』

 

「今送ります」

 

 一瞬だけ指が止まった。

 

 誰から先に送る。

 

 黒曜は術式。

 

 アクトは射線。

 

 小鴉は床。

 

 全部、今だ。

 

 以前なら一度で済んだ。

 

 今は三度選ぶ。

 

「理香子」

 

 小鴉。

 

「処理中です」

 

「急ぐな。順番を間違えるな」

 

「分かっています」

 

 声が少しだけ硬かった。

 

 アクトの視界に赤線が走る。

 

 遅れて、黒曜の足元に術式危険域。

 

 さらに遅れて、小鴉へ搬送床の移動予測。

 

 床が動いた。

 

 アクトの右足が半歩流れる。

 

「うお」

 

 身体が勝手に補正する。

 

 白い脚部が床を噛む。

 

 いつもなら、黒曜の防壁がある方向へ身体を預ける。

 

 しない。

 

 左へ。

 

 自分で戻す。

 

 砲弾が右肩の外を抜けた。

 

「今の遅れた?」

 

「〇・三秒」

 

 理香子。

 

「十分やな」

 

「すみません」

 

「謝らんでええ。来るん分かったし」

 

「会話を減らせ」

 

 小鴉が切った。

 

 アクトは口を閉じる。

 

 ぎこちない。

 

 気持ちが悪い。

 

 それでも、生きて進めている。

 

 そして。

 

 施設のほうが、迷っていた。

 

 搬送アームが一度伸びて、途中で止まる。

 

 砲塔がアクトを追い、黒曜へ振れ、また戻る。

 

 自動扉が閉じかけ、開き直す。

 

《行動予測一致率:38.7%》

 

「効いてる」

 

 アクトが言った。

 

「黙れと言った」

 

「はいはい」

 

「返事もいらない」

 

 その時だった。

 

 施設の奥で、何かが揃った。

 

 音ではない。

 

 アクトは最初、そう思った。

 

 違う。

 

 音だった。

 

 ただし、一つの音ではない。

 

 遠くの駆動モーター。

 

 近くの搬送ローラー。

 

 天井レール。

 

 空調ダンパ。

 

 警備ドローンのローター。

 

 重い足音。

 

 誰かの靴底。

 

 それらが、同じ拍で鳴った。

 

 ――どん。

 

 一拍。

 

 ――どん。

 

「止まれ」

 

 小鴉。

 

 全員が止まる。

 

 理香子の画面で、点が増えた。

 

 二十一。

 

 二十八。

 

 三十四。

 

 三十九。

 

「統合対象が増加」

 

 理香子の声が低くなる。

 

 通路の先。

 

 警備員が二人、角から出てきた。

 

 銃を構えている。

 

 走ってはいない。

 

 左右の足が、まったく同じタイミングで床を踏む。

 

 その後ろに保守要員。

 

 工具箱を持った男。

 

 武器はない。

 

 なのに彼も同じ拍で歩いている。

 

「生体三」

 

 理香子。

 

「本人の運動入力は?」

 

「あります。上から重なっています」

 

 警備員の一人が銃を上げた。

 

 同時に、天井砲塔が回る。

 

 搬送アームが伸びる。

 

 保守要員が壁際の手動盤へ手を伸ばす。

 

 別々の身体。

 

 別々の機械。

 

 全部が、一つの動作の途中に見えた。

 

「伏せろ」

 

 小鴉。

 

 アクトが沈む。

 

 銃声。

 

 砲塔。

 

 警備員。

 

 二つの射線が交差する。

 

 その交点へ搬送アームが金属箱を押し出した。

 

 跳弾。

 

 アクトの頭上を弾丸が抜ける。

 

「何や今の」

 

「三系統で一つの射撃です」

 

 理香子が答える。

 

「砲塔が外して、警備員が当てたのではありません。二つで反射角を作っています」

 

「人間まで跳弾板の計算に入れとるんか」

 

「違います」

 

 理香子の声が詰まる。

 

「人間も、射撃装置の一部です」

 

 保守要員が手動盤を押した。

 

 シャッターが閉じる。

 

 その動作と同時に警備ドローンが降下し、シャッターの縁を足場に方向を変えた。

 

 そのまま黒曜へ。

 

「黒曜、上!」

 

 今度はアクトが叫んだ。

 

 理香子からは送られていない。

 

 見えたから言った。

 

 黒曜は振り向かない。

 

 杖を横へ払う。

 

 防壁。

 

 ただし、自分の前だけ。

 

 ドローンが弾かれる。

 

 アクトはその外。

 

 いつもなら一枚で二人を覆う。

 

 今日は違う。

 

「そのまま!」

 

 小鴉。

 

 アクトは自分で飛び退いた。

 

 白い脚が床を蹴る。

 

 背後で搬送アームが壁を叩く。

 

 理香子の画面。

 

《行動予測一致率:31.5%》

 

「三十一」

 

「もっと落とせ」

 

「これ以上は――」

 

 理香子の声が切れた。

 

 前方。

 

 重い音。

 

 どん。

 

 今度は一つだけではなかった。

 

 ダンボが出てきた。

 

 巨体。

 

 補助腕。

 

 装甲。

 

 第二クールで見た身体。

 

 だが歩き方が違う。

 

 右脚が踏む。

 

 同じ瞬間、左壁の搬送アームが伸びる。

 

 左脚。

 

 天井砲塔が旋回。

 

 補助腕が開く。

 

 警備ドローンが散る。

 

 ダンボ一人が歩いているのではない。

 

 施設全体が、ダンボの歩幅で動いている。

 

「チビ」

 

 声だけは本人だった。

 

「また来やがったか」

 

「おう」

 

 アクトが小銃を上げる。

 

 ダンボの右腕がアクトへ向く。

 

 本人の腕。

 

 補助腕は黒曜へ。

 

 視覚センサーは理香子へ。

 

 脚は小鴉へ通じる側路を塞ぐ位置へ。

 

 一つの身体の中ですら、目標が四つに分かれている。

 

「相変わらず器用やな」

 

「うるせえ!」

 

 ダンボが踏み込んだ。

 

 アクトも動く。

 

「アクト、右へ行くな!」

 

 小鴉。

 

「分かっとる!」

 

 左へ。

 

 いつもの逆。

 

 ダンボの拳が空を切る。

 

 だが、その空振りに合わせて床が動いた。

 

 アクトの足元が前へ送られる。

 

「っ」

 

 拳が戻る。

 

 避けられない。

 

 黒曜を見る。

 

 見ない。

 

 防壁を期待しない。

 

 アクトは左腕を上げた。

 

 白い装甲で受ける。

 

 衝撃。

 

 金属同士の鈍い音。

 

 身体が横へ飛ぶ。

 

 床を滑る。

 

「アクト!」

 

 黒曜。

 

「見るな!」

 

 小鴉の声が重なる。

 

 黒曜の顔が歪んだ。

 

 それでもアクトへ防壁を飛ばさない。

 

 正面。

 

 術者。

 

 暗い通路の奥で、細い人影が杖を上げていた。

 

 魔力が集まる。

 

 黒曜がそちらへ向く。

 

「あなたの相手は私です」

 

 術式がぶつかる。

 

 空気が軋んだ。

 

 アクトは自分で起きる。

 

「痛ったぁ……」

 

「損傷?」

 

 理香子。

 

「左腕装甲。動く」

 

「なら続行」

 

 小鴉。

 

「鬼やな」

 

「死んでから言え」

 

 その瞬間。

 

 理香子の画面に警告が三つ重なった。

 

《西側搬送系:主系統接続まで18.4秒》

《統合生体:6》

《退路干渉予測:上昇》

 

「西側搬送系が繋がります」

 

 理香子が言った。

 

 全体図では、西側区画から伸びる三本の搬送ラインが、アクトたちの退路へ向かっていた。

 

 その上に、生体反応が六つ。

 

 警備員二人。

 保守要員四人。

 

 全員が歩いている。

 

 自分の足で。

 

 けれど、その歩幅に合わせて搬送床が動き、頭上ではアームが位置を変え、壁際のシャッターが順番に開いている。

 

 六人が設備を使っているのではない。

 

 設備が六人を運動部品として運んでいる。

 

『西側を切る』

 

 小鴉。

 

「切断位置は?」

 

『主幹二番。搬送床ごと落とせ』

 

 理香子の指が止まった。

 

「そこを落とすと、生体六が区画内に残ります」

 

『分かっている』

 

「床上に二名」

 

『見えている。十八秒後には六人と搬送系全部がこっちの退路に入る』

 

 全体図に、小鴉が赤線を一本引いた。

 

 西側搬送床が主通路へ接続する。

 

 その瞬間、北側のシャッターと中央の搬送アームが同時に閉じれば、残る退路は一本。

 

 その一本を、ダンボの巨体が塞ぐ位置にいる。

 

「接続されたら三方向から挟まれます」

 

 理香子が言った。

 

『違う。三方向じゃない』

 

 小鴉が赤線を重ねる。

 

『出口が一つになる。向こうはそこへ四十以上の手を集中できる。こっちは逃げながら全部受けることになる』

 

 アクトにも分かった。

 

 包囲されるのではない。

 

 逃げ道そのものを、射線と搬送路と人間で一本の筒に作り替えられる。

 

 十八秒後には、選べる退路がなくなる。

 

 アクトが西側を見る。

 

 薄い隔壁の向こう。

 

 足音。

 

 六つ。

 

 その向こうで、もっと重い足音がした。

 

 ダンボ。

 

 消えてはいない。

 

 アクトを殴ったあとも、巨体は西側搬送系と並走していた。

 

 右肩がこちらを向く。

 

 本人の顔もこちらを見る。

 

 だが脚はアクトを追わない。

 

 補助腕が搬送アームの動作と同期し、巨体そのものが西側系統の運動基準になっている。

 

「チビ!」

 

 ダンボが吠えた。

 

 右腕だけがアクトへ伸びる。

 

 脚は逆方向へ一歩。

 

「止めんな! 俺は――」

 

 補助腕が壁を掴んだ。

 

 本人の身体を引く。

 

 ダンボの拳が、届かない距離で空を殴った。

 

「……あいつまで、道具にしとる」

 

『アクト』

 

 小鴉。

 

『主幹二番を撃て。今なら止められる』

 

「六人ごとやろ」

 

『そうだ』

 

「嫌や」

 

『これは救助の話じゃない。退路の話だ』

 

「分かっとる」

 

『なら撃て』

 

 アクトは小銃を上げた。

 

 照準。

 

 主幹二番。

 

 その手前を、搬送床が横切る。

 

 六人。

 

 撃てば止まる。

 

 たぶん。

 

 人間も。

 

「……退路作るために、人間ごと撃つんはあかん」

 

 照準は主幹から外れない。

 

「別の手ぇ探す」

 

「理香子。主幹二番の隣、何や」

 

「補助同期盤」

 

『アクト』

 

「それ撃ったら?」

 

「搬送系そのものは残ります。同期だけ落ちる可能性が――」

 

『可能性で退路を賭けるな』

 

 小鴉の声が低くなる。

 

『主幹を落とせ』

 

「いやや」

 

『命令だ』

 

 アクトは撃った。

 

 主幹ではない。

 

 その横。

 

 補助同期盤。

 

 短い連射。

 

 装甲板が割れる。

 

 火花。

 

 西側区画で、六人の歩調が崩れた。

 

 一人が転ぶ。

 

 搬送床だけが先へ行く。

 

 頭上のアームが一拍遅れ、隣のアームとぶつかった。

 

 金属音。

 

 ダンボの補助腕が壁を掴んだまま硬直する。

 

「止まった?」

 

「同期率急落。西側、四十二から十九」

 

『退路干渉は』

 

「残っています。搬送系は生きています」

 

『だから主幹を撃てと言った』

 

 小鴉の声に怒鳴りはない。

 

 そのほうが重かった。

 

 アクトは西側を見る。

 

 転んだ警備員が、自分の手で床を押して起きようとしている。

 

 上から重なっていた動きが、ほんの一瞬だけ薄い。

 

「今ならあいつら、自分で動ける」

 

『その代わり、こっちの第二退路が死ぬ』

 

 理香子の画面で経路が赤く変わった。

 

「……第二退路、閉鎖予測」

 

『予定は崩れた』

 

「せやな」

 

『正解だった顔をするな』

 

「してへんよ」

 

 アクトは小銃を下ろさない。

 

「六人残った。その代わり、あたしらの首に縄増えた。それだけや」

 

 一拍。

 

『なら、その縄を持って走れ』

 

「了解」

 

 理香子が新しい退路をアクトへだけ送る。

 

 遠回り。

 

 危険度上昇。

 

 撤退余裕、減少。

 

 救った、とは言わない。

 

 同期を切っただけだ。

 

 その結果として六人がまだ生きている。

 

 その結果として四人の帰路は悪くなった。

 

 代金は、時間で払う。

 

 正面で魔力が弾けた。

 

 黒曜。

 

 洗脳術者。

 

 杖と杖の間で、透明な面が何枚も割れるような音がした。

 

 黒曜の防壁を、相手の術式が斜めに削る。

 

 四センチ。

 

 ほんのわずか外れている。

 

 黒曜はそれを知っている。

 

 だから、その外れた側へ半歩入った。

 

 術式が肩を掠める。

 

「……っ」

 

 黒曜の口元から血が一筋落ちた。

 

 防壁を広げすぎたのではない。

 

 逆だ。

 

 自分一人のためだけに狭く張り、相手の四センチへ身体を置いた。

 

 いつもなら、アクトまで覆う幅を取る。

 

 今日は取らない。

 

 取れない。

 

 視界の端で白い影が動く。

 

 見ない。

 

 見れば、手がそちらへ動く。

 

 その癖まで施設は知っている。

 

「あなたも」

 

 黒曜が息を整える。

 

 術者の杖先が震えた。

 

 命令された角度へ戻ろうとする。

 

 四センチ外へ逃げようとする。

 

 二つの動きが、同じ腕の中で細かく噛み合わない。

 

「全部は渡していないのですね」

 

 返事はない。

 

 代わりに術式。

 

 今度は三センチ強。

 

 黒曜の目が細くなる。

 

 縮んでいる。

 

「理香子」

 

「見ています。命令適合率、上昇」

 

 術者の肩がびくりと跳ねた。

 

 次の術式。

 

 黒曜は防壁で受ける。

 

 衝撃が腕から肩へ抜ける。

 

 喉の奥に鉄の味。

 

 それでもアクトを見ない。

 

「……急いだほうがよさそうです」

 

 黒曜が呟く。

 

 その背後。

 

 ダンボが吠えた。

 

「俺を勝手に動かすな!」

 

 巨体が一歩、アクトへ向こうとする。

 

 脚が止める。

 

 補助腕が逆方向へ開く。

 

 施設側の搬送アームが同じ角度で開いた。

 

 ダンボの身体を中心に、周囲の設備が一斉に姿勢を変える。

 

 本人はアクトを殴りたい。

 

 システムは違う。

 

 ダンボを追撃者として使っていない。

 

 基準点。

 

 巨大な運動ノード。

 

 彼の重心移動に合わせて、砲塔も床も人間も次の動きを決めている。

 

「理香子、ダンボは?」

 

「同期中枢に近いです。本人の運動入力は残っています。でも――」

 

 赤い線。

 

 本人。

 

 白い線。

 

 上位制御。

 

 前回より白が太い。

 

《自律意思:保持》

《上位運動補正:87.6%》

 

「八十七」

 

 アクトの声から軽さが消えた。

 

 ダンボがまた拳を振るう。

 

 アクトへ。

 

 だが肘から先が途中で止まり、補助腕だけが別方向の警備員を支える。

 

「クソが!」

 

 拳が震える。

 

「俺の腕だぞ!」

 

 その叫びに合わせて、施設中のアームが一斉に動いた。

 

 まるで返事をするように。

 

 ダンボの顔が歪む。

 

 怒り。

 

 そして、一瞬だけ。

 

 自分の声に施設が応えたことへの恐怖。

 

 アクトはそれを見た。

 

 何も言わない。

 

 まだ。

 

 本人が助けろとは言っていない。

 

 けれど、時間が減っていることだけは分かった。

 

 理香子の端末で数字が増える。

 

 四十六。

 

 そこで一度、止まった。

 

「西側は?」

 

 アクト。

 

「十九のままです。補助同期盤の破壊は効いています」

 

 理香子の指が走る。

 

 西側の六人を結んでいた線は、まだ細い。

 

 消えてはいない。

 

 だが、さっきまでそこへ集中していた同期要求が、別の経路へ流れている。

 

「迂回しています」

 

「どこへ」

 

「中央搬送制御。違う――警備系を経由して、保守網へ」

 

 画面上で線が伸びる。

 

 西側を直接束ね直しているのではない。

 

 残った砲塔。

 

 警備ドローン。

 

 手動盤。

 

 ダンボを基準点にした運動同期。

 

 それぞれが一度別の系統を通り、遠回りして西側の六人へ戻っていく。

 

 壊した同期盤は復活していない。

 

 壊れたままだ。

 

 施設が、その穴を使わなくなった。

 

「同期率、二十三。二十八。三十四」

 

 理香子の声が速くなる。

 

「戻されてる?」

 

「違います。別の身体として繋ぎ直しています」

 

 アクトが顔を上げる。

 

 西側で、さっき転んだ警備員が立ち上がった。

 

 先ほどとは違う拍。

 

 今度は隣の搬送床ではなく、天井の警備ドローンと同時に足を出す。

 

「四十一」

 

 補助同期盤を撃った意味は消えていない。

 

 十八秒で完成するはずだった包囲は崩した。

 

 第二退路を失うまでの時間も稼いだ。

 

 それでも、止めきれなかった。

 

 百本あるなら、一本切られても別の手で繋ぐ。

 

「四十七」

 

 最後の一つが戻る。

 

 

《統合対象:47》

 

 理香子の画面。

 

 数字が止まった。

 

 次の行。

 

《運動同期:81.4%》

 

「八十一……」

 

 砲塔が動く。

 

 搬送アームが動く。

 

 警備ドローンが旋回する。

 

 ダンボが一歩踏む。

 

 警備員が銃を上げる。

 

 保守要員が手動盤へ触れる。

 

 洗脳された術者が杖を振る。

 

 四センチだけ外して。

 

 全部が同じ拍だった。

 

 建物が動いている。

 

 そう見えた。

 

 床が脚。

 

 柱が骨。

 

 搬送路が腕。

 

 砲塔が目。

 

 人間が指。

 

 ダンボの巨体が、握り締めた拳。

 

 四十七の対象が、四十七個のものではなくなる。

 

 理香子の端末上で、それぞれを結んでいた線が消えた。

 

 代わりに、一つの輪郭が描かれる。

 

 巨大な人体のような輪郭。

 

 実際にそんな形をしているわけではない。

 

 解析系が、そう扱うしかなくなった。

 

《上位意思:単一》

 

 アクトが立ち止まる。

 

「理香子」

 

「待ってください」

 

 新しい行が生成される。

 

《事象分類――》

 

 三秒。

 

 誰も動かなかった。

 

 施設だけが動いている。

 

 四十七の手で。

 

《百手の王》

 

「……何ですか、これ」

 

 理香子が言った。

 

「誰が付けた?」

 

 小鴉。

 

「照合します」

 

 指が走る。

 

 EVO分類コードではない。

 

 MCTでもない。

 

 旧開発班の名称でもない。

 

「外部定義ではありません」

 

 理香子の声が乾く。

 

「システム自身です」

 

 アクトが巨大な施設を見上げる。

 

 どこを見ても、ナギはいない。

 

 どこを見ても、ナギの手だった。

 

 そして。

 

 理香子の回線に音声が入った。

 

 十一年前より低くも高くもない。

 

 機械音でもない。

 

 聞き覚えのある声。

 

「その呼称は適切です」

 

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