アクトと黒曜   作:矢塚 和哉

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CROW SYSTEM / COMBAT PRIORITY ANALYSIS

SUBJECT A SELF-PRESERVATION: OVERRIDDEN
SUBJECT B SURVIVAL PRIORITY: ELEVATED
MUTUAL PROTECTIVE RESPONSE: CONFIRMED
TACTICAL RATIONALITY: DEGRADED
RELATIONSHIP MODEL: EXPANDING

CROWシステム/戦闘優先順位分析

対象Aの自己保存:上書き
対象Bの生存優先度:上昇
相互保護反応:確認
戦術的合理性:低下
関係性モデル:拡張中



弾雨の中心

最初の一発が飛んできたとき、アクトはまだ銃を構えていなかった。

 

乾いた破裂音が、廃貨物駅の天井を殴った。

 

続いて、赤い野球帽のつばが跳ね上がる。

 

帽子の上に取り付けられた機械式のウサ耳センサーが激しく揺れ、右耳側の外装から白い火花が散った。

 

「うわっ」

 

アクトは首をすくめた。

 

弾丸は帽子をかすめたのではない。

 

額の中央に命中していた。

 

赤いセルフレーム眼鏡の奥で、青い瞳が一度だけ瞬く。

 

衝撃を受けた頭部が後ろへ仰け反ったが、足は動かなかった。コンバットブーツの底が、油と錆に汚れたコンクリート床をしっかり捉えている。

 

額には傷一つない。

 

オルソスキンと骨格補綴、防具の裏に仕込まれた衝撃分散材が、弾頭の運動エネルギーを受け流していた。

 

「いったぁ……」

 

痛みはある。

 

無傷と無痛は、別の話だった。

 

「伏せなさい!」

 

黒曜の声が響く。

 

同時に、二発目がアクトの左肩を打った。

 

ジャケットが裂け、その下の銀色のサイバーアームに黄色い火花が咲く。クロームの表面に施された細い丁銀細工を、弾丸が一筋削り取った。

 

「こら!」

 

アクトはようやく背中のアサルトライフルを抜いた。

 

「これ磨くん、めっちゃ時間かかるんやぞ!」

 

三発目。

 

胸。

 

四発目。

 

右脇腹。

 

五発目は左腿。

 

小柄な身体が、立て続けに撃たれる。

 

赤い帽子が揺れ、金髪が舞い、銀色の四肢が火花を吐く。

 

それでもアクトは倒れなかった。

 

むしろ、一歩前へ出た。

 

廃貨物駅のホームには、積み上げられた輸送コンテナと、半壊した無人搬送車が並んでいた。頭上には錆びたクレーンレール。左右に伸びる線路は、闇の中で途切れている。

 

遮蔽物は多い。

 

だが敵も多い。

 

敵の数を数えるより先に、銃口の光が暗闇を埋めた。

 

右側の高架通路に三人。

 

正面のコンテナの上に二人。

 

左の保守事務所の窓に四人。

 

さらに奥、列車の残骸の陰から重い連射音。

 

最低でも十人。

 

アクトのサイバーアイが、発砲炎と射線を重ねて表示する。

 

そのほぼすべてが、彼女へ向いていた。

 

「人気者はつらいなあ!」

 

アクトは叫び、アサルトライフルを肩へ当てた。

 

短い三点射。

 

高架通路の一人が、手すりの向こうへ転がる。

 

銃口を振る。

 

もう一度、三点射。

 

保守事務所の窓ガラスが砕け、奥にいた男が頭を下げた。

 

黒曜はアクトの六メートル後方にいた。

 

長い黒いローブの裾を引き、崩れた貨物台車の陰に身を寄せている。大きな魔女帽子の縁が、弾丸の風圧に震えた。

 

黒髪のおかっぱが頬へ張りついている。

 

右手には古風な杖。

 

紫色の結晶が、呼吸するように明滅していた。

 

「敵の右側を封じます」

 

「頼むわ!」

 

黒曜が杖の石突きを床へ打ちつけた。

 

乾いた音が一つ。

 

その直後、廃駅の右半分が歪んだ。

 

積み上げられたコンテナが二重に見えた。

 

床が斜めに持ち上がり、壁が液体のように波打つ。

 

右側にいた敵の銃口が、一斉に別の方向へ向く。

 

混沌界。

 

視覚だけではない。

 

距離感、上下、音の方向、足裏の感覚。

 

周囲の現実そのものが、信用できない情報へ書き換えられる。

 

敵の一人が空中へ向けて発砲した。

 

別の一人は、存在しない柱の陰へ飛び込もうとして床へ転倒した。

 

「右、空いたで!」

 

アクトが走り出す。

 

彼女の視界にも、床が大きく傾いて見えた。

 

線路が天井へ向かって伸び、コンテナの壁面が足元に変わる。

 

だがサイバーイヤーの平衡強化と、サイバーリムの関節角度情報は、床が水平であることを示していた。

 

目は嘘をついている。

 

機械は違う。

 

アクトは迷わない。

 

三歩。

 

四歩。

 

五歩目で、右脚を強く踏み込む。

 

銀色のサイバーレッグが床を蹴り、身体が低く滑った。

 

敵の一人が、混乱の中で彼女へ気づく。

 

アクトは銃を横へ振り、敵のライフルを銃床で叩き上げた。

 

火を噴いた銃口が天井を撃つ。

 

そのまま懐へ入る。

 

左腕を敵の脇へ差し込む。

 

腰を落とす。

 

「よいしょっ!」

 

柔術の投げ。

 

敵の身体が宙へ浮かび、背中から床へ落ちた。

 

呼吸が止まる音。

 

アクトは倒れた男を踏み越え、次の敵へ銃口を向けた。

 

しかし、混沌界の外にいた敵は冷静だった。

 

奥の列車の残骸から、重い発砲音が響く。

 

通常のアサルトライフルではない。

 

大口径。

 

銃声というより、金属板を巨大なハンマーで殴りつけたような音だった。

 

「アクト!」

 

黒曜が叫んだ。

 

警告より弾丸のほうが速い。

 

アクトの胸部に命中。

 

身体が浮いた。

 

小柄な身体が一メートル近く後ろへ飛び、コンテナの側面へ叩きつけられる。

 

金属壁が大きくへこむ。

 

赤い帽子が落ちた。

 

金髪が広がる。

 

アサルトライフルが手から離れ、床を滑っていった。

 

黒曜の顔から血の気が引いた。

 

「アクト!」

 

「……うるさ」

 

へこんだコンテナの壁から、アクトが身を起こした。

 

胸元のジャケットには、大きな穴が開いていた。

 

防弾プレートの表面が割れ、白い繊維が露出している。

 

その下。

 

生身の胸元には、赤い痣が浮かび始めていた。

 

だが血はない。

 

骨も折れていない。

 

肺も動いている。

 

「――っ、ぁ」

 

息を吸おうとしても、胸が痙攣するだけだった。

 

割れた防弾プレートの破片が、ジャケットの裂け目から床へ散る。胸元の固定具が一つ弾け飛び、白い防弾繊維が毛羽立っていた。

 

視界の端へ警告表示が重なる。

 

胸部衝撃。

 

呼吸周期異常。

 

右肩応答遅延。

 

致命的損傷――なし。

 

アクトは膝をついたまま、二度、三度と短く息を吸った。

 

ようやく空気が肺へ入る。代わりに、胸骨の裏側へ鈍い痛みが広がった。

 

「いっつ……何や今の」

 

口の中に鉄の味がする。

 

血は出ていない。骨も折れていない。肺も動いている。

 

だが心臓は、全力で走り切った直後のように暴れていた。

 

サイバーアイが、奥の射手を拡大する。

 

列車の残骸の陰。

 

固定脚付きの大型ライフル。

 

装甲目標用の弾薬。

 

「対物持ちかいな。そら痛いわ」

 

彼女は落ちた帽子を拾った。

 

潰れたウサ耳センサーを指で起こし、もう一度かぶる。

 

「大丈夫なのですか」

 

黒曜の声が震えていた。

 

「見ての通りや」

 

「見たところ、胸部へ大口径弾を受けています」

 

「それも見ての通りやな」

 

「あなたはなぜ立っているのです」

 

「丈夫やから」

 

アクトは床のライフルへ向かって歩き出した。

 

その瞬間、左右から一斉射撃。

 

十数発の弾丸が飛来する。

 

肩。

 

腕。

 

腹。

 

脚。

 

背中。

 

クロームの四肢が弾丸を弾き、細かい火花が線を描く。

 

右前腕の外装板が固定具ごと弾け、回転しながら床を滑った。左腿の化粧カバーが裂け、内部フレームが覗く。アーマージャケットの布片が舞い、片方のウサ耳センサーが根元から折れた。

 

それでも右腕は動く。

 

左脚も荷重を支えている。

 

照準系も歩行制御も、生きている。

 

アクトは腕で顔を覆ったまま進む。

 

一歩。

 

二歩。

 

右膝に被弾。

 

関節が沈み、床へ膝をつきかける。

 

制御系が姿勢を補正した。

 

立てる。だが警告表示は消えない。

 

三歩。

 

左肩に二発。

 

上体が振られ、腕の反応が一拍遅れる。

 

四歩。

 

脇腹に一発。

 

胃がせり上がり、喉の奥から苦い息が漏れた。

 

耳鳴りの向こうで銃声が続いている。呼吸は、もう整わない。

 

五歩目で、ライフルを拾った。

 

「黒曜!」

 

「聞こえています」

 

「あのデカいやつ、黙らせられるか!」

 

返事はすぐには来なかった。

 

黒曜は貨物台車の陰で、杖を両手に持っていた。

 

青白い顔。

 

唇から血が一筋流れている。

 

混沌界を維持したまま、大口径射手を探っていたのだ。

 

敵の装備には、魔法対策が施されている。

 

護符。

 

防護術式。

 

さらに射手の周囲には、ぼんやりとした霊的な霞がある。

 

敵側にも魔術支援がいる。

 

黒曜は目を閉じた。

 

「黙らせます」

 

短く言い切る。

 

杖の紫晶が強く光った。

 

彼女の周囲で空気が沈んだ。

 

音が一瞬、遠くなる。

 

黒曜の意識が、物質界の表面から深く沈み込む。

 

アストラルの視界。

 

敵の生命が火のように浮かぶ。

 

奥の射手。

 

その背後に、隠れている魔法使い。

 

痩せた男。

 

術式を維持しながら、大口径射手を魔法的に補助している。

 

黒曜は標的を選んだ。

 

射手ではない。

 

魔法使い。

 

「あなたの術式は、粗雑です」

 

敵には聞こえない声で言う。

 

黒曜の左手が宙を切った。

 

不可視の力が、遠距離を一息で駆け抜ける。

 

敵魔法使いの防護が弾けた。

 

紫と青の光が、列車の陰で爆ぜる。

 

男の身体が壁へ押しつけられた。

 

護符が砕ける。

 

同時に、対物ライフルの射手が銃を取り落とした。

 

補助術式が切れた。

 

「やった!」

 

アクトが笑う。

 

だが黒曜は返事をしなかった。

 

杖の紫晶が暗くなる。

 

彼女の膝が崩れた。

 

「黒曜?」

 

魔法は成功していた。

 

完璧に。

 

だからこそ、反動も完全だった。

 

過剰な魔力を一気に通した代償が、術者の内側へ返ってくる。

 

ドレイン。

 

黒曜の視界が白く染まる。

 

喉の奥に鉄の味。

 

鼻から血が流れ、床へ落ちた。

 

彼女は片手をつこうとした。

 

力が入らない。

 

杖が床へ倒れ、甲高い音を立てた。

 

混沌界が消える。

 

歪んでいた駅が、突然本来の形へ戻った。

 

敵兵たちは一瞬だけ戸惑ったが、すぐに状況を理解した。

 

魔法が切れた。

 

術者が倒れた。

 

そして、アクトは遮蔽物の外にいる。

 

「……あかん」

 

アクトの声から笑いが消えた。

 

敵の銃口が、一斉に黒曜へ向く。

 

倒れた魔法使い。

 

戦力外。

 

無防備。

 

優先して排除すべき標的。

 

それは敵にとって、あまりにも正しい判断だった。

 

「それは、あかんやろ」

 

アクトは走った。

 

黒曜まで十二メートル。

 

敵が引き金を絞る。

 

銃撃音が重なり、一つの巨大な轟音になる。

 

アクトは黒曜と敵の間へ滑り込んだ。

 

膝をつく。

 

身体を広げる。

 

左腕を黒曜の頭の前へ。

 

右腕で胴を覆う。

 

背中を敵へ向けた。

 

弾丸が降り注いだ。

 

背部装甲へ連続着弾。

 

金属音。

 

布が裂ける音。

 

クロームへ弾頭が食い込む音。

 

帽子が再び飛ばされる。

 

金髪が弾風にあおられる。

 

一発が右肩の継ぎ目へ入った。

 

エラー表示が視界に浮かぶ。

 

右腕出力、八十二パーセント。

 

二発目が左腿。

 

外装損傷。

 

三発目が腰部。

 

衝撃吸収限界に接近。

 

四発目。

 

五発目。

 

六発目。

 

数えるのをやめた。

 

アクトはただ、黒曜を覆った。

 

「……アクト」

 

黒曜がかすれた声を出す。

 

「喋んな」

 

「私は……まだ、術式を」

 

「無理や」

 

「可能です」

 

「手ぇ震えとるやろ」

 

「これは、一時的な生理的反応です」

 

「戦力外っちゅうねん」

 

「訂正を要求します」

 

「却下や」

 

アクトの背中へ、さらに銃弾が叩き込まれる。

 

身体が前へ押される。

 

黒曜の上へ覆いかぶさりそうになり、両腕で床を支えた。

 

銀色の指がコンクリートへ食い込む。

 

クロームの表面には無数の傷。

 

丁銀細工は削れ、黒い火薬汚れがこびりついている。

 

それでも腕は折れない。

 

「なぜ」

 

黒曜が問う。

 

「何や」

 

「なぜ、遮蔽物へ移動しないのです」

 

「移動したら、お前に当たるやろ」

 

「私は防御術式を」

 

「今のお前が張ったら、死ぬやろが」

 

黒曜は黙った。

 

アクトの身体越しに、射撃の衝撃が伝わってくる。

 

一発ごとに、小さな身体が震える。

 

無傷。

 

確かに、まだ無傷だった。

 

装甲は削れている。

 

サイバーリムの外装も傷だらけ。

 

防具はほとんど原形を失っている。

 

胸には痣が広がり、呼吸のたびに痛みが走る。

 

だが致命傷はない。

 

それでも黒曜には、彼女が少しずつ壊れていくように見えた。

 

撃たれるたびに。

 

守るたびに。

 

「アクト」

 

「今度は何や」

 

「十一時方向。保守事務所の下」

 

黒曜は目だけを動かしていた。

 

魔法は使えない。

 

立つこともできない。

 

それでも観察はできる。

 

「弾薬箱があります」

 

アクトの視界が、示された位置を拡大する。

 

保守事務所の一階。

 

崩れたシャッターの奥。

 

黄色い危険物表示。

 

古い燃料セルと、敵が持ち込んだ予備弾薬箱。

 

「距離は?」

 

「二十八メートル」

 

「間にコンテナ二枚」

 

「一枚目は薄い。二枚目の下部には腐食があります」

 

「見えとるんか」

 

「私は完璧です」

 

「今、地面に転がっとるけどな」

 

「姿勢と能力は無関係です」

 

アクトは口元を歪めた。

 

「ほな、使わせてもらうで。完璧な観測」

 

彼女は左腕で黒曜を覆ったまま、右手のアサルトライフルを持ち直した。

 

右肩の出力が落ちている。

 

照準が微妙に揺れる。

 

スマートリンクが補正値を出す。

 

アクトは呼吸を止めた。

 

敵は撃ち続けている。

 

背中への衝撃。

 

肩への衝撃。

 

右腕の照準が跳ねる。

 

それでも銃口を、十一時方向へ向けた。

 

「一枚目、抜く」

 

引き金。

 

短い連射。

 

弾丸が薄いコンテナ壁を貫く。

 

「下へ四十センチ」

 

黒曜が言う。

 

アクトは銃口を下げる。

 

「右へ二十」

 

修正。

 

「そこです」

 

引き金を絞る。

 

弾丸が腐食した金属板を突き破り、その向こうの燃料セルへ届いた。

 

一瞬の沈黙。

 

次の瞬間、保守事務所の下部が膨れ上がった。

 

白い閃光。

 

爆発。

 

弾薬箱が誘爆し、衝撃波が駅構内を駆け抜ける。

 

窓ガラスが一斉に砕けた。

 

高架通路の敵が吹き飛ぶ。

 

コンテナ上の二人が伏せる。

 

駅の右半分が炎と煙に包まれた。

 

銃撃が止まる。

 

「今や!」

 

アクトは黒曜の身体を抱き上げた。

 

細身だが背は高い。

 

アクトよりずっと大きい。

 

それでもサイバーアームは容易に持ち上げる。

 

「下ろしなさい」

 

「歩けるんか」

 

「歩行能力に問題は」

 

黒曜の足が床についた。

 

膝が折れた。

 

「あるやん」

 

「これは床面が不安定なためです」

 

「床、めっちゃ平らやで」

 

アクトは黒曜を左肩へ担ぎ上げた。

 

長いローブが背中に垂れ、魔女帽子は貨物台車のそばに残された。

 

「帽子」

 

「諦め」

 

「高価なのです」

 

「命より安いやろ」

 

「比較対象として不適切です」

 

「元気やな!」

 

アクトは煙の中を走る。

 

右腕の出力低下。

 

左腿の外装損傷。

 

背部装甲限界。

 

サイバーアイの表示が、警告で埋まっている。

 

その向こうに、脱出経路。

 

保守用の側扉まで二十メートル。

 

敵が煙の中から姿を現す。

 

一人。

 

アクトは走りながら射撃。

 

敵の足元を撃ち、進路をずらす。

 

二人目。

 

弾切れ。

 

「ちっ」

 

ライフルを捨てる。

 

左腿のホルスターから拳銃を抜く。

 

三発。

 

敵がコンテナの陰へ退く。

 

黒曜を担いだまま、アクトは側扉へ近づく。

 

あと八メートル。

 

背後で、重い金属音。

 

対物ライフルの射手が、予備武器を構えていた。

 

大型の自動散弾銃。

 

至近距離。

 

射線上にはアクトの背中。

 

その肩に黒曜。

 

避ければ、黒曜が撃たれる。

 

アクトは振り返った。

 

「頭、下げ!」

 

黒曜の身体を抱き込み、自分の胸元へ押しつける。

 

銃声。

 

散弾がアクトの背中へ叩き込まれた。

 

ジャケットの残骸が吹き飛ぶ。

 

身体が前へ倒れる。

 

だが転ばない。

 

右脚を踏ん張る。

 

平衡強化が姿勢を再計算。

 

反応力強化が、次の動きを先に作る。

 

アクトは黒曜を片腕で抱えたまま、身体を回した。

 

拳銃を撃つ。

 

一発。

 

射手の散弾銃が跳ねる。

 

二発。

 

肩。

 

三発目は撃たなかった。

 

距離を詰める。

 

射手は大柄だった。

 

アクトの倍近い体重。

 

だが重さは、投げられない理由にならない。

 

アクトは黒曜を床へ滑らせるように下ろし、敵の腕を取った。

 

散弾銃の銃口を外へ向ける。

 

敵が殴りかかる。

 

アクトは頭を沈めた。

 

拳が帽子のない頭上を通過する。

 

懐へ入る。

 

右足を敵の足の外へ。

 

腰をぶつける。

 

肘を引く。

 

身体を回す。

 

大柄な射手の足が床から離れた。

 

「せぇ、のっ!」

 

敵が宙を舞った。

 

背中から床へ落ちる。

 

散弾銃が転がる。

 

アクトは敵の腕を捻り上げ、肩関節を固定した。

 

「まだやる?」

 

敵が何かを言おうとする。

 

アクトは少しだけ力を加えた。

 

関節が軋む。

 

「聞こえへんかった?」

 

男は武器から手を離した。

 

「よろしい」

 

アクトは立ち上がる。

 

黒曜を見る。

 

彼女は床へ座り込み、壁にもたれていた。

 

顔は青白い。

 

鼻血は止まっていない。

 

だが目は開いている。

 

「立てる?」

 

「当然です」

 

「ほんまに?」

 

「ええ」

 

黒曜は壁へ手をつき、立ち上がろうとした。

 

脚に力が入らない。

 

ゆっくりと元の位置へ座り直す。

 

「……現在は、立つ必要性がありません」

 

「そら便利な理屈やな」

 

アクトは笑った。

 

そのとき、側扉の向こうで車のエンジン音が鳴った。

 

回収車両。

 

デッカーが遠隔で寄越した無人バンだ。

 

扉が開く。

 

「ほら、帰るで」

 

アクトが黒曜へ手を伸ばす。

 

黒曜はその手を見た。

 

銀色のクローム。

 

傷だらけ。

 

火薬で黒く汚れ、丁銀細工の一部は削れている。

 

指先には、弾丸の破片が食い込んでいた。

 

「あなたは」

 

黒曜が言った。

 

「ん?」

 

「負傷していないのですか」

 

「してへんで」

 

「大量に被弾していました」

 

「当たっただけや」

 

「それを一般的には負傷と呼びます」

 

「血ぃ出てへんやろ」

 

アクトは自分の身体を見下ろした。

 

ジャケットは穴だらけ。

 

胸元の防弾材は裂けている。

 

サイバーリムには無数の弾痕。

 

右肩の動作にはわずかな遅延。

 

左膝から細い煙。

 

帽子は失った。

 

ウサ耳センサーもたぶん修理が必要だ。

 

だが肉体は無事。

 

歩ける。

 

撃てる。

 

まだ戦える。

 

「ほらな。無傷や」

 

「その言葉の定義について、後ほど議論が必要です」

 

「元気になってからにしてや」

 

「私は元気です」

 

「戦力外やったやん」

 

「魔力反動による一時的な機能低下です」

 

「それを戦力外言うんや」

 

黒曜は不満そうに目を細めた。

 

アクトはその身体を再び抱き上げる。

 

「自分で歩けます」

 

「ほな歩いてみ」

 

黒曜は黙った。

 

「素直でよろしい」

 

アクトが無人バンへ向かう。

 

背後では、燃料セルの火が廃駅の天井を赤く照らしていた。

 

砕けたガラス。

 

転がる薬莢。

 

煙の中で明滅する非常灯。

 

ほんの数分前まで静かだった貨物駅は、砲撃を受けた戦場のように変わり果てている。

 

その中心を、赤い帽子を失った金髪の少女が歩いていた。

 

腕の中には、動けなくなった黒衣の魔法使い。

 

少女の身体には、数え切れないほどの弾痕がある。

 

だが一滴の血も落ちていない。

 

無人バンの後部ドアが開く。

 

アクトは黒曜を座席へ寝かせた。

 

医療キットを起動する。

 

自動診断アームが伸び、黒曜の瞳孔と脈拍を確認する。

 

「重度の疲労、急性ストレス反応、魔力行使に伴う身体負荷……やて」

 

「診断精度が低い機器です」

 

「今のお前よりは正確やろ」

 

「比較根拠を提示してください」

 

「まだ言うか」

 

アクトは黒曜の鼻血を布で拭いた。

 

乱暴に見えて、手つきは慎重だった。

 

黒曜は抵抗しない。

 

代わりに、アクトの胸元へ目を向けた。

 

「そこを見せなさい」

 

「何を」

 

「被弾箇所です」

 

「嫌や」

 

「なぜです」

 

「下着見えるやん」

 

「医療行為です」

 

「お前、医者ちゃうやろ」

 

「身体構造については理解しています」

 

「サイバーリムの整備もまともにできへんくせに」

 

「魔術師に機械整備を要求すること自体が不合理です」

 

「ほな、あたしの身体見るんも不合理やな」

 

黒曜は数秒黙った。

 

「では、ストリートドクへ直行します」

 

「帰って寝たい」

 

「却下します」

 

「何でや」

 

「あなたは自分を無傷と誤認しています」

 

「誤認ちゃう」

 

「胸部に対物弾。背部に散弾。その他、少なくとも三十発以上」

 

「数えとったん?」

 

「途中までは」

 

「暇やったんやな」

 

「あなたが私の上で撃たれ続けていたため、他に観察対象がありませんでした」

 

アクトは返事をしなかった。

 

無人バンが動き出す。

 

貨物駅が遠ざかる。

 

窓の外では、赤い炎が闇の中へ沈んでいった。

 

しばらくして、黒曜が言った。

 

「アクト」

 

「何や」

 

「先ほどの行動は、合理的ではありません」

 

「どれ」

 

「私を庇ったことです」

 

「ああ」

 

「あなたが倒れれば、撤退能力が失われます。私はすでに戦闘能力を喪失していました。戦術的価値で比較すれば、優先すべきはあなたの生存です」

 

「せやな」

 

「では、なぜ」

 

「お前に当たったら死ぬやろ」

 

「質問への回答になっていません」

 

「なっとる」

 

「私は、あなたより戦術的価値が低下していました」

 

「せやから何やねん」

 

アクトは右腕の外装から、食い込んだ弾丸の破片を爪で引き抜いた。

 

小さな金属片が床へ落ちる。

 

「戦力外になった仲間を、そのまま撃たせるほど、あたし賢くないねん」

 

「それは知性ではなく、判断基準の問題です」

 

「ほな、その判断基準がそうなんや」

 

「非合理です」

 

「お前もやろ」

 

黒曜の目が細くなる。

 

「私は常に合理的です」

 

「対物持ちの後ろに魔法使い見つけたからって、一人で無理して焼きに行って、ドレイン食らって倒れたやつが?」

 

「あれは必要な攻撃でした」

 

「結果、立てんようになったやん」

 

「敵術者の排除には成功しました」

 

「あたしが撃たれまくるんも、敵の弾使わせて、お前を守れて、最後は全員倒したんやから成功やな」

 

「それとこれとは」

 

「何が違うん?」

 

黒曜は口を閉じた。

 

アクトは笑う。

 

「似たもん同士やな、あたしら」

 

「撤回してください」

 

「嫌や」

 

「私はあなたほど無謀ではありません」

 

「今日、戦力外になったんはどっちやっけ」

 

「一時的機能低下です」

 

「はいはい」

 

アクトは座席へ背中を預けた。

 

その瞬間、顔がわずかに歪む。

 

散弾を受けた箇所が、背もたれへ触れた。

 

息を吐こうとして、途中で止まる。胸が痛み、浅い呼吸だけが何度も続いた。

 

黒曜はそれを見逃さなかった。

 

「痛むのですね」

 

「痛ない」

 

「今、表情が変化しました」

 

「車が揺れただけや」

 

「路面は平坦です」

 

「うるさい」

 

黒曜は身体を起こそうとした。

 

すぐに眩暈が来て、座席へ戻る。

 

それでも手を伸ばした。

 

白く細い指が、アクトの銀色の右腕へ触れる。

 

弾痕の一つをなぞる。

 

「……傷だらけです」

 

「磨けば戻る」

 

「装飾が削れています」

 

「彫り直せばええ」

 

「右肩の応答も遅延しています」

 

「調整すれば治る」

 

「胸部は生身です」

 

「痣だけや」

 

「あなたは、何をもって無傷と定義しているのです」

 

アクトは窓の外を見た。

 

街の灯りが流れていく。

 

赤。

 

青。

 

紫。

 

雨に濡れた道路へ、ネオンが長く伸びている。

 

「あたしが動けて、お前も生きとる」

 

それだけ言った。

 

「それで十分や」

 

黒曜は彼女を見つめた。

 

反論を探している顔だった。

 

だが、見つからなかったらしい。

 

代わりに、銀色の腕へ触れたまま目を閉じる。

 

「次回は」

 

黒曜が小さく言う。

 

「何や」

 

「私が先に倒れることはありません」

 

「そうしてや」

 

「あなたも、必要以上に被弾しないでください」

 

「必要な分しか当たってへん」

 

「三十発以上が必要だったとは思えません」

 

「全部お前に飛んどったやつや」

 

「……そうですか」

 

「せや」

 

黒曜は、それ以上何も言わなかった。

 

無人バンは夜の街を走り続ける。

 

座席の下には、アクトの身体から剥がれ落ちた弾頭の破片が散らばっている。

 

クロームの腕には傷。

 

脚には焦げ跡。

 

胸には大きな痣。

 

背中には散弾の跡。

 

それでも彼女は、自分を無傷だと言った。

 

たぶん明日になれば、ストリートドクに怒鳴られる。

 

修理費の請求を見て、もっと大きな声で怒鳴る。

 

丁銀細工を彫り直す間、ずっと機嫌を悪くする。

 

黒曜は数日、魔法を使えない。

 

そしておそらく、自分は戦力外ではなかったと主張し続ける。

 

いつもと同じだった。

 

ただ一つ違うのは、眠りへ落ちる直前まで、黒曜の指がアクトの傷ついた腕から離れなかったことだけだ。

 

アクトはそれに気づいていた。

 

だが、何も言わなかった。

 

外す理由も、特になかった。

 




共通修正:全話の行頭字下げを削除し、ハーメルン向けの字下げなしに統一。
息切れ、装備外装の破損、機能維持など、ダメージの蓄積が伝わる描写を強化。
(7,31,2026)
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