料理少女ノ魔女裁判 作:牢屋敷食生活改善委員会
やっぱりご飯は美味しいのに限りますから!
人は死んだら生まれ変わる。輪廻転生を本気で信じている人は一体世界中でどれ程いるだろうか。
科学的根拠なんてどこにもない。実際に天国や地獄を見た人なんて聞いたこともない。
テレビで前世の記憶を持ってるという人の特集を見たことはあるが、所詮眉唾物で、実際のところは分からない。
私も、そんな話を信じたことは一回もなかった。
一度目は、夜。部屋に一人で寝ている時だった。
夢を見た。夢に出てくる少女は、『魔法少女』だった。
アニメや漫画に出てくる女の子たちの憧れ。名前は『ペチカ』。美味しい料理を作り出せる魔法を使い、日々人助けをしていた中学生の少女。それが私の見た夢だった。
好きな人の為にお弁当を作り、それを渡して男の子が夢中で食べている様子を、少女も隣で見ている。
その時の感情も、その時の願いも、その時の魔法も、私の脳裏に酷く焼き付いていた。
二度目は、不可思議な夢を見た日の次の夜だった。
好きな男の子にお弁当を渡せて、少女は幸福に満ちていた。
魔法少女に変身する前の少女は、どこにでもいるような普通の女の子。男の子の周りにいる女子達に埋もれてしまう、輝きのない女の子。
けれど、魔法少女なら違った。魔法少女は可憐で可愛らしい。女の子たちの波に埋もれても、その存在は目立つ。
だからこそ、少女は魔法少女に変身して、男の子に近付いた。
本当の自分じゃない。変身を解いてしまえば、そこにいるにはただの少女。それでも少女は、男の子の隣に立てて嬉しかった。
そして、三度目を迎えた今日の夜。
私は毎晩見る不可思議な夢が怖くて、何とか寝まいと普段飲みもしないコーヒーなんかを飲んでいたが、結局襲い掛かる睡魔に耐えられず、そのまま寝てしまったのを覚えている。
場面は昨日の夢から代わり、少女は不思議な世界にいた。
突然現れるモンスターに襲われる世界。倒せばキャンディーが貰える。少女と同じように迷い込んでしまった子――魔法少女たちとパーティーを組んで、魔王を倒す。まるでRPGのゲームだ。
荒野、野原、洞窟と様々なエリアを魔法少女たちと廻り、クリアを目指すゲーム。
そんな楽しげなゲームは、ある一人の参加者が脱落した後の進行役の言葉で、一瞬にして血濡れのゲームへと変わってしまった。
ゲームの世界で死ねば、現実の自分も死ぬ。例え魔法少女に変身したとしても耐えられない電気ショックを心臓に撃たれ、生き絶える。
それからは地獄だった。少女の死体が、少女の墓が一つ一つ積み上がる。
敵はモンスターだけではなかった。
ある魔法少女は同じ魔法少女に顔を真っ二つに切られて死んだ。少女の墓を、皆で作って埋めた。
ある魔法少女はドラゴンの吐いた炎に焼かれて死んだ。黒焦げになった魔法少女は、同じパーティーメンバーだった魔法少女に無理心中で殺された。
ある魔法少女――ペチカとパーティーを組んでいた魔法少女も死んだ。友達を助けるために、死んだ。人質になっていたペチカを助けるために、目の前で死んだ。
少女『ペチカ』は何も出来なかった。友達が目の前で死んでいくその光景。ペチカは以前にも見たことがあった。
それはペチカが魔法少女になった時。監督役から少女達へ殺し合いをするよう命じられて、ペチカの目の前で友達は殺された。
先程まで忘れていた記憶。試験後、監督役の手によって無理矢理封印された、忘れてはいけないペチカの【禁忌】。
また、目の前で友達が死ぬ。ペチカはただ見ていることしか出来ない。抵抗すれば殺される。痛いのは怖い。死ぬのはもっと怖い。
でも――何より、また友達が目の前で殺されるのは、どんなことよりも怖かった。
ペチカは動いた。ペチカ達を殺そうとする殺人鬼の隙を突く形で魔法を発動させ、状況をひっくり返した。
しかし、殺人鬼もただでは終わらない。ペチカの友達の命を刈り取らんとし、銛が放たれた。
それに気が付けたのはペチカだけ。自然と、ペチカは友達を庇うように体の位置を入れ換えた。
背中に突き刺さる冷たい銛の感触。抜けていく自分の血。冷えていく自分の体。最後に見たのは、驚愕で見開かれる友達の目。
ペチカは死に近付いていた。このまま、ペチカは死ぬ。やりたいことは沢山あった。家族にももう一度会いたかった。
けれど、今度こそペチカは友達を守ることができた。弱さを乗り越えることができた。それが、ペチカに唯一残った最後の希望だった。
この世界に生まれて、何も知らずに生きてきた私の世界は、一夜にして一変した。
世界が色褪せていく。ベッドから身を起こして見える世界は、本当に自分の世界なのかと違和感を覚えてしまう。
そうだ。私は――この世界に生まれる前から、私は別の世界で生きていたはずだった。
忘れていた。今の今まで忘れていた。なんで忘れていたんだろう。絶対に忘れてはいけない、大切な記憶だったはずなのに。
体の震えが止まらない。いくら体を押さえつけても、体がいうことを聞いてくれない。
いや、忘れていたわけではない。
今まで見てきた夢は、全て私の前世の記憶であり、それを私はいまようやく思い出していたのだ。
自分の前世を。自分の最期を。自分を守ってくれた友達のことを。
「…ごめっ、ごめん……ねっ……みん、な……」
布団に雫が落ちる。いつの間に泣いていたのか、涙が止まらない。
痛い。心臓が痛い。忘れたくなかった。友達の顔も、声も、思いも、忘れたくなかった。
前世の記憶が、私を蝕む。今まで生きてきた私の全てが、『ペチカ』に染まる。
この記憶が、今の私には全く関係のないことだってのは分かっている。
けれど、思い出してしまったのだから、もはや私は私に戻れない。
私は、なにも知らなかったただの少女に戻れない。
「……はぁ……はぁ……」
やがて、痛みが収まりだした。それでも、忘れていたという【罪】は消えない。
この記憶は、今後も私の頭から消えることはない。いや、絶対に消してはいけない。
そうだ、記憶するだけでは足りない。何かがあった時のことも考えて、この記憶を残さなければいけない。
「……のこさないと……また、消えちゃう……」
また消されても思い出せるように。
記憶が消える前に残さなければ。
ベットから這い出て、勉強机に座る。引き出しから新品のノートを取り出し、表紙に名前を書いた。
タイトルは『ペチカ』。決して忘れないように、ここに記憶を残す。
書いて、書いて、書いた。時間も忘れて、ひたすらに書いた。
眠気なんて気にならない。中学の受験勉強の時だってここまで集中してやれたことなどない。
ただ、二度とこの記憶を失わない為に、書き続ける。
どうして今になって、この記憶が私に戻ってきたのか分からない。
この記憶は、私の【罪】そのもので、私の後悔と願いでもあった。
今はただ、このペチカの記憶が再び消えないようにするだけ。
そうしなければ、今度こそ【私が私でいられなくなる】。
あのコロシアイによって失われた命を、覚えること。
それが、私の――今はいない友達への、祈りでもあった。
その日、一人の少女――建原チカは【ペチカ】となった。それはチカが14歳の誕生日を迎える三日前の夜のことだった。
『囚人プロフィール』
囚人番号:671《建原 チカ》【原罪:勇気を手にした戦わない少女】
「あまり、役に立てないかもですが……お料理なら、少し自信があります……」
争い事が嫌いな、気弱でいつもおどおどしている少女。
ある時を境に少し性格が変わったようで、いつも手には【ペチカ】と表紙に書かれたノートを持っている。
人が傷付くことを何より嫌い、誰かが傷つきそうになると突発的に動く事がある。
誰かと一緒に食事をする時間を大事にしており、食事の配膳や後片付けなどは率先して行ったり、可能であれば調理を担当したりと家事スキルは高い。
また、過去に何か事件に巻き込まれたことがあるのか、人の悪意に敏感な部分がある。