TS死霊術師な偽聖女は、勇者がゾンビ化している事を隠したい 作:汐留美海
そもそも、なぜ何の変哲もないその辺の男だった私が、この異世界に救国の聖女として召喚されてしまったのか。
皮切りになったのは、私がトラックに跳ねられたことだったのだが、その理由はあまりにもくだらなく、そして理不尽極まりないものだった。
『大変申し訳ございません、レノ様。前代の聖女様が、隣国の
召喚からしばらくして、聖女の召喚に成功したことを国王に報告する、といって王国の会議室みたいな場所連れ出された。
そこで国の重鎮たちが土下座しながら叫んだあの言葉を、私は一生忘れないだろう。
駆け落ち。しかも隣国のキャベツ農家。
国家の命運を握る聖女がそんな理由で職場放棄するのも凄いが、穴埋めのためだけに異世界からその辺の人間を適当に引きずり出し、しかも性転換までさせるこの王国の民度も大概である。
しかし、魔王が暗黒属性であることから、浄化——つまり魔王に対抗できるのは、神聖魔法を使える者たちだけらしい。聖女はその筆頭であり、神聖国の象徴でもあるんだとか。
ちなみに、この国では暗黒魔法は禁忌に数えられていて、厳しい統制の元管理されている。異端審問とかも結構起きているし、酷い時は火にかけられ公開処刑されるんだとか。
だがよく考えてほしい。私の魔法は全て暗黒魔法だ。
あなたたちの聖女様、異端に手を染めているどころか異端そのものですよ!
と言ってあげたいが、死にたくはない。
そんなこんなで私は、偽聖女として振る舞う羽目になり。
そしてあろうことか、国を救うために編成された、国内選りすぐりの最強勇者パーティへ、ヒーラーとして配属されたのだった。
そう、あの三人との初対面の日である。
『やあ! 君が新しい聖女様かい? 俺は勇者のレイモンド! どんな激戦でも君を絶対に護ってみせるよ!』
爽やかな笑顔で剣を構え、王道のヒーロー像を絵に描いたような青年——金髪のイケメン勇者、レイモンド。
圧倒的な剣技と光の加護を持つパーティの絶対的リーダーだが、その実態は「俺の辞書に回避の二文字はない!」とばかりに敵の攻撃を正面から全受けする超脳筋攻撃特化型アタッカー。
つまり、ヒーラーがいないとすぐに戦闘不能になる。
『へっ、ひょろっこいお嬢ちゃんじゃねえか。俺は戦士のガーランド。足手まといになったら容赦なく置いていくからな』
大柄な体に無数の傷痕を刻んだ、強面の大斧使い——ベテラン戦士、ガーランド。
口は悪いが経験豊富なパーティの頼れる前衛……のはずなのだが、いかんせんベテランゆえの慢心が多く、初見のトラップや魔物の奇襲を真っ先に踏み抜く歩く一級フラグ建築士である。
つまり、ヒーラーがいないとすぐに戦闘不能になる。
『私は魔法使いのルナ。……聖女様、お願いだから前衛のバカ二人みたいに突っ込んで即死しないでね。回復役を失ったら終わりなんだから』
長髪に知的な眼鏡を光らせた、細見でかわいらしいクール美少女——天才魔法使い、ルナ。
広域破壊魔法のスペシャリストで、パーティの中で唯一まともな警戒心と知性を持っている……はずだったのだが、ステータスを魔力に極振りしているらしく防御力がその辺のガキより低いため、低級の魔物の攻撃でも、受けてしまえばただでは済まない、という致命的な弱点を抱えていた。
つまり、ヒーラーがいないとすぐに戦闘不能になる。
王都の豪華な壮行会で、キラキラとした眼差しを向けてきた三人。
あの時の私は「頼もしい仲間たちだなぁ、これなら後ろで祈ってるだけで安全に旅が終わるかも!」なんて能天気な期待を抱いていたのだが。
終わってるだろこのパーティ。
なんで国内最強の専門職を集めてこいつらが出てくるんだよ。聖女はキャベツと駆け落ちするわ、次の聖女は暗黒聖女だわ、酷すぎるだろこの国。
*
異世界召喚から三日後。
私は王都郊外にある『練達のダンジョン』の第一層にいた。主に練習用に使われるダンジョンで、中には危険な魔物もいるが、基本的にはそこまで危なくないらしい。
本格的に旅立つ前に、まずはパーティとしての練度をあげておこう、という勇者の提案で、私たちは一度ここに立ち寄り、練習をすることになった。
「ハハハ! そう怖がるなよ、聖女様! 俺が後ろから迫る魔物を一匹残らず切り刻んでやるから!」
前方を歩くのは、金髪をなびかせた爽やかなイケメン剣士——勇者のレイモンド君、17歳。
その隣には、大斧を担いだ重戦車のガーランド、後ろには黒髪の天才魔法使いルナが控えている。
王国の精鋭を集めた、まさに完璧な勇者パーティ、だったらよかったのだが。
「ええ、頼りにしています、レイモンド様。……ですが、どうかご無理なさらないでくださいね」
私は胸の前で手を組み、聖女ロールプレイの一環である、儚げな美少女スマイルを浮かべて見せる。自分がかわいい自覚があると、なんの躊躇いもなくこういう事ができるんだ。人って恐ろしい。
しかし、本心である。何故ならヒールが使えないから。
レイモンドは「へへっ」と鼻の下を伸ばし、「聖女様に心配されるなんて男冥利に尽きるぜ!」と上機嫌で胸を叩いた。
慈愛に満ちた笑顔の裏で、私の心臓はバクバクと早鐘を打っていた。
この三日間、必死に魔法の練習をしたのだが、私が出せる光魔法は小さな電球程度の明かりが限界だった。
そんな光じゃ擦り傷ひとつ治せないし、使っても百物語のろうそくみたいな使い方しかできない。しかも、持続時間が極端に短く、数十秒もしたら禍々しい紫色の明かりに変わってしまう。
もし誰かが怪我をして「聖女様、ヒールを!」なんて頼まれたら、一瞬で偽物だとバレて火あぶりの刑である。
絶対に誰も怪我をしないノーダメージ攻略を目指してもらうしかない。
そう心に誓った、まさにその時だった。
「グオォォォォン!!」
ダンジョンの曲がり角から、体長三メートルを超える巨体——ザコイクマが猛スピードで飛び出してきた。
「敵奇襲! レイモンド、下がれ——」
「へっ、C級風情が! このレイモンド様の初陣の引き立て役になりたいらしいな!」
ガーランドの制止も聞かず、レイモンドが単身突撃する。
彼は大剣を振りかぶり、カッコよく叫んだ。
「喰らえ! 一閃——ぶぶっ!?」
どがしゃぁぁぁぁん!!
次の瞬間、あまりにも無造作なザコイクマの丸太のような腕振りが、レイモンドの顔面を捉えた。
爆音とともに、レイモンドの身体が横飛びに弾け飛び、ダンジョンの頑丈な岩壁に激突する。
「レイモンド!?」
「ぐ、ガハッ……!?」
ぐにゃり。
……嫌な音が聞こえた。
レイモンドの首が、人間ではあり得ない角度——真後ろに向かって九十度以上曲がっている。
白目を剥き、四肢をピクピクと痙攣させたあと、ガクリと動きを止めた。
「「レイモンドーーーッ!?」」
ガーランドとルナが悲鳴を上げる。
私も絶句した。
(く、首折れてるぅぅぅぅぅぅ!! 一撃即死!? 嘘でしょ!? この国の勇者弱すぎるだろ!)
パニックで頭が真っ白になる。
首骨折。心停止。もはや彼は勇者ではない。まごうことなき死体だ。
「聖女様! レイモンドにヒールを! 早く……早く治してくれぇぇ!」
「聖女様、お願いです! レイモンドを……っ!」
仲間二人が涙を流しながら私にしがみついてくる。
ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。
初陣で、しかも初級ダンジョンの下位モンスターの突進で勇者即死。アホにもほどがある。
……なんとなく、前代の聖女が救国を捨ててキャベツを選んだ理由が分かった気がした。
このままレイモンドが死んだら「聖女のくせに勇者を死なせた」と糾弾され、処刑されるかもしれない。さらに、ヒールを使おうとして何も起きないことがバレても処刑。処刑処刑処刑。
処刑。
いや、待て。
私の脳裏に、ステータス画面に書かれていた初期スキルの名前が閃いた。
【死体錬成・極】
【魂の繋ぎ止め】
目の前には、死にたて新鮮な死体が転がっている。
ゴクリと生唾を飲み込む。
ヒールは使えない。だが、死体を元通りにして動かす死霊術なら、私には人類史上最高の才能がある。
これは暗黒魔法で、バレたら即処刑だけど、このまま死なせても即処刑だ。 なら、やるしかない。
「……任せてください。レイモンド様は、私が必ずお救いします!」
私は覚悟を決めた。
膝を突き、バカ勇者の死体に手をかざす。
そして、【死霊隠蔽】で禍々しい暗黒魔力を黄金色の神々しい光に装飾しながら、限界まで魔力を練り上げた。
(行けぇぇぇ! 壊れた首の骨を糸のように紡いで繋ぎ直せ! 逃げ出しかけた魂を無理やり肉体に叩き込めぇぇぇ!)
死体錬成・極——!!
ブワッと眩い黄金の光がバカの全身を包み込む。
光の内部では、私の精密な暗黒魔力がゴミの頸椎をガツンガツンと力技で連鎖結合させ、停止した心臓をよくわからない原理でえぐり取り、代わりに魔力の塊を押し込んでいる。
ガクンッ!!
「……がはっ!? ぶはぁっ!?」
バカ勇者―—レイモンドが跳ね起き、猛烈に息を吹き返した。
折れていた首が、バキバキッと嫌な音を立てて正常な位置へと戻る。
「「れ、レイモンドぉぉぉお!!」」
ガーランドとルナが叫びながら抱きつく。
レイモンドは呆然と自分の手を握ったり開いたりしていた。
「あ、あれ……? 俺……首が折れて……?」
「ふふっ……よかった、間に合いましたわ」
私は額の冷や汗を密かに拭いながら、まるで女神のような微笑みを浮かべた。
「私の
「か、神の奇跡……! あんな絶望的な致命傷を一瞬で……!? あのキャベツと葉大違いだ……!」
「すごい……! 聖女様、本当に死者すら蘇らせるほどの力をお持ちなのね……!」
二人が感動の涙を流して私を崇め奉る。
ふぅ……なんとか誤魔化せた。
そう、思っていたのだが。
「……? あれ、なんか首のあたりが麻痺してるみたいで、まったく痛くないぞ? すごいな聖女様! 痛みまで消してくれるなんて!」
明るく笑うレイモンド。
不安になり、レイモンドの胸元にそっと手を触れてみると、
彼の心臓は鼓動を止めていた。
というか、さっき魔法で心臓えぐり取っていたのだから、もしかたら今の彼には心臓が無いのかもしれない。
つまるところ、大神聖国の勇者、レイモンドは、聖女の手によってゾンビになってしまったらしい。
まあ、自覚症状もないし、元気に喋って動けてるからいっか。
見た目も完璧だし、喋り方も生前そのままだし、誰もゾンビだなんて気づかないよね、多分。
「さあレイモンド様、あそこにいるクマさんを倒しに行きましょう!」
「おう! 聖女様に見せ場を作ってもらったんだ、一撃で仕留めてやるぜ!」
ドスドスと元気よく走っていく勇者レイモンド(脈拍ゼロ・痛覚ゼロの超高スペック高級アンデッド)。
正直、完璧な対応だった。これで誰も死なさずに済む。
私は自分の機転の早さに満足し、小さくガッツポーズを決めた。
しかし、この時の私はまだ知らなかった。
これが、勇者パーティ全員を無自覚な最強アンデッド軍団へと変貌させる、狂気の第一歩であったことを——。