TS死霊術師な偽聖女は、勇者がゾンビ化している事を隠したい 作:汐留美海
勇者レイモンドの死から二週間。
私たち勇者パーティは、王国北東部に広がる広大な魔境——通称「暗森」の奥深くへと足を踏み入れていた。
ゾンビ化した勇者の快進撃によって、先日のダンジョンを全て踏破し終えたあと、力試しに、とレイモンドが提案したのだ。なんでも、ここを越えないと魔王領に向かう事は出来ず、一方的に攻撃され続ける上に、攻め入られたら市街戦に発展しかねないらしい。
暗森は、太陽の光すら届かない密林である。
樹齢数百年を数える巨木群が空を覆い尽くし、足元には湿り気を含んだ腐葉土と、怪しく発光する毒胞子が立ち込めている。滅多に人が寄り付かないため、棲息する魔物たちは独自の進化を遂げており、さらにはヤバイドラゴンが根城にしているらしく、国家級の危険地帯として冒険者ギルドから禁域に指定されている場所だ。
「……ねえ、レイモンド。やっぱり少し慎重に進んだ方が良くないかしら? ここ、ギルドの資料だとAランクパーティですら全滅したって記載されていたわよ……」
パーティの最後尾で、魔法使いのルナが不安そうに杖を抱きしめた。15、6歳の少女だ。
いくら最強の魔法使いと言えども、流石に怖くなったらしい。
細身で知性的な彼女は、パーティの中で最も警戒心が強く、危険察知能力に優れている——はずだった。
「ハハハ! 何を弱気になってるんだよルナ! ほら見ろ、この森の魔物なんて俺の敵じゃないぜ!」
先頭を疾走するレイモンドが、大剣を一閃。
樹上から飛びかかってきた、通常種よりも一回り巨大で全身が黒く変異したアビス・スケルトンの頭蓋を、軽々と一撃で砕き割る。
「見ろよガーランド! 聖女様のヒールを受けてからというもの、俺めちゃくちゃ調子がいいんだ! 以前なら一時間も走れば息が切れたのに、今は何キロ走っても問題ねぇ! 体力が無限に湧いてくる心地だ!」
レイモンドは輝くばかりの笑顔で親指を立ててみせる。
……相変わらず彼の胸に手を当てても、心臓はピクリとも動いていないのだが、本人は全く気付いていない。
「へっ、若者が調子に乗るなよ! この暗森の怖さは魔物だけじゃねえ、罠と環境だ。まあ、このベテランのガーランド様に任せておけば——ぐあぁっ!?」
ガーランドが自慢の重斧を掲げて前進した、まさに次の瞬間だった。
カチリ、と足元で嫌な音が響く。
ズドバァァァァァン!!
暗森の地底に潜んでいた超大型の魔導罠——地脈噴出刃が作動した。
鋭利な岩の槍が足元から突き上がると同時に、森の暗闇に潜んでいた魔術師系の変異種、アビス・シャーマンたちが、一斉に四方から高位爆裂魔法を打ち込んだのだ。
ドガァァァァァァァン!!
暗森の静寂を切り裂く、鼓膜を破らんばかりの爆音と激しい熱風。
黒煙と土煙がゆっくりと晴れていく。
「ガーランド!!」
「ひぁっ!?」
煙の向こうに転がっていたのは……右脚が膝下から木っ端微塵に吹き飛び、全身が黒焦げの消し炭と化したガーランドの凄惨な肉体だった。
「が、は……っ……せ……聖女……様……」
ガーランドが口からゴボッと大量の血を吐き出し、そのままガクリと首を折って絶命する。
二度目の惨劇。ルナが「いやあああああっ! ガーランドが、ガーランドがぁ……!」と頭を抱えて悲鳴を上げる。
(死んだーーーーーッ!? かっこつけた瞬間に死んだんだけど!!)
私の胃が雑巾のようにギリギリと絞り上げられる。
右脚欠損、全身重度熱傷、そして当然のごとく心停止。
普通の回復魔法なら、脚を生やすどころか出血多量とショック死でとっくに死亡確定判定だ。
また、使うしかないのか……。
「ガーランドさん! 今すぐお助けしますわ!!」
私は悲壮感を全力で全身から漂わせながら、ガーランドの死体へ猛ダッシュした。
すかさず死霊隠蔽を発動し、禍々しい闇の魔力を眩い黄金の神聖光へとカモフラージュして撒き散らす。
その光の陰で、私は足元に転がっていた焦げた肉の塊を魔法で手際よく拾い上げた。
切断面の骨を闇魔力で強引に接合。ズタズタの筋肉と神経をよくわからない原理で縫合! ついでに皮膚の焦げ跡を綺麗に脱色・再錬成!!)
【死体錬成・極】——発動!!
バチバチバチッと黄金の火花が散り、ガーランドの右脚が瞬時にくっついた。
「……がはっ!? ふぅぅぅぅ……っ!!」
息を吹き返すガーランド。
彼は半狂乱で自分の右脚をペタペタと触り、信じられないという顔で目を見開いた。
「あ、足が……吹っ飛んだはずの足が元通りに……!? 痛みも……ねぇ!?」
「神のご加護ですわ、ガーランドさん!」
私は滝のような冷や汗を笑顔の裏に隠した。
立ち上がったガーランドの視線の先には、自分を死に至らしめた炎の魔術を放ったアビス・シャーマンたちが、不気味な杖を構えて二度目の詠唱を始めていた。
だが、今のガーランドには痛覚すら存在しない。
「てめぇら……よくも俺の脚を吹き飛ばしてくれたな……!」
ガーランドの瞳に凄絶な怒りが宿る。
彼は地面に転がっていた身の丈ほどもある大斧を無造作に拾い上げると、右脚の接合部を一切気にする様子もなく爆発的な踏み込みを見せた。
「死ねやぁぁぁぁぁッ!!」
「「!!??」」
死んだはずの男が五体満足で肉薄してきたことに、アビス・シャーマンたちが驚愕の表情を浮かべる。
直後、ガーランドの繰り出した極大の一閃が、一匹の胴体を斜めに一刀両断した。
「ガハハハッ! 痛くも痒くもねぇ! 聖女様の加護を受けた今の俺は無敵なんだよッ!」
血飛沫を浴びながら、ガーランドは狂暴な笑みを浮かべて残りのシャーマンたちへ躍りかかる。
背後から放たれた追撃の火炎弾が直撃し、彼の背中の肉が焼ける嫌な匂いが漂うが、痛覚が完全に麻痺しているガーランドは眉一つ動かさない。
「その程度の熱さ、ぬるま湯以下だぜぇッ!」
振り下ろされた大斧が爆音とともに大地を叩き割り、残るアビス・シャーマンたちを骨ごと粉砕して肉塊へと変えた。
圧倒的な暴力。死すら克服した男の前には、暗森の凶悪な魔物すらただの的でしかなかった。
しかし、悪夢はそれだけで終わらなかった。
樹上の影が一瞬歪んだかと思うと、冷徹な殺気が全方位から奔流となって押し寄せてきたのだ。
「ルナ、後ろだ! 影から魔物が——」
「えっ——ひぐっ!?」
暗森の捕食者にして、冒険者たちの間で、一瞥されれば即棺桶と恐れられる絶望の奇襲者——影縫いの
光を完全に吸収する漆黒の毛皮を纏い、足音も気配も一切残さずに獲物の頸椎へ毒刃を撃ち込む姿は、冒険者ギルドで死神と呼ばれ畏怖されていた。
その猛毒が塗られた黒鎌が、ルナの細い首筋を深々と貫く。
一瞬で全身の血管を駆け巡る致死性の猛毒。ルナの瞳から光が消え、膝から崩れ落ちてそのまま突伏した。
(ルナも即死したぁぁぁぁぁ!!??)
「ルナーーーッ!!」
レイモンドとガーランドが叫ぶ。
私はもはや半狂乱だった。
(死霊術発動! 頸椎と血管をどうにかして、あとはその辺に浮いてる魂を――)
【死体錬成・極】!!
「……っはぁぁぁぁ!?!?」
ルナが跳ね起き、自分の首を両手で押さえた。
「私……毒で……息が……あれ!? 痛くない……!?」
その瞬間、ルナの蘇生を目撃したヴァルグ・ダガーの一群——数頭の黒影が一斉に威嚇の唸り声を上げ、その場を離脱しようと闇へ溶け込みかけた。暗殺者として、仕留めたはずの獲物が立ち上がる異常事態を察知したのだ。
しかし、生き返ったばかりのルナの目が、激しい怒りで青く輝いた。
「不意打ちなんて、卑怯じゃないの……!!」
ルナは胸の前で両手を交差させると、杖を固く握りしめた。
彼女の中に宿るのは、すでに人間を超越した死体特有の無尽蔵な魔力と、自らの死を無かったことにされた不条理なまでの昂揚感だ。
「聖女様の奇跡を無駄にさせない……! 焼き尽くしなさい! 【
暗黒の森に、太陽のごとき灼熱の濁流が解き放たれた。
本来なら多大な魔力消費を必要とする超位級の広域破壊魔法。しかし今のルナは、アンデッドであるが故に魔力切れが起きない。
無詠唱かつ最大火力で放たれた炎の嵐は、闇に紛れて逃走を図っていたヴァルグ・ダガ―を容赦なく呑み込んだ。
「ギャァァァァァッ!?」
木の幹から影へと逃げ込もうとしていたヴァルグ・ダガーたちが、影ごと熱波に焼かれて悲鳴を上げる。
森の一角がまるごと爆炎に包まれ、死神と恐れられた魔物の一群は跡形もなく灰燼へと帰した。
残響と焦熱が去り、静寂を取り戻した森で、ルナは興奮冷めやらぬ様子で自らの手を見つめた。
「すごいわ……! 今の特級魔法、前なら魔力を使い果たして動けなくなってたはずなのに、指先一つ重くならないなんて……! これが、聖女様の神聖魔力による祝福の力なの……!?」
「おいルナ、無事かッ!? 聖女様、ルナの首の傷は大丈夫なのか!?」
大剣を構えたレイモンドと、大斧を担いだガーランドが慌てて駆け寄ってくる。
ルナは自分の首筋をそっと触り、傷痕一つ残っていない滑らかな肌の感触にうっとりと目を細めた。
「ええ……痛みも、毒の痺れも完全に消えているわ。ただ首を貫かれたあの瞬間、聖女様のあたたかな光が私を包み込んで……まるで死の淵から強引に引き戻されたような感覚があったの」
三人の視線が一斉に、ハアハアと肩を上下させている私へと注がれる。
「……よかった。みなさんが無事で、本当に」
私のその悲壮感漂う姿に、勇者パーティの三人は激しい感涙に震えた。
「聖女様……! 俺たちのために、あんなに命を削って奇跡の治癒を……!」
「首が折れても、足が吹き飛んで、即死の毒に侵されても……聖女様がいれば、俺たちは絶対に死なない……!」
「ええ……! 聖女様は、私たちを死の淵から何度でも救ってくださる本物の聖女よ……!」
三人が熱い、崇拝に満ちた眼差しで私を仰ぎ見る。
私は三人のステータスを心の中でこっそり鑑定した。
【レイモンド】:種族:高級アンデッド(心停止・痛覚麻痺)
【ガーランド】:種族:高級アンデッド(心停止・右足縫合済)
【ルナ】:種族:高級アンデッド(心停止・毒無効)
(……全員、一回死んで完璧にゾンビ化完了してるんだよね)
そう、この二週間で私以外の勇者パーティ全員のアンデッド化が完了してしまったのだ。
だが、その結果どうなったか。
「おいガーランド! 前方に毒沼があるぞ!」
「ガハハ! 聖女様の加護がある俺たちに毒なんぞ効くか! ぬるま湯だぬるま湯!」
「お腹も減りませんし、睡眠もいりませんね! このまま暗森の最深部まで不休で一気に行きましょう!」
心臓が動いておらず、毒も効かず、疲労も感じない三人は、まさに狂気の進撃を開始した。
罠を物理で踏み荒らして破壊し、致死性の毒ガスを豪快に吸い込みながら突破し、不眠不休で暗森の凶悪なモンスターたちを一方的に虐殺していく。
外から見れば聖女の絶大なる祝福を受けた、絶対に倒れない無敵の超絶勇者パーティ。
しかし実態は自分たちが死んでいることすら理解できなくなった、最強のゾンビ軍団である。
「ねぇ聖女様! 俺、なんだか無限に強くなれる気がするよ!」
「ええ……レイモンド様……」
(やばい……やばいよ……! もしこの人たちが自分たちは既に死体であるって気づいたらどうなっちゃうの!? ショックでそのまま成仏しちゃうの!? そしたら私、勇者パーティ全滅させた犯人として即死刑じゃないの!?)
私は後ろからトコトコとついて行きながら、真相がバレた時の恐怖にガクガクと震え続けるのだった。