TS死霊術師な偽聖女は、勇者がゾンビ化している事を隠したい 作:汐留美海
暗森での死闘を制し、
なお、私以外は全員死んだ。アンデッドである。
呼吸もせず、心臓も動かず、痛覚すら消滅した屍の英雄たち。当の本人たちはそれに一切気づいておらず、自分が聖女の祝福で無敵になったと盛大な勘違いを起こしている。
一度王都へ戻って体勢を立て直すつもりだった私を待ち受けていたのは、休む間もなく呼び出されたこの近衛騎士団の作戦会議室だった。
「——以上の理由から、国王陛下ならびに我が王国近衛騎士団は、勇者レイモンド殿率いる貴殿らに、暗森のドラゴン討伐を命じたい!」
王国近衛騎士団の作戦会議室。
居並ぶ重鎮たちの前で、重厚な鎧を纏った近衛騎士団長が、悲壮感の漂う声で地図を叩いた。
「周知の通り、魔王領へと至る道はあの暗森を通過するルート以外存在しない。魔王討伐を果たすためには、何を差し置いてもあの魔境を攻略せねばならんのだ。だが、先月挑んだAランク冒険者パーティは音信不通の末に全滅。事態を重く見た我が近衛騎士団の精鋭五十名が派遣されたが……」
騎士団長が悔しそうに拳を握りしめる。
「暗森の最深部にて、SS級の魔獣【ナンカツヨイ・ドラゴン】の前に返り討ちに遭い、部隊は半壊。命からがら撤退するのが限界であった。しかし! 先日、暗森の前人未踏エリアから傷一つなく帰還した貴殿らの噂を聞いた! 魔王討伐の他に、このような些事すら任せるのは気が引ける事であり、我ら騎士団の威厳にも関わる重大な問題ではあるが、 どうか……どうか王国のために、あのドラゴンの首を上げてはもらえまいか!」
会議室に詰める騎士たちが、すがるような思いで私たち勇者パーティへ視線を注ぐ。
「ハハハ! お安い御用ですよ騎士団長! 聖女様のヒールを受けてからというもの、俺めちゃくちゃ調子がいいんです! ナンカツヨイ・ドラゴンだろうがなんだろうが、俺たちなら一瞬で片付けてみせますよ!」
爽やかな笑顔で、胸をドンと叩く勇者レイモンド。
「ガハハ! 俺も賛成だ! 騎士団の弱小どもが苦戦したようだが、聖女様の加護を受けた今の俺たちならぬるま湯よ!」
「ええ、お腹も減りませんし、睡眠もいりませんものね。不眠不休で爆速攻略してまいりましょう!」
それに続いて、ほか2人もノリノリで乗っかる。
騎士たちが「おお……これぞ真の勇者……!」「聖女様の加護が、彼らに絶対の自信を与えているのだ……!」と感涙に震えている。
一体どうしたらこいつらを止めれるのだろうか。と考えていると、間髪入れずにレイモンドが、「じゃあ、さっそく出発だな!」と右手を上に突き出していった
*
——ということで、暗森(あんしん)へと再突入してから、丸三日。
普通であれば、熟練の冒険者であっても、忍び寄る魔物の気配と絶え間ない緊張感に精神を削られ、慎重に陣地を構築して夜を明かす場所だ。
だが——
「ハハハ! 見ろよガーランド、毒沼だぞ!」
「ガハハ! 聖女様の加護がある俺たちに毒なんぞ効くか! ぬるま湯だぬるま湯!」
「睡眠もいりませんものね! このまま最深部まで一気に行きましょう!」
狂気の進撃は、三日三晩休むことなく続いていた。
心臓が動いておらず、毒も効かず、疲労という概念すら失った三人。
彼らは迫り来る凶悪な罠を当たり前のように素通りして粉砕、致死性の毒ガスを「いい香りのミストだな!」と豪快に吸い込みながら突破し、不眠不休で暗森の魔物たちを一方的に虐殺し続けていた。
私は三人の後ろを、死にそうな顔でトコトコとついて行く。
何故か。答えは簡単だ。この三人の中で、私一人が純粋な人間だからだ。
私が途中で倒れそうになるたび、三人は「おおっと! 聖女様が命を削って奇跡の治癒を連発してくださったせいで、お疲れなのだ!」「聖女様、俺の背中に乗ってください! 今の俺、何キロ走っても脈すら上がらないので軽々担げます!」と、至れり尽く至れりで私をおんぶして爆走してくれる。
大切にされている。ものすごく大切にされているのは分かるのだが、親切の方向性を間違えている。
というのも、もし私が寝ている間に勝手な行動を起こし、体に致命的なダメージでもあった暁には、私のネクロマンシーが間に合わずひっそりと死んでしまうかもしれないからだ。
もし本当に私の事を思って行動してくれるなら。どうか家でじっとしていてほしい。
「なんだァ?」
とガーランドが訝し気な声を上げる。ふと顔を上げると、明らかにこれまでとは雰囲気の違う場所に出ていた。
暗森の最深部——樹齢数千年の巨木が立ち並び、空間そのものが赤黒い魔力で歪む禁域の中の禁域。と資料には書かれていたが。
森の中とは思えないほど開けた空間。その中央に、そいつはいた。
ズズズズズ……ッ!!
大地が暴風のような振動とともに鳴り響く。
樹上から立ち込める黒煙を吹き飛ばし、その巨大な悪夢が姿を現した。
太古の暴竜——近衛騎士団を絶望の淵へ叩き落とした超大型竜種、ナンカツヨイ・ドラゴン。
全身を覆う漆黒の甲鱗は生半可な魔法や大砲すら跳ね返す強靭さを誇る。赤く輝く六つの瞳が、侵入者である私たちを冷徹に見下ろしていた。
「グオォォォォォォォンッ!!」
空間を震わせるほどの咆哮。
ナンカツヨイ・ドラゴンは巨躯からは想像もつかない速度で、太い丸太のような尾を鋭く振り抜いた。
ドガアァァァンッ!!
ソニックブームを伴う音速の一撃が、先頭にいたガーランドの胴体を真っ向から直撃する。
普通なら上半身と下半身が千切れ飛んで肉塊に変わる猛威だ。大気が激しく圧縮され、衝撃波で周囲の巨木がまとめて吹き飛ぶ。
出会い頭にガーランドが潰された。
私が心の中で悲鳴を上げた、次の瞬間。
「がはっ……! ふぅ、急に強烈な肩たたきが来たな!」
ガーランドは、腰の骨があからさまに変な方向へグニャリと折れ曲がっているにもかかわらず、平然と大斧を構え直した。
「おいおいトカゲ野郎! 近衛騎士団を半壊させたって言うから期待してみれば、この程度のマッサージか!? 痛くも痒くもねぇぞッ!」
「えぇ……」
まぁ、ですよね……。
そんな私の呆れとは対照的に、ナンカツヨイ・ドラゴンが、思わず六つの目を点にする。
痛覚というリミッターを失い、骨が砕けようが筋肉が断裂しようが無敵の精神で動き続ける男——ガーランド。彼は折れ曲がった腰を『フンッ!』と力任せに自力で強引に伸ばすと、そのまま爆発的な踏み込みを見せた。
「俺の肉体を限界突破させてくれた聖女様の愛に比べたら……てめぇの攻撃なんぞ蚊が刺したようなもんよぉぉぉッ!」
地面を爆破するように地蹴りし、空中へ躍り出る。
限界駆動のブレーキが壊れたその腕力が、重斧に異常な運動エネルギーを乗せる。
ドゴォォォォンッ!!
「ギャオォォォッ!?」
何層もの魔法障壁とドラゴン特有の硬質鱗を一撃で粉砕し、ナンカツヨイ・ドラゴンの強靭な前脚へ深々と重斧が叩き込まれた! 砕け散る黒鱗と飛び散る竜血。まさかの第一撃で、SS級の竜が痛みにのけぞる。
「逃がしませんわ! 【極大爆炎嵐(プロミネンス・ストーム)】ッ!!」
間髪入れず、ルナの追撃が牙を剥く!
本来ならば長文の高度詠唱と大量の魔力を練り上げる時間が必要な広域破壊魔法。しかし、死体化して「酸素を吸う」「息を整える」という工程すら不要となったルナは、無詠唱かつ連射という頭の狂った魔法行使を行っていた。
ドバァァァァァァン!! ズドオォォォン!!
「グラァァァッ!?」
太陽の如き熱波の濁流が、間切れなくナンカツヨイ・ドラゴンを包み込む。
何発もの特級炎魔法が連続着弾し、ドラゴンの巨体が激しい爆炎の中で焼き尽くされていく。
「な、なぜだ……!? なぜ魔力切れを起こさず、無詠唱で特級魔法を連射できる……!?」と言いたげに、ドラゴンが悲鳴を上げながら背の翼を広げた。空中へ退避し、上空から全広域を消滅させるブレスを放つ構えだ。
ナンカツヨイ・ドラゴンの喉奥が、ドス黒い魔力で膨れ上がる。
「おらッ! 聖女様の加護を受けたこの足に、限界なんてねぇぇぇッ!」
レイモンドが地面を蹴り上げた。
ポンッ、という不吉な音とともに膝の関節が外れたが、痛覚の死んでいるレイモンドは気にも留めない。空気抵抗すら無視した異常な跳躍力が、空中へ逃げようとしていたドラゴンの頭上へと彼を打ち上げる。
「グ、グラァァァッ!?」
上空で目が合う、竜と死体。
喉奥のブレスが解き放たれる直前、空中姿勢を強引に捻ったレイモンドが、大剣を両手で上段に構えた。
「聖女様がくれたこの命、世界を救うために振るうッ!! 【一閃・竜殺し】ッ!!」
黄金の光がと大剣に宿り、一筋の閃光となって振り下ろされる。
ズバァァァァァァァンッ!!
硬い鱗も、極厚の首骨も関係ない。
底上げされた魔力と、限界解除された筋肉の振るう一撃が、ナンカツヨイ・ドラゴンの巨首を完璧に切断した。
ドサァァァァァン……!!
暗森の覇者として君臨し、近衛騎士団を半壊に追い込んだSSランクの伝説的魔獣。
それが、一度の有効打すら与えられず、わずか数分で首と胴体を分断されて地表へ転がり落ちたのだった。
「ハハハ! 勝ったぞ! 俺たち、最強だー!」
「聖女様! やりましたわ! 暗森の最深部を完全攻略です!」
「ガハハ! 聖女様の加護さえあれば、ナンカツヨイ・ドラゴンだろうがなんだろうが敵じゃねぇな!」
返り血を浴びながら、ハイタッチを交わして輝くような笑顔で私を振り返る三人。
私は三人の後ろで、ツッコミも諦めて呆れ始めていた。。
レイモンドの膝の関節は、跳躍の衝撃で外れて変な方向に曲がってる。
ガーランドの腰は骨がバキバキに砕けていて、ルナに至っては頭から闇の蒸気がモクモク噴き出していた。
痛覚がないせいで、彼らは自分の肉体が限界を迎えていることに全く気づいていない。
「……あ、危ないですから! みなさん動かないでください!!」
私は悲壮感を全力で演出しながら三人へ駆け寄ると、すかさず死霊隠蔽を発動。
黄金の神聖光でカモフラージュしながら、手際よくレイモンドの膝関節をガキンッと叩き込んで接合し、ガーランドのバキバキになった腰骨を闇魔力の糸で強引に縫い合わせ、ルナのオーバーヒートした脳へ強引に魔力を注入して冷却した。
【死体錬成・極】——フルパワー発動!!
バチバチバチッと神聖な火花が散り、三人の肉体が強引に補修される。
「……ハッ!? 聖女様、今一瞬、膝の皿がスッキリしたような……!?」
「まあ! 頭痛が一瞬で吹き飛びましたわ!」
「腰のコリも取れたぞ! ガハハ!」
「……よかった。みなさんがご無事で……本当に……」
膝をつき、肩で激しく息を荒げる私の姿に、三人は再び激しい感涙に震えた。
「聖女様……! ドラゴンを倒したあとも、俺たちの目に見えない微細なダメージのために、あんなに命を削って奇跡の治癒を……!」
「ああ……聖女様は本当に、私たちをどこまでも愛してくださる本物の聖女様だ……!」
もしかしたら、こいつらと一緒に行動するのは、死ぬより辛いことかもしれない。
と思い始めていた。