TS死霊術師な偽聖女は、勇者がゾンビ化している事を隠したい 作:汐留美海
からぽぽ
「——帰還されたぞ! 勇者レイモンド様と、聖女様のご一行だーッ!」
王都の巨大な白亜の城門が重々しい音を立てて開かれると同時に、地鳴りのような歓声と鳴り止まない拍手が街中に響き渡った。
色鮮やかな花びらが頭上から舞い散り、大勢の市民や兵士たちが路脇をぎっしりと埋め尽くしている。
それもそのはずだ。あの近衛騎士団が半壊し、数々の熟練冒険者を飲み込んできた禁域、暗森。そしてそこに君臨していたSS級魔獣【ナンカツヨイ・ドラゴン】を、彼らは出撃からわずか数日で討伐し、全員
「す、素晴らしい……! まさに奇跡だ! 傷一つ負わずにあの悪夢の巨竜を首級にして持ち帰るとは……!」
「おい見ろ、勇者様のあの凛々しいお姿を! 一度の疲労の色すら見せておられないぞ!」
「見て! 戦士様のあの逞しい大胸筋! 傷ひとつついてないわ!」
「やっぱり聖女様のお力だ……! あの聖女様が背後にいてくだされば、どんな死地だって天国になるんだ!」
市民たちの熱狂的な称賛と崇拝の声を全身に浴びながら、勇者レイモンドは白い歯を覗かせて爽やかに手を振ってみせる。
「ハハハ! みんなありがとう! でも俺たちだけの力じゃないんだ! 全ては後ろにいる聖女様の絶対なるご加護のおかげさ!」
「そうだぞー! 聖女様のヒールは世界一だからなー!」
ガーランドも豪快に笑いながら太い腕を振る。
私は彼らの一歩後ろで、顔をピクピクとひきつらせながら、慈愛に満ちた聖女の笑みを必死に張り付けていた。
「まあ、聖女様。何をそんなに緊張なさっておられますの? 私たちの勝利を称える民の歓声ですわ。もっと誇らしそうに胸をお張りになっては?」
隣を歩く魔法使いのルナが、やけに芝居がかった口調でふっと誇らしげに微笑みかけてくる。
「ふ、ふふ……ええ、みなさんが無事でおられるなら、私はそれだけで満足ですわ……」
沿道を進み、私たちはそのままの足で王立騎士団の作戦会議室へと向かった。
重厚な装飾が施された扉が開くと、そこには国王陛下をはじめ、先日悲壮感を漂わせていた近衛騎士団長、そして王国の重鎮たちがズラリと勢揃いしていた。
「よ、よくぞ無事で戻られた……! 勇者レイモンド殿! そして聖女レノ殿!」
騎士団長が感極まった様子で大股で駆け寄ってくる。その瞳には信じられないという驚愕と、深い敬意が浮かんでいた。
「報告は受けている……あのナンカツヨイ・ドラゴンを、一人の犠牲者も出さずに討伐したと! 我が近衛騎士団が半壊させられたあの恐ろしい腐食ブレスを前に、一体いかにして戦ったのだ!? どのような高度な陣形を……!?」
「ハハハ! 騎士団長殿、大袈裟ですよ!」
レイモンドが胸をドンと力強く叩く。
「ドラゴンのブレスなんて、聖女様のヒールを受けた今の俺たちにとってはちょっと温かいサウナみたいなものですから! 痛くも痒くもなかったですよ!」
「え、サウナ……!? あの、触れた甲冑すら一瞬で溶かし去る腐食毒気を……!?」
騎士団長がガクガクと顎を震わせる。そこにガーランドが追い打ちをかけるように追及した。
「おうよ! 俺なんてドラゴンの巨大な尻尾で叩き潰されて、腰の骨がバキバキ砕けるような衝撃を受けたんだがな。聖女様のヒールがかかった瞬間、全部治っちまったんだ! ガハハハ!」
「骨が、砕けても……!?」
「私もよ」とルナが涼しい顔で口を挟む。
「全魔力を放出し切って、脳の奥が焼けたような感覚があったけど、聖女様が背中を撫でてくれたと思ったら、無限に魔力が湧いてきたの」
「な……なんという……! 骨が砕けても即座に治癒し、魔力枯渇の極限状態すら超克せしめるというのか……! それほどの神聖力、もはや加護などという生ぬるい言葉では収まらん……!」
そうだ。まさにその通り。正解だよ。あれは籠なんて生ぬるい物ではない。呪いだ。暗黒の。不死の呪いである。
「聖女レノ殿……! 貴女様の深遠なる奇跡ぬ、最大の感謝を……!」
「おお……! 素晴らしい……! これぞ真の聖女……!」
「神よ、この国にレノ様を遣わしてくださり感謝いたします……!」
重鎮たちや大臣、居並ぶ騎士たちが一斉にその場にひれ伏し、私に向かって熱心な祈りを捧げ始める。
ここで「実は全員死体です」なんて言えるはずがない
「あ、頭をお上げください、みなさま……。私は、みなさんが無事に帰ってきてくださることを、ただ祈っていただけに過ぎませんわ……」
「おおお……! なんという謙虚なお心……! 命を削ってこれほどの奇跡を起こしながら、ご自身の功績を一切誇ろうとしないとは……!」
私の必死の取り繕いは、余計に彼らの信奉を爆跳ねさせる最悪の結果となった。
玉座からゆっくりと立ち上がった国王陛下が、重厚で威厳に満ちた声を室内に響かせる。
「聖女レノよ。其方の絶大なる加護と慈愛の心、実に見事であった。この未曾有の偉業を称え、我が王国は其方に、治癒術師として最も誉れ高き称号——
「だ、大聖導師……!?」
呪術師の間違いだろ。と心の中で突っ込む。
「さらに! 勇者レイモンド、戦士ガーランドの武功を改めて全土に知らしめると共に、魔法使いルナよ。其方の高位なる魔術の才を見込み、見事魔王討伐を成し遂げた暁には、其方には我が王国の最高栄誉たる宮廷魔術師として、是非とも騎士団に加わっていただきたい!」
「な……私が、宮廷魔術師……!?」
ルナが驚きに目を見開きつつも、誇らしげにすっと胸を張る。
いや、国王陛下、よく考えてほしい。
ルナは今、物言える死体だ。言い換えれば、ただの動く死体である。
私の魔法による魔力供給が無ければ、そのうち魂がどこかにすっ飛んでいき、ガチの死体に成り果てるぞ。
いいのか? 王宮内で腐って死んでいるほぼゾンビみたいな少女を見つけることになるぞ?
「ありがたき幸せにございます、国王陛下!」
「この命、王国と聖女様のために捧げます!」
いやだから、なにもありがたくねぇんだよ。
と思いつつも、レイモンドとガーランド、それからルナの三人に合わせて、私も頭を下げた。
*
「ふぅ……! いやあ、堅苦しい挨拶もやっと終わったことだし!」
王宮の重々しい門を出るやいなや、レイモンドが解放感いっぱいの爽やかな笑顔で叫んだ。
「無事に暗森の攻略も終わったんだ、今夜は祝勝会としよう!!」
「ガハハ! 賛成だ! ドラゴンの死闘のあとの酒は格別だろうからな! 俺の胃袋が酒を求めて叫んでるぜ!」
「私はあまり乗り気ではありませんけれど……まあ、聖女様の偉業を称えるためならお付き合いいたしますわ。主役は聖女様ですものね」
「え、あ、私は……」
私の意思など確認される間もなく、三人は当然のように私を中央に担ぎ上げると、王都で最も大きい冒険者ギルドへと直行した。
ギルドの重厚な木製扉を勢いよく蹴り開けるやいなや、レイモンドは国王から支給されたばかりの莫大な討伐褒賞金の入った大きな革袋を、受付カウンターへドカンと叩きつけた。
「おいギルマス! この金を全部使う 今日このギルドは、俺たちのものだ!」
「な、なんだと……!? レイモンド様、お言葉ですが、うちのギルドは現在人手が――」
「おいお前ら! 酒だ! 今日は俺のおごりだぜ!? ここにいる全員、好きなだけ食って飲みやがれ!!」
『うおぉぉぉぉぉっ!! さすが勇者様ー!』
『太っ腹ー! 聖女様万歳! 英雄たちに乾杯ーーッ!!』
顔を青く染めたギルドマスターの言葉など、最早誰も耳にも届かない。
ギルド内に地鳴りのような爆発的歓声が巻き起こる。
それまでカウンターの奥で事務作業をしていた受付嬢数人がギルマスに呼び出され、何が起きるのだろうと見守っていると、エプロンを身に纏いキッチンに入っていく。
さらに、二階の宿になっているスぺ―スからはパジャマ姿の女の子が降りてきて、その子もまたキッチンに入っていく。
どうやら、本当に人手が足りていないらしい。
「あの、私何か手伝いましょうか……?」
と尋ねてみたが、すでに酔ってそうなレイモンドに制止された。
「聖女様はそんなことしなくていいんですよ! なんたって、あなたは主役なんですから!」
「え、でも――」
「いいから飲んでくださいよぉ」
むりやり酒を押し付けられる。
これはなんというか、良くない飲み会の典型じゃないか。
私は、キッチンから料理を運んでくる女の子を見詰めながら、大きなため息を吐いた。