TS死霊術師な偽聖女は、勇者がゾンビ化している事を隠したい 作:銀髪幼女
深夜二時。この世界では丑の刻というらしい。
静寂が包み込む王都の街並みは、月明かりだけに照らされてひっそりと静まり返っていた。市民はもちろん、夜番の兵士たちすらも眠気と戦いながら欠伸を噛み殺している時間帯である。
だが、そんな静寂を切り裂くように、王都の中央通りを風を切って爆走する三つの影があった。
「よし! 次の依頼は西区の薬草農園に現れたモグラの討伐だな!」
勇者レイモンドが、月光を反射して怪しく光る大剣を背に背負ったまま爽やかに叫んだ。
彼の表情には疲労の色など微塵もない。それどころか、夜風を切り裂いて走るその姿は、まるで朝日を浴びて朝のランニングを楽しんでいる青年のように爽やかであった。
「ガハハ! 任せろ! モグラだろうがなんだろうが、俺の大斧で土ごと叩き潰してやるぜ!」
並走する戦士ガーランドが、家一軒ほどもある巨大な鉄製の大斧を軽々とブンブンと振り回す。
普通ならば、どれほど鍛え上げた猛者であっても、重厚な全身鎧を纏った状態でこれほどの爆走を続ければ、数分と持たずに息が上がり、疲労で動けなくなるはずだ。しかしガーランドから苦しそうな息遣いは聞こえてこない。
「二人とも、あんまり大声出すと近所迷惑だよ。聖女様も寝てるんだから、私たちも静かにサクッと仕事をこなさなきゃ」
最後尾を涼しい顔で追走するのは、魔法使いのルナだ。
彼女は長いローブの裾をふわりと揺らし、浮遊魔法で滑るように移動していた。本来ならば高度な集中力と膨大な魔力を消耗し続ける飛行魔法であるが、死んでいる今の彼女にとって、魔力を流し続けることなど指一本動かす程度の造作もない作業に過ぎない。
彼ら三人は昨夜、盛大な祝勝会の裏で熱い誓いを交わしていた。
自分たちのために命を削り、神聖力を限界まで絞り出して奇跡の治癒を施してくれた聖女、レノ。
彼女の疲弊しきった顔を思い出した三人は、心から反省したのだ。自分たちが無茶な戦い方をしてばかりいるから、聖女様に負担をかけてしまうのだと。
ならば、今度は俺たちが聖女様を休ませる番だ。
そう決意した三人が辿り着いた結論が、聖女様が寝ている間に王都中の面倒な依頼をすべて自分たちで片付けておく、という、とても人間にはできないであろう行いだった。
だが、不眠不休どころか、疲れることを知らぬ三人にとって、こんなこと些事にもならない。らしい。
レノからすれば、自分のアンデッドが深夜に自分の知らないところでお仕事をしているなど、とんだ災難である。
*
最初に彼らが向かったのは、王都西側に広がる広大な薬草農園であった。
昼間は市民の貴重な薬草を栽培する平和な畑だが、夜になると地中から体長二メートルを超える魔獣、ナンカデカイ・モグラが這い出し、農作物を荒らす被害が多発していた。
「ヒャッハー! 出てきたなモグラども!」
畑の土が盛り上がった瞬間、ガーランドが笑いながら突撃した。
地面から飛び出してきたナンカデカイ・モグラが、鋭い鋼鉄のような爪をガーランドの胸元へ振るう。
ガキンッ! と激しい金属音が響き、ガーランドの胸甲冑が深々と引き裂かれた。爪は肉に達し、普通なら激痛で転がり回るような痛々しい傷口が見える。
が、
「おおっと! 威勢がいいな! だが痛くも痒くもねぇぞ!」
ガーランドは自分の引き裂かれた胸元を一瞥すらすることなく、豪快に笑い飛ばした。
痛覚が完全に死滅している彼にとって、肉体が切断されようが骨が砕けようが、動きを止める理由にはならない。タガが外れた剛腕で振るわれた大斧が、空中で回避不能となったナンカデカイ・モグラを直撃した。
ドガアァァァンッ!!
爆音とともに地表が爆発したかのように崩れ去り、一撃で魔獣が砕け散る。
「よし! 次! 南門近くの倉庫街で巨大ドブネズミの群れが発生したらしい! 爆速で行くぞ!」
「……エア・バースト!」
ルナが手先を軽く一振った。
超高圧の圧縮空気が小規模な竜巻となって三人をつつみ込み、爆発的な推進力となって彼らの背中を押す。
「ハハハ! 速い速い! 風船になった気分だぜ!」
「聖女様の加護のおかげで、魔力も体力も無限だもんね!」
深夜の王都を、人間離れした速度で滑走していく三人。
倉庫街に巣食っていた巨大ネズミの群れは、レイモンドの一閃とルナの連続炎魔法によって、立ち向かう隙すら与えられず数分で全滅させられた。
続いて彼らが向かったのは、王都の東側に位置する商業区である。
ここでは最近、夜間になると高級商店街を狙う質の悪い盗賊団、オレタチ・モノヌスムゼ団が暗躍しており、警備隊も手を焼いていた。
「おいおい、マジかよ。なんなんだよお前ら……!」
高級貴金属店の鍵を解錠し、盗掘品を運び出そうとしていた盗賊の頭目が、路地の暗がりから現れた三人を見てガタガタと打ち震えた。
月光に照らし出されたその三人組の異様さに、プロの犯罪者である彼の直感が猛烈な警鐘を鳴らしていたのだ。
先頭に立つ勇者は爽やかな笑顔を浮かべているが、横に立つ巨漢の戦士は、胸の肉がざっくりと裂けているのに、平然と笑っている。そして後ろの魔法使いは、首筋に何やら不気味な黒い縫い目のような線が見え隠れしていた。
「な、なんだお前らは!? 警備隊じゃねぇな! も、もしかして、俺らを捕まえようってのかぁ!?」
恐怖を打ち消すように、盗賊の頭目がドス黒い毒が塗られたナイフを突き出し、レイモンドの首元へ向けて突いた。
ズスッ!
鋭いナイフが、レイモンドの頸動脈へ深々と突き刺さる。
即死間違いなしの一撃。盗賊の頭目が勝ち誇った笑みを浮かべかけた、その瞬間だった。
「何か言ったか?」
レイモンドは刺さったナイフの柄を自分の手で掴むと、まるで歯に挟まった楊枝でも抜くかのような軽い動作で、スポンと首から抜き取る。
「ひ……ヒえぇぇぇぇっ!?」
首にナイフを刺された男が、爽やかに笑っている。
毒も効かず、死にもしない。当然である。死体は死ねないのだから。
「化け物だーーーっ! た、助けてくれーーーっ!!」
盗賊たちは悲鳴を上げ、盗んだお宝すら投げ打って蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとした。ところを、
「逃がすと思った? ―—
ルナが軽やかに呟くと、路地裏全体が一瞬で極寒の氷の世界へと変貌した。
盗賊たちは逃げ出す間もなく、足首を凍結されて動けなくなる。
「よし! 盗賊の捕縛完了! ギルドに引き渡すぞ!」
「ガハハ! まだまだ夜は明けねぇな! 次の依頼は何だ!?」
「北区のおばあさんからの依頼。逃げ出した愛猫の捜索だって」
ルナが説明すると、レイモンドが珍しく、話に割って入った。
「それなら、俺が一人で行くよ」
レイモンドは、昔から動物に好かれるタイプなのだ。勇者の器とでもいうべきか。人間にも動物にも好かれる、むしろ前代の聖女以外から嫌われているところを見たことが無いくらいの人気者だ。
「おっ、頼んだぞ!」
「そうね、猫ならむしろレイモンドに寄ってくるし」
二人がレイモンドを送り出した。
*
刻は過ぎ、東の空が少しずつ白み始めた早朝の六時。
最高級宿屋の豪華な一室で、聖女レノは重い瞼を開けた。
「ふぁぁ……うう、体が重い……」
レノはベッドの上で小さく体を伸ばし、重い頭を押さえた。
ここ数日、ドラゴンの討伐や王都への全速力移動、そして夜な夜な行ってきた死体のメンテナンスのせいで、彼女の精神的・肉体的疲労は限界に達していた。
だが、昨夜ばかりは三人ともおとなしく祝勝会で酒を飲んでいたし、自分も久しぶりにまとまった睡眠を取ることができた。
ふぅ……やっと少し休めたかな。あいつらもさすがに昨日は疲れて寝ているだろうし、今のうちにゆっくり朝食でも——。
レノがそんな淡い期待を抱きながら、身支度を整えて部屋の扉に手をかけた、まさにその時であった。
バァンッ!!
重厚な木製の扉が開け放たれた。
「聖女様! おはよう! お着替えとお湯持ってきてあげたよ!」
爽やかな笑顔で入ってきたのは、何故か既に着替えを済ませている魔法使いのルナであった。
「ル、ルナちゃん……? おはよう……って、なんかすごく早起きじゃない?」
「早起き、じゃないんだよね。私たち寝てないし」
ルナがえへんと誇らしげに胸を張る。
「え……?」
レノがフリーズしていると、廊下からドタバタと騒がしい足音が近づいてきた。
「聖女様! 見てください、これ!」
勇者レイモンドが、両手にズシリと重そうな革袋を何個も抱えながら、白い歯を輝かせて駆け込んできた。
その横には、胸の鎧が大きく引き裂かれ、中の肉が引きちぎれているにもかかわらず、平然と豪快に笑っているガーランドの姿もある。
「れ、レイモンド様……!? その手にあるのは、もしかして……?」
嫌な予感しかしない。レノの額からツッと冷や汗が伝い落ちる。
「ハハハ! 実はですね、聖女様をゆっくり休ませて差し上げたくて、昨夜俺たち三人で王都中のギルド依頼を全て片付けておいたのですよ! ここ最近ずっと、どこに行っても依頼ばかりされて、疲れていたでしょう?」
「……はい?」
レノの思考が完全に停止した。
「だから、聖女様の休日を作るために、俺たち色々やったんですよ。薬草園の魔獣討伐! 倉庫街のネズミ退治! 街を脅かしていた盗賊団の壊滅! その他細々とした依頼も含めて、ギルドの依頼板をすっからかんにしておきました! ギルドマスターも、一晩でギルドの全依頼が消えたのは、他の冒険者からしても
「もうこんなことはしなくてもいい、とも言ってたな」とガーランドが補足する。
それはどう考えても拒絶されているだろ。と心の中で突っ込んだ。
「あ、あれ……? でもレイモンド、自分は動物に好かれるタイプだからって言って一人で引き受けた北区の猫探しはどうなったの? ギルドで精算を済ませたってことは、猫ちゃんも見つかったんだよね?」
ルナが首を傾げながら尋ねる。
「あ、それなんだが、猫は見つけたんだ。見つけたんだが、なぜか俺が近づくと、異常な声を上げて逃げ回るんだよ……」
「レイモンドが猫に逃げられるの? 不思議だね。そんなこと今まであったっけ?」
「そうなんだよ! 動物には昔からモテモテのはずなんだ! なのに、俺が優しく手を伸ばした瞬間、狂ったように威嚇して爪を立ててきたり、木の上に登って降りてこなくなったりして。結局ギルドで他の依頼の報告と精算を終えた後も、しばらく木の下で見張ってたんだが、どうにも怯えられてしまって」
レイモンドが、心底困り果てたような顔で首をひねる。
それを聞いたレノは、全てを悟った。
動物は本能的に死や腐敗の気配に敏感だ。
昔は動物に好かれるイケメン勇者だったかもしれないが、今の彼は死体。
生きている人間には死霊隠蔽のカモフラージュが通用しても、猫からしてみれば、喋って動く不気味な死体が、笑顔で一人で追いかけてくる、とかいう怪奇現象以外の何物でもないのだ。
「……レイモンド様」
「はい! なんでしょう、聖女様!」
「その猫ちゃん、どこにいるのですか……?」
「北区の広場の大きな木の上です!」
「……私が行ってみるよ」
◇
早朝の広場には、大きな木が一本聳え立っていた。
その樹上の高い枝の上に、毛を逆立ててシャーッ、フシャーッ、と狂ったように威嚇している一匹の黒猫がいた。
木の幹の根本には、レイモンドが申し訳なさそうに立っている。
「おい、おいで〜。怖くないぞ〜。ほら、美味しいお肉だぞ〜。俺だぞ〜、動物が大好きなレイモンドお兄さんだぞ〜」
レイモンドが優しく微笑みながら、手を差し伸べる。
だが、彼が手の一歩でも近づけようものなら、黒猫は瞳孔を極限まで開いて絶叫し、まるで悪魔でも見たかのように身をすくませて木の上に逃げ登ってしまうのだ。
「ダメなんです、聖女様……。俺、何か動物に嫌われるような悪いことでもしましたかね……?」
本気で凹んでいるレイモンド。
嫌われるとかじゃない。彼がゾンビだから、猫が本能的に恐怖を感じてるだけだ。
レノは引きつりそうな顔を必死に抑えながら、そっとレイモンドの前に進み出た。
「レイモンド、少し下がっていてくださいまし。……おいで、怖くないよ〜」
レノが生身の温かい手を差し出すと、今まで狂ったように威嚇していた黒猫が、ハッとしたように鼻をヒクヒクと鳴らした。
そして、レノから漂う生命の匂いと温もりを感じ取ると、安堵したようにニャ〜ン、と情けない声を上げ、スルスルと木から降りてきてレノの足元に擦り寄ってきたのだ。
「おおおっ!! さすが聖女様だ!!」
「猫にも、聖女様の清らかな心が伝わったんだね!」
「ガハハ! 動物に好かれるはずのレイモンドが手も足も出なかったのに、聖女様が一口声をかけただけでこの通りだ!」
拍手喝采を送る三人。
勘違いにもほどがある。この中で、レノだけが死体ではない普通の人間だからだ。
レノは黒猫を優しく抱き上げながら、怖かったよね、と頭を撫でた。
自分ですら、どう見ても死んでいそうな怪我をしているのに爆笑しながら酒を飲んでいる彼らを見ると、思わず昔見たホラー映画を思い出して震えそうになるくらいなのだから、猫からしたら相当な恐怖だっただろう。
*
無事に黒猫を依頼人の老婦人に送り届け、最後の依頼も完了させた。
なお、ギルドでは、一日に受けられる依頼数に上限が設定されたらしい。
丸一日休日が出来てしまったわけだが、彼ら三人をある程度見張っておかなくてはいけないわけで、やれることには限りがある。
何をしようかな、と考えていると、宿の扉がそっと開いた。
「聖女様……!」
ふと目を遣ると、先日の祝勝会で一番苦労したであろうギルドマスターの娘、レナが、首をのぞかせていた。
「あれ、レナちゃん? どうしたの?」
「今日一日お暇って聞いたので、遊びに来ました……! お邪魔でしたか……?」
訊ねると、申し訳なさそうな表情で言う。
「ううん、そんなことないよ。 今ちょうど今日の予定をどうしようか考えていたところなの」
「本当ですか……! よかった……。あの、もし良ければなんですけど、一緒に王都の街を回りませんか? 美味しいカフェや、可愛い洋服屋さんがたくさんあるんです!」
「カフェと洋服屋さん……!」
レナの可愛らしい提案に、レノの胸が高鳴った。
聖女として崇め奉られて以来、女の子とお買い物やカフェ巡りを楽しむような普通の休日など、一度だって過ごせたことがなかったのだ。
まあ、聖女になる前ですらほとんどしたことはなかったのだが。
……と、そんな二人の微笑ましいやり取りを、部屋の隅からじっと見つめている二つつの視線があった。
「ほう……聖女様が街へお出かけですか」
「ガーランド。聖女様の護衛任務だ。周囲十メートルに怪しい奴が近づかないよう、影から見張るぞ」
「……任せろ。聖女様の休日を邪魔する奴は、俺が叩き潰してやる」
不眠不休で絶好調なゾンビ冒険者たちが、恐ろしい熱量でコソコソと裏作戦会議を始めている。
そんなことなどつゆしらず、少女二人は、楽し気に出かける準備を進めていた。