第一話:気怠き女のサイヤ人
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趣味の悪い地上げの仕事を手伝う気は無い。かと言って、戦いの無い平和な生活に浸りきることも出来ない。戦闘民族としての性は、どうにも背中をむず痒くさせてくる鬱陶しいものだ。
自動操縦で宇宙を進む宇宙船の中で、サイヤ人の女リューベは一人酒瓶を揺らしていた。彼女は一匹狼の賞金稼ぎである。
軽くリクライニングさせたシートに、際どめなハイレグタイプの黒いインナー姿で身を預けて銀河放送を適当に流し見ているが、再放送のドラマが映像のチープさの割にシブめなストーリーで、結構気に入ってきていた。
「あ、海か…良いな」
海の揺れる水面に夕日が煌めくシーンにそう呟くと、リューベは果実酒の瓶を傾けた。度数もそう高くない安酒は、クーラーボックスにまだ何本も残っている。
賞金首共を相手にした一仕事を終えた後の今、彼女は甘い口当たりのそれを既に数本空けていたが、普段ならほろ酔いになる程度の量でもちょっとも酔えないまま。
その理由の一つは、だいぶ後ろのカーゴ室の中身である。
「…ったく、静かにしろよな…」
ドラマの内容に少し気分が良くなったかと思えば、また邪魔な声が微かに聞こえてくる。
宇宙で二番目に硬いらしいのコッチン鋼の鎖で手足も胴もグルグル巻にしてやった賞金首達が、暗いカーゴ室の中でまだ文句を言っている。猿轡は買っていないが、口からエネルギー波を撃たれる前に買うべきか。
正直リューベには、壁越しでくぐもっていて何を言っているか分かりやしていないが、どうせリベンジの申し込みだろう、と考えた。あいにくと彼女は、金にならない戦いはしない主義である。
そんなリューベが向かっている星の名は、コアクと言った。昔からとてもよく知っている、犯罪惑星である。
「お、見えてきたな…………しまったな。結構早かった」
人と会う前に飲んでしまったのは不味かったか。そう思いながら空き瓶入れに放った瓶は、ガラリと音を立てて入った。
「へへ…ストライク。さぁてロクでなし共。カネになる時間だぜ」
まだモゴモゴ聞こえてくるカーゴ室に軽く声を掛けてから、リューベは口に臭い消しを放り込んだ。
黒インナーの上に、濃紺と黒の戦闘服一式。赤いレンズのスカウターも着けると、如何にもサイヤ人らしい姿となった。
一見、その誰でも「フリーザ軍のサイヤ人」と思い込んで身体を強張らせる装いは、彼女にとってチンピラ除けに一番良い装備なのだ。
『コアク星に到着しました…着陸地点の時間は、15時13分です』
宇宙船が着陸パッドへと降り立つと同時にハッチが開き、タラップが展開される。
ハッチからタラップへ出れば、あまり良くない空気が鼻腔を突く。昔に散々嗅いできた空気に今更文句つける気にはならなかったが、懐かしくとも良い物ではない。
「いつ来てもつまらねえ星だな…何も変わってねえ」
タラップをゆっくりと降りながらリューベが視線を向ける先には、バラック小屋が建ち並ぶスラム街と、一目で凄まじい格差を感じさせる、巨大な壁と土台によって隔離されたような様相の高層ビル街。
この星の大半を占める貧民と犯罪者は、点在する巨大商業地区から零れ落ちた少しの富と、マフィアやギャングによる裏経済で生きている。
バラックもビルも建て変わらない。昔から何も変わらない。まともになることは無いのだろう、とこの星に呆れながら、視界の真反対の豪邸に向き直ったリューベは、見えてきた顔に鼻をフンと鳴らした。
「やあリューベ君。結構仕事が早いじゃないか。ウン、良い事だ…」
派手な扉の前で、黒服を引き連れて立つのはマフィア「ドイアック・ファミリー」のボス、チョウ・ドイアック。服の仕立ては良いが、豚獣人型の種族に金の差し歯と差し牙は、どうしても趣味が悪く見えてしょうがない。
「道楽で強い奴を寄越すのは良いが、こっちは仕事だぜ。情報は正確にしてほしかったな、チョウさんよ…」
「おや、猿の趣味に合わせたつもりだがねえ」
「豚の趣味にも付き合わされたくねぇよ」
「「…ハハハハハ!」」
黒服がピシリと固まるのをよそに、二人は互いに笑い合った。その笑みが消えきらないうちにカーゴハッチを開けると、賞金首たちを引きずり下ろすべく疎らに黒服達が寄ってきたが、先にリューベが割り込んだ。
「く、くそ!!離せ、離しやがれ!!」
二人の男を片手で引きずりおろそうとするリューベに賞金首が叫ぶ。懸賞金は覚えているが、名前はもう忘れてしまった。マクアだったかテクマだったか、彼女にとっては既にどうでも良かった。
「じっとしててくれねえか。せっかくアバラと脚の骨をくっつけてやったのがムダになる」
「ぐぅっ…!! ち、チクショウ…」
「…な?」
「ハッハッハ……流石だな。この辺り一番のバウンティハンター。『紅閃のリューベ』と謳われるだけあるわい」
「何だそれ……」
リューベの疑問をガン無視したドイアック直々のチェックによって、カーゴ室から引っ張り出された六人の男共が全て、手配書に載っている本物である事が確認された。
「ウン、間違いない。ワシらのシマで麻薬なんぞ流してくれた不届き者どもだ」
「アンタらのシノギはどっちかっつーとカタギ寄りだものな。悪党にしちゃ悪くねぇ心掛けだ…」
「ワシはヤクが嫌いなのでな。元々腐っとる星だが、ヤクで白痴だらけではアルバイトも雇えん」
「ヘビースモーカーが偉そうにまぁ…」
手をひらひらさせて「それはそれ」と仕草で言いながら頷いたドイアックが葉巻を咥えると、リューベは黙ったまま指をバチっと弾き、葉巻の先に火を点けてやった。
「おお、スマンな…さて、報酬だな」
ドイアックが葉巻を燻らせて手招きをすると、後ろに立っていた巨体の黒服二人が前に出、二つの大きなアタッシュケースを開けてリューベに見せた。
「迷惑料込みの報酬だが、現金でも同額を用意している。どうするかね?」
アタッシュケースの中に詰められていたのは、両端に本物の証として刻印が刻まれた金の延べ棒。どの星でも通用して誰もが求める、宇宙最良の「カネ」である。
「これだけの金を用意するのは手間でしたよ、リューベさん」
「そうかい。まあ、そうだろうな…こっちのワガママだったのによ、律儀なもんだぜ」
黒服の一人、パンセッタの言葉に、リューベは延べ棒を触りながら頷いた。そのまま上下の裏板を小指で叩いて爆弾の類が仕掛けられていない事、そして中身の金に偽物が紛れ込んでいない事を確かめた。
そこまでしてから、ようやく重たいケースを閉めて両手で取っ手をしっかりと握ったリューベは、踵を返して足早にタラップを上がろうとする。やけに急ぐ様子の彼女を訝ったドイアックは、その背に声を掛けた。
「む…もう行くのかね? どうせなら酒に付き合わんか?」
「そりゃあ魅力的だけどよ、さっきフリーザ軍の船がレーダーに引っ掛かったから、すぐに発たねえとダメだ」
宇宙の地上げ屋、フリーザ軍。その名に笑みを消したドイアックは葉巻を口から離し、リューベが急いた様子だったことに納得した。
「フリーザ軍か……ピンからキリまで犯罪者だらけの旨味も無いこの星に来るとは思えんがね」
「どうせ、理由を見つけて来るに違いないさ」
「そうか…まあ、ウン、気を付けておこう…」
マフィアのボスという立場など脅しにもならない強大な組織。かつてフリーザ軍に居たことのあるリューベは、その軍の恐ろしさをよく知っているつもりだ。
人間が住んでいる星ならば売り物にし得る、悪辣で強欲な悪の軍団。そんな連中と真っ向から事を構えたいかと聞かれれば、山の様なカネを積まれても全力で首を横に振るのだ。
タラップを昇り切る直前、リューベは足を止めた。スカウターの赤いレンズ越しに見やった先は、ついさっき何の変化もないと軽蔑したばかりのスラム街だ。
「……悪いな親父。顔を出すのはまたにさせてもらうぜ」
スカウターの登録情報にしっかり反応していることから、親父は今も元気にしているようだ。以前よりも戦闘力が15ほど上がっている所を見るに、昔よりは良い暮らしが出来ているのかもしれない。
「…たかが盗人の何を気にしてるんだか」
郷愁の念が無いかと言われればそうでもないが、ハッキリ言ってあまり吸いたい空気でもない。タラップが上がってハッチが閉まり、肺に船内の清浄な空気だけが入るようになると、リューベはようやく一息つくことが出来た。
「ふう……悪いけど、臭いのは好きじゃねえんだ」
スラムからもっと遠くには、もうもうと煙を吐く工業地帯が広がっていただろう。空気を汚しきるスモッグに隠れたそこも、昔から変わっていないはずだ。
コアク星を飛び立ち、流しで飛んでいく宇宙船の中で再びシートに背を預けたリューベは、金の延べ棒を一つ光に翳して黄金の輝きに浸った。
「…へへ、やっぱコイツが一番だよな…」
気が付けば、リューベは何年も賞金稼ぎとして食ってきた。あちこちの星でカネを稼いで、また別の星で稼ぐ。大した戦闘力も無い頃から何度も勝ち負けを繰り返して、着実に強くなってきた。
それでも、滞在している星にフリーザ軍が来たならば、彼女は戦うより逃げるを選ぶ質だ。
まだ戦闘力も低かった幼少の頃、リューベはフリーザ軍に入ったが、第三軍だかの辺境の研究所惑星の勤務だった。そしてある時彼女は、仲間と共に研究データを盗み出して脱走したのだ。
荒事は起こしていないが「サイヤ人」の脱走兵ということもあってか、何度も追手が来たのを覚えている。
日に日にフリーザ軍の勢力は広がっていく中、去年は平和そのものだった星がいつの間にか「惑星フリーザ」と名前が変わっている事もある。宇宙を廻り、フリーザ軍から逐一逃げるように稼業を続けてきたリューベにとって、これほどやりにくい事はなかった。
「……そろそろ休業、すっかなぁ」
そんな事を気にしなくても良いくらい、何年も平穏に過ごせる田舎星を見つけることが、リューベの最大の望みだった。
裸で泳いでも平気なほど平和ボケした星で、少しの間、美味い飯と酒に囲まれて悠々と暮らしてみたい。戦闘民族サイヤ人の性など横に置いてそう考えてしまうほど、彼女はすっかり気疲れしていた。
「…海。やっぱり海が一番だ……キツい酒には海が合う。それが良い」
リューベは体を起こし、これから船が自動操縦で向かおうとしている宙域である「北の銀河」の星図を見る。沢山の星があるが、何処が何の星かなど事細かには知らない。
後から探せばどうとでもなる、と酷い当てずっぽうで拡げた星の姿を見た時、モニタからの青い光に照らされたリューベの口角が上がった。
「…わお。こりゃすげえ…」
広大な海に自然豊かな大地。レベルは分からないがそこそこの文明がある事が記録写真から見て取れる。もしかするかもしれない、と額を叩いたリューベはすぐさま、その星の座標を自動操縦装置に入力した。
「…これでダメだったら、アタシは心底自分の運の無さを呪うよ…」
北の銀河の辺境、太陽系第三惑星「地球」。リューベは船内を片付けてから、超光速で数十日の彼方にある、その青い星へ宇宙船をかっ飛ばすのだった。
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◆は別で一つの文章の区切りとして使っていた名残です。今回は使っていませんが、人物による場面転換や、多少の時間経過の際は「◇」を使う予定でいます。