救ってくれた師匠を殺すため、僕は剣を学ぶ   作:ttr@

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第3話 指先一つ分の本気

 ――全力で来い。

 

 メティアさんは僕に剣の切っ先を突き付け、そう言った。

 

 全力……か。

 

 簡単に言ってくれる。

 

 それが出来るのなら、僕は今世で虚しさに身が浸かることもなかったというのに。

 

 彼女が僕のそんな内面を知るはずもないし、知ってほしいとも思わない。

 

 だから僕の頭は、この後の手合わせでどう全力を出すのかではなく、どう彼女の目を誤魔化すか、その算段を立て始めた。

 

「碌でもないことを考えている顔だな、ブラン」

 

 僕の意思とは無関係に、肩が跳ねる。

 

 それを見たメティアさんは、額に指を当てて、首を横に振る。

 

「ポーカーフェイスは一流でも、カマかけに引っかかるようではまだまだだな」

 

「……」

 

「今回の一件と、その反応でお前のことを少しは理解できた。今後は、お前の上っ面を信じるのはやめにしよう」

 

 とんでもないことを言い出すメティアさんに口元を引きつらせる。

 

 今更ながら、こうなる原因を作った数時間前の自分を恨む。

 

「ブラン」

 

 メティアさんが稽古用の木剣……ではなく、腰に差していた真剣を、鞘ごと投げてよこす。

 

 僕はそれを慌てて受け取った。

 

「理由は分からないが、私を殺したいんだろう? それを使って少しはやる気を出すんだな」

 

 僕は受け取った剣へ一瞬だけ視線を落とす。

 

「……いいんですね?」

 

「もちろんだ、殺す気で来てもらわないと困る」

 

 ニヤリと笑うメティアさんを見て、僕も覚悟を決める。

 

「分かりました……絶対に殺して見せます」

 

 剣に意識を集中させ、メティアさんを殺すための筋道を組み立てる。

 

 メティアさんが何か言った。

 

 声は耳に入っていたはずだが、意味までは頭に届かない。

 

 稽古場へ入り、鞘から剣を抜き、構える。

 

 彼女の剣は、先ほど何人もの命を奪ったとは思えない無垢な輝きを放っていた。

 

 加えて、野盗の剣を受け流したというのに、刃こぼれ一つなく、彼女が隔絶した剣技を持つと改めて理解させられる。

 

 全身が震える。

 

 さっきのように体が冷えたからではない。

 

 むしろその逆、僕の中の行き場のない熱が、早くメティアさんを自分だけのものにしろ《殺せ》、そう言って止まないからだった。

 

 稽古場に入ったメティアさんは、僕の正面、十メートル程先で木剣を構える。

 

 さっきと同じ構えだった。

 

 それを見るのは二回目だというのに、隙を見つけられそうにない。

 

 ポタ、どこかで水が落ちるような音がした。

 

 それが合図になった。

 

 瞬間、メティアさんから今まで感じたことのない、研ぎ澄まされた殺気を向けられ、目を瞬かせる。

 

 ――そして、次に目を開くと、僕の目の前にメティアさんがいた。

 

 木剣は、僕の首筋すれすれで止まっていた。

 

 剣圧だけで僕の皮膚は裂け、血が滲んだ。

 

 彼女が何をしたのか分からない。

 

「私から攻撃しない、とは言っていない」

 

 冷たい視線が僕を射抜く。

 

 メティアさんの言うとおりだ。

 

 僕は彼女を殺そうというのに、彼女に殺される可能性を念頭に置いていなかった。

 

 剣の腕以前に、覚悟が足りなかった。

 

 メティアさんが剣を下ろす。

 

「言いたいことは二つ。敵を前に目を閉じるな。考える前に、考えさせる前に殺せ」

 

 メティアさんは僕にそう言うと、踵を返す。

 

「……ありがとうございます」

 

 遠ざかっていくメティアさんの背中は、手を伸ばせば、一歩踏み込めば触れられる。

 

 なのに……彼女に触れられる気がしなかった。

 

 だからどうした。

 

 触れられないのであれば、その理由を潰せばいい。

 

 それが叶わないのであれば、またその理由を潰す。

 

 それだけだ。

 

 メティアさんは元の位置に戻ると、再び剣を構える。

 

 それに応えるように僕もまた剣を構えた。

 

 空気の揺れ、葉のひしめき、僕を取り巻く全ての音が鮮明に聞こえた。

 

 それは、互いの呼吸音も例外ではない。

 

 ここだ。

 

 メティアさんが息を全て吐き出す瞬間、僕は地面を蹴った。

 

 隙と呼べるようなものでもない。

 

 ただ相手に考えさせないように、相手にとって一番都合が悪い。

 

 その瞬間を狙う。

 

 メティアさんが満足そうに口の端を歪め、その場を動かない。

 

 先手は譲る、ということらしい。

 

 その僅かな反応だけで、彼女にとって僕は脅威として認識されていないことを理解する。

 

 それなら本気を出させればいい。

 

 走る勢いはそのままに、メティアさんに向かって跳び、剣を横に振る。

 

 剣の振りは小さく、だが当たれば確実に命に届くよう振る。

 

 木剣で受けることも、隙を突くことも難しい。

 

 リーチの差もある。

 

 この状況なら、考えさせないことはできずとも思考に負荷を掛けることはできる。

 

 それを証明するようにメティアさんは切り込んでこない。

 

「あんなことを言ってたのに防戦一方ですね」

 

 そう言う僕にも攻めきる一手がない。

 

 こうしている瞬間も彼女の眼は僕の動きを正確に把握し、反撃の隙を探している。

 

 この有利も長くは続かない、可能な限り速く、そして確実に致命の一撃を叩き込まねばならない。

 

 さらに踏み込む。

 

 剣の振りを大きくすることはなしだ。

 

 自分の優位を崩すことと同義だ。

 

「攻めきれないようだな、ブラン」

 

 それをメティアさんも正確に理解しているようだ。

 

 少しずつ、彼女の動きが僕の剣に最適化されていく。

 

 元々、こちらの剣を見切って、一寸差で剣を避けていたのが、その半分の距離で避けるようになっている。

 

 そうなると、当然――

 

 メティアさんが、僕の剣を持つ手を狙って木剣を振った。

 

 咄嗟に剣の柄でそれを弾く。

 

 剣の振りが一瞬遅れた。

 

 目の前の彼女はその隙を見逃すようなことはしない。

 

「やはりまだ甘いな」

 

 その一瞬の間隙に、メティアさんが二度、剣を差し込んでくる。

 

 それを、柄や刃で受け止め、時には回避するが、その分だけ僕の次の動作が遅れていく。

 

 僕が剣を振ると、隙を見てメティアさんが今度は三度、剣を振り返してくる。

 

 その次は四度、五度と打ち合う度に差し込まれる剣は増えていく。

 

 剣の切っ先が少しずつ喉元に近づいてくるようだ。

 

 気付けば、僕よりもメティアさんの方が剣を振る回数が多くなる。

 

「形勢逆転だな」

 

 目の前の攻撃を捌くために思考リソースを割かれる。

 

 僕の付け焼刃とは違い、こちらの逆転の目を丁寧に摘む、そんな剣だ。

 

 このままだと、あと10秒……いや、5秒もあれば負ける《殺される》。

 

 この状況を打開するには、とにかく手数が必要だ。

 

 腰に差していた木剣に視線がいく。

 

 いや、駄目だ。

 

 木剣はまだ使えない。

 

 何か……何かないのか。

 

 メティアさんの横なぎを思い切り体を後ろに反らして回避する。

 

 瞬間、反った腹がズキと痛んだ。

 

 殴られたのが効いてくるのか……。

 

 いや待て、さっきメティアさんがそうしたように、戦うのは剣だけじゃない。

 

 反らした勢いのまま地面に手をつき、メティアさんが木剣を持つ腕を狙って足を振り上げる。

 

「剣だけじゃない、体全てを武器にすればいい。」

 

 その蹴りがメティアさんの腕を捉えることはなかった。

 

 だが、目論見は成功した。

 

 紙一重で回避を続けていた彼女が、初めて大きく後退し、状況はスタート地点に戻った。

 

 って、言いたいところだけど。

 

「……ハァ……ハァ」

 

 立っているのがやっとだった。

 

 一度こうして仕切り直しになると、嫌でも疲れを自覚する。

 

「剣だけでなく体を使う、二度目の打ち合いでそれに気づくのは流石だ。ただ……少し遅かったみたいだな」

 

 肩で息をする僕を見て、成長を喜ぶように、そして残念そうにするメティアさん。

 

 今の僕はこの人にとって、どこまで行っても弟子なようだ。

 

 本気を出すに値する、対等な関係とは程遠い。

 

 その事実が許せなかった。

 

 彼女を、ではない。

 

 彼女の持つ美しさを全て引き出せない自分を許せなかった。

 

「そろそろ終わりにしよう」

 

 メティアさんの声が僕の鼓膜を揺らす。

 

 このまま終わるのか?

 

 指先一つ分の本気すら引き出せず?

 

 良いわけがない。

 

 彼女を殺せない僕に……彼女の美しさを引き出せない僕に、生きる資格はない。

 

 その思いが限界を迎えた体を動かした。

 

 悲鳴を上げる体を無視して、もう一度メティアさんに切り掛かる。

 

「動きが雑になっているぞ」

 

 遅くなった剣では、ほんの数秒たりとも時間を稼ぐことは叶わない。

 

 メティアさんは僕の剣を左前方に踏み込んで躱す。

 

「これで終わりだ」

 

 横一閃に振られた剣が僕の喉元を打ち抜こうと迫る。

 

 ――僕はそれを右腕を上げて受け止めた。

 

「ッ……」

 

 腕が折れ、鈍い音と痛みが脳髄を震わせた。

 

 それでも肩と肘はまだ動く。

 

 メティアさんが口を引き結んだ。

 

 僕が腕を犠牲にしたことによるものなのか、それとも全く別のことかは分からない。

 

 だが、余裕を崩すことはできたようだ。

 

 折れた右腕で乱暴に、腕ごと剣を叩きつける。

 

 メティアさんは、それを難なく躱し懐のさらに深い場所に潜り込む。

 

「……これを待ってた」

 

 僕は腰に掛けていた木剣を左手で逆手に振りぬく。

 

 狙いはさっきと同じ、側頭部。

 

 メティアさんの目が見開かれる。

 

 不意を突いた。

 

 この一瞬のために体力も思考も、腕すらも費やした。

 

 本気を出せ。

 

 刹那――メティアさんがさっきとは比べ物にならない殺気を爆ぜさせた。

 

 メティアさんはその場で跳ね、空中で体を捻って攻撃を回避しながら木剣を振るう。

 

 曲芸のような体勢だというのに、メティアさんの振る剣が僕の顎を的確に打ち抜く。

 

 脳が揺れ、急激に意識が薄れる。

 

 僕《剣》を盾にしても、まだ全然足りないか……。

 

 だけど、最後に本気を出させた。

 

 今はそれだけでいい。

 

 遠のく意識に抗う理由は、もうなかった。

 




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