天國風璃の婚活譚in秀知院学園 作:うりてぃお
私立秀知院学園。
そこは、古くに貴族・士族を養成する機関として創立された、由緒正しい名門校である。
貴族制が廃止された今でさえも、多くの富豪や名家の子息が通っている秀知院。
いずれ日本の次世代を担っていく彼らをまとめ上げられる人間が、凡人で許されていいわけがない。
家柄においては秀知院において最底辺であるのにも関わらず、勉学一本で校内の頂点に立つ生徒会長こと白銀御行。
四大財閥の一つである四宮家の令嬢である副会長こと四宮かぐや。
曽祖父が元総理大臣、叔父が現職の大臣を務めている政治家一族の血統を継ぐ生徒会書記こと藤原千花。
彼らのような秀知院内でも有数の天才たちが中心となって運営されている生徒会は、当然のごとく生徒たちからかなりの支持を得ている。
だがしかし、秀知院には生徒会よりも生徒たちに信頼されている一人の男子生徒がいた。
その生徒はどこかの組織に所属しているわけでも、有名な家の人間でもない。
どこにでもいるような、ごく普通の凡人だ。
もし他より優れている点を挙げるのならば、その類まれなる容姿くらいだろう。
ともかくだ。その生徒⋯
誰もが言う。天國風璃は秀知院学園においての聖母だと。
だけど悲しいかな。
彼が、振る舞っている優しさの裏で組み立てている緻密に計算された計画を知る者は誰一人としていないのだ。
そもそもの話、無償の好意などこの世には存在しない。
そんな当たり前のことは、誰もが⋯とくに秀知院学園の生徒ならばよく知っているはず。
けれどそんな警戒心も、風璃の前では溶かされ、消えてなくなる。
彼の計画の糧とされていくかのように。
すべては風璃が抱く、とある野望のために。
彼は今日もたった一つの夢の実現を求めて、他者へ優しさを振る舞うのであった。
✙×✙×✙×✙
放課後の生徒会。
そこでは今日もいつものように、会長と副会長のハイレベルにしてちょっとおバカな恋愛頭脳戦が繰り広げられていた。
相手にいかに告らせるか、そんな目的のためだけに高速回転する二人の頭脳。
ゾーンの如き超集中状態に入った二人は、それゆえに生徒会への来訪者に気づかない。
「失礼します。」
凛とした声を響かせて扉を開けたのは、紫紺の髪と蒼碧の双眸を持つ少女の如き風貌の男子生徒。
彼の名前は天國風璃。
秀知院において聖母という時代錯誤な呼び名を得ている、世にも珍しき男の娘である。
「こんにちはです、天國くん。」
「えぇ、こんにちは⋯藤原さん。」
ぽけーとした雰囲気を垂れ流しつつ、ニッコニコの笑顔を浮かべている藤原。
そんな彼女に対して、風璃は聖母の名に恥じないような慈愛の籠もった表情を向けた。
「それで、今日はどうしたんですか?手伝ってほしい生徒会の仕事はありませんけど⋯。ハッ、もしかしてなにか相談でもありましたか!?」
「いえ、そういうわけではありませんよ。どこか相談ごとを聞ける場所をお借りしたかったので、空いている部屋の多そうなこの建物に来たというわけです。」
「あー、そういうことですか。それなら、あそこの部屋を使ってください。それにしても⋯⋯天國くんは優しいですねぇ。」
あいも変わらず人助けに熱心な風璃の様子に、藤原は感嘆のため息を漏らす。
彼の他者への献身は今に始まったことではないのだ。
だがまぁそんなことよりも─────
「と・こ・ろ・で⋯⋯その相談ごとって、もしかしなくても恋愛相談だったりしませんか?」
キラキラと蒼碧の双眸を輝かせ出す藤原に、天國は小さく苦笑する。
藤原のラブコメ好きは、彼女と関わりの深い者であれば誰でも知っている。
ゆえに、そんなことを聞かれるのも、天國にとっては想像のうちであった。
「相談の詳細はまだ聞いていませんが、藤原さんの大好きな恋愛相談の可能性も少なからずあると思いますよ。まぁ僕がどんな相談を受けるのかは言いませんので、相談してくる本人に聞いてください。」
口元に人差し指を当てて、しーっという感じのジェスチャーをする風璃。
その絵になるようなどこか神々しさを感じさせる所作に、藤原は思わず見惚れてしまう。
「えー。教えてくれたっていいじゃないですか。私だって恋愛相談をされたいんですよ!!」
「ダメです。恋愛相談に関しては、僕にはどうしようもないことですし⋯。」
「諦めるのが早いですよ、天國くん!!秀知院の聖母の名が泣いてますよ!?」
風璃は戦慄した。
まさか自分が聖母とかいう変な名で呼ばれているとは、かすかにも思っていなかったからである。
「聖母ってなんですか!?僕って男なのに、そんな呼ばれ方をされてたんですか!?」
ほとんどの人が見たことないであろう、風璃の取り乱した姿。
耳まで赤く染め上げて恥ずかしがる乙女のような素振りに、藤原は言葉では言い表せないような素晴らしい感動とギャップ萌えを感じ、身も心も大きく震わせた。
「まぁまぁ、そこまで気にしないほうが良いですよ。」
口が裂けても言えなかった。
もう完全にそういうイメージで浸透しているから、気にしたところで無意味だとは。
余談ではあるが、もしそのことを言ってみたら風璃はいったいどんな反応を見せるのか。
そんなどうしようもないことが気になってしまったのは、仕方のないことだろう。
「藤原さんがそう言うのなら、従わせてもらいます。それじゃあお部屋をお借りしますので、白銀会長たちにはよろしくお伝えください。どうやらすごく集中しているみたいですから、こちらに気づいていないみたいですし。」
「はい。それじゃあ恋愛相談、頑張ってくださいね。」
「何度も言いますけど、恋愛相談と決まったわけではありませんよ。」
普通に会話をしているだけのように見える白銀たちがなにに集中しているのかまったく分からなかった藤原だが、とくに何も考えずに返事を返す。
こういう時に深く切り込まないのは、藤原の良いところだと言えるかもしれない。
そうして風璃は生徒会室から出ていく。
そこで、白銀と四宮はようやく来客があったことに気づく。
「藤原書記。誰か来ていたみたいだが、誰が来ていたんだ?」
「ほんとに気づいてなかったんですね⋯。天國くんですよ。」
呆れたように周囲に聞こえない程度の声音でブツブツとつぶやく藤原。
白銀と四宮はそのことに疑問符を浮かべる。
が、そこまで気にすることはしなかった。
「ほう、天國か。そういえば⋯アイツには時々生徒会の業務で助けられているが、なにもお礼ができていなかったな。今度、日頃の感謝を込めて、なにかプレゼントを渡してみるか。(フッ、女子というのは特別感のあるものに憧れる傾向があると聞いたことがある。四宮もおそらくプレゼントと聞けば、少しは欲しがる素振りを見せるだろう。天國⋯お前には悪いが、少し引き合いに使わせてもらうぞ。お礼の品は絶対渡すから、それで勘弁してくれ。)」
「たしかに会長の言う通りですね。私も渡してみましょうか、プレゼント。少なからず特別感がありますから、喜んでもらえると思いますし。(異性からのプレゼントで喜ぶのは、男も女も同じこと。天國くんに特別なものを渡すという感じで言えば、会長も羨ましがるでしょう。すみませんね、天國くん。お礼の品は絶対に渡しますので、それで許してください。けれど⋯)」
「「ふっふっふっ…。((四宮(会長)からのプレゼント⋯。くっ、なんて羨ましい!!))」」
終わったと思えば、再び始まる恋愛頭脳戦。
次にその戦いのダシにされた哀れな者は、風璃であった。
だがしかし、この天才児二人でさえも忘れていることが存在していた!!
そう!!風璃がもらって嬉しいモノである!!
風璃は誰にでも優しい。
誰にでも分け隔てなく、平等に接する。
それは言い換えれば、みんな同じ親しさということ。
付け加えて、風璃は自分のことをほとんど語らない。
趣味も、特技も、好きなものも。
つまり何が言いたいのかというと⋯。
風璃に渡して喜んでもらえるものが分かる者がいないのである!!
「な、なぁ四宮。お前に聞きたいことがあるんだが⋯。」
「か、会長、奇遇ですね。私も聞きたいことができたんですよ。」
二人は身体中を駆け巡っている嫌な予感を抑えながら、お互いの視線を交差させる。
そして、同時に告げた。
「「天國(くん)の好きなものってなんだ(でしょうか)?」」
絶望であった。もうどうしようもないような絶望であった。
二人の間に、沈鬱な空気が流れる。
ここに、普段から空気を読まない少女が口を挟んだ。
「それなら本人に聞けば良いんじゃないですか?天國くんなら、すぐ近くで相談ごとを受けてますし⋯。」
パァッと二人の顔に光が戻った。
「たまには良いことを言うな、藤原書記は。」
「そうですね。ほんとにたまにですけど。」
「戦争ですか?受けて立ちますよ?」
そこで、ふと白銀は思った。
「なぁ。天國の相談がどんななのか、四宮たちは知ってるか?」
一瞬の沈黙。
白銀はなにか地雷を踏んでしまったのかと身を構える。
「⋯⋯たしかに、気にしたことがありませんでしたね。何方も聖母みたいとしか言わないので、そういうものだと判断して、深く考えてこなかったです。」
「私も同じですよ〜。なんというか噂を聞いて、軽く話して満足しちゃったので。」
「やはりそうか⋯。」
白銀は考える。
いかにして、かなり世話になっているのにも関わらず、あまり仲良くできていない風璃と心の距離を縮められるかを。
「四宮も藤原書記もそうだと思うが、俺は天國とそこまで仲がいいわけじゃない。天國について、深く知っているわけでもない。なのにも関わらず、アイツは俺を助けてくれた。」
白銀の脳裏によぎるのは、この学校に入学したばかりのころのこと。
今にして思えばなかなか恥ずかしい、かなり荒れていた時期の自分に、唯一手を差し伸べてくれた風璃の慈愛に満ちた表情。
そう。
風璃は外部生ゆえに疎まれている自分に、一切迷うことなく手を差し伸べてくれたのだ。
友人でも、知り合いでもない初対面であったはずの自分に。
「そうですね。天國くんの相談方法を知れれば、今後の役に立つかもしれません。」
四宮は思い浮かべる。
誰よりも優しく、無垢な心を持つ彼の姿を。
他者を拒絶していた自分にも、毎日のように話しかけてくれたのは風璃くらいであった。
それと同時に、四宮は自嘲するような笑みを浮かべる。
他者を利用せよと言い聞かされてきた自分が、まさか恩を感じることになるとは思っていなかったから。
これから彼らがやることは恩返しである。
自分に人との関わりの温かさを教えてくれた風璃に対しての恩返しだ。
✙×✙×✙×✙
その少年は眼が良かった。否、良すぎた。
普通は見えないものまでもが、少年の瞳にははっきりと映ってしまうのだ。
ゆえに、絶望した。
自身に近づいてくる者たちの思惑を嫌でも知ってしまうから。
いずれ頂点に立つべき者として生まれたことと、どうしようもなく優れていたその容姿が、少年への悪意を加速させた。
少年の幼き心では、数多の人に向けられる悪意を受け入れることはできなかった。
ゆえに、それらすべての悪意が自分に届かないよう、心に何一つ通さないフィルターをかけた。
良かった点と言えば、少年の心が守られたこと。
悪かった点と言えば、少年の心に誰も触れられなくなったこと。
少年は、無償の好意が信じられなくなってしまった。
それは、家族から与えられる愛でさえも同じこと。
そんな時、孤独となった少年はこんなことを言われた。
他者を助けろ。他者を救え。他者を気遣え。
そうすれば、いつか愛される。
理解ができなかった。
けれど少年はその言葉に従った。
愛を求めていたから。
愛に焦がれていたから。
愛したかったから。
愛されたかったから。
言うなれば、少年の善意に満ち溢れた行動は婚活のようなものなのだ。
いつかきっと、少年が⋯天國風璃が愛と出会うための。自身を愛してくれる人と出会うための。