天國風璃の婚活譚in秀知院学園 作:うりてぃお
白銀御行と四宮かぐやがほぼ毎日のように、校内で繰り広げている恋愛頭脳戦。
それはプライドゆえに自身からは告白したくない二人が、相手に告白させるために行われているものだった。
だが、そんなバカみたいな攻防が行われていることを知る者はほとんどいない。
知っている者がいるとすれば、四宮のヴァレットにして姉妹同然の関係を持っている早坂愛くらいのものだろう。
今日も世間の想像通りないかにもなギャルに擬態しながら、自身の主の一進一退の攻防を見守る早坂。
好きならさっさと告白すればいいものをとしか思えない彼女は、今日も愚痴を聞かされるんだろうなぁと思いながら、小さくため息を漏らした。
背後から近づく、野生の聖母の気配にかすかにも気づかずに。
「白銀会長と四宮さんの進展はどうですか、早坂さん?」
「あんまり進んでいませ、ん⋯。」
そこまでつぶやき、ようやく早坂は気づいた。
自身の背後に立つ誰かが、知っているはずのない二人の思いを知っていることを。
そして、早坂と四宮の関係を。
そこからの判断は速かった。
身体を後ろにひねると同時に、声の主から距離を取る。
「あなたは⋯。」
四宮の配下らしい鋭く、冷たい目つき。
それを向けられた美少年⋯天國風璃はびっくりしたような表情を浮かべている。
「あぁ、すみません。いきなり知らない人から話しかけたら、驚かせてしまいますよね。僕は天國風璃といいます。以後、お見知りおきくださいね⋯早坂愛さん。」
ニコニコと人たらしな笑みを浮かべ、風璃は告げる。
しかし早坂からすれば、その穏やかな笑みは威圧としか感じ取れなかった。
「なぜ⋯なぜ、知っているのですか?」
「はて?なぜとはどういう⋯ああ。秀知院に通っている人の名前は覚えていますので。高等部の生徒ならば、特徴も合わせて。」
「そういうことではありません。」
「ではどういうことでしょう?」
早坂は考える。
どうしてとぼけるようなことをするのかと。
いや、分かっている。
おそらく早坂の口から言わせたいのだろう。
まさに獲物をいたぶるかのように、早坂をじわじわと追い詰めたいのだ⋯きっと。
早坂は聖母と名高い風璃にそんな隠された本性があるとは、微塵も想像していなかった。
表情に出てはいないが、早坂はかなり焦っていた⋯自然と素の口調に戻ってしまうほどには。
「会長とかぐや様のこと。そして、私とかぐや様の関係についてです。」
「あぁ、そっちのことでしたか。」
白々しい。
早坂は内心でそう毒づいた。
現在、早坂の風璃に対する好感度は最低に近かった。
「普通がどうなのかは分かりませんけど⋯僕には視えるから、としか言いようがないですね。だって感情が丸見えなんですもの。」
口もとに手を当てて、実に微笑ましそうに笑みをこぼす。
感情が丸見えとはいったい?
そう思った早坂だが、すぐに思考をこの状況をどうするかへとシフトさせた。
「もし貴方の言うことが本当だったとしたら、どうするつもりなのですか?」
敵意がありありと感じられる早坂の問い。
それを受けた風璃はただただ困ったような表情を浮かべるだけだ。
「すみません。声の掛け方が良くなかったですね。僕に早坂さんを害する意思はありません。ただ、かなり疲れが溜まっているように見えたので、少しくらい休んではと言いに来たのです。」
脅してくると思った相手が、まさか自身の体調の心配をしてくるとは。
それも表に出ないよう隠していた疲労の蓄積を見抜かれた上で。
予想外の点を突かれた早坂だが、四宮の教育を受けてきたからか、さすがに表情に出してしまうことはない。
ほんの少しだけ、沈黙してしまいはしたが。
「そんなことはありません。私は全然、これっぽっちも疲れていませんので、ご心配は不要です。」
「そうですか?僕には、貴方が嘘を吐いているようにしか視えないのですけど…。」
「それは見間違いです。」
どうして違うと言い張ったのだろう。
好きな子を前にした男のような見栄だろうか。
あるいは、これ以上何かを見透かされるのが嫌だったのか。
そんな行動をとった理由は、早坂自身にもあまり分からなかった。
反射的にそういう言葉が出てしまったのだろうと、早坂は結論づける。
「話がそれだけなら、失礼させてもらっても?」
早坂は情報を抜き取られることのないように、夕陽の差し込み出した誰もいない空き教室から退散しようとする。
だがしかし、聖母たる風璃が毎日のように過重労働を行っている早坂のことを逃すはずがない。
「けれどここで早坂さんを行かせて、貴女が倒れてしまったら、僕は後悔するでしょう。だから僕のためにも、早坂さんにはここでしっかりと寝てもらいます。」
「な、なんか怖いですよ…天國くん。」
「今ならひざ枕に子守唄も付けますから、お願いします。ほら、抵抗しない抵抗しない。」
「わ、たしには、やるべきしごと、が…。」
「はーい、良い子ですね。素直な子には、なでなでしてあげましょう。」
これが母性というものなのだろうか?
早坂はなぜだか上手く働かない頭でそう考えた。
風璃の声を耳に入れるだけで、早坂の身体はぽかぽかと温まる。
いっさいの力を込めることができず、少しの抵抗すらもなく、吸い込まれるように天國のひざに頭を乗せてしまう早坂。
同級生の男子、それも今日知り合ったばかりの相手にひざ枕をされるという状況なのにも関わらず、不思議と早坂の心は穏やかだった。
だってすごく幸せだから。
安心感と幸福感の海に溺れているのかと錯覚してしまうような状態。
そこから早坂が眠りへと落ちるのに、そう時間はかからなかい。
早坂の最後の記憶は、はるか昔…幼き日に見た覚えのある母の表情と重なっている天國の優しげな表情であった。
✙×✙×✙×✙
すぅすぅと規則性のある寝息を、自身の膝の上で立てている早坂さん。
起きている時からは考えられない緩んだ表情な彼女の頭を撫でながら、僕は考える。
早坂愛という少女は、僕と似ています。
僕と同じように、本当の自分を隠しながら生きているところとかがとくに。
それが、初めて彼女を視界に入れた時に感じとったことでした。
四宮さんの優先度を一番にしなければいけない環境で生きてきたゆえに──罪悪感が視える時があるから、なにか裏切っているのかもしれませんけれど──彼女の本当の気持ちは、表に現ることがない。
だから、彼女が真の意味で他者に心を許すことはできないのです。
それが、僕にはすごく悲しい。
だってそうでしょう?
僕と同じような境遇の人がいてしまったのですから。
だけど、良かった。
彼女の孤独が、僕の眼には視えるから。
僕ならば、彼女を助けてあげられる。
じゃあ僕は?
僕のことはいったい誰が助けてくれるのでしょう?
そんな疑問が、ふと僕の頭をよぎった。
が、それは突如として頭に響いた痛みとともに彼方へと消え去る。
他者を助けろ。他者を救え。他者を気遣え。
そうすれば、いつか愛される。
僕の脳裏で、その言葉が反芻された。
「早坂愛、ですか。」
そういえば、彼女の名前は奇しくも、僕の求めているものと同じですね。
“いつか”愛される、ですか。
嗚呼⋯そのいつかとは、いったいいつになったらやってくるのでしょう。