四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

11 / 11
知らなかったこと

「マグ、実は――!」

 

 聞きたいことが山ほどある。

 一年前に別れてから、俺は祭壇を見つけた。

 四輪まで魔法を覚えた。

 

 そして今日、次の洗礼の試練が始まった。

 そのことを伝えようとした――その瞬間だった。

 

「チチチッ!」

 

「っ!?」

 

 何もなかった空間から、巨大な影が突然現れた。

 

 まただ。

 

 光沢のある外殻。

 硬いデッドマンティス。

 しかも、今度はマグの目の前。

 

「危ない!」

 

 巨大な鎌が振り上げられる。

 

 間に合わない。

 そう思った直後――。

 

 ギュンッ!

 

「……え?」

 

 振り下ろされた鎌が、不自然に軌道を変えた。

 マグの身体すれすれを沿うように通過し、そのまま地面へ深々と突き刺さる。

 

 まるで最初からマグだけを避けるように。

 

「硬いデッドマンティスの攻撃は、マグには絶対に当たらないの」

 

「どういう――」

 

 マグは平然とした表情で、地面へ突き刺さった巨大な鎌へ手を伸ばした。

 

 ガキンッ!

 

 鎌の付け根へ攻撃を叩き込み、そのまま切断する。

 巨大な鎌が地面へ落ちた。

 マグはそれを片手で拾うと、少しだけデッドマンティスから距離を取った。

 

「返す」

 

 ぽいっ。

 軽く放り投げる。

 ただそれだけだった。

 

 だが――。

 

 ギュオッ!

 

「なっ!?」

 

 マグの手から離れた鎌が、突然ものすごい勢いで加速した。

 一直線にデッドマンティスへ吸い寄せられる。

 

 ドガンッ!

 

「ヂギッ!」

 

 巨大な鎌が、自分自身の胴体へ深々と突き刺さった。

 衝撃で硬い外殻が割れ、中から火花が飛び散る。

 

「どうなってるんだ……?」

 

 魔法を使ったようには見えなかった。

 

 手の甲へ触れていない。

 魔法輪にも触れていない。

 詠唱もない。

 

 俺が《制御》を使うときに近い。

 

 つまり――。

 

「ユニークリング……!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 考えていると、後ろから声がした。

 助けた赤髪の少女が、マグへ駆け寄る。

 

「怖かったよ!」

 

 少女はそのままマグへ抱きついた。

 

「この人がいなかったら、アミナ死んでた……!」

 

「そう……」

 

 マグはアミナと呼ばれた少女を抱き留めると、ゆっくり俺へ顔を向けた。

 赤い瞳が、じっとこちらを見つめる。

 

「……」

 

「……あ」

 

 そういえば。

 一年前、俺はマグの名前を結果的に知った。

 だが、自分の名前は名乗っていなかった気がする。

 

「俺はロフル」

 

「ロフル」

 

 マグは俺の名前を一度口にした。

 

「そう。マグはマグノリアって名前」

 

「マグノリア……」

 

 だからマグなのか。

 マグは小さく頭を下げた。

 

「アミナを助けてくれて、ありがとう」

 

「あ、いや……」

 

 一年前とは少し印象が違う。

 相変わらず淡々とはしているが、きちんと礼を言われるとは思っていなかった。

 マグはアミナへ視線を戻す。

 

「アミナ。ここに落とされたってことは、やっぱり……?」

 

 アミナは少し寂しそうな表情で頷いた。

 

「ユニークリングだったよ……」

 

「……え?」

 

 今、なんと言った?

 

「落とされた?」

 

 二人を見る。

 

「ユニークリングだから?」

 

 マグとアミナは顔を見合わせた。

 何か知っている。

 だが、今ここで話し込むのは危険だ。

 

「……正直、まだよく分からないけど」

 

 俺は周囲へ目を向けた。

 

「とりあえず安全な場所へ移動しよう。ここに長くいるのはまずい」

 

 立ち上がろうとした――そのとき。

 

「いっ……!」

 

 背中へ鋭い痛みが走った。

 思わず膝をつく。

 

「お兄ちゃん!?」

 

「大丈夫……!」

 

 そう言ったものの、全然大丈夫ではない。

 背中が熱い。

 服へ手を回すと、ぬるりとした感触があった。

 

 血だ。

 

 先ほどアミナを庇ったとき。

 どうやらデッドマンティスの鎌が、背中を切っていたらしい。

 

「ひどい怪我」

 

 マグが背中を確認する。

 

「《エンハンス》を纏って」

 

「エンハンス?」

 

「多少だけど、回復を助ける効果もあるから」

 

「そんな効果まであるのか……」

 

 痛みに耐えながら手の甲へ触れる。

 

「三輪――《エンハンス》」

 

 魔力が全身を覆った。

 

「……お?」

 

 痛みが少し和らぐ。

 完全に消えたわけではない。

 

 それでも、先ほどまでの焼けるような痛みがかなり軽くなった。

 出血も徐々に止まっていく。

 

「便利すぎるだろ、この魔法……」

 

 身体能力強化。

 防御。

 そして、わずかな回復補助。

 

 三輪を覚える前と後では、本当に別世界だ。

 マグが俺へ手を差し出した。

 

「安全な場所は?」

 

「ああ。ここから東だ」

 

 立ち上がりながら考える。

 

「マグ、《サーチ》出せるか?」

 

「うん」

 

 マグは《エンハンス》を纏ったまま、手を動かした。

 

「一輪――《サーチ》」

 

「やっぱり……」

 

 《エンハンス》は解除されない。

 二つの魔法を同時に使っている。

 

「いいな、それ」

 

「?」

 

「俺も《エンハンス》を纏いながら《サーチ》が使えれば、さっきみたいなことにはならなかったんだけどな」

 

 《サーチ》を使うために《エンハンス》を解除した。

 その直後にデッドマンティスが現れた。

 それが今回の負傷につながっている。

 

「五輪になればできる」

 

 マグがあっさり言った。

 

「やっぱり左手か!」

 

「うん」

 

「……ますます五輪になりたくなったな」

 

「さあ、行こ」

 

 マグがもう一度肩を貸そうとしてくる。

 

「大丈夫。歩けるよ」

 

「でも怪我」

 

「思ったより平気なんだ」

 

 実際、《エンハンス》を発動してからは、少し走るくらいならできそうだった。

 俺たちは祭壇へ向かって歩き始めた。

 

・・・

・・

 

「なあ、マグ」

 

「なに?」

 

 道中。

 ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 

「ユニークリングって、どんな効果なんだ?」

 

「……」

 

 マグが黙った。

 

「マグ?」

 

 少しして、マグがこちらを見る。

 

「普通なら、他人には言わない」

 

「あ……」

 

 言われて気づいた。

 

「そりゃそうか」

 

 ユニークリングは、個人だけが持つ特殊な力だ。

 戦いになれば、大きな切り札になる。

 それを簡単に他人へ教えるのは、自分の手の内を晒すのと同じだ。

 

「悪い。今のは忘れてくれ」

 

「でも」

 

 マグはまた少し黙った。

 

「ロフルは、アミナの恩人だから教える」

 

「え?」

 

「マグのは、硬いデッドマンティスにすごく強い」

 

「……結局教えてくれるのか」

 

 思わず笑ってしまった。

 

「さっきも鎌が勝手に避けてたもんな」

 

「普通のデッドマンティスには無理」

 

「硬い奴だけ?」

 

「うん。硬い奴なら、マグの方へすごく速く寄せられる」

 

 マグが手を自分へ引き寄せる仕草をする。

 

「逆に、遠ざけることもできる」

 

「引き寄せたり、反発させたり……?」

 

 やはり何かを操っている。

 

「特定の魔物に強くなるユニークリングなのかな」

 

 俺の《制御》とは、かなり性質が違う。

 

「でも、あいつら相手にほとんど無敵ってのは羨ましいな」

 

 何度剣を当てても傷がつかなかった。

 殴るためにも《エンハンス》の出力を右腕へ集中させなければならなかった。

 

「俺なんて、硬すぎてずっと苦労してたよ」

 

 マグが足を止めた。

 

「……四輪で倒したの?」

 

「ん?」

 

「ロフル、今四輪でしょ」

 

「ああ」

 

「どうやって硬いの倒した?」

 

「右手で思いっきり殴った」

 

「……」

 

 マグの目が、少しだけ大きくなる。

 

「《ブラスト》なしで?」

 

「ブラスト?」

 

「すごい……」

 

「いやいや」

 

 思わずマグを見る。

 

「マグなんて三体まとめてバラバラにしてただろ。俺なんかより遥かにすごいよ」

 

「マグは特別」

 

 ほんの少し。

 マグの口元が得意げに持ち上がった。

 

「フーチェは《エンハンス》で叩いても、絶対倒せない」

 

「フーチェ?」

 

「マグの仲間」

 

 また知らない名前が出てきた。

 

「普通は《エンハンス》だけじゃ、硬いのを壊すには威力が足りない」

 

「じゃあ、その《ブラスト》ってのを使うのか?」

 

「うん」

 

 マグは拳を作った。

 

「簡単に言うと、《エンハンス》で殴る力に《ブラスト》の威力も一緒に乗せる」

 

「なるほど……」

 

 想像する。

 ただでさえ強力な《エンハンス》の拳。

 そこに、さらに攻撃魔法の威力を重ねる。

 

「……強そうだな」

 

「強いよ」

 

 ますます五輪になりたくなった。

 

「そうだ。もうすぐ着く」

 

 木々の向こうを指さす。

 巨大な切り株が見えてきた。

 

「あれだ」

 

 俺は少し歩調を速めた。

 

「一人だけだけど、紫髪の男の子も助けられたんだ」

 

「他は?」

 

「……もっと助けたかった」

 

 自然と声が小さくなる。

 

「でも、甘かった」

 

 十キロまで広がった《サーチ》。

 それでも、人間の反応はもうない。

 

「近くには、もう誰もいない」

 

 範囲外へ逃げただけかもしれない。

 帰還した可能性だって、ゼロではない。

 

 だが。

 

 今日転送されたばかりだ。

 二輪を覚えて帰ったとは考えにくい。

 

「俺も怪我しちまったし、今から無茶に動き回るのは難しい」

 

「……」

 

「まずは、助けた子を――」

 

 梯子の下へたどり着く。

 俺は上を見上げた。

 

「上にいる。さっきは怖がってたけど、いい子だったから――」

 

 そこで。

 言葉が止まった。

 

「……は?」

 

 切り株の上。

 何かがおかしい。

 俺は嫌な予感に襲われ、痛む背中を無視して梯子を登った。

 

「おい!」

 

 上へ出る。

 そして――。

 

「なんだ……これ……!」

 

 簡易住居が、無残に破壊されていた。

 レッドアントの外殻で作った屋根は、細かく切り裂かれている。

 グランドセンチピードの甲殻で作った水受けも砕かれていた。

 食料袋は引き裂かれ、中身が散乱している。

 

 何より。

 

 至るところに、鋭い刃物で斬りつけたような跡が残っていた。

 

「おい!」

 

 俺は走る。

 

「どこにいる!」

 

 寝床。

 食料庫。

 暖炉の陰。

 

「返事してくれ!」

 

 いない。

 

「おい!!」

 

 少年の姿が、どこにもない。

 マグが壊れた屋根へ近づいた。

 切断面へ指を這わせる。

 

 そして、静かに言った。

 

「硬いのにやられた」

 

「……え?」

 

「硬いデッドマンティス」

 

「そんな……」

 

 頭が理解を拒んだ。

 

「ありえない」

 

 祭壇の周辺には魔物が近づけない。

 

 一年間。

 何度も。

 何度も確認した。

 

「ここには魔物は来ない!」

 

「普通のは来れない」

 

 マグは淡々と答える。

 

「硬いのだけは、どこにでも行ける」

 

「……」

 

 力が抜けた。

 

「そんな……」

 

 俺は、その場へ膝をついた。

 知らなかった。

 

 俺が知らなかったばかりに……!

 

「くそ……!」

 

 拳を握り締める。

 

「祭壇の中で待たせれば……!」

 

 切り株の上ではなく。

 

 青い扉の奥。

 祭壇の内部で待っていれば。

 

 助かったかもしれない。

 

「あの子は……!」

 

 あの少年は、一人で梯子を登った。

 怖いと言いながらも。

 

 俺が助けに行けと言ったから。

 頑張ってねと送り出してくれた。

 

「あの子は、俺の言うことを信じて……!」

 

 俺が安全だと言った。

 ここなら大丈夫だと。

 俺の指示で、この場所に残った。

 

「俺のせいだ……!」

 

 握った拳へ、爪が食い込む。

 その手を。

 小さな両手が、そっと包んだ。

 

「……?」

 

 顔を上げる。

 アミナだった。

 

「貴方は悪くないよ」

 

「……っ」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 堪えていたものが、一気に崩れた。

 涙が頬を伝う。

 

「ぐ……!」

 

 助けたかった。

 一人でも多く。

 去年の俺と同じように、何も知らずこの場所へ落とされた子供を。

 

「ごめんな……」

 

 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。

 

「ごめん……」

 

 俺はしばらく、その場から動けなかった。

 

・・・

・・

 

 少し休んだ後。

 マグが立ち上がった。

 

「マグは、アミナと元の場所に戻る」

 

「元の場所?」

 

「うん」

 

 おそらく、マグたちが生活している場所なのだろう。

 

「ロフルはどうする?」

 

「ああ……」

 

 俺は壊された住居を見る。

 この場所を見るだけで、胸が痛む。

 

 それでも。

 

「俺は、ここを作り直すよ」

 

「……」

 

「来年に向けてな」

 

 今年は失敗した。

 知らないことが多すぎた。

 安全だと思っていた場所も、安全ではなかった。

 

 次は同じ失敗をしない。

 

 祭壇の中へ避難できる場所を作る。

 硬いデッドマンティスへの対策も考える。

 

 もっと早く子供を見つける方法も必要だ。

 

「……そう」

 

 マグは、それだけ言った。

 なぜか少しだけ、寂しそうな表情に見えた。

 

「ありがとう、マグ」

 

「?」

 

「今日も助けられた。前も助けてもらったしな」

 

「うん」

 

「こっちの方に来ることがあったら、ぜひ寄ってくれ」

 

 マグは小さく頷いた。

 

「分かった」

 

「お兄ちゃん!」

 

 アミナが元気よく手を上げる。

 

「本当にありがとう!」

 

「ああ」

 

「元気でね!」

 

 大きく手を振るアミナへ、俺も手を振り返した。

 

「アミナもな!」

 

 マグとアミナは梯子を降り、森の中へ入っていく。

 俺は二人の姿が見えなくなるまで、その場に立っていた。

 

「……」

 

 また一人になった。

 

 風が吹く。

 壊れた屋根の一部が、カタカタと揺れていた。

 

「いつまでも落ち込んでても仕方ないな」

 

 両手で自分の頬を挟む。

 パシッ!

 

「よし」

 

 痛みで少し頭が冴えた。

 

 失敗した。

 

 なら、次に同じ失敗をしなければいい。

 

「そういえば……」

 

 今日だけで硬いデッドマンティスを何体も倒した。

 俺自身も一体倒している。

 

「祭壇で、レベルが上がってるか確認してみるか」

 

 五輪まで、あと〇・二。

 

 もし硬い個体が、普通の魔物より多くの経験値を持っているなら――。

 俺は右腕の四つの魔法輪を見下ろす。

 

 そして、青い祭壇へ続く横穴へ向かって歩き始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。