四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

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五輪

 祭壇の前に立つ。

 胸の中には、期待と不安が入り混じっていた。

 

 昨日は、硬いデッドマンティスを何体も倒した。

 そのうち一体は、自分の手で仕留めている。

 これで経験値が足りていなければ、次に何を倒せばいいのか分からない。

 

「頼むぞ……」

 

 俺は青い台座へ右腕を差し込んだ。

 いつものように肩まで吸い込まれ、腕の感覚が消える。

 正面の黒い石板が淡く光った。

 

――――――――――

 

 経験値確認……

 

 レベル五・一相当の経験値を習得しています。

 

 魔法輪を強化します。

 

 ……

 

――――――――――

 

「五・一……!」

 

 思わず声が出た。

 

「レベル五になってるぞ!」

 

 やはり、あの硬いデッドマンティス。

 普通の魔物より、かなり多くの経験値を持っていたらしい。

 

 右腕に冷たい感覚が走る。

 やがて、新しい文字が石板へ浮かび上がった。

 

――――――――――

 

 レベル五

 

 五輪《ブラスト》を習得。

 

 左手の輪を開放。

 

 次のレベルまで〇・九。

 

 レベル六情報

 

 六輪《バースト》

 

 六輪《キーキューブ》

 

 開放試練有り。

 

 左腕を祭壇に入れてください。

 

――――――――――

 

「左腕?」

 

 その直後。

 

 右腕を引っ張っていた力が消えた。

 俺は腕を抜き、すぐに確認する。

 

 右腕には、新たに五つ目の魔法輪が刻まれていた。

 

「これが《ブラスト》か……」

 

 だが、気になるのはその下だ。

 

 左手の輪を開放。

 

 石板には、左腕を入れろと表示されている。

 

「今度はこっちか」

 

 俺は右腕と入れ替えるように、左手を台座の穴へ入れた。

 

 途端に。

 

「うおっ!」

 

 同じ吸引力。

 

 左腕も肩まで一気に吸い込まれた。

 冷たい感触が、腕全体を走る。

 

 しばらくすると、手の甲に何かが描かれていくような違和感があった。

 そして、光が収まる。

 

 左腕を引き抜く。

 

「……できてる」

 

 左手の甲にも、輪が浮かんでいた。

 右手とまったく同じ。

 三本の矢印が循環するような、俺特有の模様。

 

「これで両手で魔法が使えるってことか」

 

 マグが《エンハンス》を纏いながら《サーチ》や《バインド》を使えていた理由。

 ようやく俺も、同じ段階へ来た。

 

「……早速試そう」

 

・・・

・・

 

 祭壇の外へ出る。

 周囲に魔物がいないことを確認してから、少し離れた場所に立つ巨木へ向き直った。

 

「五輪……」

 

 右手の甲へ触れる。

 五つ目の魔法輪を起動。

 魔力が腕を走り、手の甲へ集まっていく。

 これまでの魔法とは、明らかに密度が違った。

 

「《ブラスト》!」

 

 掌を前へ向ける。

 

 ドンッ――!

 

「うおっ!」

 

 発動した瞬間、右腕全体へ強烈な衝撃が走った。

 圧縮された魔力の塊が、一直線に射出される。

 

 バキッ!

 

 一体目の木を削りながら貫通。

 二体目も通り抜け。

 三体目の幹へ深く食い込んだところで、ようやく消滅した。

 

「……すごい威力だな」

 

 近づいて確認する。

 

 一体目と二体目の木には、えぐり取られたような穴が開いている。

 三体目に至っては、幹の半分近くまで削られていた。

 

「これが五輪……」

 

 ただ撃つだけで、この威力。

 マグが言っていたように、《エンハンス》の打撃へ重ねれば相当なものになるだろう。

 

「なら……」

 

 一つ、試したくなる。

 

 《エンハンス》では、通常の出力を一として、部分的に二まで引き上げることができた。

 俺のユニークリング《制御》なら。

 

「《ブラスト》の出力も上げられるんじゃないか?」

 

 思いついたら、試したくなる。

 

「出力……二」

 

 射出する魔力へ意識を集中する。

 

 通常より多く。

 圧縮する。

 さらに押し込む。

 

「五輪――《ブラスト》!」

 

 そこで。

 俺の記憶は途切れた。

 

・・・

・・

 

「……ん」

 

 目を開ける。

 最初に見えたのは、薄暗い空だった。

 

「またか……」

 

 身体を起こす。

 空の光の位置から考えて、かなり時間が経っている。

 おそらく翌日だ。

 

「一日近く寝てたのか……?」

 

 近くに魔物の気配はない。

 硬い奴に見つからなくて良かった。

 

「魔力の総量が……足りないんだろうな」

 

 頭を掻きながら、昨日のことを思い返す。

 《ブラスト》の出力を上げようとした。

 その直後に意識を失った。

 失敗する理由は、だいたい分かってきた。

 

 魔法そのものを扱えないわけではない。

 単純に、俺が持っている魔力以上のものを一気に使おうとしている。

 

「体力なら分かりやすいんだけどな……」

 

 この一年。

 

 毎日の筋力訓練。

 森の移動。

 戦闘。

 有酸素運動。

 

 それらのおかげで、体力も筋力もかなりついた。

 息が上がれば休む。

 腕が重くなれば無理をしない。

 あと少しなら、気合で動ける。

 

 身体の疲労なら、自分で分かる。

 

 だが、魔力は違う。

 

「減ってる感じが、ほとんどないんだよな」

 

 苦しくもならない。

 身体が重くなるわけでもない。

 限界寸前まで普通に動ける。

 

 そして魔力がなくなった瞬間。

 

 問答無用で意識が落ちる。

 

「眠れない日は魔法撃ちまくれば、絶対寝られるな……」

 

 我ながら、便利なのか危険なのか分からない。

 

 いや。

 

 どう考えても危険だ。

 

「魔力量を増やす方法……それと、残量を確認する方法」

 

 どちらかだけでも分かれば、かなり違う。

 

「マグに聞きたくなってきたな」

 

 あの少女なら、何か知っているかもしれない。

 神徒は五輪まで魔法を使う。

 俺より魔法に詳しい可能性は高い。

 

「どこに行ったかは分からないけど……」

 

 昨日、マグとアミナが向かった方向だけは覚えている。

 しかも今の俺には、左手がある。

 

「《エンハンス》を纏いながら《サーチ》が使える」

 

 それだけでも、以前とは探索の安全性がまるで違う。

 

「行ってみるか」

 

・・・

・・

 

「三輪――《エンハンス》」

 

 右手で発動。

 

 全身を魔力が覆う。

 

 その状態のまま、左手の甲へ触れた。

 

「一輪――《サーチ》」

 

 発動した。

 

「おお……!」

 

 右手の《エンハンス》は消えていない。

 身体能力を強化したまま、左手へ地形と周囲の反応が表示されている。

 

「安心感が全然違うな」

 

 今までなら、《サーチ》を使うために《エンハンス》を解除する必要があった。

 その短い隙に襲われ、怪我までした。

 

 だが今は違う。

 

 探索中も常に《エンハンス》を維持できる。

 

「五輪になるだけで、ここまで変わるのか」

 

 俺はマグたちが消えた方向へ進んだ。

 何度か《サーチ》を使いながら歩く。

 

 しばらくして。

 

「……丸が三つ」

 

 人間の反応。

 

 三人。

 

 そのうち二つは、位置関係から考えてマグとアミナだろう。

 

「マグたちだ!」

 

 俺は速度を上げた。

 木々の間を抜け。

 倒木を跳び越え。

 反応へ向かって駆ける。

 

 そして、もう少しで姿が見える距離まで近づいた、その瞬間。

 

 ドッ――!

 

「なっ!?」

 

 正面から、巨大な炎の塊が飛んできた。

 

「なんだ!?」

 

 反射的に左手を前へ出す。

 

「四輪――《バインド》!」

 

 円盤状の魔力を射出。

 炎球と正面から衝突した。

 

 ボォンッ!

 

 炎が弾ける。

 

 《バインド》は燃え盛りながらも、その場に残っていた。

 

「なんだ……?」

 

「それはこちらの台詞です!」

 

「え?」

 

 声がした直後。

 赤い影が、一気に目の前まで迫った。

 

「速っ!」

 

 真っ赤な瞳。

 長い赤髪。

 

 俺と同じか少し年上に見える少女。

 その全身は――炎に包まれていた。

 

「……って」

 

 一瞬、目を疑う。

 炎の向こう側。

 

「この子……服、着てない!?」

 

「どこを見ているんです!」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

 ボンッ!

 

「熱っ!」

 

 炎を纏った拳が飛んでくる。

 腕で受け止めたが、《エンハンス》越しでもかなり熱い。

 

「ちょ、待て!」

 

 少女は止まらない。

 

 右。

 左。

 

 連続で拳が飛んでくる。

 炎が通り過ぎるたび、周囲の空気が熱を帯びる。

 

「話を聞いてくれ!」

 

「嫌です!」

 

「なんでだよ!」

 

 抑えようにも、攻撃は止まらない。

 このままではこちらが焼かれる。

 

「……すまない!」

 

 右手へ魔力を集中する。

 

「正当防衛だ!」

 

 《エンハンス》。

 

 右手だけ、出力二。

 少女の拳をかわし。

 胸元へ掌を当てる。

 

「はっ!」

 

 ドンッ――!

 

「きゃっ!」

 

 掌底が決まり、少女の身体が後方へ吹き飛んだ。

 

 数メートル。

 いや、それ以上。

 

 ドガッ!

 

 背中から木へ激突する。

 

「あっ……!」

 

 やりすぎた。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 慌てて駆け寄る。

 

「少し強かったか……!?」

 

 そのとき。

 

「フーチェ!」

 

 森の奥から、聞き覚えのある声がした。

 

「なんの音!?」

 

「マグ!」

 

 赤いツインテール。

 その後ろにはアミナもいる。

 

「ごめん、マグ!」

 

 俺は倒れた少女を指さした。

 

「襲ってきたから、ちょっとやり返した!」

 

「ちょっと……?」

 

 アミナが木へめり込む少女を見ている。

 

「ぐ……」

 

 フーチェと呼ばれた少女が立ち上がった。

 炎はまだ消えていない。

 

「マグ! 逃げてください!」

 

「え?」

 

「この者、不審者です!」

 

 再び構えを取る。

 

「いや待てって!」

 

「フーチェ」

 

 マグが淡々と声をかけた。

 

「この人……助けてくれた人」

 

「……え?」

 

 フーチェの動きが止まった。

 

「アミナを?」

 

「うん」

 

「……」

 

 俺を見る。

 マグを見る。

 アミナを見る。

 

「本当ですか?」

 

「本当だよ!」

 

 アミナが元気よく答えた。

 

「お兄ちゃん、アミナをデッドマンティスから助けてくれたの!」

 

「……」

 

 フーチェの炎が、ゆっくり弱くなっていく。

 

「それは……」

 

 気まずそうに視線を逸らした。

 

「申し訳ありませんでした」

 

「いや……俺もいきなり殴り飛ばしたし、お互い様ということで」

 

「いきなり近づいてきた貴方が悪いです」

 

「謝った直後にそれ言う?」

 

 どうやら、誤解は解けたらしい。

 

・・・

・・

 

「……つまり、俺を魔物だと思ったのか?」

 

「はい」

 

 フーチェは何事もなかったかのように答えた。

 ちなみに、さすがにずっと裸というわけではなかった。

 炎が収まると、近くに置いていた布を身体へ巻いている。

 

「紫色の髪と瞳で、三輪以上の魔法を使用する者など初めて見ました」

 

「だから魔物だと思った?」

 

「人間の姿を模した魔物の類かと」

 

「そんな魔物いるのかよ……」

 

「います」

 

「いるのか……」

 

 そこで、ふとマグを見る。

 

「でも、マグの前でも俺、四輪使ったよな?」

 

「うん」

 

「全然驚いてなかったけど」

 

 マグが首を傾げる。

 

「そんなに変なの?」

 

「マグ……」

 

 フーチェが額へ手を当てた。

 

「授業をちゃんと聞いていませんでしたね?」

 

「ほとんど寝てた」

 

「やっぱり……!」

 

 深いため息。

 

「最下層では、一般人は二輪まで」

 

「え?」

 

「貴族は三輪まで」

 

 フーチェは、自分の右腕を示した。

 

「そして我々神徒は、五輪まで魔法輪を得られると学園で習ったでしょう」

 

「そうなの?」

 

「そうです!」

 

 マグはまったく悪びれる様子もない。

 

「知らなかった」

 

「まったく……」

 

 俺は二人のやり取りを聞きながら、別のところで固まっていた。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 右腕を持ち上げる。

 

「一般人は……二輪まで?」

 

「はい」

 

「俺、五輪あるぞ」

 

「……」

 

 フーチェの動きが止まった。

 

 赤い瞳が。

 俺の右腕へ。

 

 一輪。

 

 から……

 

 五輪まで。

 

 一つずつ数えるように動いていく。

 その隣で、マグは少し嬉しそうに言った。

 

「よかった。無事に覚えられたんだ」

 

「なんでそんな普通なんですか!?」

 

 フーチェが叫んだ。

 

「一般人ですよ!?」

 

「うん」

 

「五輪ですよ!?」

 

「見れば分かる」

 

「そういう話ではありません!」

 

 フーチェは俺の目前まで詰め寄った。

 炎も少し戻っている。

 

「貴方!」

 

「ちょ、近い!」

 

「どうやって五輪まで増やしたんですか!?」

 

「熱い! 炎消してから来てくれ!」

 

「貴方には聞きたいことが山ほどあります!」

 

「分かった分かった!」

 

 俺は身体を反らしながら答える。

 

「俺も色々聞きたいんだ!」

 

 一般人は二輪。

 貴族は三輪。

 神徒は五輪。

 

 初めて聞いた話だ。そもそも授業ってなんだろうか。

 

 祭壇。

 六輪の開放試練。

 ユニークリング。

 硬いデッドマンティス。

 そして、洗礼開始時に聞こえた謎の声。

 

 俺だって、聞きたいことなら山ほどある。

 

「だったら、お互い質問し合うのはどうだ?」

 

 フーチェの動きが止まった。

 

「……いいですね」

 

 急に真面目な顔へ戻る。

 

「では、そのテーブルで」

 

「テーブル?」

 

 フーチェが森の奥を指さした。

 俺はその方向を見る。

 木々の向こうに、人工物らしきものが見えた。

 

「……こんなところに?」

 

 マグたちの生活場所。

 

 そして。

 

 俺が知らなかった、この世界の常識。

 どうやら今日は、魔法よりも先に覚えなければならないことが山ほどありそうだった。

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