四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
フーチェが飲み物を用意している間、俺は改めて周囲を見渡した。
「一輪――《サーチ》」
左手の甲に地形が浮かび上がる。
そして、その中心付近。
俺たちがいる場所には、見慣れない表示が出ていた。
《開眼の祭壇》
「やっぱり、ここも祭壇なのか」
ただし。
俺が拠点にしている場所とは名前が違う。
あちらは《神輪の祭壇》。
こちらは《開眼の祭壇》。
造りもまったく違っていた。
神輪の祭壇は、巨大な切り株の内部。
青い岩でできた円形の空間だった。
だが、ここは完全に屋外だ。
広く整地された場所の中央に、大きな台座がある。
その上には、翼を広げた女神像が立っていた。
像そのものもかなり大きい。
両翼を広げた姿は、俺たちを見下ろしているようにも見える。
台座の周囲は、白い大理石のような石材で綺麗に舗装されていた。
「傷一つないな……」
苔もない。
泥もついていない。
長い年月、森の中に放置されているとは思えないほど綺麗だった。
誰かが毎日掃除しているようにも見えない。
それなのに、汚れ一つない。
女神像の台座へ目を向ける。
「あれ……」
そこには、穴が開いていた。
人の腕を入れられそうな大きさ。
神輪の祭壇にあるものと、よく似ている。
「やっぱり、使い方も同じなのか?」
今いるテーブルや椅子は、祭壇そのものではない。
女神像の周囲に作られた、小さな生活区域の一部だった。
木造の小屋。
井戸。
簡単な調理場。
いくつかのテーブルと椅子。
俺が一年かけて作った切り株の拠点より、ずっと生活感がある。
「お待たせしました」
フーチェが戻ってきた。
両手に木製の器を持っている。
「どうぞ」
「ありがとう」
受け取った瞬間、ほんのりと甘い香りがした。
「ん?」
飲んでみる。
「……うまっ!」
思わず声が出た。
冷たい。
しかも甘い。
ほんの少し酸味があるが、口の中へ爽やかな甘さが広がる。
「なんだこれ。しっかり冷えてるし、甘くて美味しいぞ」
「冷えた井戸水に、このベリーを絞っただけですよ」
フーチェが小さな赤紫色の実を見せる。
「へえ……」
もう一口飲む。
「すごいな。この最下層で、甘いものを飲める日が来るとは……」
俺の普段の飲み物なんて、水だけだ。
たまに果実らしきものを見つけても、毒が怖くて簡単には口にできない。
「これ、持って帰りたいな……」
「あとで少し分けますよ」
「本当か!?」
「その代わり」
フーチェが向かい側の席へ座る。
「そろそろ本題です」
「ああ」
そうだった。
ベリー水に感動している場合ではない。
「教えてください」
フーチェの赤い瞳が、俺の右腕へ向く。
「なぜ、一般人であるロフルさんが五輪まで魔法を習得しているのですか?」
「それなんだけどな」
俺はこれまでの経緯を話した。
二輪《リターン》までは自然に習得したこと。
その後、三か月以上いくら魔物を倒しても三輪が現れなかったこと。
川を上った先で、巨大な切り株を見つけたこと。
その内部に《神輪の祭壇》があったこと。
「そこで腕を突っ込んだら、レベル四・二相当って表示されてな」
「四・二……」
「三輪と四輪が一気に刻まれた。その後も経験値を貯めて、五輪になった」
「なるほど……」
フーチェは腕を組む。
「一般人は煩わしいですね」
「煩わしい?」
「はい。我々なら五輪までは自然に習得できます。それなのに一般人は、最大レベルの五輪まで到達するために祭壇を利用しなければならないなんて」
「……ん?」
俺は首を傾げた。
「最大?」
「はい?」
「五輪が最大じゃないぞ」
フーチェの動きが止まった。
「……何を言っているのですか?」
「祭壇には、その先の情報が出てた」
「その先?」
「レベル六」
「……」
「六輪《バースト》。それと《キーキューブ》っていう魔法も表示されてた」
「六輪!?」
フーチェが椅子から立ち上がった。
「六輪があるのですか!?」
「あるみたいだな」
「そんな……」
マグもこちらを見る。
珍しく少し驚いた表情をしていた。
「授業では?」
俺が聞く。
「五輪までです」
フーチェは座り直しながら答えた。
「私たち神徒は、五輪まで自然に魔法を習得します。だから、それが最上位だと思っていました」
「祭壇に手を入れたことは?」
「ありません」
「マグは?」
「ない」
「じゃあ、知らなくても不思議じゃないか」
俺は腕を組んだ。
「神徒は五輪まで自然に上がれるから、祭壇を使う必要がなかった」
「……」
「でも逆に言えば」
俺は女神像の方を見る。
「神徒でも五輪の先へ行くには、祭壇に手を入れる必要があるんじゃないか?」
フーチェが考え込む。
「……あり得ますね」
「俺の祭壇には、六輪のところに《開放試練有り》って表示もあった」
「試練……」
「だから、ただ経験値を貯めるだけじゃ駄目なんだと思う」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
フーチェが勢いよく顔を上げた。
「明日!」
「うん?」
「明日、その神輪の祭壇へ行きましょう!」
「えらく食いついたな」
「当然です!」
赤い瞳が輝いている。
「何年も五輪のままで過ごしてきたのですよ!? その先があるかもしれないと知って、じっとしていられるわけがありません!」
「まあ、それもそうか」
「ユニークリングについても表示されるんですよね?」
「ああ。俺の場合は《制御》って出た」
「なら、私たちの特性も詳しく分かるかもしれません!」
「その可能性はあるな」
マグを見る。
「マグも、自分の能力が硬いデッドマンティスに強いってことしか分かってないんだろ?」
「うん」
「祭壇なら、ちゃんとした特性名が出るかもしれない」
マグは少し考えた後、頷いた。
「行く」
「決まりですね!」
フーチェは満足そうに笑う。
「ロフルさん」
「ん?」
「今日はここで一泊してください」
「ああ。そうさせてもらうよ」
背中の傷も、まだ完全には治っていない。
夜の森を一人で戻るより、ここで休んだ方がいい。
それに。
この二人から、まだまだ聞きたいことがある。
・・・
・・
・
翌朝。
「アミナ」
「なに?」
フーチェが女神像の前に立つアミナへ声をかけた。
「私たちは神輪の祭壇へ行ってきます。ここでおとなしく待っていてください」
「うん!」
アミナは元気よく頷く。
「いってらっしゃい!」
「……ちょっと待て」
俺は思わず口を挟んだ。
「アミナ一人で置いていって大丈夫なのか?」
「?」
「昨日のこと忘れたのか? 硬いデッドマンティスだよ」
普通の魔物が祭壇へ近づけなくても、硬い個体は別だ。
俺はその思い込みで、一人の少年を死なせた。
「万が一、ここにも来たら――」
「絶対に大丈夫」
マグが言った。
妙に自信満々だ。
「なんで?」
「マグが作った罠が動くから」
ほんの少し胸を張る。
どや顔だ。
「罠?」
「うん」
「硬いのが来ても?」
「全部壊す」
「……すごい自信だな」
「マグの罠だから」
アミナも特に不安そうではない。
「まあ、安全ならいいんだけど……」
そこで思いつく。
「なあマグ」
「なに?」
「その罠、俺の祭壇周辺にも作ってくれないか?」
「無理」
「即答だな」
「毎日手入れがいる」
「そんなに?」
「マグじゃないと駄目」
「なるほど……」
おそらく、マグのユニークリングを利用した罠なのだろう。
硬いデッドマンティスにだけ強く作用する能力。
それを何らかの形で罠へ利用している。
「便利そうなんだけどな……」
少し残念だ。
来年までには、俺も何か別の対策を考えなければならない。
「行きましょう」
フーチェが先頭に立つ。
俺たちはアミナへ手を振り、神輪の祭壇へ向けて歩き始めた。
・・・
・・
・
森の中を進みながら、《エンハンス》を維持する。
念のため、時折《サーチ》も使う。
五輪になったおかげで、この二つを同時に使用できる。
やはり安心感がまるで違った。
「ロフルさん」
「ん?」
隣を歩いていたフーチェが、こちらを見る。
「そういえば、昨日から気になっていたのですが」
「なんだ?」
「どうやって、私をあそこまで吹き飛ばしたのですか?」
「ああ……」
昨日の戦いか。
「普通に、思いっきり殴っただけだぞ」
「それはあり得ません」
「いや、本当に」
「私も、貴方も《エンハンス》を纏っていました」
フーチェは自分の身体へ視線を落とす。
「それなのに、あの衝撃です」
「そんなにすごかった?」
「一瞬、自分が《エンハンス》を解除してしまったのかと思ったほどです」
「……そんなにか」
「はい」
確かに。
俺はあのとき、右腕だけ《エンハンス》の出力を二へ引き上げた。
普通の《エンハンス》同士なら、あそこまで一方的に吹き飛ばすことはできないらしい。
「そうだな……」
どう答えるか少し迷う。
昨日、マグと話したときにも思った。
ユニークリングの能力は、簡単に他人へ教えるようなものではない。
だが。
これから祭壇へ行けば、俺の特性はどうせ分かる。
「まあ、俺の特性だな」
「特性?」
「詳しくは祭壇で話すよ」
フーチェの目が、さらに興味深そうに細められる。
「分かりました」
「そっちも祭壇で何が出るか楽しみだな」
「はい!」
フーチェは少し歩調を速めた。
マグも、その後ろを淡々と歩いている。
俺は二人の背中を追いながら、右腕の五つの魔法輪へ視線を落とした。
一般人は二輪まで。
貴族は三輪まで。
神徒は五輪まで。
それが、この世界の常識らしい。
だが。
神輪の祭壇には、その先がある。
六輪。
そして、開放試練。
「さて……」
神徒である二人が祭壇へ手を入れれば、一体何が表示されるのか。
俺自身も、かなり楽しみになっていた。
そうして俺たちは、巨大な切り株を目指して森を進んでいった。