四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
無機質な通路を抜ける。
その先には、先ほどまでと同じ森が広がっている。
――ように見えていた。
「……は?」
一歩、区画の中へ足を踏み入れた瞬間。
目の前の景色が一変した。
「なんだ、ここ……」
森には違いない。
だが、俺が一年以上暮らしてきた森とはまるで違う。
生えている木々は、幹から葉まで真っ赤に染まっている。
地面に草はほとんどなく、黄土色や赤色の岩と砂ばかり。
遠くの景色は、熱によってぐにゃぐにゃと揺らいでいた。
「蜃気楼……?」
そして何より。
暑い。
《エンハンス》を纏っているのに、周囲が異常な高温であることだけは分かる。
「ここは廃棄された区画――《熱波の森》です」
「廃棄された区画?」
また気になる言葉が出てきた。
フーチェは特に気にした様子もなく、先へ進む。
「《エンハンス》は絶対に解除しないでくださいね」
「さっきも言ってたけど、そんなにまずいのか?」
「はい」
フーチェはさらりと答えた。
「解除した瞬間、肌が焼け焦げて死にます」
「……」
思わず足を止めた。
「そんな軽い調子で言うことか!?」
「だから解除しないでくださいと言ったじゃないですか」
「いや、それは聞いたけど!」
俺は改めて自分を覆う魔力を見る。
「《エンハンス》って、熱まで防いでるのか……」
「寒さも防ぐ」
マグが横から補足する。
「寒さも?」
「うん」
「本当に何でもありだな、この魔法……」
身体能力強化。
防御。
回復補助。
そして遮熱、耐寒。
三輪という比較的早い段階で習得する魔法とは思えないほど、多機能だ。
「では、行きましょう」
フーチェが赤い森の奥を指さす。
「この区画に出現する《フレイムロック》は、経験値稼ぎに向いているんです」
「フレイムロック?」
「炎を纏ったゴーレムです」
「ゴーレムか」
少し楽しみになってきた。
俺がいた区画では、出会う魔物のほとんどが虫型だった。
デッドマンティス。
レッドアント。
グランドセンチピード。
グリーンホーネット。
「区画によって、出てくる魔物も違うのか?」
「かなり違いますよ」
「なるほどな……」
それなら。
この最下層には、俺が知らない魔物がまだ山ほど存在するのだろう。
「フレイムロックは、とてつもなく硬いです」
フーチェが説明を続ける。
「攻撃の威力も非常に高いです」
「……それ、狩りやすいのか?」
「動きが遅いんです」
「ああ」
「攻撃も単調です。避けるのは簡単なので、《ブラスト》を撃ち放題ですよ」
「なるほど」
硬く、攻撃力が高い。
その代わり、遅い。
経験値が多いのなら、確かに狩りには向いている。
「では、こちらです」
フーチェが先へ進む。
「以前と出現場所が変わっていなければ、すぐ見つかるはずです」
・・・
・・
・
本当に、すぐ見つかった。
「……思ってたよりでかいな」
赤い岩場の向こう。
巨大な人型が立っている。
全長八メートルほど。
岩を組み合わせて人間の形にしたような身体。
関節の隙間から炎が噴き出し、全身を赤い火が覆っている。
《フレイムロック》
強化された《サーチ》にも、そう表示されていた。
「……でか」
改めて呟く。
デッドマンティスが小さく思える。
「マグも手伝う」
マグが一歩前へ出る。
「いや」
俺は手を上げた。
「まず一人でやらせてくれ」
「大丈夫?」
「ああ」
相手の動きを見たい。
それに。
「今の俺がどこまで通用するか、試してみたい」
「分かった」
マグとフーチェが後ろへ下がる。
俺は《エンハンス》を確認し、フレイムロックへ向かって駆け出した。
「ゴオオオォォ……!」
こちらへ気づいた。
巨大な腕が持ち上がる。
遅い。
本当に分かりやすい。
「よっ!」
振り下ろされた拳を横へかわす。
ドゴォンッ!
地面が大きく陥没する。
「威力はやばいな!」
まともに食らうつもりはない。
俺はフレイムロックの脚へ飛びついた。
岩の突起を足場にする。
トンッ。
トンッ。
トンッ。
《エンハンス》の脚力を使い、巨体を駆け上がっていく。
「ゴ……!」
フレイムロックが俺を振り払おうと腕を伸ばす。
だが遅い。
肩まで到達。
さらに頭上へ跳ぶ。
「全力で……!」
右脚へ意識を集中する。
《エンハンス》の出力。
通常を一とするなら――二。
右脚だけへ大量の魔力を送り込む。
空中で身体を回転。
踵を頭部へ向ける。
「はあああっ!」
ドゴォォンッ!!
踵がフレイムロックの頭部へ直撃した。
岩が爆ぜる。
巨大な頭部が一瞬で粉砕され、炎を撒き散らしながら四方へ飛び散った。
「おお……!」
頭を失った巨体が傾く。
ズズンッ――!
地面を揺らしながら倒れた。
「すごいです、ロフルさん!」
フーチェが駆け寄ってくる。
「一撃じゃないですか!」
「マグと同じ動き」
マグが言った。
「参考にさせてもらった!」
以前、マグがデッドマンティスへ使った回転踵落とし。
あれを真似した。
俺は倒れたフレイムロックの頭部を見る。
「すげえ威力だな……」
出力二とはいえ、八メートルのゴーレムを一撃。
「これ、一でもいけそうだな」
「多分いけます」
「だったら、次から一でやろう」
出力二は魔力消費が大きすぎる。
無駄に使う理由はない。
「よし」
俺は次の反応へ目を向けた。
「この調子で、どんどん倒そう!」
・・・
・・
・
そこからは順調だった。
《サーチ》でフレイムロックを探す。
見つける。
近づく。
攻撃をかわす。
身体を駆け上がり、頭部を破壊。
ときには《ブラスト》も使った。
「五輪――《ブラスト》!」
ドンッ!
魔力の塊がフレイムロックの膝を粉砕する。
巨体が崩れたところへ、マグが飛び込む。
ゴシャッ!
頭部を蹴り砕く。
別の個体にはフーチェが向かう。
「《ブラスト》!」
彼女の掌から放たれた魔力には、当然のように炎が纏わりついていた。
着弾。
ドォンッ!
炎と衝撃が同時に炸裂する。
「やっぱりフーチェの《炎上》、攻撃では強いな!」
「だから攻撃では、です!」
「分かってるって!」
そんなやり取りをしながら、フレイムロックを次々と倒していった。
そして。
「……暗くなってきたな」
気づけば、辺りはすっかり暗くなっていた。
赤い森の木々も、夜になるとほとんど見えない。
「真っ暗になってしまいましたね」
フーチェが言う。
「だな」
俺は隣を見る。
ただし。
フーチェだけは、よく見える。
全身に炎を纏っているからだ。
「フーチェがいなかったら、完全に真っ暗だな」
「……」
マグがフーチェを見る。
「人間松明」
「マグ」
思わず俺が口を挟む。
「その言い方はどうなんだ……?」
「便利」
「便利ですけど!」
フーチェが少し怒っている。
「こちらに祭壇があります」
フーチェは炎を揺らしながら先へ進んだ。
「今日はそこで一泊しましょう」
「祭壇もあるのか?」
「はい。構造的には神輪の祭壇に近い場所です」
俺たちはフーチェについていく。
そして数分後。
「あれか……」
巨大な切り株が見えてきた。
「……って」
足が止まる。
「同じじゃないか?」
大きさ。
形。
入口の位置。
俺が暮らしている神輪の祭壇と、ほとんど同じだった。
違うのは、外側が真っ黒に焼け焦げていることくらい。
横穴から内部へ入る。
一本道を進む。
その先には青い扉。
開ければ。
「……ここまで同じになるか?」
円形の空間。
青い岩壁。
中央の台座。
その奥に置かれた黒い石板。
神輪の祭壇と、完全に同じ構造だった。
「ロフル」
マグが台座を指さす。
「今いくつか見てみよ」
「ああ」
確かに。
今日だけで何体ものフレイムロックを倒した。
「もう五・九九まで行ってたりしてな!」
「楽しみですね!」
フーチェも石板の前へ来る。
「よし」
俺は早速、台座の穴へ腕を差し込んだ。
だが少しだけ違和感がある。冷たい感覚が来ないような。
腕の吸い込みも弱い気がする。
そして。
黒い石板へ文字が浮かび始めた。
「どれどれ……」
――――――――――
……
……
……
…………err
――――――――――
「……え?」
俺は固まった。
「何だこれ」
エラー。
それ自体は一目で分かる。
だが。
問題はそこじゃない。
「err……」
英語だ。
また。
洗礼の試練が始まった瞬間。
空から聞こえた声。
『Activate system to sort』
あれも、俺には英語に聞こえた。
だが、この世界に英語など存在しない。
そう思っていた。
「いー、あーる、あーる……」
フーチェが石板を見ながら首を傾げた。
「どういう意味でしょうね?」
「……え?」
俺は勢いよくフーチェを見る。
「フーチェ」
「はい?」
「この文字、読めるのか?」
「え?」
何を当然のことを聞いているのか。
そんな顔をされた。
「授業で習いますからね」
「……授業?」
「はい」
フーチェは石板を指さした。
「英語です」
「……」
頭の中が真っ白になる。
「英語……?」
「はい」
「ここ……異世界だよな?」
「いせかい?」
「いや、何でもない」
だが、理解が追いつかない。
英語。
なぜ。
どうして、この世界に英語が存在する。
「神徒は三つの言語を習いますよ」
フーチェが指を三本立てる。
「《英語》と《日本語》」
「に、日本語もかよ!?」
今度こそ声を上げた。
「?」
フーチェが不思議そうに首を傾げる。
「それと、私たちが普段使っている《外来新語》です」
「……外来新語」
俺は思わず、自分の口元へ触れた。
俺が転生してから十年間。
何の疑問も持たず話してきた言葉。
今使っている、この言語。
「これ……外来新語っていうのか」
「はい」
「外来……」
何かが引っかかった。
外から来た言葉。
そういう意味に聞こえる。
だが。
ここで生まれ育ったフーチェたちが、普段から使用している言語だ。
「自分たちの言葉なのに……外来?」
妙だ。
英語。
日本語。
外来新語。
そして、この祭壇。
区画を隔てる透明な壁。
その内部に存在する、建物の通路のような人工的な空間。
廃棄された区画。
洗礼開始時に聞こえた、無機質な声。
「……」
一つ一つは偶然で済ませられるかもしれない。
だが。
ここまで重なると――。
「ロフルさん?」
「……ん?」
「何を考えているんですか?」
気づけば。
フーチェが目の前まで来ていた。
「近い近い!」
「さっきから変ですよ」
赤い瞳が、俺の顔を覗き込んでいる。
「英語を見ただけで驚いたり、日本語という名前を聞いて叫んだり」
「……」
まずい。
前世の話まで説明する気はない。
「いろいろ考えても仕方ないか」
「いろいろって何ですか?」
さらに一歩、にじり寄ってくる。
「相変わらず近いな……」
「何を考えていたんです?」
「いや」
俺は少し考えてから答えた。
「よく考えたら、何も考えてなかった」
「どういうことですか!」
「多分眠いんだ!」
「絶対違います!」
「寝ようぜ!」
俺は強引に話を終わらせる。
「この祭壇は壊れてるみたいだし、明日もしっかりフレイムロックを倒してから帰ろう!」
「ロフルさん!」
「明日もよろしくな!」
「誤魔化しましたね!?」
フーチェの追及を適当にかわしながら、俺たちは祭壇の中で休むことにした。
・・・
・・
・
翌日。
再び、朝からフレイムロックを狩った。
「これで最後!」
ザンッ――!
俺の踵が岩の頭部を砕く。
巨体が地面へ崩れ落ちた。
「かなり倒したな」
俺はフレイムロックの残骸へ近づいた。
砕けた身体の中から、赤く発光している岩を拾い上げる。
「熱っ……くないか」
《エンハンス》のおかげだ。
フレイムロックの身体を構成する岩。
通称――《火岩》。
俺はそれをさらに扱いやすい大きさまで砕く。
そして、水を張ったデッドマンティスの外殻製の容器へ入れていった。
ジュッ……。
水へ触れた瞬間、燃え盛っていた炎が消える。
「本当に消えたな」
「便利ですよ、その素材」
フーチェが横から言う。
「私は不要ですが」
「まあ、フーチェがいれば火に困ることないもんな」
「当然です」
「人間松明」
「マグ!」
昨日の呼び方をまだ使っている。
俺は火岩の入った容器を見る。
「これ、水につけておけばいいんだよな?」
「はい」
「少しでも水へ触れていれば燃えない?」
「そうです」
フーチェが一つ取り出す。
水から離れた瞬間。
ボッ!
赤い岩から炎が噴き出した。
「うおっ」
「水から出した瞬間、また燃え始めます」
「便利だな……」
火打石もいらない。
木を擦る必要もない。
水から取り出すだけ。
暖炉。
調理。
夜間の明かり。
かなり使い道がありそうだ。
「でも扱い注意だな」
「その通り」
マグが頷く。
「一度、フーチェが蹴って大変だった」
「マグ!」
「蹴った?」
「違います!」
フーチェが慌てて否定する。
「あれは寝ている私がやったんです!」
「……それ、もっと悪くないか?」
「寝相です!」
顔を少し赤くしながら弁明する。
「以前は寝床の近くに火岩を入れた箱を置いていたんです」
「まさか……」
「寝ている間に蹴って、箱ごとひっくり返してしまいまして……」
「燃えた?」
「燃えました」
「全部?」
「だいたい」
「……」
マグが淡々と続ける。
「フーチェも燃えてた」
「私は元々燃えます!」
「そこは強いな」
「今はもう寝床の近くには置いてませんから大丈夫です!」
どうやら、かなり大変な目に遭ったらしい。
俺は火岩の容器を慎重に背負い袋へ固定した。
扱いさえ間違えなければ、非常に便利な素材だ。
「よし。帰るか」
「はい」
「うん」
三人で来た道を戻り始める。
赤い木々。
熱で揺らぐ景色。
足元には黄土色の砂と岩。
昨日までなら、この新しい区画だけで頭がいっぱいになっていたはずだ。
だが今は。
別の言葉が、ずっと頭の中から離れなかった。
英語。
日本語。
そして――外来新語。
「……」
俺は誰にも気づかれないよう、小さく後ろを振り返った。
焼け焦げた巨大な切り株。
壊れた祭壇。
偶然で片づけるには。
この世界には――妙なものが多すぎる。