四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

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神徒とユニークリング

 神輪の祭壇へ戻ると、黒い石板にはすでに文字が浮かび上がっていた。

 

――――――――――

 

 試練……達成。

 

 レベル六を開放します。

 

 レベル六

 

 六輪《バースト》を習得。

 

 六輪《キーキューブ》を習得。

 

 次のレベルまで〇・九。

 

 レベル七情報。

 

 七輪《エアリジェクション》

 

――――――――――

 

「おお……!」

 

 フーチェの右腕へ、新たな魔法輪が刻まれていく。

 そして掌にも、マグと同じ小さな魔法陣が浮かび上がった。

 

「六輪……!」

 

 フーチェは嬉しそうに自分の腕を眺めている。

 

「本当に、その先もあったんですね……!」

 

「しかも」

 

 俺は石板の下へ目を向けた。

 

「六の先もある」

 

「レベル七……」

 

 マグも石板を見つめる。

 

「《エアリジェクション》」

 

 また知らない魔法だ。

 名前だけでは、どんな効果なのか想像しづらい。

 

「空気を……拒絶する?」

 

「何でしょうね?」

 

「分からん」

 

 ただ。

 

 《エンハンス》。

 

 《バインド》。

 

 《ブラスト》。

 

 どれも強力な魔法だった。

 その先にある七輪。

 

「きっと、これも相当強いんだろうな」

 

「七輪になりたい」

 

 マグが即座に言った。

 

「まず六輪を試しましょうよ!」

 

「それもそうだな」

 

 俺は笑いながら、フーチェを見る。

 

「とにかく、おめでとう!」

 

「ありがとうございます!」

 

 フーチェは満面の笑みを浮かべた。

 

・・・

・・

 

「では、私たちは一度戻ります」

 

 祭壇を出たところで、フーチェが言った。

 

「アミナも心配ですし」

 

「ああ。昨日から待たせてるもんな」

 

「ロフルさんも一緒に来ませんか?」

 

「俺も?」

 

「はい」

 

 フーチェは当然のように頷いた。

 

「ロフルさんは、まだ《開眼の試練》を受けなければならないのでしょう?」

 

「あ……そうだった」

 

 神輪の試練はクリアした。

 だが俺だけは、それで終わりではない。

 

 一般人である俺には、もう一つ。

 

《開眼の試練》

 

 が残されている。

 

 それを行う場所が、マグたちの拠点にある《開眼の祭壇》だ。

 

「じゃあ、一緒に行くよ」

 

「決まりですね!」

 

・・・

・・

 

「おかえりー!」

 

 開眼の祭壇へ戻ると、アミナが大きく手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「お兄ちゃんも、いらっしゃい!」

 

「ただいま……でいいのかな?」

 

「いいよ!」

 

「そっか」

 

 元気そうだ。

 少し安心した。

 

「怖いことは起こらなかった?」

 

「大丈夫だった!」

 

「硬いデッドマンティスも?」

 

「来なかったよ!」

 

「そっか。よかった」

 

 マグの罠がどんなものか少し見てみたかった気もするが、作動しなかったならそれが一番だ。

 

 ふと。

 

 アミナの腕が目に入った。

 

「あれ?」

 

 以前は二つだった魔法輪が、一つ増えている。

 

「アミナ、三輪になってるじゃないか」

 

「うん!」

 

「すごいな」

 

 神徒だから自然に上がったのだろう。

 

「これなら《リターン》も使えるし、いつでも帰れるな」

 

「……」

 

 あれ?

 

 空気が止まった。

 

 アミナの笑顔が少しだけ消える。

 マグも黙っている。

 フーチェも俺を見た。

 

「……え?」

 

「アミナも、帰らないよ」

 

「……あ」

 

 地雷を踏んだ。

 そんな気がした。

 

「そ、そうだったんだな!」

 

 慌てて笑う。

 

「まあ、俺も帰らないし! 一緒だな!」

 

「うん」

 

 アミナは頷いた。

 

 だが。

 

 何か理由がある。

 今まで何度か気になっていた。

 

 マグも。

 フーチェも。

 

 《リターン》を覚えている。

 

 それどころか、何年も最下層で生活している。

 

 なぜ帰らないのか。

 話題を変えた方がいいか。

 

 そう思ったところで。

 

「私たちが、なぜここで生活しているのか」

 

 フーチェが口を開いた。

 

「まだ話していませんでしたね」

 

「……そうだな」

 

「ロフルさんには、もう話してもいいと思います」

 

 フーチェは近くの椅子へ腰を下ろした。

 俺も向かいに座る。

 

 マグはアミナの隣。

 少しの沈黙の後。

 

 フーチェが話し始めた。

 

「私たち神徒が住む上層では――ユニークリングは忌み嫌われています」

 

「……ユニークリングが?」

 

「はい」

 

 意外だった。

 

 ユニークリング。

 

 俺の《制御》。

 マグの《磁力》。

 フーチェの《炎上》。

 

 どれも普通の魔法輪にはない、強力な能力だ。

 

「なんで?」

 

「詳しい理由は、私たちも知りません」

 

 フーチェは自分の右手を見る。

 

「危険だから。神から授けられた正しい魔法輪ではないから。災いを呼ぶから……色々と言われています」

 

「……」

 

「ですが、ユニークリングを持つ者への扱いだけは決まっています」

 

 声が少し低くなる。

 

「最下層へ送られます」

 

「……全員?」

 

「例外なく」

 

 俺は思わずマグを見る。

 マグはいつも通りの表情だ。

 

 だが。

 

 その話は、あまりにも重い。

 

「待ってくれ。神徒って、洗礼の試練で最下層へ送られないのか?」

 

「本来は送られません」

 

「……え?」

 

 今まで俺は。

 

 一般人も。

 貴族も。

 神徒も。

 

 十歳になれば全員、最下層へ落とされると思っていた。

 

「神徒は違うのか?」

 

「はい」

 

 フーチェが頷く。

 

「上層には《祈りの祭壇》があります」

 

「また祭壇か」

 

「神徒はそこで毎日、四時間以上祈りを捧げます」

 

「毎日四時間!?」

 

「普通ですよ?」

 

「神徒の普通、大変だな……」

 

「その祈りを何年も続けることで、魔法輪が増えていきます」

 

「じゃあ……魔物を倒さなくても?」

 

「はい」

 

 フーチェが自分の六輪へ触れる。

 

「五輪までは」

 

「なるほど……」

 

 だから神徒は最下層へ来る必要がない。

 危険な魔物と戦わなくても、上層で生活しながら魔法輪を増やせる。

 

「どれくらいかかるんだ?」

 

「早い者で、十年ほどですね」

 

「十年……」

 

「三十年以上祈り続けても、五輪まで到達できない者もいます」

 

「そんなに差があるのか」

 

「あります」

 

 才能なのか。

 魔力の量なのか。

 

 それとも、本当に信仰心によって変わるのか。

 そこまでは分からないらしい。

 

「でも」

 

 フーチェの表情が少し曇る。

 

「十歳になったとき」

 

 神徒にも、手の甲の輪が発現する。

 

「それが普通の魔法輪なら、そのまま上層で暮らします」

 

「ユニークリングなら?」

 

「……すぐに最下層へ送られます」

 

 即答だった。

 

「十歳の間にしか使えない、最下層への転送魔法陣があるんです」

 

「転送魔法陣……」

 

「神徒の祭壇にあります」

 

「じゃあ」

 

 ようやく理解する。

 

 マグも。

 フーチェも。

 そして今年のアミナも。

 

 洗礼の試練によって強制転送されたわけではない。

 

 ユニークリングが発現したため。

 上層から意図的に捨てられた。

 

「分かった瞬間、すぐなのか?」

 

「はい」

 

 アミナが小さく頷く。

 

「アミナも?」

 

「うん……」

 

 十歳。

 

 自分の魔法輪が普通と違う。

 ただそれだけで。

 

 家族と引き離され。

 最下層へ落とされる。

 

「じゃあ《リターン》を覚えて帰れば――」

 

 途中まで言って。

 フーチェの表情で答えが分かった。

 

「帰っても、駄目なのか」

 

「駄目です」

 

「……」

 

「生き残って帰還した者も、上層では受け入れられません」

 

「どうなる?」

 

「幽閉されたという話もあります」

 

「……酷いな」

 

「だから」

 

 フーチェは静かに言った。

 

「私たちは帰りません」

 

 ようやく分かった。

 

 どうして。

 

 五輪まで覚えて。

 十分な力を持っているのに。

 ずっと、この危険な最下層で暮らしているのか。

 

「……」

 

 俺は自分の手の甲を見る。

 

 普通とは違う。

 

 三本の矢印が循環するようなユニークリング。

 

 もし。

 

 俺が一般人ではなく。

 上層で生まれた神徒だったとしても。

 

「俺も結局、ここに捨てられてたってことか」

 

「おそらく」

 

「……そっか」

 

 神徒。

 

 一輪から五輪まで自然に増える。

 魔力残量も視界で分かる。

 最下層への強制転送もない。

 

 正直。

 

 羨ましいと思っていた。

 

 だが。

 

 神徒には神徒の世界がある。

 

「馬鹿だな」

 

「……え?」

 

 フーチェが顔を上げる。

 

「上層の奴らだよ」

 

 俺は自分の手を握る。

 

「ユニークリングって、すげえ力じゃないか」

 

 俺の《制御》がなければ。

 何度死んでいたか分からない。

 

 マグの《磁力》も。

 フーチェの《炎上》も。

 

 普通の魔法にはできないことができる。

 

「こんな素晴らしい力を持った奴を捨てるなんて、本当に馬鹿だ」

 

「……」

 

「なあ?」

 

 フーチェが少し驚いた顔をして。

 

 やがて。

 

「ふふっ」

 

 笑った。

 

「そうですよね!」

 

「ああ」

 

 久しぶりに。

 フーチェの表情から、暗さが消えた。

 

「ありがとうな」

 

「え?」

 

「話してくれて」

 

 俺は立ち上がる。

 

「俺にできることなら、何でも手伝うよ」

 

 マグを見る。

 フーチェを見る。

 アミナも。

 

「上層とか一般とか関係ない」

 

 ここにいる以上。

 

「共に最下層で暮らす者同士、これからもよろしくな」

 

 俺はフーチェへ手を差し出した。

 フーチェは一瞬だけ俺の手を見て。

 笑顔で握り返す。

 

「はい!」

 

 次にマグへ。

 

「マグも」

 

「うん」

 

 握手。

 

「よろしく」

 

「ああ」

 

「……むにゃ」

 

 横から、小さな声がした。

 

 見ると。

 

 アミナが座ったまま、こくり、こくりと頭を揺らしている。

 

「眠そうだな」

 

「アミナ」

 

 マグが近づく。

 

「寝る?」

 

「んぅ……」

 

 返事をする前に目を閉じてしまった。

 

「今日はもう休みましょう」

 

「そうだな」

 

 マグはアミナを軽々と抱き上げる。

 そのまま小屋の方へ歩いていった。

 

「俺は……」

 

 周囲を見る。

 

「このテーブル辺りを借りようかな」

 

 屋根もある。

 地面で寝るのには慣れている。

 適当に布を敷けば十分だ。

 

 そう思い、荷物から寝る準備を始めたところで。

 

「ロフルさん」

 

 小屋の中からフーチェに呼ばれた。

 

「ん?」

 

「こっちへ来てください」

 

「どうした?」

 

 小屋へ入る。

 

 中には、二つの寝床があった。

 一つは木で作られた、大きめのベッド。

 

 前世で言えばダブルサイズくらい。

 もう一つは、岩を組み上げた一人用のベッドだ。

 

 どちらも。

 

「……ふわふわだ」

 

 表面に白い綿のようなものが大量に敷き詰められている。

 触ってみる。

 

「おお……!」

 

 沈む。

 

 柔らかい。

 

「すごいな。ちゃんとベッドだ……!」

 

 一年以上木や岩、土の上で寝ていた。

 この柔らかさは衝撃的だった。

 

「西の方を探索していたときに見つけました」

 

 フーチェが少し自慢げに胸を張る。

 

「花のように咲いていたんです。それを少し加工しました」

 

「へえ……!」

 

 植物から取れる綿のようなものらしい。

 

「今度、採れる場所教えてくれないか?」

 

「もちろんいいですよ!」

 

「俺の拠点にも絶対欲しい」

 

 これさえあれば、睡眠環境が一気に変わる。

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 

「ああ。おやす――」

 

 フーチェが《エンハンス》を解除する。

 身体を覆っていた炎が消えた。

 用意していた布を身体へ巻き、そのまま一人用のベッドへ入る。

 

「……ん?」

 

 なぜか。

 フーチェはベッドの端へ端へと移動していく。

 

「どうした?」

 

「マグのベッドは、アミナと二人で寝られるくらい広いんですけど」

 

 大きい方を見る。

 すでにマグとアミナが寝ている。

 

「私のは少し狭いので」

 

「うん」

 

「でも」

 

 フーチェはさらに端へ寄った。

 

 そして。

 

 空いた部分の綿布団を。

 

 ぽんぽん。

 と手で叩く。

 

「こうやって端に寄れば、ロフルさんも一緒に寝られますよ!」

 

「……」

 

 あまりにも自然に言われた。

 

「……ん?」

 

「?」

 

 なんで。

 自然に添い寝する流れになってるんだ……?

 

「あ……ありがとう、フーチェ!」

 

「はい!」

 

「でも大丈夫!」

 

「?」

 

「俺は外のテーブル辺りで休ませてもらうよ」

 

「でも外よりこっちの方が柔らかいですよ?」

 

「いや、それはものすごく魅力的なんだけど」

 

 俺は少し言いづらそうに頭を掻く。

 

「流石に同じベッドは……俺、一応男だからさ」

 

「……」

 

 フーチェが固まった。

 数秒。

 そして。

 

「――っ!」

 

 ハッとした顔になる。

 頬が一気に赤くなった。

 

「あ、ああ、えっと!」

 

「うん」

 

「そうですよね!」

 

「うん」

 

「す、すいません……!」

 

「いや、謝ることじゃないって」

 

「じゃ、じゃあ、お休みです!」

 

 フーチェは布団を頭まで引き上げた。

 完全に潜り込んでしまう。

 

「……お休み、フーチェ」

 

「……おやすみなさい」

 

 小さな声だけが、布団の中から返ってきた。

 俺は笑いを堪えながら、小屋を出る。

 

 そして。

 

「……ふわふわのベッド、いいな」

 

 少しだけ未練を残しつつ。

 俺はいつものようにテーブルの近くへ布を敷き、その場で眠ることにした。

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