四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

20 / 21
魔王との契約

「う……」

 

 沈んでいた意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。

 最初に戻ってきたのは感覚だった。

 

 後頭部に、柔らかいものが触れている。

 地面ではない。

 身体の下にも、戦闘後の痛みはほとんど残っていなかった。

 

「……ん」

 

 重い瞼を開く。

 視界がぼやけている。

 

 黒い世界。

 無数に浮かぶ、小さな光。

 

 間違いない。

 まだ《開眼の試練》の中だ。

 

「俺……」

 

 生きてる……?

 

「おー。やっと起きたか!」

 

「……!」

 

「寝坊助じゃのう」

 

 すぐ近くから聞き覚えのある声がした。

 一瞬で意識が覚醒する。

 俺は反射的に身体を起こし、声から距離を取った。

 

「なっ……!」

 

 フォルチナ。

 傷一つない姿で、こちらを見ている。

 

「どういうことだ……!?」

 

 俺は完全に負けた。

 最後に見たのは、《リジェネレーション》によって胸の傷を完全に治したフォルチナの姿。

 

 その後、俺は意識を失った。

 負ければ食われる。

 そう言われていたはずだ。

 

 なのに。

 生きている。

 

「……ん?」

 

 そこで、もう一つの異変に気づいた。

 

「俺の服は!?」

 

 戦闘前まで着ていた服がない。

 慌ててその場にしゃがみ込み、近くに落ちていた布を腰へ巻きつける。

 

「なんでこんな状態なんだよ!」

 

「服なら、ほとんど使い物にならなくなっておったぞ」

 

 フォルチナが、少し離れた場所を指さした。

 そこには、黒く焦げ、裂けた布の残骸がまとめて置かれている。

 

「あ……」

 

 《シャドウブラスト》。

 

 それに加えて、《エンハンス》の出力を無理やり上げた。

 よく考えれば、服だけ無事な方がおかしい。

 

「てっきり殺されると思ってたんだけど……」

 

「そのつもりじゃった」

 

「やっぱりかよ!」

 

「最初はな」

 

 フォルチナは楽しそうに笑う。

 

「じゃが、気が変わった」

 

「……気が変わった?」

 

「うむ」

 

 フォルチナが俺へ近づいてくる。

 反射的に身構える。

 だが、彼女に戦う意思は感じられなかった。

 

「おぬしが眠っている間、少し調べさせてもらったぞ」

 

「調べた?」

 

「身体の損傷と、魔力の流れじゃ」

 

 フォルチナは自分の目元を指さす。

 

「特にあの妙な《エンハンス》の使い方が気になってのう。手足へ流れる魔力を随分と細かくいじっておる」

 

「……《制御》のことか」

 

「おそらく、それがおぬしの特殊な力なのじゃろうな」

 

 なるほど。

 てっきり何をされたのかと思ったが、魔力の状態を確認していたらしい。

 

「それで?」

 

「我は、おぬしが気に入った」

 

「……は?」

 

 あまりにも予想外の言葉だった。

 

「力になってやろう」

 

「え……?」

 

 間の抜けた声が出る。

 さっきまで本気で殺し合っていた相手だ。

 胸を貫いた俺を《リジェネレーション》で絶望させた魔王が、突然味方になると言っている。

 

「何を企んでる?」

 

「警戒するのは良いことじゃ」

 

 フォルチナは笑ったまま答えた。

 

「まあ、すぐにどうこうできる話ではない。相当な時間がかかるじゃろう」

 

「何に?」

 

「おぬしが強くなるまでじゃ」

 

 フォルチナの表情が少しだけ真剣になる。

 

「おぬしなら――いずれ我を助けられるかもしれん」

 

「助ける?」

 

「そうじゃ」

 

 黒い翼を静かに畳む。

 

「将来、現魔王を倒し、我が本体を檻から解放してほしい」

 

「……現魔王?」

 

 聞き慣れない言葉に眉をひそめる。

 

「待て」

 

 俺はフォルチナを指さした。

 

「お前も魔王なんだろ?」

 

「我は太古の魔王じゃ」

 

「つまり……」

 

 少し考える。

 

「元魔王で、今は別の奴が魔王ってことか?」

 

「ぐぬぬ……」

 

 露骨に嫌そうな顔をした。

 

「まあ……そうとも言うのう」

 

「そこは認めるんだな」

 

「言い方が気に入らんだけじゃ!」

 

 フォルチナは腕を組んだ。

 

「簡単に言えば、我は現魔王との戦いに敗れた」

 

「魔王同士で戦ったのか?」

 

「いろいろあったのじゃ」

 

 明らかに省略された。

 

「その結果、我の本体は檻へ封じられた」

 

「今も?」

 

「今もじゃ」

 

 フォルチナの声から、先ほどまでの軽さが少し消える。

 

「ただ閉じ込められているだけではない。現在の我は、魔王城へ魔力を供給するためだけの存在として利用されておる」

 

「魔力を……?」

 

「我から力を吸い上げ、それを城へ流しておるのじゃ」

 

「それはまた……」

 

 想像していたより酷い。

 

「ずっとか?」

 

「長いぞ」

 

 フォルチナは遠い場所を見るように目を細めた。

 

「そこで我も、ただ黙って捕まっていたわけではない」

 

「何かしたのか?」

 

「長い年月をかけて、この分身を作った」

 

 自分の身体を指す。

 

「これが分身なのか?」

 

「そうじゃ。我の本体は今も檻の中じゃ」

 

 目の前のフォルチナですら、あれほど強かった。

 それが分身。

 本体は一体どれほどの力を持っているのだろう。

 

「ようやく分身を外へ出し、脱出への一歩を踏み出した……はずじゃった」

 

「はず?」

 

「突然、足元に見たこともない魔法陣が現れての」

 

「……」

 

「気づけば、ここへ転送されておった」

 

「また捕まったのか」

 

「また捕まったのじゃ!」

 

 フォルチナが悔しそうに叫ぶ。

 

「それから何百年じゃ! たまにこうして試練とやらで呼び出されるだけ!」

 

「なんか……大変だったんだな」

 

「もっと同情せい!」

 

「いや、さっきまで俺を殺そうとしてた奴にそこまで同情できないって」

 

「それもそうじゃな」

 

 納得するのか。

 

「じゃあ、現魔王はどこにいる?」

 

「分からぬ」

 

「……え?」

 

「分からぬ」

 

「倒してほしいんだよな?」

 

「うむ」

 

「場所は?」

 

「分からぬ」

 

「無茶苦茶じゃないか!」

 

「仕方なかろう!」

 

 フォルチナが頬を膨らませる。

 

「再びこの場所へ捕らえられてから、本体とのつながりがほとんど遮断されたのじゃ」

 

「本体の場所も?」

 

「感じ取れぬ」

 

「魔王城も?」

 

「分からぬ」

 

「現魔王も?」

 

「分からぬ」

 

「情報ゼロじゃねーか!」

 

「これから探せばよい!」

 

 随分と壮大な話になってきた。

 俺は頭を掻く。

 

 魔王。

 魔王城。

 フォルチナの本体。

 

 ここまでの俺にとって、存在すら知らなかったものばかりだ。

 

「まあ、そんな話はおいおいでいいじゃろう!」

 

 フォルチナが急に明るい声へ戻った。

 

「それよりどうじゃ?」

 

「何が?」

 

「我に協力するか?」

 

「……」

 

 考える。

 とはいえ。

 選択肢は、ほとんど決まっていた。

 

「協力する」

 

「ほう?」

 

「ただし」

 

 俺は指を立てた。

 

「すぐには行けないぞ」

 

「……」

 

「俺にはやることがある」

 

 ハナ。

 サンク。

 最下層へ来る子供たち。

 

 俺がここへ残った理由。

 それを投げ出すつもりはない。

 

「まず妹と弟を助ける。そのためにもっと強くなる」

 

「……」

 

「それが終わるまで、魔王探しなんてできない」

 

 フォルチナはしばらく俺を見つめた後。

 

「ぶははははっ!」

 

 突然笑い始めた。

 

「な、なんだよ」

 

「安心せい!」

 

 腹を抱える。

 

「今のおぬしが『すぐ行く』などと言ったら、我が止めておるわ!」

 

「……そんなに?」

 

「そんな雑魚状態で現魔王の前へ行けば、即死じゃ!」

 

「雑魚……」

 

 結構傷つく。

 自分ではかなり強くなったと思っていたのだが。

 

「最低でも、今とは比べ物にならぬほど強くなってもらわねば困る」

 

「じゃあ、急がなくていいんだな」

 

「好きにせい」

 

 フォルチナは肩をすくめた。

 

「我にとって、何百年待つも何十年待つも大差ない」

 

「スケールが違うな……」

 

「それに」

 

 フォルチナが自分の胸へ手を当てた。

 

「まずは、この分身だけでもここから出られる」

 

「出られる?」

 

「おぬしを利用すればな」

 

「……嫌な言い方だな」

 

「事実じゃ」

 

 だが。

 

 フォルチナが外へ出られる。

 俺にとってもメリットは大きい。

 十輪まで魔法を扱う存在。

 魔力についても、俺より遥かに詳しい。

 

「分かった」

 

 俺は頷いた。

 

「なら協力しよう」

 

「いい選択じゃ」

 

 フォルチナが満足そうに笑う。

 

「よろしくな」

 

 そう言って手を差し出そうとした。

 

 だが。

 

「では、契約じゃ」

 

「契約?」

 

 フォルチナの身体が、突然揺らいだ。

 

「え?」

 

 銀色の髪。

 黒い翼。

 角。

 身体の輪郭すべてが、黒い霧のように崩れ始める。

 

「ちょっと待て!」

 

「動くな」

 

「いや、説明を――」

 

 霧となったフォルチナが、一気にこちらへ迫った。

 

「うわっ!」

 

 避ける暇もない。

 黒い霧は俺の顔へ集中し。

 

 右目へ――。

 

「ぐあっ!?」

 

 一気に入り込んできた。

 

「痛っ……!」

 

 反射的に右目を押さえる。

 

「なんだこれ……!」

 

 激痛というほどではない。

 

 だが。

 

 目薬を何十滴も連続で差し続けられているような、強烈な刺激が止まらない。

 目の奥が熱い。

 涙が勝手に流れ出す。

 

「フォルチナ!」

 

『騒ぐでない』

 

「頭の中から……!?」

 

 声が直接聞こえる。

 

「何をしたんだ!」

 

『契約じゃ』

 

「先に説明しろよ!」

 

『説明しておったら警戒するじゃろ』

 

「当たり前だ!」

 

 右目の奥へ。

 何かが根を張っていくような感覚。

 

 それと同時に。

 全身から少しずつ力が抜けていく。

 

「また……意識が……」

 

 視界が霞む。

 黒い世界と無数の光が、ゆっくり溶けていく。

 

『期待しておるぞ』

 

 フォルチナの声。

 

『少年――いや』

 

 少しだけ楽しそうに。

 

『ロフル』

 

「名前……いつ……」

 

 最後まで言葉にできなかった。

 目を開けていることすらできなくなる。

 

『いずれ我を、ここから連れ出してもらう』

 

 その声を最後に。

 俺は再び――意識を失った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。