四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

22 / 23
妹との再会

 フーチェたちと別れてから、三か月。

 

 ついに。

 

 今年の《洗礼の試練》の日を迎えた。

 

「……よし」

 

 俺は神輪の祭壇の前で、最後の確認をしていた。

 

 この三か月間。

 できることは、徹底的にやったつもりだ。

 

 去年、助けた少年を死なせてしまった。

 祭壇の周辺に魔物は来ない。

 

 そう思い込み、切り株の上で待たせた結果。

 硬いデッドマンティスに襲われた。

 

 同じ失敗は、絶対にしない。

 今年は最初から、助けた子供たち全員を祭壇の内部へ入れる。

 

 巨大な切り株の入り口から、青い扉まで続く道には木材を何重にも組み合わせ、狭い隙間をいくつも作った。

 十歳ほどの子供なら身体を横にして通れる。

 

 だが、大型の魔物はまず入れない。

 硬いデッドマンティスが突然現れる可能性まで考えると、これだけで安全とは言い切れない。

 

 それでも。

 

 何もしないよりは遥かにいい。

 祭壇の中には、食料も用意した。

 

 大量のスライムボール。

 近くで採れる黄色い果実。

 水を入れた容器も何個も並べてある。

 

 豪華なものではない。

 

 だが、十人以上がしばらく暮らすには十分な量だ。

 火岩もある。

 寝床も増やした。

 

 怪我人が出ても休めるように、柔らかい草や綿も敷いている。

 

「これで……全部だな」

 

 この三か月で、俺自身も変わった。

 特に《エンハンス》。

 

 今では、起きている間ならほとんど常時発動できる。

 以前は長時間使えば、魔力が尽きて気絶していた。

 

 今はそうならない。

 

 おそらく。

 

 自然に回復する魔力が、《エンハンス》の通常出力で消費する量を上回ったのだろう。

 これだけでも、救助の安全性は去年とは比較にならない。

 

「……もうすぐか」

 

 空を見上げる。

 十二個の光。

 

 最後の一つが、ゆっくり満ちていく。

 俺が今いる場所は、一年前。

 いや、もう二年前か。

 

 俺自身が最下層へ転送された地点の近くだ。

 

 あの日。

 何も知らず。

 何もできず。

 ただ死なないように森へ身を隠した。

 

 恐怖しかなかった場所。

 

「今見ると……懐かしいな」

 

 自分でも不思議だった。

 あれほど恐ろしかった森が。

 今では、自分の庭に近い感覚になっている。

 

「ハナ……」

 

 この近くに。

 

 頼む。

 

 ここへ転送されてくれ。

 最後の光が満ちた。

 

 そして――。

 

――ゴォォーン……。

 

 空から。

 あの嫌な鐘の音が響いた。

 

――ゴォォーン……。

 

 身体の奥まで震えるような音。

 続いて。

 無機質な声が空から降ってくる。

 

――Activate system to sort.

 

「……やっぱり」

 

 今回は、はっきり聞き取れた。

 英語。

 間違いない。

 

「Activate system to sort……」

 

 選別するためのシステムを起動する。

 そんな意味だったはずだ。

 

「ソートシステム……」

 

 それが。

 

《洗礼の試練》を指しているのか?

 

 十歳になった子供を最下層へ転送する。

 階級ごとに区画を割り振る。

 何らかの条件で選別する。

 

「……」

 

 もう――

 偶然だとは思えなかった。

 

 この現象は。

 

 少なくとも――自然に起こっているものではない。

 

「っと」

 

 今は考えるな。

 今日の目的は一つだ。

 

「一輪――《サーチ》!」

 

 鐘が鳴り止むのと同時に発動する。

 周辺の地形。

 魔物。

 

 そして。

 

「いた!」

 

 人間を示す丸い反応。

 三つ。

 

「まずは一番近い子から!」

 

 俺は《エンハンス》を纏ったまま地面を蹴った。

 

・・・

・・

 

 木々の間を一気に駆け抜ける。

 反応は近い。

 

「ハナ!」

 

 名前を叫びながら茂みを飛び越えた。

 そこに。

 一人の少女がしゃがみ込んでいた。

 

「……!」

 

 一目で分かった。

 ハナではない。

 紫色の髪。

 

 俺と同じ一般人。

 だが、知らない少女だ。

 

「え……?」

 

 少女が俺を見る。

 顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 

「誰……?」

 

 震えながら後ずさる。

 

「助けて……!」

 

「大丈夫!」

 

 すぐにでも連れていきたい。

 

 だが……

 

 残る二つの反応。

 どちらかにハナがいるかもしれない。

 

「ごめん」

 

 俺は少女と同じ高さまでしゃがむ。

 

「今すぐ一緒には行けない」

 

「え……?」

 

「でも、必ず戻る」

 

 すぐ近くに、大木の根が作った狭い隙間がある。

 

「あそこに入って、絶対に外へ出ないでくれ」

 

「……」

 

「声も出さず、じっとしてて」

 

「でも……」

 

「絶対戻る」

 

 目を見て言う。

 

「約束する」

 

 少女は涙を流したまま。

 何度か迷った後。

 

「……うん」

 

 小さく頷いた。

 

「いい子だ」

 

 隙間へ入ったのを確認する。

 

「すぐ戻るから!」

 

 俺は次の反応へ向かって走った。

 

・・・

・・

 

「ハナ!」

 

 叫ぶ。

 木々を抜け。

 小さな岩場へ出る。

 

「……え?」

 

 そこにいた少女が振り返った。

 紫色の長い髪。

 見覚えのある顔。

 

 だが。

 

 俺の記憶より。

 ずっと大きくなっている。

 

「お兄ちゃん……?」

 

「……」

 

 足が止まった。

 

「ハナ……」

 

 間違いない。

 

「お兄ちゃん!?」

 

 ハナの顔が一気に崩れた。

 

「お兄ちゃん!!」

 

 泣きながら駆けてくる。

 そのまま勢いよく胸へ飛び込んできた。

 

「うわっ!」

 

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

 

「ハナ……!」

 

 抱きしめる。

 ずっと。

 この瞬間のために残っていた。

 

「生きてたんだね!」

 

「ああ」

 

「よがった……!」

 

 涙と鼻水で言葉になっていない。

 

「お兄ちゃん、死んじゃったと思ってた……!」

 

「ごめんな」

 

「なんで帰ってこなかったの……!」

 

「それは――」

 

 話したいことは山ほどある。

 

 だが。

 

 今はまだ救助の途中だ。

 

「とりあえず!」

 

 俺はハナを抱き上げた。

 

「このまま移動する!」

 

「えっ!?」

 

 昔。

 

 一緒に暮らしていた頃のように。

 腕へ抱える。

 

「お、お兄ちゃん!」

 

「なんだ?」

 

「ハナもう十歳だよ!?」

 

「知ってる!」

 

「抱っこは恥ずかしいよ……!」

 

 泣いていた顔が、今度は少し赤くなる。

 

「今だけ我慢してくれ!」

 

「もう……!」

 

 そんな会話ができる。

 それだけで。

 胸がいっぱいになった。

 

「本当に……」

 

 生きていてくれた。

 

「よかった……!」

 

 腕へ少し力を込める。

 

「ちょ、お兄ちゃん苦しい!」

 

「悪い!」

 

 地面を蹴る。

 《エンハンス》で加速しながら、先ほどの少女がいる場所へ戻った。

 

「いるか!」

 

 大木の根元へ声をかける。

 

「戻ってきたぞ!」

 

「……!」

 

 隙間から少女が顔を出した。

 

「一緒に行こう!」

 

「う、うん!」

 

 よかった。

 言った通り、ちゃんと隠れていた。

 

「ハナ、少しだけ歩けるか?」

 

「できるよ!」

 

 ハナを下ろす。

 今度は二人を連れ、神輪の祭壇へ向かった。

 

・・・

・・

 

 巨大な切り株が見えてくる。

 

「お兄ちゃん……ここは?」

 

「比較的安全な場所だ」

 

 入り口へ向かう。

 

「この木の隙間を通って、中へ入ってくれ」

 

「狭いね……」

 

「魔物が簡単に入れないようにしてある」

 

 少女が不安そうに俺を見る。

 

「中なら大丈夫なの……?」

 

「ああ」

 

 少なくとも。

 今の俺が知る限り、祭壇の内部まで魔物が侵入したことはない。

 

「食べ物と水も用意してある」

 

「お兄ちゃんは?」

 

 ハナが聞く。

 

「どこ行くの?」

 

「他の子を助ける」

 

「……」

 

「まだいるんだ」

 

「一人で?」

 

「大丈夫」

 

 俺はハナの頭へ手を置く。

 

「必ず戻るから」

 

「……本当?」

 

「ああ」

 

「絶対だよ?」

 

「約束する」

 

 ハナは少し不安そうだったが。

 やがて頷いた。

 

「分かった」

 

「よし」

 

 俺は二人が隙間を抜け、青い扉の奥へ入ったことを確認する。

 

 そして。

 

 すぐに踵を返した。

 

・・・

・・

 

 救助は続いた。

 途中。

 

「チチチチッ!」

 

 突然、光沢のある巨体が森の中へ出現する。

 

「やっぱり来たか」

 

 硬いデッドマンティス。

 子供の反応へ向かう途中。

 

「去年もそうだった……」

 

 洗礼で転送された子供の近くに。

 ほとんど必ずと言っていいほど、硬い個体が出現している。

 

 偶然にしてはあまりにも多い。

 

「……作為的だよな」

 

 だが。

 

 考えるのは後だ。

 デッドマンティスが鎌を振り上げる。

 

 俺は走る速度を落とさず、その懐へ入り込んだ。

 右腕へ《エンハンス》の出力を集中させる。

 

 拳を一発。

 

 金属製の頭部へ叩き込むと、外殻は大きく陥没し、そのまま内部までまとめて砕け散った。

 

「悪いけど、今のお前に構ってる暇はない」

 

 爆発する前に距離を取る。

 背後で爆音が響く頃には。

 俺はもう、次の子供のもとへ向かっていた。

 

・・・

・・

 

 そこから……

 さらに四人。

 

 泣きながら木へしがみついていた少年。

 足を擦りむき、動けなくなっていた少女。

 魔物から逃げ、川辺に隠れていた二人。

 見つけるたびに祭壇へ連れ戻した。

 

「ハナ!」

 

 入り口へ声をかける。

 

「この子たちも中へ入れてあげてくれ!」

 

「分かったよ、お兄ちゃん!」

 

 中からすぐにハナが出てくる。

 

「みんな、こっち!」

 

 年齢は全員同じ。

 それでも。

 ハナは少し前からここにいるだけで、まるでお姉ちゃんのように子供たちへ声をかけていた。

 

「大丈夫だよ。中にお水もあるから」

 

 泣いている子の手を取る。

 

「こっち来て」

 

「……」

 

 本当に。

 

「しっかりした子になったな……」

 

 昔から面倒見のいい子ではあった。

 だが、俺が知らない間に。

 ちゃんと成長している。

 

「お兄ちゃん!」

 

「ん?」

 

「まだ行くの?」

 

「ああ!」

 

「気をつけてね!」

 

「任せろ!」

 

 そして。

 

 再び森へ戻る。

 

・・・

・・

 

 何度。

 

《サーチ》を使っただろう。

 

 人を見つけ。

 走り。

 助け。

 祭壇へ戻る。

 

 それを繰り返した。

 

 そして最終的に。

 

「八人……」

 

 祭壇へ避難させることができた。

 去年は一人。

 

 しかも。

 

 その一人すら守り切れなかった。

 

 今年は八人。

 

「一輪――《サーチ》」

 

 周辺一帯を確認する。

 

 人間の反応はもうない。

 範囲を広げる。

 

 それでも……

 

「……ここまでか」

 

 帰還した者がいる可能性もある。

 サーチの外まで逃げた者も。

 別の場所へ隠れている者もいるかもしれない。

 

 だが少なくとも……

 今の俺に見つけられる生存者はいない。

 

「……」

 

 助けられなかった。

 

 もっと。

 

 そんな気持ちはある。

 でも八人は助けられた。

 

「戻ろう」

 

 俺は祭壇へ向かった。

 

・・・

・・

 

「お兄ちゃん!」

 

 切り株へ戻ると青い扉へ続く通路から、ハナが顔を出していた。

 

「ハナ?」

 

「お兄ちゃん!」

 

 俺の姿を見つけるなり、勢いよく飛び出してくる。

 

「こら!」

 

 思わず声を上げる。

 

「中に入ってろって言っただろ!」

 

 だが。

 

 ハナは止まらなかった。

 俺の胸へ飛び込み。

 強く抱きしめる。

 

「お兄ちゃん……!」

 

「……」

 

「生きてるなんて思わなかった!」

 

 声が震えている。

 

「なんで……!」

 

 俺の服を強く握る。

 

「なんで帰ってこなかったの!?」

 

 怒っている。

 泣いている。

 

「ずっと待ってたんだよ……!」

 

「……ごめん」

 

「お父さんも、お母さんも!」

 

「うん」

 

「サンクだって……!」

 

「分かってる」

 

 俺はハナの頭へ手を置く。

 

 昔より。

 

 少し高い位置に頭がある。

 

「でも」

 

 ゆっくり撫でる。

 

「俺が帰らなかったのは」

 

 ハナが顔を上げる。

 

「ハナ」

 

「……なに?」

 

「お前を、ここで助けるためだ」

 

「……え?」

 

「今日のために残ってた」

 

 ハナの表情が止まる。

 

「ここへ落とされるお前を見つけて」

 

 守って。

 

 《リターン》を覚えるまで生き延びさせる。

 

「その準備をしてた」

 

「……」

 

「こんなの、おかしいだろ」

 

 十歳になっただけで。

 何も知らない子供を。

 魔物だらけの森へ捨てる。

 

「こんな理不尽な死は、間違ってる」

 

 俺は祭壇の奥を見る。

 

 そこには。

 

 今日助けた子供たちがいる。

 

「全員は無理かもしれない」

 

 世界中を救うなんて。

 そんな大きなことは言えない。

 

「でも」

 

 自分の手を見る。

 

「俺の手が届く範囲なら」

 

 一人でも。

 二人でも。

 

「助けたい」

 

 ハナは黙って聞いている。

 

「来年はサンクが来る」

 

「……うん」

 

「絶対に助ける」

 

 そこだけは。

 迷いなく言えた。

 

「サンクも、俺が助ける」

 

 ハナは少し安心したように見えた。

 

 だがすぐに……

 不安そうな顔へ変わる。

 

「じゃあ……」

 

「ん?」

 

「サンクを助けた後は?」

 

「……」

 

 言葉が出なかった。

 サンクを助ける。

 ずっと決めていた。

 

 だが……その後の事はまだハナには言えない。

 

「……」

 

「お兄ちゃん?」

 

「とりあえず」

 

 俺はハナの手を取った。

 

「その話は後だ」

 

「……」

 

「まずは中の子たちに、これからどうすればいいのか説明しないとな」

 

「……うん」

 

 ハナはまだ何か言いたそうだった。

 それでも俺の手を握り返した。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 俺はハナの手を引き。

 神輪の祭壇へ戻っていく。

 ずっと守りたかった妹。

 

 その手は。

 昔より少しだけ大きくなっていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。