四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
助けた子供たちを祭壇の中央へ集める。
俺とハナを含めて、全部で九人。
改めて見ると、ずいぶん賑やかになったものだ。
「まず、みんなの名前と住んでいた村を教えてくれ」
一人ずつ順番に、名前や出身村を聞いていく。
家族のことまで少し聞いてみたところで、思わぬ事実が分かった。
「……え? ハナを含めて五人、同じ村なのか?」
「うん」
「僕もだよ!」
「私も!」
なんと、ハナを含めた五人が俺の出身村から来た子供だった。
残る三人は別の村出身らしい。
そういえば、その三人だけは他の子より少し遠い場所で見つけた。
「やっぱり、住んでいる場所によって転送先もある程度決まってるのか……」
完全に無作為というわけではなさそうだ。
これが本当なら、来年サンクが来たときも、この周辺を中心に探せば見つけられる可能性が高い。
「さて、みんな知ってると思うけど、二輪の《リターン》を覚えるまでは帰れない」
その言葉を聞き、何人かの表情が曇る。
怖いのは当然だ。
俺だって最初は、いつ殺されるか分からないこの場所が恐ろしくて仕方なかった。
「でも、それまではここで一緒に生活すればいい。食べ物も水もあるし、俺もいる。二輪を覚えるまで、みんなで頑張ろうな!」
少し間があった後、子供たちは不安そうな顔のまま、それでも一人ずつ頷いてくれた。
・・・
・・
・
その後、それぞれが持ってきた荷物も確認させてもらった。
食料や水筒、簡単な薬、布、小型の刃物や火を起こす道具など、村によって多少違いはあるものの、基本的には数日間を生き延びるための物が中心だった。
「これは共有にして……こっちは本人が持ってた方がいいな」
必要な物を分けていく中で、ハナの荷物を開いたとき、俺の手が止まった。
「……煎餅」
袋の奥に入っていたのは、見慣れた母さんの煎餅だった。
固めに焼かれた、あの煎餅。
見ただけで、思わず唾を飲み込む。
「お兄ちゃん、煎餅食べたいの?」
「……食べたい」
素直に答えると、ハナは少し笑った。
「じゃあ、どうぞ!」
「いいのか!?」
「お母さん、いっぱい入れてくれたから」
俺は一枚受け取り、久しぶりの感触を確かめるように指で持った。
そして、パリッと一口かじる。
「……うまい」
懐かしい味が、一気に口の中へ広がった。
最下層での食事には、もうかなり慣れたつもりだった。
デッドマンティスも、スライムボールも、工夫すれば普通に食べられる。
それでも、これは別格だった。
味そのものが特別というより、家で食べていた頃の記憶まで一緒に蘇ってくる。
「……やっぱり母さんの煎餅はうまいな」
もう一口かじると、本当に涙が出そうになった。
「お兄ちゃん、泣いてる?」
「泣いてない!」
「ちょっと泣いてるよ」
「煎餅がうますぎるだけだ!」
俺がそう言うとハナが笑い、その笑い声につられるように他の子供たちも少しずつ表情を緩めていった。
こうして、九人での共同生活の一日目は無事に終わった。
・・・
・・
・
二週間後。
「スライムボール取ってきたぞ!」
祭壇へ戻った俺は、《キーキューブ》から大量のスライムボールを取り出した。
「おかえり、お兄ちゃん!」
「ロフル!」
「おかえりー!」
俺の声を聞きつけた子供たちが、一斉に集まってくる。
「こらこら、そんなに群がるなって!」
笑いながら荷物を出していく。
二週間しか経っていないのに、子供たちは驚くほどこの環境に慣れていた。
最初は夜になるだけで泣く子もいれば、森の音が怖くて眠れない子もいた。
食べ慣れない魔物の肉を嫌がる子もいたが、今では祭壇の周りで追いかけっこをしたり、木の陰を使ってかくれんぼをしたりしている。
もちろん、絶対に遠くへ行かないという約束だけは全員しっかり守っていた。
本当に逞しい子たちだ。
「ねえ、ロフル!」
「ん?」
一人の少年が、嬉しそうに腕を見せてきた。
「一輪が出た!」
「おお、フィリアンド! すごいじゃないか!」
確かに、腕には一つ目の魔法輪が刻まれている。
「一番乗りだぞ」
「へへっ!」
俺はその頭をわしゃわしゃと撫でた。
すると、横から不満そうな声が聞こえてくる。
「むぅ……」
「どうした、ハナ?」
「ハナが一番だと思ったのに……」
どうやら負けず嫌いは昔から変わっていないらしい。
「あはは。大丈夫だって、すぐに覚えるさ」
「本当?」
「ああ。だから焦らなくていい」
「じゃあ今日いっぱい頑張る!」
「いや、頑張りすぎるなよ?」
そんなやり取りをした、その日を境に。
子供たちは次々と一輪を習得していった。
・・・
・・
・
そして一か月後。
「みんな、集まって!」
俺の声で、子供たちが祭壇中央へ集まってくる。
昨夜は最後の一人が二輪を習得した祝いで、少し豪華な食事をした。
スライムボールや黄色い果実、保存していた肉に加え、ハナの煎餅も少しだけ出した。
そして今日。
改めて、全員へ伝える。
「一か月……みんな本当によく頑張ったな! 無事に全員、二輪《リターン》習得だ!」
「やったー!」
「帰れる!」
「お母さんに会える!」
祭壇の中に、一気に歓声が広がった。
「そうだ。その魔法を使えば、今日からいつでも帰れるぞ」
《リターン》は、最下層へ転送される直前に立っていた場所へ戻る魔法だ。
どこで使っても同じ場所に戻るため、一度帰ってしまえば、もうここへ来る手段はない。
「もう最下層には戻れないと思うけど……未練はないだろ?」
「ない!」
「早く帰りたい!」
「お父さんに会いたい!」
当然の反応だった。
「じゃあ、すぐ帰るか?」
「帰る!」
「はい!」
「帰ります!」
元気な返事が次々と返ってくる。
ただ一人。
「……」
ハナだけは黙っていた。
「ハナ……?」
声をかけようとしたところで、フィリアンドが先に立ち上がった。
「ロフルさん! みんなで荷物まとめますね!」
「お、頼めるか?」
「任せて!」
そのまま他の子供たちへ声をかけ、率先して荷物整理を始める。
「本当にしっかりした子だな……」
俺は感心しつつ、その隙にハナへ近づいた。
「ハナ、どうしたんだ?」
そう尋ねると、ハナは少し俯いてから、突然大きな声を出した。
「お兄ちゃん!」
「うおっ!?」
「ハナも残る。サンクを助ける!」
「……え?」
嫌な予感が当たった。
「駄目だ」
俺はすぐに答えた。
「なんで!」
「危ないからに決まってるだろ!」
ハナと目線を合わせる。
「この一か月は祭壇の近くにしかいなかったから、まだ分かってないと思う。でも外は本当に危険なんだ」
「……」
「俺だって何度も死にかけた。サンクは俺が必ず助けるから、ハナは大人しく帰れ」
「嫌!」
「お父さんも母さんも待ってる」
「それでも!」
ハナはまっすぐ俺を見返してきた。
「ハナもサンクを助けたい!」
「……」
この目は知っている。
一度決めたら、簡単には曲げないときの顔だ。
「ここで生き残るなら、二輪の先へ行かないといけない。それに、魔物とも自分で戦わないといけないんだぞ」
「できる!」
「怖くても?」
「やる!」
「自分で魔物を倒さないといけないこともある」
一瞬だけ、ハナの表情が揺れた。
それでも答えは変わらない。
「できる。だからお願い!」
「……」
ここまで言っても意思が変わらないなら、これ以上は無駄だろう。
「分かった」
「……本当?」
「ああ。残れ」
「お兄ちゃん!」
「ただし、俺の言うことは絶対に聞くこと。勝手に出歩かない。無茶をしない。危ないと思ったらすぐ逃げる」
「うん!」
「返事だけはいいな……」
「ちゃんと守るよ!」
俺はため息をつきながらも、最後にはハナの頭へ手を置いた。
どちらにしても、絶対に死なせるつもりはない。
・・・
「フィリアンド」
「なに?」
最後の荷物整理をしていたフィリアンドを呼ぶ。
「ちょっといいか?」
「うん!」
俺はしゃがみ、覚えやすいようにゆっくり伝えた。
「俺の両親に伝言を頼みたい」
「ロフルさんのお父さんとお母さん?」
「ああ。まず、ロフルとハナは生きている」
「うん」
「来年サンクを助けたら戻る」
「うん!」
「それと、サンクには大きめの服を持たせてほしい」
「服?」
「ああ。俺が着る」
今着ている服も、かなり傷んでいる。
予備があるに越したことはない。
「それから……煎餅」
「煎餅?」
「持てるだけ持たせてって!」
「そこ大事なの?」
「すごく大事!」
後ろでハナが笑っている。
「分かったよ!」
フィリアンドは自信満々に胸を張った。
「絶対伝える!」
「ありがとう」
本当に頼もしい子だ。
・・・
・・
・
「さて、準備はできたか?」
「はーい!」
「できた!」
「よし。じゃあ、心が決まった子から二輪を使え。手順は《サーチ》とほとんど同じだ」
腕の二輪へ触れ、魔力を流す手順を簡単に説明する。
一人の少女が最初に前へ出た。
「じゃあ……やるね」
「ああ」
少し緊張した表情で、二輪を起動する。
「二輪――《リターン》!」
身体が淡く光り、足元から少しずつ光の粒へ変わっていった。
「わっ……!」
俺が最下層へ来たときとよく似ている。
「ロフルさん!」
「ん?」
「本当にありがとう! 絶対、生きて帰ってね……!」
「ああ。もちろんだ」
少女は泣きながら笑い、そのまま完全に姿を消した。
それを皮切りに、一人、また一人と帰っていく。
「ロフル!」
ある少年は最後に抱きついてきた。
「ありがとう!」
「元気でな」
「うん!」
泣きながら帰る子もいれば、笑顔で手を振る子もいた。
何度も頭を下げてから《リターン》を使う子もいる。
「フィリアンド」
「はい!」
「伝言、頼んだぞ」
「任せて!」
「元気でな」
「ロフルさんも! 絶対帰ってきてくださいね!」
「ああ、約束する」
フィリアンドも光に包まれ、最後まで大きく手を振りながら消えていった。
「……」
さっきまで賑やかだった祭壇が、一人減るたびに静かになっていく。
「なんか、寂しいな」
……卒業生を送り出す先生って、こんな気分だったりするのかな。
たった一か月。
それでも毎日一緒に飯を食べて、遊んで、魔法を覚えるのを見てきた。
いつの間にか、随分と情が移っていたらしい。
「あっという間に二人になっちゃったね」
「そうだな。本当なら一人のはずだったんだけどな」
「えへへ」
「褒めてないぞ」
「わ、分かってる」
ハナは笑いながら、誰もいなくなった祭壇の入口を見た。
「でも、村の人はびっくりするだろうね」
「だろうな」
俺の村から来た五人のうち、ハナは残った。
つまり、四人が一度に帰還することになる。
「今まで、そんなに一気に帰ったことなかったよね?」
「多分な」
父さんや母さんがどんな顔をするのか。
考えると、少し帰りたくなる。
でも、まだだ。
「よし、ハナ」
「なに?」
「ここからは本当に、この最下層で生きるための勉強だからな」
一輪、二輪を覚えただけでは足りない。
三輪を目指し、魔物の倒し方も覚える必要がある。
食料の取り方や《サーチ》の使い方、それに逃げ方だって重要だ。
「頑張るよ、お兄ちゃん!」
「ああ」
来年サンクが来る。
それまでに、ハナ自身もこの最下層で生き抜けるだけの力を身につけてもらう。
「一緒に強くなろう」
「うん!」
少し前まで九人いた祭壇には、もう二人しかいない。
それでも、一人きりだった頃とはまるで違った。
こうして俺とハナは、来年のサンク救出に向けた新しい生活を始めた。