四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
「急激な人口の増加が、影響しているのでしょうか……」
揺れが収まった森の中で、フーチェは深刻そうな表情を浮かべていた。
俺も先ほどのアナウンスを頭の中でもう一度整理する。
――Adjustment system activation.
――Decrease population.
――Appears at coordinate 0.0.
「人口を減らすって言ってたからな……」
ここ数年で変わったこと。
真っ先に思い当たるのは、洗礼の試練から帰還する子供が急激に増えたことだ。
「つまり……俺たちの行動が原因か」
口にすると、少しだけ胸が重くなる。
俺たちが助けなければ、本来なら死んでいた子供たち。
その命を救った結果、何か別の仕組みが動き始めた。
「違います」
フーチェがすぐに言った。
「ロフルさんも、マグも、アミナも間違ったことなんてしていません」
「……ああ」
少し離れた場所では、マグも頷いている。
「助けたことは間違ってない」
「分かってるよ」
それは俺もそう思う。
誰かを助けた結果、世界にとって都合が悪くなったから減らす。
そんな仕組みの方がおかしい。
「ただ、人口増加が原因で大きな何かが動き始めたのは間違いなさそうだ」
問題は、その方法だった。
「人口を減らすっていう割には、今年の子供は誰も降りてきてないんだよな」
「そうですね」
「減らしたいだけなら、例年通り全員ここへ転送して、もっと強い魔物でも放てば早そうなものだけど……」
デッドマンティスナイト以上の敵でも出せば、何も知らない十歳の子供など簡単に殺せる。
だが今年は、転送そのものが発生していない。
「となると……」
引っかかるのは最後の言葉だ。
「座標〇・〇」
「そこですね」
フーチェも同じことを考えていたらしい。
「座標というのは、《サーチ》を使ったときに表示される数字ではないでしょうか」
「ああ」
すぐに一輪を起動する。
「《サーチ》」
周囲の地形が視界に浮かぶ。
端には、普段ほとんど意識していなかった数字が表示されている。
「六・四……」
俺はその数字を見つめた。
「やっぱりこれか」
最初の頃は、この数字が何を意味するのか分からなかった。
どれだけ森の中を移動しても一切変化しなかったため、いつしか気にすることすらなくなっていた。
だが以前、フーチェやマグと別の区画へ移動したとき。
数字が変化していた。
「つまり、この数字は区画ごとの座標……」
「おそらく」
「今いる場所が六・四なら、〇・〇へ向かえば何が出現したのか分かる可能性があるな」
他に手掛かりはない。
「行ってみるしかないか」
「〇・〇へ行くんですね?」
「ああ」
「なら、私もついていきます!」
フーチェがすぐに言った。
「え?」
思っていたより食い気味だった。
「マグとアミナは大丈夫です」
今度はマグが口を挟む。
「ロフルが一人の方が心配」
「いや……ありがたいけど」
俺一人なら、移動速度も速い。
危険があっても、自分のことだけ考えればいい。
そう思ったのだが。
「それに」
フーチェが俺を見る。
「区画を移動するには《下位掌握》が必要ですよね?」
「……あ」
完全に忘れていた。
「神徒じゃないロフルさん一人では、扉を開けられないのでは?」
「た、確かに」
これは正論だ。
「じゃあ頼む!」
「はい!」
フーチェは嬉しそうに頷き、そのまま旅の準備を始めた。
その背中を見送っていると。
「ロフル」
マグが小さな声で呼んだ。
「ん?」
俺が近づくと、マグはフーチェに聞こえないよう声を落とした。
「フーチェ、マグたちの前ではずっと遠慮してる」
「そうなのか?」
「うん」
意外だった。
俺から見たフーチェはよく喋るし、怒るときは怒る。
マグにも普通に文句を言っている印象がある。
「でも、自分のやりたいことをあんなにはっきり言うのは初めて見た」
「……へえ」
フーチェは俺やマグ、アミナより少し年上だ。
精神年齢まで含めれば前世の記憶を持つ俺の方が遥かに上だが、少なくともこの世界で生きた年数ならフーチェが上になる。
「フーチェは、ずっとお姉ちゃんだった」
マグが続ける。
「二人でいた頃も、マグの面倒を見てた。アミナが来てからはアミナのことも」
「そういえば……」
俺は今まで。
三人は血の繋がった姉妹に近いものだと思っていた。
「フーチェだけ、二人とは血が繋がってなかったのか?」
「うん。マグとアミナは姉妹。フーチェだけ違う」
「そうだったのか……」
それでも。
最下層で一緒に生きているうちに、家族のような関係になったのだろう。
「フーチェは、自分が我慢すればいいって考えることが多い」
マグは旅支度をしているフーチェを見る。
「だから」
珍しく。
柔らかく笑った。
「連れて行ってあげてほしい」
「……」
「無邪気なフーチェを見るの、マグは嬉しい」
「そういうことなら」
俺も笑う。
「俺には断る理由なんてないよ」
むしろ、一人より二人の方が心強い。
「マグたちが大丈夫なら、是非一緒に行きたい」
「うん」
「何かあっても、俺が守るしな」
そう言うと。
マグも笑顔で頷いてくれた。
「準備できましたよ!」
その声に振り返る。
フーチェが《キーキューブ》へ最後の荷物を収納しながら、こちらへ歩いてきた。
「何の話をしてたんですか?」
「何でもない」
マグが答える。
「フーチェのことを末永くよろしくって言っただけ」
「……え?」
フーチェが固まった。
次第に頬が赤くなる。
「いや、マグさん! それは意味が変わってくると思いますが……!」
「そう?」
「そうですよ!」
「ははっ」
「ロフルさんも笑わないでください!」
「悪い悪い」
俺は笑いながらも、すぐに表情を戻した。
「でも、本当にいいんだな?」
「え?」
「〇・〇がどれだけ遠いか分からない。何が待ってるかも分からないし、長い旅になる可能性もある」
「……」
フーチェは一度。
マグとアミナを見る。
そして。
「はい」
迷いなく頷いた。
「行きます」
「分かった」
フーチェはマグへ近づき、ぎゅっと抱きしめる。
「行ってきます」
「うん」
「無茶しないでくださいね」
「フーチェも」
次にアミナとも抱き合う。
「フーチェお姉ちゃん、ちゃんと帰ってきてね」
「もちろんです」
「ロフルお兄ちゃんも!」
「ああ」
別れを済ませる。
「じゃあ行こう」
「はい!」
俺とフーチェは。
座標〇・〇を目指して歩き始めた。
・・・
・・
・
三十分以上走った頃。
「そろそろですね」
「ああ」
目の前には。
一見すると何もない森が続いている。
だが俺たちは知っている。
ここが区画の境界だ。
「まずは扉を探すか」
「前と同じなら、人の姿が映る場所ですね」
二人で壁沿いに進んでいく。
見た目には普通の森。
手を伸ばせば、透明な壁に触れる。
しばらく探していると。
「あ」
フーチェが指をさした。
「ありましたね」
「本当だ」
その一角だけ。
透明な壁に俺たちの姿が鏡のように映っている。
区画を繋ぐ扉。
「そういえば」
フーチェが俺の右目を見る。
「ロフルさんも《下位掌握》を使えるようになってたりしませんか?」
「俺が?」
「右目、赤くなりましたし」
「いや……試したことないな」
右目が赤くなったのは《開眼の試練》の後。
確かに神徒と同じ赤ではある。
だが。
「目の色が変わっただけで使えるものなのか?」
「分かりません」
「まあ、試すだけ試してみるか」
俺は鏡へ向かって手を伸ばした。
「《下位掌握》」
――ゴゴッ。
「……え?」
鏡の中央へ線が走る。
そのまま左右へ分かれ。
人工的な灰色の通路が姿を現した。
「……」
「……」
二人でしばらく無言になる。
「普通に開いたな」
「……そうですね」
「俺一人でも区画を移動できるようになったのか」
「……」
返事がない。
「フーチェ?」
振り返る。
頬を膨らませていた。
しかも。
少し涙目だ。
「いや待って」
「……何ですか?」
「これは俺も知らなかったから!」
「そうですか」
「そんな露骨に落ち込まないでくれよ!」
「別に落ち込んでません」
「落ち込んでるだろ」
「ロフルさん一人で行けるなら、私は必要ありませんし」
「いやいや」
俺は苦笑しながら手を差し出した。
「自分で開けられたけど、一緒に来てくれるか? フーチェ」
「……」
フーチェは俺の手を見る。
少しだけ間を置いて。
「もちろんです……!」
嬉しそうに手を取った。
「じゃあ行こう」
「はい!」
二人で人工的な通路へ入り。
次の区画へ渡った。
・・・
・・
・
「六・三」
区画を抜けた後、《サーチ》を使って確認する。
やはり数字が変わっている。
「方向は合ってるな」
「このまま数字を減らしていけば良さそうですね」
新しい区画も。
景色自体は大きく変わらなかった。
巨大な木々。
湿った土。
どこまでも続く森。
「とにかく真っすぐ進むか」
「そうですね……あっ!」
フーチェが突然声を上げた。
「どうした?」
「ロフルさん!」
何かを思い出したらしい。
「この区画です!」
「何が?」
「こっちに来てください!」
「お、おう」
フーチェが森の中へ走っていく。
仕方なくついていくと。
「……おお」
突然視界が開けた。
一面。
白い綿毛のような花が生えている。
風が吹くたび、柔らかな花が波のように揺れていた。
「これです!」
フーチェが嬉しそうに駆け寄る。
「ふわふわの花!」
「ああ!」
見覚えがある。
「フーチェのベッドに使ってたやつか!」
「そうです!」
以前フーチェの拠点で寝たとき。
信じられないほど柔らかい寝床に使われていた素材だ。
「ここに生えてたのか」
「前に見つけたんです」
「それなら……」
俺は《キーキューブ》を出した。
「採っていこう」
「いいんですか?」
「長旅になるんだろ? 寝床は大事だ」
「確かに!」
二人でかなりの量を集める。
ふわふわの綿毛花は、そのまま《キーキューブ》の中へ収納した。
「これで野宿が少し快適になるな」
「絶対便利ですよ!」
思わぬ収穫だった。
・・・
・・
・
そこから。
ひたすら次の区画を目指して進んだ。
区画一つが、とにかく広い。
正確な距離は分からないが、端から端まで移動すれば三十キロ近くあるように感じる。
普通の人間なら。
区画を一つ移動するだけでも大仕事だろう。
俺たちは《エンハンス》を使えるため、休憩を挟みながらでもかなり速く進める。
そして。
次の壁。
「今度は私が開けます」
フーチェが鏡へ手を向けた。
「《下位掌握》」
扉が開く。
「まだ役目ありますからね!」
「気にしてたのか……」
「気にしてません!」
通路を抜け。
次の区画へ入る。
「《サーチ》」
座標を確認する。
「六・二」
「また減りましたね」
「ああ。このまま六・〇まで行ったら、今度はもう一方の数字が減る方向へ進めばいい」
「それなら、いずれ〇・〇へ着けそうですね」
「問題は何区画あるかだな……」
〇・〇。
単純に考えても。
まだ相当遠い。
そんなことを考えながら。
通路の出口を抜けた。
「……え?」
足が止まる。
また森が続くと思っていた。
だが。
「ロフルさん……」
「ああ」
景色が一変していた。
草木はある。
だが、その量は少ない。
周囲には巨大な岩肌が広がり。
俺たちが立っている場所は、高い山の頂上付近だった。
「すごいな……」
眼下。
高い山々に囲まれるように。
巨大な盆地が広がっている。
その中央には。
大きな湖。
さらに。
「……木?」
「一本だけありますね」
湖のほとり。
遠くからでも分かるほど巨大な一本の木が立っている。
周囲に森はない。
広い盆地の中央に。
湖と一本の巨木だけ。
「また変な区画だな」
「熱波の森とは違いますけど、ここも今までとは全然違いますね」
「ああ」
少し疲れも出てきた。
ここから次の壁まで向かうには。
まず盆地を越えなければならない。
「一度、湖まで降りて休憩しよう」
「そうですね」
俺たちは眼下に広がる湖を見ながら。
山を下り始めた。
座標は六・二。
目的地である〇・〇までは。
まだ、遥かに遠かった。