四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

36 / 37
闘爆衝

 リリアナに案内され、俺たちは巨大なドームから離れていった。

 てっきり、この〇・〇区画のどこかに道場があるものだと思っていたのだが、リリアナが向かっているのは俺たちが入ってきた場所とは別方向の壁だった。

 

「道場って、この区画にあるわけじゃないのか?」

 

「あるわけないでしょう」

 

 リリアナは呆れたように振り返った。

 

「こんな変なところで暮らせると思う?」

 

「まあ……それはそうだな」

 

 地面から何から鉄で覆われ、空には真っ暗な虚空が広がっている。

 住みたい場所かと聞かれれば、絶対に嫌だ。

 

「じゃあ、どこに?」

 

「隣よ。ついてくれば分かるわ」

 

 リリアナが壁の一角へ手を向ける。

 俺たちが使ってきたものと同じように、そこには姿を映す場所があった。

 

「《下位掌握》」

 

 壁が開き、灰色の通路が現れる。

 三人でそこを抜けると、目の前にはまた見慣れた森が広がっていた。

 

 同じ手順で次の壁も超えていく。

 

「《サーチ》」

 

 念のため座標を確認する。

 

「……一・一か」

 

 〇・〇から、一・一。

 

「俺たちが通ってきた区画の横か」

 

「そうなるわね」

 

 リリアナは特に気にした様子もなく森を進んでいく。

 俺とフーチェもその後を追った。

 景色はこれまでと大差ない。

 

 巨大な木。

 生い茂る草。

 時折聞こえる魔物の声。

 

 ほんの少し前まで、鉄と機械しかない場所にいたことが嘘のようだった。

 

・・・

・・

 

 しばらく歩いたところで。

 

「ここよ」

 

 リリアナが足を止めた。

 

「……おお」

 

 森の中。

 

 高い塀に囲まれた場所がある。

 その奥には、立派な木造建築が見えていた。

 大きな建物が一つだけではない。

 

 いくつかの建物が中庭を囲むように建ち、その中央に最も大きな建物がある。

 

 塀の上。

 屋根。

 

 そこには、前世の日本で見たものによく似た瓦が並んでいた。

 

「道場……」

 

「そうよ」

 

 どう見ても道場だ。

 だが。

 

「どうやってこんなもの作ったんだ……?」

 

 木材だけなら森にいくらでもある。

 

 しかし、瓦。

 柱。

 整えられた床。

 細かく組み上げられた門。

 

 一朝一夕で作れるものではない。

 

「昔からあるから、私も知らないわ」

 

「昔から?」

 

「ええ」

 

 近づいていくにつれ、建物の古さも見えてきた。

 柱には色の違う部分がある。

 屋根にも新しい瓦と古い瓦が混じっている。

 何度も修繕を繰り返しながら使い続けてきたのだろう。

 

「かなり年季が入ってますね」

 

 フーチェも周囲を見回す。

 

「でも、ちゃんと手入れされています」

 

「ああ」

 

 門をくぐる。

 

 中では何人かの人間が作業をしていた。

 俺たちを見る者もいたが、リリアナが一緒だからか声を掛けられることはない。

 

「師範は多分、中にいるわ」

 

 リリアナは一番大きな建物へ向かう。

 板張りの廊下を進み、一つの扉の前で止まった。

 

「失礼します!」

 

 声を掛けてから、勢いよく扉を開ける。

 

 中には。

 一人の老人が座っていた。

 

 緑色の髪。

 同じく緑色の瞳。

 

 髪は全て後ろへ撫でつけられており、年老いてはいるものの背筋は真っすぐ伸びている。

 

「帰ったか、リリアナ」

 

「はい」

 

 老人の視線が俺とフーチェへ向く。

 

「そちらの子たちは?」

 

「例の施設にいたの。とりあえず連れてきたわ」

 

「ほう」

 

 老人が俺たちを見る。

 

「俺はロフル」

 

「フーチェです」

 

「そうかそうか」

 

 老人は穏やかに笑った。

 

「わしは三代目、岩剛斎じゃ。ここで師範をしておる」

 

「三代目……」

 

 やはり、この道場は相当前から存在しているようだ。

 

「岩剛斎さん」

 

「岩剛斎でよい」

 

「じゃあ、岩剛斎」

 

「うむ。それでよい。その丁寧な話し方もせんで構わん」

 

 話しやすい人らしい。

 

 それなら遠慮なく聞かせてもらう。

 

「あの〇・〇にあった施設って、何なんだ?」

 

「さてな。正体までは、わしらにも分かっておらん」

 

「いつからあるんだ?」

 

「つい先日のことじゃ」

 

 岩剛斎の表情が少し険しくなる。

 

「例の鐘が鳴ったじゃろう?」

 

「ああ」

 

「あの時までは、〇・〇もここらと大して変わらん森じゃった」

 

「やっぱり……」

 

 フーチェと顔を見合わせる。

 

「鐘が鳴ったあと、大きな揺れが起きた。その後、様子を見に行った者が、〇・〇の景色が丸ごと変わっておることに気づいてな」

 

「それで調べたのか?」

 

「当然じゃ」

 

 岩剛斎は頷く。

 

「何が起きたか分からぬ以上、放っておくわけにもいかん。すぐに何人かで調査へ向かった。それからも何度か様子を見ておる」

 

「何か分かった?」

 

「多少はな」

 

 岩剛斎はそう答えたものの、すぐには詳しく話さなかった。

 

「その話は、落ち着いてからにしよう。少々長くなる」

 

「分かった」

 

 少なくとも。

 これではっきりした。

 あの施設は昔から存在していたわけではない。

 

 鐘。

 地震。

 

 そして、座標〇・〇に突如現れた巨大施設。

 タイミングを考えれば。

 

「やっぱり、あれが人口調整に関係してる……」

 

「人口調整?」

 

 岩剛斎が聞き返す。

 

「あの鐘が鳴った時、俺には声が聞こえたんだ」

 

「声?」

 

「人口を減らすための仕組みが動き始めた。それと、〇・〇に何かが現れるって内容だった」

 

「ほう……」

 

 岩剛斎の目が細くなる。

 

「ならば、やはりあの施設は碌なものではなさそうじゃのう」

 

「他にも何か起きてるのか?」

 

「うむ」

 

 岩剛斎は腕を組む。

 

「あれが現れてから、時折あの付近で見慣れぬ魔物を見かけるようになった」

 

「見慣れない魔物?」

 

「名前に《マシン》と付く奴らじゃ。硬いわ、妙な攻撃をしてくるわで厄介でな」

 

「マシン……」

 

 嫌な言葉だ。

 デッドマンティスにも、生物とは明らかに違う金属製の個体がいる。

 

 あれらも。

 〇・〇の施設と何か関係しているのだろうか。

 

 さらに詳しく聞こうとした。

 その時。

 

「岩剛斎師範!」

 

 廊下から大声が響いた。

 

 直後。

 

 一人の少年が慌てて部屋へ駆け込んでくる。

 

「大変です!」

 

「どうした」

 

「また魔物が現れました! 今度の奴、かなり大きいです!」

 

「やれやれ」

 

 岩剛斎はため息をつきながら立ち上がった。

 

「早速か」

 

 その瞬間。

 

「……っ」

 

 俺の身体が反応した。

 岩剛斎は何もしていない。

 魔法を使ったわけでもない。

 

 ただ立ち上がっただけ。

 

 それなのに。

 空気が変わった。

 

 巨大な獣が目の前で起き上がったような、得体の知れない圧力を感じる。

 

「なんだ……?」

 

 フーチェも何かを感じたらしく、岩剛斎を見つめている。

 

「行くぞ」

 

「はい!」

 

 俺とフーチェも、呼びに来た少年と共に道場を飛び出した。

 

・・・

・・

 

 ――ジジジジジッ!

 

 耳障りな音が森に響く。

 

「デッドマンティス……?」

 

 鳴き声は似ている。

 だが姿は違った。

 

「でかいな……」

 

 通常のデッドマンティスより倍近い。

 

 全身は黒みがかった金属。

 そして、鎌の付いた腕が四本ある。

 

 前方では二人の男女がその魔物と対峙していた。

 二人とも二十歳前後だろうか。

 

 男は緑色の髪。

 女は黄色い髪。

 

 すでにかなり戦ったらしく、二人とも息を切らしている。

 

「くそっ……!」

 

 男が剣を振るう。

 

 だが。

 キィン!

 

 刃は魔物の装甲に弾かれた。

 

「全然ダメージが入らない! イヴァリース、先に逃げるんだ!」

 

「弱気にならないでよ、アリアンドル!」

 

 黄色い髪の女が怒鳴り返す。

 

「それでも私の夫なの!?」

 

「今それ言うか!?」

 

「今だから言うのよ!」

 

 どうやら夫婦らしい。

 

「師範代!」

 

 俺たちを案内してきた少年が声を上げた。

 

「岩剛斎師範を連れてきました!」

 

「ああ……助かった」

 

 アリアンドルが明らかに安堵した。

 イヴァリースも肩の力を抜く。

 

「二人とも、よく耐えてくれた」

 

 岩剛斎が二人の横を通り過ぎる。

 

「あとは任せるんじゃ」

 

「お願いします!」

 

 二人が下がる。

 岩剛斎は、たった一人で魔物の前へ立った。

 

 ――ジジジッ!

 

 四本の鎌が持ち上がる。

 

 あの大きさ。

 あの重量。

 

 直撃すれば、《エンハンス》を使っていても無事では済まないだろう。

 

 だが岩剛斎は動じない。

 右足を僅かに引き、右拳を腰の横へ構えた。

 

「……」

 

 まただ。

 

 あの感覚。

 魔力じゃない。

 

 《エンハンス》とも違う。

 

 なのに。

 

 岩剛斎の全身から、確かに何かが溢れている。

 目には見えない。

 だが存在だけは感じる。

 

「……ハナ」

 

 ふと妹の姿が脳裏に浮かんだ。

 

 俺には見えなかった。

 だがハナは言っていた。

 

 自分の身体から、赤い蒸気のようなものが出ていると。

 

 さらに。

 

 俺からも似たものが出ていると。

 あの時、ハナの身体能力は明らかに異常だった。

 

 魔法を使っていないにもかかわらず。

 まるで《エンハンス》を使っているような動きをしていた。

 

「まさか……」

 

 岩剛斎が拳を握る。

 その瞬間。

 俺の肌が粟立った。

 

「――闘爆衝!」

 

 右拳が真っすぐ突き出される。

 魔物まではまだ数メートル以上ある。

 拳そのものは届かない。

 

 なのに。

 

 ――バンッ!!

 

 大気が爆ぜた。

 

「なっ!?」

 

 拳の前方。

 

 何もない空間から大爆発が発生した。

 巨大な魔物の身体が一瞬で飲み込まれる。

 

 金属の装甲。

 四本の鎌。

 胴体。

 

 全てがまとめて吹き飛んだ。

 バラバラになった部品が地面へ降り注ぐ。

 

「……」

 

 俺は何も言えなかった。

 

 見たことがある。

 形だけなら。

 《バースト》に近い。

 

 正面へ巨大な衝撃を放つ。

 

 だが。

 

「すげぇ……」

 

 ようやく、それだけが口から出た。

 

「ロフルさん」

 

 フーチェが俺の横へ近づき、小声で言う。

 

「今の一連の動き……魔法、なんでしょうか?」

 

「……」

 

「私、魔力を全く感じませんでした」

 

「ああ」

 

 俺も同じだ。

 祭壇で覚えた魔法なら、発動する瞬間に必ず魔力の動きがある。

 だが今の岩剛斎からは、それを感じなかった。

 

「あれは多分……」

 

 俺は岩剛斎の背中を見る。

 

「魔法じゃない」

 

 しかも。

 

 おそらく。

 ハナが無意識に使い始めていた力と、何かしらの繋がりがある。

 

「ふぅ」

 

 岩剛斎は、あれだけの攻撃を放ったというのに、何事もなかったように拳を下ろした。

 

「さて」

 

 振り返る。

 

「一旦戻ろうかのう」

 

 そして夫婦を見る。

 

「アリアンドル、イヴァリース。ここの後始末は任せたぞ」

 

「はい!」

 

「分かりました!」

 

 呼びに来た少年も元気よく返事をする。

 

「俺も手伝います!」

 

「頼んだわよ」

 

 散らばった魔物の残骸を片付け始める三人を残し、俺たちは岩剛斎と共に道場へ戻った。

 

・・・

・・

 

 先ほどの部屋へ戻った瞬間。

 

「岩剛斎」

 

「なんじゃ?」

 

 俺は迷わず言った。

 

「さっきの力のこと、教えてほしい」

 

「……」

 

 岩剛斎が俺を見る。

 だが、その横で。

 

「は?」

 

 リリアナが声を上げた。

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

「何だ?」

 

「何だじゃないわよ。いきなり何言ってるの?」

 

 リリアナが呆れた顔で俺を見る。

 

「あれは誰でも簡単に使えるようなものじゃないのよ?」

 

「だから知りたいんだ」

 

「そういう問題じゃないでしょう」

 

 リリアナは腕を組む。

 

「どこの誰かも分からない人に、師範が教えるわけないじゃない」

 

「……まあ、それはそうか」

 

 自分で言っておいて、確かに図々しい。

 今日会ったばかりだ。

 道場に来て、師範の技を一度見て、いきなり教えてくれ。

 

 普通なら断られる。

 

「リリアナ」

 

 だが。

 岩剛斎は笑っていた。

 

「よいではないか」

 

「師範?」

 

「わしも、この二人には聞きたいことがある」

 

 岩剛斎の視線が俺、そしてフーチェへ向く。

 

「何せ、道場の外でこれほど長く生きてきた子たちじゃぞ」

 

「……」

 

「こちらだけ秘密を聞き出そうというのも不公平じゃろう」

 

「でも……」

 

「それに」

 

 岩剛斎は俺の身体をじっと見た。

 

「こやつは、少し面白い」

 

「……俺が?」

 

「ほっほっほ」

 

 何がおかしいのか。

 岩剛斎は楽しそうに笑った。

 

「わしの部屋へ案内しよう」

 

 立ち上がる。

 

「そこで、ゆっくり話そうぞ」

 

「分かった」

 

「お願いします」

 

 俺とフーチェは頷く。

 リリアナだけは、まだ少し納得していない顔をしていた。

 俺はそんな彼女を横目に、岩剛斎の後を追った。

 

 魔法ではない力。

 ハナが見ていた赤い蒸気。

 

 そして。

 

 俺自身からも出ているという何か。

 それに加えて、〇・〇に突如出現した巨大施設。

 

 岩剛斎たちは、すでにあそこを調査している。

 

 もしかすると。

 

 俺が探していた答えの一部が、ここで一気に見つかるのかもしれない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。