四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
岩剛斎が倉庫へ向かったあと、俺たちはそのまま茶室に残っていた。
つい先ほど聞いたばかりの話を頭の中で整理してみるが、考えれば考えるほど、この世界について何も知らなかったのだと思い知らされる。
「つまり、鬼人族と人族が混ざったことで闘気が生まれて、獣人族と人族が混ざったことで魔法輪も二輪以上に強化された……って感じなのか?」
俺が確認すると、向かいに座っていたリリアナは軽く頷いた。
「ざっくり言えばそんな感じね。人族そのものには強い身体能力も魔力もなかったらしいけど、他の種族と混ざることで、それぞれが元々持っていた力をより高い次元まで引き上げたみたい」
「なるほどな……」
話としては理解できる。
だが、今日だけで世界の成り立ちに関わりそうな情報が次々に出てきたせいで、頭の整理が追いついていない。
「ここに来て、すげえ事実が飛び出しすぎて頭がおかしくなりそうだ」
「私も最初に知った時は似たようなものだったわ」
「上層でも、こんな話は聞いたことがありませんでしたからね」
フーチェも困ったように笑っている。
自分たちの身体には、人だけではなく獣人族や鬼人族の血まで流れている。
そんなことを、今まで考えたことさえなかった。
「まあ、知ったところで自分の中に流れている血の比率を変えられるわけじゃないけどね。どんな結果が出ても、結局は受け入れるしかないわ」
「それはそうだな」
リリアナの言葉に俺も頷く。
獣人族の血が濃かろうが、鬼人族の血が濃かろうが、それで俺自身が別人になるわけではない。
それに、今は自分の血筋について悩んでいる場合でもなかった。
「どう転んでも、俺がやることは変わらないしな。まずは〇・〇の施設を何とかしないと」
「そうですね」
フーチェも同意する。
そんな話をしていると、リリアナがふと思い出したようにこちらを見た。
「そういえば、まだ聞いてなかったけど、貴方たちはどうしてあの施設にいたの?」
「ああ、それは――」
人口調整について説明しようとしたところで、廊下から足音が聞こえてきた。
「待たせたのう」
戻ってきた岩剛斎の手には、薄い板のようなものが握られていた。
「それが血の比率を調べる道具か?」
「そうじゃ」
岩剛斎は俺たちの前に座り、板を机の中央へ置いた。
表面には大きな円が描かれており、それが三等分されている。それぞれの区画には《獣》《鬼》《人》と書かれ、円の中心には細い針が一本だけ突き出ていた。
「随分単純な作りに見えるな」
「使い方も単純じゃよ。中央の針へ指先を当て、血を一滴垂らせばよい。それだけで三種族の血がどの程度混ざっておるか分かる」
「それだけで?」
「それだけじゃ」
どういう仕組みなのかは全く分からないが、この場所には俺の常識では説明できない物が多すぎる。
「では、私から試してみます」
フーチェが早速手を伸ばした。
「いいのか?」
「はい。リリアナさんの話を聞いた限り、結果はだいたい分かっていますから」
そう言って、フーチェは人差し指を中央の針へ押し当てる。
「いたっ」
指先から出た血が針を伝い、円の中心へ落ちた。
するとすぐに、中心から赤い線が伸び始める。
一つは《人》へ。
もう一つは《獣》へ。
しかし《鬼》の方向には、最後まで一本の線も伸びなかった。
「ほう。人族が六、獣人族が四。鬼人族の血は入っておらんな」
「やっぱりそうなんですね……」
フーチェは分かっていたとはいえ、少し残念そうだった。
「神徒には鬼人族の血がないと聞いて覚悟はしていましたけど、闘気を覚えられないのはちょっと残念です」
「フーチェは炎だけでも十分強いでしょう」
「それとこれとは別です!」
リリアナに即座に言い返す。
そんな二人を横目に、岩剛斎は板に残った結果を見ていた。
「ちなみに、この比率はリリアナと全く同じじゃ」
「私も人六、獣四よ」
「同じなんだな」
岩剛斎が続ける。
「古い伝記には、人族の血が濃いほどユニークリングが発現しやすいとも書かれておる。ただし、あくまで傾向としてじゃがな」
「じゃあ、大体の人はどんな比率なんだ?」
「最も多いのは人族が五ほど。残りの五を獣人族か鬼人族が占める形じゃ。もちろん多少の差はあるがのう」
「なるほど……」
俺は自分の手の甲を見る。
そこには《制御》のユニークリングがある。
「なら俺も、人族の血が濃かったりするのかな。ユニークリング持ちだし」
「それを確かめるための道具じゃ。試してみればよい」
「ああ」
俺はフーチェと同じように指先を中央の針へ押し当てた。
少し痛みが走り、血が一滴だけ針を伝って中心へ落ちる。
すぐに赤い線が伸び始めた。
「……ん?」
最初に大きく伸びたのは《鬼》。
続いて、ほとんど同じ勢いで《獣》の線も伸びていく。
一方、《人》へ向かう線は明らかに短かった。
俺はそれを見ながら首を傾げる。
「人族の血、全然伸びないな」
誰も答えない。
やがて三本の線が止まり、結果が確定した。
鬼人族――四・五。
獣人族――四・五。
人族――一。
「……」
茶室が妙に静かになった。
「なんだ? そんなに変なのか?」
俺が尋ねると、岩剛斎は板を覗き込んだまましばらく動かなかった。
「……長く生きてきたが、こんな比率は初めて見る」
「そんなに珍しいのか?」
「珍しいという程度ではない」
岩剛斎はいつになく真剣な表情で俺を見る。
「古い資料の中には、鬼人族と獣人族の血を強く持つ者同士が交わること自体、禁忌とされていた時代があったと書かれておる」
「禁忌?」
「鬼人と獣人、その両方の血が極端に強く出た子供は、猛獣のように獰猛になりやすかったそうじゃ。中には理性を保つことすら難しい者もおったらしい」
俺はもう一度、自分の結果を見る。
鬼が四・五。
獣が四・五。
合わせれば九割だ。
「でも俺、普通に話せてるぞ」
「そこじゃ」
岩剛斎は俺を真っすぐ見つめる。
「これほど鬼と獣の血が濃いにもかかわらず理性を保ち、さらにユニークリングまで持っている。伝記に残る傾向とは全く噛み合わん」
「そ、そんなにありえないのか?」
「ああ。これまで残されてきた記録や常識を、そのままでは説明できぬ存在じゃ」
岩剛斎にそこまで言われると、さすがに俺も少し考える。
考えられることがあるとすれば、やはり前世だろうか。
俺は前世では普通の人間だった。
日本で生まれ、普通に育ち、大学を出て働き始めたところで死んだ。そして気がつけば、この世界でロフルとして生まれていた。
身体に流れる血と魂が全く別のものだとすれば、俺の精神だけが人族に近い何かとして作用している可能性もあるのかもしれない。
ただ、それは今の俺に確認する手段がない単なる推測に過ぎない。
それに、前世のことまでここで話す必要もないだろう。
「まあ、なんでもいいや!」
「……は?」
俺が考えるのをやめると、リリアナが呆れた顔をした。
「いや、闘気を覚えられる可能性があるなら、それでいいだろ?」
「よくないでしょう。今までの記録を覆すような結果が出たのよ?」
「でも、いくら考えたって今すぐ比率が変わるわけじゃないだろ」
「それはそうだけど……」
岩剛斎も困ったように眉を下げる。
「お主、もう少し自分のことを気にした方がよいのではないか?」
「気にしても答えが出ないなら後回しだよ。それより今は施設を何とかする方が大事だ」
第三層で人口調整が始まり、〇・〇にはあの巨大な施設が出現した。
俺の血が珍しいことよりも、今はそちらを優先したい。
俺の返答を聞いた岩剛斎は一瞬黙ったあと、愉快そうに笑い始めた。
「ふぉっふぉっふぉ! そうじゃな。今考えても仕方のないものに時間を使っても始まらん」
「だろ?」
「ただし、お主にとって悪い結果ではないぞ」
「というと?」
岩剛斎は再び板へ目を落とす。
「これだけ鬼人族の血が濃ければ、闘気への適性は相当高いはずじゃ。もちろん修練次第ではあるが、場合によってはわし並みの闘気に目覚める可能性すらある」
「本当か!?」
さっき岩剛斎が見せた《闘爆衝》を思い出す。
巨大な金属の魔物を、拳を直接触れさせることすらなく一撃で粉々にした力だ。
あれを俺も扱えるようになるかもしれない。
「岩剛斎、改めて頼む。俺に闘気を教えてくれ!」
俺が頭を下げると、岩剛斎は少しだけ目を細めたあと、力強く頷いた。
「いいじゃろう。そこまで言うなら、わしが教えてやる!」
「よし!」
「本当に嬉しそうですね、ロフルさん」
「そりゃ嬉しいだろ」
魔法とは違う、ハナがすでに使い始めていた力。それを俺も手に入れられるかもしれないと思うと、自然と期待が膨らんでいく。
ただ、その一方で一つだけ頭に引っかかることがあった。
フォルチナは、俺との戦いの最後になぜ俺を生かし、そのうえ契約まで結んだのだろう。あいつが何を考えていたのか、その理由の全てを俺はまだ知らない。
もしかすると、今回判明した異常な血の比率も、フォルチナが俺に何かを感じ取った理由の一つだったのかもしれない。
もちろん、今の段階ではただの想像にすぎない。
「では来い、ロフル。まずはお主が闘気を感じ取れるかどうか、そこから確かめるぞ」
「ああ!」
立ち上がった岩剛斎の後を、俺もすぐについていく。
〇・〇に現れた施設を攻略するためにも、この力はきっと役に立つ。
そして何より、ハナがすでに辿り着いていた力の正体を、俺自身の手で確かめてみたかった。