四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
「さて、まずは大まかな流れを教えておこうかの」
血の比率を調べ終えたあと、岩剛斎はそう言って闘気の修行について話し始めた。
残念ながら、鬼人族の血を持たないフーチェには闘気を扱う素質がない。そのため、俺の修行には参加しないことになった。
ただ、暇になるというわけでもない。
同じ神徒であるリリアナに《神輪の祭壇》の話をしたところ、彼女がかなり興味を示したのだ。
「そんな場所が本当にあるなら、私も行ってみたいわ」
「場所さえ見つかれば、リリアナさんも六輪まで上げられる可能性がありますよ!」
「それなら探さない理由はないわね」
そんなわけで、俺が修行している間、フーチェとリリアナは周辺区画を調べ、《神輪の祭壇》を探すことになった。
リリアナなら区画を越えられるし、《エンハンス》も使える。フーチェと二人なら、多少遠くまで探索しても問題はないだろう。
「それで、俺はどれくらい修行すれば闘気を使えるようになるんだ?」
俺が尋ねると、岩剛斎は顎髭を撫でながら答えた。
「そうじゃな。普通なら、まず闘気そのものを感じ取れるようになるまで半年ほどかかる」
「半年!?」
思わず声が大きくなった。
「そんなにかかるのかよ! 施設は半年も待ってくれないぞ……!」
「慌てるでない。半年というのはあくまで普通の者の話じゃ。それに、感じ取れるようになったところで終わりではない。自由に動かし、技として使えるようになるまでとなれば何年とかかる者も珍しくない」
「余計にまずいじゃないか……」
人口調整が始まっている以上、何年もここで修行している余裕などない。
俺が頭を抱えていると、岩剛斎は少しも焦った様子を見せずに笑った。
「だからこそ必死に修行せい。どちらにしても、あの施設を攻略するつもりなら、お前さんが闘気を習得せねばどうにもならんのじゃろう?」
「……そうだな」
施設内部では、身体の外へ出した魔力や闘気が吸収される。
もし魔法と闘気を同時に扱うことに意味があるのなら、それを試せる可能性があるのは今のところ俺だけだ。
「やるしかないか」
「その意気じゃ」
岩剛斎はそう言いながら、一着の衣服をこちらへ放ってきた。
「ほれ。明日からはこれを使え」
「道着?」
受け取って広げてみる。
色は灰色で、生地は比較的薄い。前世で見た柔道着のような分厚いものではなく、どちらかといえば剣道着に近い作りをしていた。
手触りにも覚えがある。
「これ、グリムホーフの皮か?」
「よく分かったの」
「昨日散々触ったからな」
あの灰色の毛皮を加工したものらしい。
耐火性が高いだけでなく丈夫で、それでいて思っていたより軽い。
「これを作ったのも道場の人なのか?」
「リリアナじゃよ」
「えっ、あいつが?」
意外だった。
「何よ、その反応」
すぐ横にいたリリアナが睨んでくる。
「いや、裁縫とかするように見えなかったから」
「失礼ね。服だけじゃなくて、ここで使う道具の一部も私が作ってるわよ」
「へえ……」
聞けば、区画を自由に移動できるうえ、《エンハンス》まで使えるリリアナは、道場にとってかなり重要な存在らしい。
遠方での食料調達。
素材の採取。
衣服や道具の製作。
外へ出なければできない仕事の多くを、リリアナが引き受けているという。
「そういえば、《エンハンス》を使えるのって、ここではリリアナだけなのか?」
「いや、もう一人おる。昨日会ったイヴァリースも使えるぞ」
「じゃあ二人だけ?」
「そうじゃ。他の者には魔法輪そのものがない」
「なるほど……」
昨日見たアリアンドルも緑色の髪だった。
どうやら、この道場にいる鬼人族の血が濃い者たちは、魔法輪を持たない場合が多いようだ。
「詳しい話はまた明日にしよう。今日はもう遅いからの。泊まる場所へ案内してやろう」
「ああ、助かる」
・・・
・・
・
案内されたのは、道場の裏手に建つ三棟の長屋だった。
一棟につき十数部屋ほどありそうで、それぞれの部屋は三畳ほどしかない。
「本当に寝るだけの場所だな」
「昔から門下生用に使われておる。贅沢を言わなければ十分じゃろう」
「俺は全然平気だよ」
最下層で野宿していた頃に比べれば、壁と屋根があるだけで十分ありがたい。
ただし、敷かれていた布団だけはかなり薄かった。
「これは……背中痛くなりそうだな」
そこで《キーキューブ》から、例のふわふわした綿毛花を取り出して布団の下へ敷いてみる。
一気に柔らかくなった。
「完璧だ」
フーチェの分にも同じように敷いてやると、本人もかなり満足そうだった。
長旅の疲れもあったのだろう。その日は横になると間もなく眠りについた。
・・・
・・
・
翌朝。
いつも通り筋力訓練を済ませ、道場へ向かう。
まだ朝早いというのに、外からはすでに大きな声が響いていた。
「いち!」
「に!」
「さん!」
声のする方を見ると、二十人ほどの男女が並んで身体を動かしている。
子供もいれば、大人もいる。全員が同じ動きを繰り返し、朝からかなり激しい修行をしていた。
この道場には、全部で三十人ほどが生活しているらしい。
ここで生まれ育った者もいれば、十歳の《洗礼の試練》で偶然この区画へ転送され、そのまま道場へ辿り着いた者もいる。
見回してみると、紫色の髪をした者も思った以上に多かった。
つまり第三層で生まれた一般人だ。
だが。
「魔法輪がない……」
昨日説明を聞いていたとはいえ、実際に見ると不思議な光景だった。
ここにいる紫髪の者には、手の甲にも腕にも魔法輪が存在しない。
理由は単純だ。
第三層で生まれたからといって、必ず獣人族の血を持っているわけではない。
獣人族の血が全く入っておらず、鬼人族と人族の血だけを強く受け継いだ子供は、十歳になっても魔法輪そのものが現れない。
当然、《リターン》も習得できない。
魔法輪が無いなら最下層の転送も発生しないという訳ではないようだ。
たとえ最下層で生き延びたとしても、自分の力では故郷へ帰ることができないのだ。
そんな子供たちを保護し、ここで生きていけるようにする。
それも、この道場が長く存在してきた理由の一つだという。
今まで俺は、二輪までしか使えない一般人を弱い立場だと思っていた。
だが世の中には、その二輪すら最初から与えられなかった人間もいる。
俺は修行している子供たちを眺めたあと、道場の中へ入った。
「失礼します」
扉を開けると、中にはすでに岩剛斎とアリアンドルが待っていた。
その隣には、見覚えのない少年も立っている。
「押忍!」
俺を見るなり、少年は勢いよく頭を下げた。
「ロフルさん、僕はターゴと言います! よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
俺より少し年下に見える。
そう思っていると、岩剛斎が教えてくれた。
「ターゴは十五歳じゃ」
「じゃあ俺の二つ下か」
「この子は俺の息子だ」
アリアンドルがターゴの肩を軽く叩いた。
「筋がいいからな。今は通常の稽古とは別に、個別修行にも入っている」
「へえ……」
そこまで聞いて。
俺はアリアンドルを見る。
そしてターゴを見る。
もう一度アリアンドルを見る。
「……息子?」
「ああ」
「十五歳の?」
「そうだ」
待て。
おかしい。
アリアンドルはどう見ても二十代にしか見えない。
昨日だって、若い夫婦が魔物と戦っているとしか思わなかった。
十五歳の息子がいるなら、一体いくつの時に生まれたんだ。
気になり始めると、修行どころではない。
「あの……アリアンドルさんって何歳なんだ?」
「私か?」
唐突な質問にアリアンドルは少し不思議そうな顔をしたものの、すぐに答えた。
「もうすぐ四十五歳だ」
「四十五!?」
「ああ。皆からは五十を越えて見えると言われることもあってな。あれは地味にへこむぞ」
「いやいやいや!」
どう見ても二十代だ。
五十歳以上に見えると言うなら、むしろ岩剛斎の方だろう。
もしかすると、この世界の人間は前世の人間よりも老化そのものが遅いのかもしれない。
「じゃあさ」
好奇心に負けた。
「岩剛斎は何歳なんだ?」
「わしか?」
岩剛斎は腕を組み、なぜか本気で悩み始める。
「うーむ……」
「なんで自分の年齢で悩むんだよ」
「すまんな。百五十を越えたあたりから数えるのをやめてしもうてな」
「……は?」
「まあ、二百まではいっておらんと思うぞ。気持ち的には」
「気持ち的にって何だよ……」
思わず呟く。
どう見ても六十か七十くらいの老人だと思っていた。
まさか百五十を軽く越えているとは想像もしなかった。
俺はこれまで、この世界の人間も姿こそ違えど、寿命そのものは前世の人間と大きく変わらないものだと思っていた。
だが、どうやらその認識からして違っていたらしい。
獣人族、鬼人族、人族という異なる種族の血が世代を重ねて混ざり合ったことで、身体能力だけではなく寿命にも何らかの変化が生まれたのだろうか。
そう考えると、今度は自分が何歳まで生きられるのか気になってくる。
血の比率だけで考えれば、俺は獣人と鬼人が九割を占めている。
「……俺、結構長生きしたりするのかな」
「何を一人で嬉しそうにしておる」
「いや、ちょっとな」
もし本当に百年以上生きられるのなら、それは素直に得した気分になる。
もっとも、最下層で生きている以上、寿命を迎える前に死ぬ可能性の方を心配すべきなのかもしれないが。
「さて」
岩剛斎が手を叩いた。
「無駄話はこれくらいにして、早速闘気の修行を始めようかの」
「ああ!」
俺は返事をして、道場の中央へ進む。
普通なら半年かかるという、闘気を感じ取るための修行。
人口調整が動き始めた今、そんなに悠長に時間を使うつもりはない。
できるだけ早く闘気を身につけ、〇・〇の施設へ戻る。
そう決めて、俺は岩剛斎の最初の指導を待った。