四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
「では、始めるかの。まずは瞑想じゃ」
「瞑想?」
それなら慣れている。
父さんから剣を教わり始めた頃から続けてきたし、最下層へ来てからも暇を見つけては繰り返してきた。
俺はその場に腰を下ろし、いつものように足を組んだ。
「よし」
姿勢を整えて目を閉じようとしたところで、岩剛斎から声が飛んできた。
「……すまぬ。説明不足じゃった」
「ん?」
「闘気を感じるための瞑想は、座ってやるものではない。立つんじゃ」
「立って?」
「そうじゃ」
言われるままに立ち上がる。
少し離れた場所では、ターゴとアリアンドルも俺たちの様子を見ていた。
「難しく考えんでよい。まずは足を肩幅ほどに開き、力を抜け」
岩剛斎に言われ、肩の力を抜く。
「そして前方から風が吹いていると思え。その風を顔だけではなく、胸、腕、腹、足まで全身で受ける。最も楽な姿勢を保ちながら、その感覚だけに集中するんじゃ」
「実際に風が吹いてなくても?」
「構わん。闘気を感じ取れぬ者に、いきなり闘気を探せと言っても分からんからの。まずは身体の外側にある何かを感じ取る訓練から始める」
「なるほどな」
俺はもう一度姿勢を整えた。
「普通であれば、この瞑想を半年ほど続ける。それと並行して基礎的な身体作りも行う。当然、《エンハンス》は禁止じゃ」
「半年……」
昨日聞いてはいたが、改めて言われると長い。
「焦るでない。まずはやってみよ」
「ああ」
目を閉じる。
正面から風が吹いてくる。
そう想像した。
いつもの瞑想では、自分の呼吸や身体の内側へ意識を向けることが多い。
だが今回は逆だ。
意識を外へ広げていく。
額。
頬。
肩。
胸。
腕から指先。
さらに腹から足元まで、目には見えない風を全身で受け止めるように集中する。
「……」
しばらく続けていると、不思議な感覚があった。
実際には道場の中だ。
窓から多少の風は入っているものの、全身を包むほど強くはない。
それなのに、身体の表面を何かが流れている。
前から後ろへ抜けるというより、全身の周囲を絶えず動き回っているような感覚だった。
荒々しい。
だが、不思議と嫌ではない。
「すごいな……」
思わず呟く。
いつもの瞑想とは全く違う。
目を閉じている方が、むしろ身体の周りにある何かをはっきり感じられた。
「どうした?」
「岩剛斎」
「なんじゃ?」
「前から風が吹いてるって感覚なら、もう分かるぞ」
「……なんじゃと?」
岩剛斎の声色が変わった。
俺は目を閉じたまま、自分の感覚を確かめる。
「いや、前からっていうより……全身だな。身体の周りでずっと吹き荒れてる感じがする」
「吹き荒れておる?」
「ああ。でも嫌な感じじゃない。なんというか……身体にまとわりついてる感じだ」
しばらく返事がなかった。
気になって目を開けると、岩剛斎が珍しく目を見開いていた。
「……もうそこまで感じ取っておるのか」
「変なのか?」
「変も何も、本来なら今説明した感覚を掴むために何か月も費やすんじゃぞ」
「えっ」
「風があるように感じるだけでも第一段階は終了じゃ。それを全身に感じているとなれば……もう十分じゃろう」
岩剛斎は腕を組みながら、俺の身体を改めて眺めた。
「血の比率を見た時点で適性が高いとは思っておったが、ここまでとはのう」
「じゃあ、半年間これをやらなくていい?」
「今のところはな」
「よし!」
「喜ぶのはまだ早いぞ。感じ取ることと、操ることは全く別じゃ」
「分かってるって」
本当はかなり嬉しい。
半年かかると言われていた最初の段階を、いきなり突破できたのだ。
少なくとも時間がない今の俺にとっては大きい。
「ならば予定を変えよう」
岩剛斎は後ろにいた二人を見る。
「ここからはターゴ、アリアンドルと一緒にやってもらう」
「押忍!」
ターゴが元気よく返事をする。
「闘気を身体に留め、自在にまとうためには、それを受け止められるだけの身体が必要じゃ。どれほど闘気を感じ取れても、肉体が弱ければ使い物にならん」
「ということは、筋力訓練か?」
「その通りじゃ」
すると、ターゴの表情が一気に曇った。
「これが一番きついんだよね……」
「そんなに?」
「毎日やってますけど、全然慣れないです」
そこまで言われると逆に気になる。
一体どんな訓練をさせられるのだろうか。
岩剛斎が俺たちの前へ立ち、大きな声を出した。
「まず腕立て百回、腹筋百回、背筋百回! これを一セットとして三セット行う!」
「おお……」
ターゴは既に辛そうな顔をしている。
「今日も三セットかぁ……」
「ターゴ、気合で頑張ろう!」
アリアンドルが息子の背中を叩く。
「父さんは元気すぎるよ……」
そんな親子のやり取りを見たあと、アリアンドルが俺へ向き直った。
「ロフル君は今日が初めてだから、無理をする必要はないよ。途中で限界が来たら止めても構わない。まずは自分がどこまでできるのか確かめよう」
「あー……」
「どうした?」
「それ、普段からやってて……今日もここに来る前に終わらせてきた」
「……え?」
アリアンドルの表情が止まった。
ターゴまでこちらを見る。
「ほう」
岩剛斎だけは興味深そうに髭を撫でている。
「日課として身体を鍛えておるとは感心じゃな。毎日どれほどやっておる?」
「腕立て、腹筋、背筋をそれぞれ千回。それを三セット」
「……」
「あとスクワットも同じくらい」
誰も何も言わなくなった。
「数はだんだん増えて千になった感じだ!」
俺は三人を見る。
ターゴは口を開けたまま固まっている。
アリアンドルもさっきまでの爽やかな笑顔が消え、岩剛斎ですら黙っていた。
「そんな変か……?」
「ロフル君」
アリアンドルが慎重に聞いてくる。
「それを……毎日?」
「基本的には!」
「《エンハンス》を使って?」
「筋トレで使ったら意味ないだろ。使ってないよ」
「……そうか」
なぜか遠い目をされた。
最下層で生き残るため、毎日続けてきただけだが……!
「ロフルよ」
「ん?」
「すまんが、上着を脱いでみてくれぬか」
「いいけど」
言われるまま、昨日渡された道着の上を脱ぐ。
改めて自分の身体を見ることなど滅多にないが、七年間鍛え続けてきただけあって、腕や肩、腹周りにはかなり筋肉がついている。
前世の俺とは比べるまでもない。
「……ほう!」
岩剛斎が俺の腕や肩を見て回る。
「これは大したものじゃ」
「そんなに?」
「なんと鍛え上げられた肉体じゃ! 十七の身体とは思えん。これなら基礎作りに時間を使う必要はほとんどなさそうじゃな」
「じゃあ次に進める?」
「うむ。これだけ身体が出来ておれば問題なかろう」
「よし!」
いきなり二段階も飛ばせたらしい。
岩剛斎はターゴとアリアンドルへ顔を向ける。
「二人は予定通り三セットじゃ。終わったら闘気瞑想に戻れ」
「押忍!」
「分かりました!」
二人はその場で腕立てを始める。
俺も道着を着直し、岩剛斎についていこうとした。
すると背後から、ターゴの小さな声が聞こえてきた。
「父さん……」
「どうした?」
「ロフルさんって、一体何者なんだろう。僕、自信なくなってきたよ……」
アリアンドルは腕立てを続けながら、少し笑った。
「ターゴ、お世辞ではなく、お前は十分筋がいいよ。同年代の門下生と比べても、その差は明らかだ」
「本当?」
「ああ。ただ……」
そこでアリアンドルは一度動きを止め、こちらを見る。
「多分、比べる相手を間違えている」
「え?」
「あの子が規格外なんだ。生まれ持った資質だけじゃない。長い間積み重ねてきたものまで含めて、少し次元が違う」
・・・
・・
岩剛斎の後を追う。
どうやら、俺がこれまで生き残るために続けてきたことは、思っていた以上に闘気の修行と相性が良かったらしい。
半年かかるはずだった瞑想。
その後に続く身体作り。
今日は、その二つをまとめて飛ばすことができた。
だが岩剛斎が言った通り、闘気を感じるだけでは意味がない。
次はいよいよ、その力を自分の意思で操る修行が始まる。