四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

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連環爆衝

 ロフルが《闘爆衝》の修行へ入ってから、半年の月日が流れていた。

 その間も人口調整は終わることなく、第三層では様々な変化が起きていた。

 

・・・

・・

・

 

 第三層――座標〇・〇付近。

 

「ハナ総司令官! 第四の門、修繕完了しました!」

 

 革で作られた鎧を全身にまとった青年が、勢いよく敬礼する。

 大きな机の上に地図を広げていたハナは、その呼び方にわずかに眉を寄せた。

 

「総司令官なんて付けなくていい。守衛隊長ですら、最初はこそばゆかったというのに……」

 

「はっ!」

 

「とにかく、よく間に合わせてくれた。そのまま第四門の配置についてくれ」

 

「ハナ様、承知いたしました!」

 

 青年はもう一度敬礼すると、急いで持ち場へ戻っていった。

 その背中を見送りながら、ハナは小さく呟く。

 

「……総司令官よりは、ハナ様の方がまだいいか」

 

 半年前。

 

 ハナが初めて巨大な穴を発見した時、第三層には何の情報もなかった。

 

 どれほどの魔物が出てくるのか。

 どこへ向かうのか。

 

 そもそも、次も現れるのかさえ分からなかった。

 

 最初の数か月は大きな被害が出た。

 しかし半年にわたって戦い続けたことで、少しずつ法則が見えてきた。

 

 ハナは地図の四か所に描かれた印を指でなぞる。

 巨大な穴から魔物が現れるのは、およそ月に一度。

 

 這い上がってくる場所も毎回同じ四か所だった。

 そして奇妙なことに、出現した魔物たちは周囲の人間へ無秩序に襲いかかるわけではない。

 

 一定の数がまとまったまま、まるで命令を受けているかのように同じ方向へ直進し、ある程度進んでから各地へ散っていく。

 不気味なほど統制された動きだった。

 

 だが、その規則性のおかげで迎撃する側も対策を立てられるようになった。

 

 現在、魔物が這い上がる四か所には簡素ながら防衛門が築かれている。

 周辺の村へも伝令を送り、出現時刻や魔物の種類、被害状況について常に情報を共有していた。

 

 すでに壊滅した村もある。

 

 人口調整が一つの村だけの問題ではないことは、第三層の人間にも十分すぎるほど伝わっていた。

 これまで村同士の関係は希薄だった。

 

 隣の村と交易することはあっても、互いの問題へ深く関わることは少ない。

 

 だが今は違う。

 

 鍛冶に長けた村は、倒した金属製の魔物から武具を作る。

 農地の拡大に成功している村は、戦いに人手を取られた村へ食料を送る。

 そして各地で腕に覚えのある者たちは、村の垣根を越えて部隊を作り、四つの防衛門へ集まるようになった。

 

 その中心にいたのがハナだった。

 

 もちろん、最初から認められていたわけではない。

 十四歳の少女が指揮を執ると聞き、

 

『こんな小娘が総司令官だと?』

 

 そう反発する者はいくらでもいた。

 だが、その声は長く続かなかった。

 

 四つの防衛門に対し、ハナが出した最初の大きな指示は単純だった。

 三か所へ兵力を集中させる。

 

 そして残る一か所は――ハナ一人で守る。

 無謀だと言われた。

 だが魔物が現れるたび、ハナはその一門をたった一人で守り切った。

 

 怪我らしい怪我すら負わず、毎回大量の魔物を斬り伏せて戻ってくる。

 誰もがその姿を目にするうちに、反対する者はいなくなった。

 

 今では総司令官と呼ばれることを疑問に思う者もおらず、中には彼女を《戦乙女》と呼ぶ者までいる。

 

「……そろそろか」

 

 ハナは地図から顔を上げ、空を見る。

 これまでの周期が正しければ、間もなく魔物が現れる時間だった。

 

 腰には左右二本ずつ、合計四本の長剣を差している。

 長期戦になれば、一振りでは保たない。

 

 それも、この半年で学んだことの一つだった。

 ハナは歩き始めようとして、ふと足を止めた。

 

「お兄ちゃん……」

 

 半年。

 

 ロフルから何の連絡もない。

 そもそも最下層と第三層の間で自由に連絡を取る方法などないことは分かっている。

 それでも、考えない日はなかった。

 

「無事だよね……?」

 

 一瞬だけ。

 

 十四歳の少女らしい不安が、その表情に浮かんだ。

 だが次に顔を上げた時には、すでに消えていた。

 

「行こう」

 

 戦乙女と呼ばれる少女は剣を携え、今日も自分の戦場へ向かった。

 

・・・

・・

・

 

「――《闘爆衝》!」

 

 突き出した左拳から、赤い力が一気に解放される。

 

 ――バァンッ!!

 

 十数メートル先に置かれていた大岩が、爆発するように砕け散った。

 舞い上がった砂埃を眺めながら、俺は拳を下ろす。

 

「よし」

 

 修行を始めてから半年。

 《闘爆衝》は、すでに実戦で使えるところまで仕上がっていた。

 

 だが。

 

「やっぱり似てるんだよな……」

 

 威力だけを見るなら非常に強い。

 魔力を消費せず、闘気だけでこれほどの攻撃ができることにも大きな意味がある。

 

 ただ、俺が元々使っていた《バースト》と役割がほとんど同じなのだ。

 どちらも近距離へ強烈な爆発を叩き込む。

 

 違うのは、使う力が魔力か闘気かという程度だった。

 

「せっかく両方使えるんだから……」

 

 半年間。

 

 《闘爆衝》だけを練習していたわけではない。

 俺がずっと試していたことがある。

 

 魔力と闘気。

 二つの力を同時に扱うこと。

 

 岩剛斎にもリリアナにもできない。

 だからこそ、俺にしかできない技が作れるのではないかと考えていた。

 

 少し離れた場所にある、さらに巨大な岩へ身体を向ける。

 

「やってみるか」

 

 右手へ魔力を集める。

 

 発動する寸前で《バースト》を止め、その状態を維持する。

 同時に左腕へ闘気を集中させ、《闘爆衝》の構えを取った。

 

 これが何度やっても難しい。

 

 魔力と闘気は、似ているようで全く違う力だ。

 片方へ意識を寄せすぎれば、もう片方が崩れてしまう。

 

 だが半年間繰り返したことで、ようやく二つを同時に保てるようになっていた。

 

「……いける」

 

 右手の魔力。

 左拳の闘気。

 

 呼吸を合わせる。

 そして。

 

「――《連環爆衝》!」

 

 右手から《バースト》を放つのと同時に、左拳で《闘爆衝》を打ち出した。

 

 二つの爆発が重なる。

 

 その瞬間だった。

 

 ――ドンッ!!

 

 一度では終わらない。

 

 最初の爆発を追いかけるように、前方で次々と爆発が発生していく。

 

 ドンッ! ドドドドドッ!!

 

「うおっ……!」

 

 想像以上の衝撃に、俺自身も思わず腕で顔を覆った。

 爆発が収まったあと。

 

 そこにあったはずの大岩は消えていた。

 それだけではない。

 

 岩の周囲にあった地面まで深く抉れ、細かな粉塵となって辺りへ舞っている。

 

「……すごい技じゃ」

 

 後ろから、岩剛斎の声が聞こえた。

 隣にはリリアナもいる。

 周辺探索を終えて戻ってきてから、彼女も何度か俺の修行を見に来ていた。

 

「何よ、今の……」

 

 珍しく、リリアナまで呆然としている。

 

「成功した……!」

 

 俺は抉れた地面へ近づいた。

 通常、《バースト》も《闘爆衝》も有効範囲はせいぜい二、三メートルほどだ。

 

 だが今の攻撃は違う。

 

 魔力と闘気の爆発が互いを刺激したのか、一度生まれた爆発が次の爆発を誘発し、前方十五メートルほどまで連鎖していた。

 

「《連環爆衝》……これなら使える」

 

 威力も射程も、単独で撃つより遥かに上だ。

 ただし。

 

「いてて……」

 

 両腕に痛みが走った。

 特に右腕が熱い。

 魔力消費も尋常ではなく、右目の視界もかなり赤く染まっている。

 

「やっぱり連発は無理だな」

 

 闘気にも余裕は残っているが、魔力の消耗が激しすぎる。

 それでも、いざという時の切り札にはなる。

 

「ちょっと腕を冷やしてくる」

 

 俺は水場へ向かった。

 

・・・

・・

・

 

 ロフルが水場へ向かったあと。

 岩剛斎とリリアナは道場の茶室へ戻っていた。

 

「岩剛斎」

 

「なんじゃ?」

 

 リリアナは先ほど見た技を思い返しながら、難しい顔をしていた。

 

「仮に私が闘気装を使えたとしても、魔力と闘気をあんなふうに絡めるなんて、とてもできる気がしないんだけど」

 

「……やはりそうか」

 

 岩剛斎は湯飲みを置く。

 

「闘気は修行によって流れを変えられる。腕だけに集めたり、全身へ薄く広げたりとな。それはロフルも同じじゃ」

 

「ええ」

 

「じゃが魔力――おぬしらの《エンハンス》は、そうではないのじゃったな?」

 

「全然違うわ」

 

 リリアナは即答した。

 

「ロフルが言ってる『エンハンスの流れを調整する』っていう感覚が、私にはさっぱり分からないもの」

 

「ふむ……」

 

「普通は発動するか、解除するか。それだけよ」

 

 《エンハンス》を発動すれば、本人の魔力量や成長に応じた強さが発揮される。

 身体が成長し、扱える魔力が増えれば、当然エンハンスも強くなる。

 

 その分、消費する魔力も増える。

 

「例えば、今日は弱く使おうとか、右腕だけ強くしようとか、そんなことはできないわ」

 

「ロフルは当たり前のようにやっておったぞ」

 

「だから変なのよ!」

 

 リリアナは思わず声を大きくした。

 

「私も最初は、あの子が物凄く器用なだけだと思ってた。でも話を聞いてると、エンハンスを全身に薄くまとったり、一部分だけ出力を上げたり、消費量まで細かく変えてるでしょう?」

 

「うむ」

 

「そんなの普通はできないわ」

 

 岩剛斎は腕を組んだ。

 

「わしはロフルの説明を聞いて、闘気と同じように魔力も練習次第で操作できるのだと思っておった」

 

「それは大きな間違いよ」

 

 リリアナは首を横に振る。

 

「少なくとも私はできないし、今まで会った魔法使いでそんなことをしてる人も見たことがない」

 

「なるほどのう……」

 

「エンハンスなんて、本来ずっと発動していられる魔法じゃないのよ。自分が強くなれば効果も上がるけど、その分だけ消費量も増えるんだから」

 

 だがロフルは違う。

 

 普段の彼は、ほとんど常時《エンハンス》を維持している。

 魔力の消費量を、自分自身の回復量より少なくなるところまで無意識に抑えているからだ。

 

 それでいて、必要な瞬間だけ一部分の出力を引き上げることもできる。

 

「やっぱり《制御》の特性なのかしら……」

 

 リリアナはそう言って、自分なりに納得しようとした。

 

 その考えは、おそらく正しい。

 

 ただし。

 

 《制御》を持っているだけで、今のロフルと同じことができるわけではない。

 魔力の流れを感じ取り、細かく操作する。

 ロフル本人は、それを闘気と同じように、訓練すれば誰にでもできる技術だと思い込んでいる。

 

 しかし実際には違った。

 《制御》という特性。

 

 そして最下層で生き残るため、何年もの間、出力を変え続けてきた絶え間ない修練。

 その二つが組み合わさった結果として生まれた、ロフルだけの魔力操作だった。

 

「本人が一番、自分のおかしさに気づいておらんのかもしれんな」

 

 岩剛斎が呟く。

 

「そうね」

 

 リリアナも苦笑した。

 

「血の比率を見た時も『まあいいや』で済ませたくらいだもの」

 

「ふぉっふぉっふぉ。それも含めて、面白い奴じゃ」

 

 二人は顔を見合わせる。

 道場の外からは、腕を冷やし終えたロフルの声が聞こえてきていた。

 

 半年の修行を経て、ロフルは闘気を身につけた。

 さらに魔力と闘気を掛け合わせ、自分だけの技まで生み出した。

 

 〇・〇の施設へ再び踏み込む準備は、着実に整いつつあった。

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