四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
俺は一人、座標〇・〇にある巨大施設の入口に立っていた。
初めてここへ来た時は、目の前にある透明な壁を突破することができなかった。
《ブラスト》を撃ち込んでも、壁に触れた瞬間に溶けるように消えてしまったのを覚えている。
だが、今は違う。
「半年か……長かったな」
右拳を軽く握り、呼吸を整える。
全身から闘気を放出し、身体の周囲へ留める。
赤い蒸気のような力が腕を包んだ。
「――《闘爆衝》!」
拳を真っすぐ突き出す。
爆発的な衝撃が透明な壁へ叩き込まれた。
次の瞬間。
ガラスが砕けるように、見えない壁が粉々に弾け飛んだ。
「よし」
以前は何をしても傷一つ付けられなかった壁が、今では一撃で壊せる。
半年間の修行が無駄ではなかったことを実感しながら、俺は再生する前に施設内部へ足を踏み入れた。
そして、すぐに《エンハンス》を発動する。
同時に闘気装も維持した。
ただ二つの力を重ねるだけではない。
魔力と闘気を互い違いに巡らせながら、身体の表面を循環させていく。
《連環爆衝》を作った時と要領そのものは近い。
とはいえ、ここまでできるようになるにはかなり苦労した。
魔力と闘気は、まるで水と油のように反発する。
無理に混ぜようとすると、どちらかの流れが崩れる。
だから、混ぜるというよりは、互いを絡ませながら別々の流れとして循環させるという方が正しい。
半年間、何度も失敗を繰り返した結果、ようやく安定させられるようになった。
その副産物として、魔力の制御能力も以前とは比べものにならないほど上がっている。
今では《エンハンス》の出力をかなり細かく調整できるようになり、身体の一部分だけ強化することも、必要最低限の魔力だけを流すことも以前より簡単にできる。
「さて……」
改めて施設内部を見る。
床も壁も、ほとんどが鉄板で作られていた。
天井には太いパイプが何本も走り、その間を細い配線のようなものが縦横に張り巡らされている。
人の気配はない。
魔物の声も聞こえない。
異様なほど静かだった。
普通の靴なら、歩くたびにコツコツと足音が響いただろう。
だが今の俺が履いているのは、魔物の革を加工して作った足袋のような履物だ。
柔らかい素材のおかげで、足音はほとんど鳴らない。
できる限り気配を抑えながら、ゆっくりと奥へ進んでいく。
やがて。
「……なんだ?」
通路が二つに分かれていた。
左は赤。
右は青。
壁や床そのものが色づいているわけではなく、それぞれの通路の奥から淡い光が漏れている。
さらに近づいたところで、俺は違和感に気づいた。
「空気が……動いてる?」
肌に触れる空気が、一定方向へ流れている。
風というほど強くはない。
それでも、全身を包んでいる魔力と闘気が僅かに引っ張られる感覚があった。
「ここか」
岩剛斎たちが調査に入った時。
闘気と魔力を吸われ始めたと言っていた。
おそらく、この辺りに力を吸収する仕組みが存在しているのだろう。
俺はその場で立ち止まり、自分の中を巡る二つの力に意識を向ける。
少し乱れている。
闘気が外側へ引かれ、その隙間を埋めるように魔力が動こうとする。
だが、すぐに流れを調整することで安定した。
「吸われてないな」
少なくとも。
今のところは問題ない。
魔力と闘気を同時に循環させていることで、片方だけを奪われるのを防げているのかもしれない。
「このまま行けそうだ」
慎重に歩みを進める。
赤い通路。
青い通路。
何度か分岐はあったが、《サーチ》と自分の感覚を頼りに奥へ向かっていった。
そして。
「……あれか」
前方に、大きな空間が見えてきた。
岩剛斎が話していたフロアだろう。
俺は入口の手前で立ち止まり、中を覗き込む。
薄暗い。
だが中央に何かがいるのは分かる。
「魔物……なのか?」
最初に見た感想は、それだった。
生き物というより。
巨大な機械兵器。
全長は十メートルほど。
胴体から六本の脚が伸びており、その姿は巨大な蜘蛛を思わせる。
頭部らしき部分には、二本の大きな砲台まで備わっていた。
今は動いていない。
まるで眠っているように、その場で静止している。
「岩剛斎が言ってた奴って、あれだろうな……」
闘気装を使える状態なら勝算はある。
だが、生身では到底無理だと言っていた。
確かに。
あれだけ巨大な機械相手に、《エンハンス》も闘気装も使えない状態で戦えと言われたら厳しい。
「今なら《連環爆衝》で……」
右手と左手を見る。
ここから最大威力で撃ち込めば、おそらくかなりの損傷を与えられる。
だが。
「施設ごと壊す可能性があるな」
《連環爆衝》は威力が高すぎる。
しかも爆発が前方へ連鎖するため、あの機械だけでなく床や壁まで吹き飛ばしかねない。
この施設が人口調整の手掛かりである以上、できるだけ破壊は避けたい。
「なら……《ブラスト》で十分か」
砲台だけでも破壊できれば、相手の攻撃手段を減らせる。
俺はフロアへ入らず、通路側から右手を構えた。
狙いを定める。
「《ブラスト》!」
圧縮された魔力が一直線に飛ぶ。
ドンッ!
巨大な機械の頭部へ命中した。
二本あった砲台の根元が吹き飛び、金属片が辺りへ散る。
「よし!」
攻撃は通る。
そう思った直後だった。
――ガシャン!
「っ!」
目の前で。
巨大な扉が一気に閉じた。
「なんだ!?」
完全にフロアと通路が遮断される。
直後。
施設内へ耳障りな音が響き渡った。
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「警報……?」
前世で聞いたアラート音に近い。
閉じた扉の向こうから、激しい金属音が聞こえてくる。
ガシャガシャと、巨大な何かが床を走り回っている。
「……やっぱり」
俺は扉から少し距離を取った。
「何も考えずに入ってたら、あいつと中で戦う羽目になってたな」
攻撃されたことで起動した。
そして同時に、フロアそのものが閉鎖された。
侵入者を逃がさず、その場で排除するための仕組みなのかもしれない。
だとすれば。
岩剛斎たちが戦わずに引き返したのは正解だった。
俺は無理に扉を破壊せず、その場で様子を見ることにした。
数分ほど経った頃。
突然。
警報音が止まった。
「……?」
ガシャガシャと動き回っていた音も消えている。
そして。
ゆっくりと。
閉じていた扉が開き始めた。
「終わったのか?」
さっきまで薄暗かったフロアは。
完全な闇に包まれていた。
照明らしきものが全て消えている。
「罠……って可能性もあるよな」
俺はすぐには入らなかった。
《キーキューブ》を起動し、中から火岩を一つ取り出す。
軽く熱を放つ石を。
暗闇へ向かって投げ込んだ。
コロコロと床を転がり。
赤い光が周囲を照らす。
「……いない?」
巨大な蜘蛛型の機械が消えている。
残骸もない。
砲台を吹き飛ばした時に散った金属片だけが、床に残されていた。
「どこ行ったんだ……?」
あれほど巨大なものが。
ほんの数分で。
跡形もなく消えている。
少なくとも、今このフロア内にいる様子はない。
俺は慎重に足を踏み入れた。
火岩を拾い上げ、周囲を確認する。
床。
壁。
天井。
機械が収納されそうな場所がないか探してみたが、暗いこともあって詳しい構造までは分からない。
「……奥に続いてるな」
フロアの反対側。
そこには、さらに奥へ続く通路があった。
〇・〇の施設へ入った目的は、あの蜘蛛型の機械を倒すことではない。
人口調整の正体を突き止めることだ。
「先へ行くか」
俺は火岩を片手に持ち直し、魔力と闘気の循環を改めて整える。
そして、静まり返ったフロアを抜け。
さらに施設の奥へと進んでいった。