四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
蜘蛛型の機械が消えたフロアを抜け、俺はさらに施設の奥へ進んでいった。
通路の景色はこれまでとほとんど変わらない。
床も壁も金属製で、天井には何本ものパイプや配線が張り巡らされている。
ただ、一つだけ明らかに違うことがあった。
「照明が全部落ちてるな……」
先ほどまでは薄暗いながらも通路全体に明かりがあったが、今はほとんど真っ暗だ。
一定間隔で設置された非常灯らしき赤い光だけが、足元をぼんやりと照らしている。
火岩がなければ、まともに歩くことさえ難しかっただろう。
それにしても。
「静かすぎる……」
小さく呟いた自分の声が、長い通路の奥まで響いていく。
アラートが鳴り止んでから、施設は最初に入った時以上に静まり返っていた。
もしかすると、さっきの蜘蛛型兵器が侵入者を排除したと判断され、施設が平常状態へ戻ったのかもしれない。
もちろん、ただの憶測だ。
それでも完全に停止しているわけではなかった。
どこか遠くから、低い機械音が聞こえてくる。
「換気扇……みたいな音だな」
一定の間隔で回り続ける音。
壁の奥では、何かが今も静かに稼働している。
人の気配は一切ないのに、施設そのものだけが生きているようだった。
しばらく歩きながら周囲を調べてみたものの、案内板のようなものは見当たらない。
入口付近では通路がいくつかに分かれていたが、どうやら全てあの蜘蛛型兵器がいた巨大フロアへ繋がっていたらしい。
つまり、侵入者はどの道を選んでも、最終的にはあそこを通る必要がある。
「最初から戦わせるために作ってるのか……?」
そう考えると、あのフロアが単なる通路ではなく、侵入者を排除するための場所に見えてくる。
警戒しながらさらに進んでいくと、前方にこれまでとは違う扉が現れた。
「……小さいな」
今まで見てきた巨大な扉とは違い、人一人が通れる程度の大きさしかない。
横へ開くスライド式の扉らしく、横には取っ手の代わりなのか、小さな窪みがあった。
軽く触れてみる。
「鍵は……かかってない」
すぐには開けず、念のため《サーチ》で周囲を確認する。
中に魔物らしき反応はない。
俺はゆっくりと扉を横へ動かした。
抵抗もなく、静かに開いていく。
「なんだ、ここ……」
思わず足が止まった。
部屋そのものは正方形だった。
中央には、前世の自動販売機ほどの高さがある黒い箱が何台も並んでいる。
細かい穴や光る部分があり、そこから何本もの配線が床へ伸びていた。
「サーバー……みたいだな」
前世でも詳しかったわけではない。
だが、コンピューター関係の機械に見える。
そして何より目を引いたのは、四方の壁だった。
壁一面がモニターで埋め尽くされている。
大小合わせれば数十枚どころではない。
「……監視室?」
ほとんどの画面は真っ黒だった。
ただし、三つだけ映像が生きている。
一つ目。
「あそこは入口か」
俺が《闘爆衝》で破壊して入った、施設正面の映像だ。
透明な壁も映っている。
二つ目は。
「さっきのフロア……」
蜘蛛型兵器がいた場所だった。
今は完全に真っ暗で、機械の姿もない。
そして三つ目。
「これは……?」
画面の中央に巨大な黒い穴が映っている。
その周囲には、丸太を大量に組み合わせて作った壁。
さらに大きな門のような構造物まである。
「どこだ、ここ……」
少なくとも最下層ではない気がする。
こんな場所を俺は見たことがない。
それにしても。
俺は改めて部屋を見回した。
「誰もいないのは、なんでなんだ?」
どう見ても人工物だ。
この部屋も。
巨大なドームも。
蜘蛛型の兵器も。
誰かが作った物にしか見えない。
それなのに。
人がいない。
管理している者も。
整備している者も。
誰一人としていない。
この施設を誰が作った。
何のために。
そして、俺が転生してきたこの世界そのものは、一体何なんだ。
〇・〇へ近づくにつれて答えが見つかると思っていた。
だが実際には、知れば知るほど疑問ばかりが増えていく。
「……いや」
俺は頭を振った。
今は考え込んでいる場合ではない。
ここが本当に施設を制御するための部屋なら、人口調整を止められる可能性がある。
巨大な穴。
そして、そこに表示されている人工的な防衛設備。
何かが起きていることは間違いない。
「とにかく調べよう」
中央の黒い箱。
壁のモニター。
配線。
触れられそうな場所を、一つずつ確認していく。
だが、ボタンらしいものはほとんど見つからない。
しばらく部屋を調べていた時だった。
「……ん?」
突然。
正面にある一際大きなモニターが点灯した。
「何だ?」
真っ黒だった画面に、線だけで描かれた地図のようなものが表示される。
いくつもの四角が並び。
その一角に赤い印が点滅していた。
そして。
その下に文字が現れた。
『生産完了』
「生産……?」
さらに。
『下層へ輸送開始』
「……は?」
その言葉を理解した瞬間。
――ドンッ!
施設全体が大きく揺れた。
「うおっ!」
思わず机へ手をつく。
揺れは一度では終わらない。
ドン、ドン、ドンと。
何か巨大なものが大量に動き始めたような音が、施設の奥から響いてくる。
「何が動いてる……!?」
地響きに似た振動が足元を通っていく。
それが少しずつ。
遠ざかっていく。
まるで大量の何かが、この施設から外へ向かって移動しているようだった。
やがて。
音がかなり遠くなった、その時。
「……!」
今まで暗転していたモニターが。
一斉に点灯した。
「全部つき始めた……!」
数十枚の画面に、それぞれ違う映像が表示される。
最初は全体的に暗く、赤外線カメラのような色合いだった。
画面そのものが高速で揺れている。
「動いてる……?」
固定された監視カメラではない。
モニター一つ一つが、何か移動している物体の視点を映しているようだった。
俺は手掛かりを逃さないよう、画面を順番に確認していく。
やがて。
一つの映像が切り替わった。
暗い赤色だった景色が、突然鮮明になる。
「森……」
木々。
土。
そして前方には、丸太を組み上げて作られた巨大な壁が見える。
さっき三つだけ点いていたモニターに映っていた場所だ。
映像はその城壁へ向かって、ものすごい速度で近づいていく。
その時。
「……え?」
画面の端に。
一人の少女が映った。
「……ハナ?」
見間違えるはずがない。
「ハナ!?」
思わずモニターへ駆け寄った。
別の画面を見る。
そこにも。
また別の画面にも。
様々な角度からハナの姿が映っていた。
少し成長している。
服装も違う。
だが間違いない。
俺の妹だ。
「なんでハナが……」
周囲の画面には、革や金属の鎧を身につけた大人たちも映っている。
武器を構え。
丸太の門を守るように並んでいた。
そして。
一つの画面で。
巨大な鎌が持ち上がった。
「……っ!」
画面の端から現れた緑色の鎌が、人間へ向かって振り下ろされる。
その瞬間。
全てが繋がった。
「これ……硬いデッドマンティスの視点か!」
モニターに映っているのは監視映像ではない。
今、施設から送り出された機械型の魔物。
その視界だ。
『生産完了』
『下層へ輸送開始』
さっき表示された文字が、頭の中で蘇る。
「くそっ!」
この施設が。
機械の魔物を作っている。
そして、それを第三層へ送り込んでいる。
「上でこんなことになってたのか……!」
何も知らなかった。
半年間。
俺が修行している間も。
ハナたちは、ずっとこいつらと戦っていた。
「一度俺も戻るか……!」
右手を構える。
《リターン》を使えば、一瞬で第三層へ戻れる。
ハナのところへ行ける。
戦力にもなれる。
だが。
そこで一瞬、動きを止めた。
《リターン》を使えば、もう最下層へ戻る方法はない。
少なくとも、俺が知っている限りでは。
ここまで辿り着いた。
この施設が人口調整に関わっていることも、ほぼ間違いない。
それでもハナが危険なら――。
「……ハナ」
モニターを見る。
その瞬間。
ハナが動いた。
二本の長剣を抜き、迫ってきたデッドマンティスマシンの間へ飛び込む。
「……!」
一体目の鎌を受け流し。
その勢いのまま胴体を斬る。
振り返ることなく、もう一本の剣で背後から迫る個体の脚を落とす。
態勢を崩したところへ、一気に踏み込んだ。
次の瞬間。
画面が暗転した。
「……倒したのか」
別のモニター。
さらに別のモニター。
ハナが動くたびに、一つ、また一つと映像が消えていく。
二本の剣を自在に操り、何体ものデッドマンティスマシンを次々と破壊している。
「すごい剣術だ……」
俺が知っているハナより。
遥かに強くなっている。
他の場所でも、大人たちが苦戦しながら魔物を押し返していた。
一人では敵わなくても。
何人も連携し。
罠を使い。
門を利用しながら、一体ずつ確実に数を減らしていく。
モニターが次々と暗転していく。
「……大丈夫だ」
俺はゆっくり右手を下ろした。
ハナは強い。
しかも一人ではない。
上では、みんなが戦っている。
なら。
俺が今やるべきことは。
ここを離れることではない。
「任せるぞ、ハナ」
画面の向こうにいる妹へ、届くはずのない言葉を送る。
俺は正面の大きなモニターへ視線を戻した。
そこには先ほど表示された地図と、赤い印がまだ残っている。
「俺は俺のやることをやる」
この施設を止める。
魔物そのものを送り出せなくすれば。
ハナたちは、もう戦わなくて済む。
俺は地図を睨みながら、改めて施設内部の構造を頭に叩き込んでいった。