四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
部品保管庫の奥へ続く通路を進んでいくと、やがて広い部屋へと辿り着いた。
「……なんだこれ」
思わず足が止まる。
そこには、これまで見てきた施設の中でも明らかに異質なものがあった。
床一面に描かれた巨大な魔法陣だ。
金属製の床。
壁を這う配線やパイプ。
天井には用途の分からない機械がいくつも取り付けられている。
そんな機械だらけの空間の中央に、見慣れた魔法陣が描かれている光景には、妙な違和感があった。
「ここにきて魔法陣か……」
施設そのものは、前世で知っていた機械文明に近い。
それなのに、突然この世界らしい魔法が出てきた。
近づいて詳しく調べようとした、その時だった。
「ん?」
魔法陣の線が淡く光り始めた。
俺は反射的に距離を取る。
何が起こるか分からない以上、上に立って試す気にはなれない。
光は次第に強くなり、部屋全体を青白く照らした。
そして一瞬だけ強く輝いたかと思うと、魔法陣の中央に突然巨大な物体が現れた。
「コンテナ……?」
さっき倉庫へ運び込まれていたものと同じだ。
今まで何もなかった場所へ、音もなく一瞬で出現している。
直後、待機していたドローンや無人の荷台が動き出した。
コンテナを魔法陣から運び出し、そのまま倉庫へ向かっていく。
中身はあちらで仕分けされ、生産工場へ送られるのだろう。
「つまり、部品はここから来てるのか」
だが、それで疑問が解決したわけではない。
むしろ増えた。
「じゃあ……どこから転送してるんだ?」
魔法陣は物を生み出すものではないはずだ。
少なくとも俺が知る魔法の範囲では、何もないところから大量の部品を作り出すようなものは存在しない。
どこか別の場所に、この魔法陣と繋がる場所があるのだろう。
そこからコンテナを丸ごと転送していると考える方が自然だった。
しかし、この部屋より先へ続く通路は見当たらない。
壁や床を一通り調べ、《サーチ》も試してみたが、新しい出入口を見つけることはできなかった。
「この先はないのか……」
少なくとも、今の俺が調べられる範囲はここまでらしい。
魔物を製造する工場。
大量の部品を保管する倉庫。
部品を外部から転送していると思われる巨大な魔法陣。
そして、施設全体を監視する部屋。
かなりの情報は集まった。
「一度、道場へ戻るか」
俺一人で考え続けるより、リリアナや岩剛斎たちにも情報を共有した方がいい。
それに、さすがに疲れてきている。
施設へ入ってからずっと、《エンハンス》と《闘気装》を同時にまとい続けていた。
《エンハンス》だけなら、今の俺は消費する魔力量を回復量より低く抑えられるため、ほとんど一日中使っていられる。
だが闘気まで同時に循環させるとなると話は別だ。
身体への負担も大きい。
「無理して倒れる方がまずいな」
俺は来た道を戻り始めた。
・・・
・・
・
道場へ向かう間も、頭の中ではずっと施設のことを考えていた。
できることなら、すぐにでも止めたい。
あの施設が動いている限り、デッドマンティスマシンは作られ続ける。
それどころか、あの蜘蛛型の兵器より強力なものまで今後生産される可能性がある。
ハナたちは今のところ持ちこたえている。
だが、それがいつまで続くかは分からない。
「いっそ全部壊すか……」
一番単純なのは、それだ。
《連環爆衝》を何度も撃ち込み、生産設備を片っ端から破壊してしまえば、少なくとも一時的には魔物の製造を止められるだろう。
ただ、その方法にはどうしても不安が残った。
そもそも、あの施設は半年前まで存在していなかった。
鐘が鳴り、地震が起こった直後に、森しかなかった〇・〇へ巨大な施設が突然出現したのだ。
もし一度作られたものを破壊するだけで終わるのならいい。
だが、同じように施設そのものを再び出現させられるとしたら、どれだけ壊しても意味がない。
さらに厄介なのは、あれを誰かが管理している可能性だ。
今まで人間らしい存在は一人も見ていない。
それでも施設が完全に自動で動いている以上、どこかに管理者が存在していてもおかしくはない。
もし俺が施設を大規模に破壊したことで、「人口調整設備が危険な状態にある」と判断されたらどうなる。
さらに強い魔物を送り込まれるのか。
別の施設が出現するのか。
最悪の場合、この世界そのものに何かされる可能性だって否定できない。
「何も分からない状態で壊すのは、やっぱり怖いよな……」
そんなことを考えているうちに、道場が見えてきた。
・・・
・・
・
「――という感じだった」
戻るなり、俺は岩剛斎、フーチェ、リリアナを集め、施設で見たものを一通り説明した。
監視室。
生産工場。
格納されていたデッドマンティスマシン。
部品保管庫。
そして最後に見つけた、コンテナを転送する巨大な魔法陣。
一通り話し終えると、岩剛斎が顎髭を撫でながら口を開いた。
「なるほどのう。では、小難しいことを考えずに全部ぶっ壊してしまえばよいのではないか?」
「私もそれが早いと思います!」
フーチェまで頷く。
「いや、それは俺も頭をよぎったけどさ……」
「駄目に決まってるでしょう!」
俺が言い終える前に、リリアナが強く反論した。
岩剛斎とフーチェが同時に彼女を見る。
「そこまで巨大な施設なんでしょう? しかも、今の話だと誰も操作していないのに全てが勝手に動いている」
「そうだけど」
「だったら、相当な量の魔力が使われているはずよ」
「……魔力?」
思わず聞き返した。
リリアナは当たり前だと言わんばかりに俺を見る。
「そりゃそうでしょう。大量の機械を動かして、魔物を製造して、施設の照明まで維持してるのよ? どこかにとんでもない規模の魔力炉があるはずだわ」
「……」
その発想はなかった。
前世の記憶があるせいで、俺は無意識にこの施設を電気で動くものとして見ていた。
発電機。
電力。
配線。
そういうものがどこかにあると思い込んでいた。
だが、ここは魔法の存在する世界だ。
「電力じゃなくて……魔力なのか」
「電力?」
「ああ、いや。こっちの話」
それなら、施設の中に巨大な魔法陣が存在することにも少し納得できる。
「じゃあ、その魔力炉を見つけて壊せば施設を止められるんじゃないか?」
「それはもっと駄目よ!」
また即座に止められた。
「なんでだよ」
「どれくらいの魔力が蓄えられていると思ってるの? そんなものを直接壊したら、大爆発する可能性があるわ」
「……それはまずいな」
〇・〇の施設は尋常ではない大きさだ。
もし施設全体を動かせるほどの魔力が一か所に集中しているなら、爆発した時の規模など想像もできない。
「じゃあ、どうやって止めればいい?」
「魔力炉そのものを壊す必要はないわ」
リリアナは少し考えてから、机の上へ指で簡単な図を描いた。
「魔力炉で生み出された魔力は、そのまま使えるわけじゃないの。普通は一度、変換装置を通して、それぞれの設備に合った形に調整して送る」
「変換装置……」
「そこを探して」
「見つけてどうする?」
「流れている魔力を逆流させるのよ」
リリアナは事もなげに言う。
「魔力炉を直接破壊するよりは遥かに安全だし、保護機構があるなら、異常を検知した時点で施設側から供給を止めるはずよ」
「なるほど……!」
施設そのものに緊急停止させるわけか。
「で、その変換装置ってどんな形なんだ?」
「色々あるから、一概には言えないけど……」
リリアナは首を傾げながら考える。
「比較的大きな設備なら、黒い箱みたいな形になっていることが多いわね。中に変換用の術式や装置をまとめて入れるから」
「黒い箱……」
その言葉を聞いた瞬間。
思い当たるものがあった。
監視室の中央。
壁一面のモニターに囲まれた部屋で、俺が最初に「サーバーみたいだ」と思ったもの。
前世の自動販売機ほどの大きさがある、黒い箱。
「……見た」
「え?」
「それ、見たかもしれない!」
俺は立ち上がった。
「ちょっと待ちなさい。どこで?」
「監視室だ! 自販……いや、人より大きいくらいの黒い箱が何個も置いてあった!」
「何個も?」
「ああ!」
もしあれが変換装置なら。
施設を止められる可能性がある。
「もう一度行ってくる!」
「えっ、ちょっと!」
リリアナが止めるより早く、俺は部屋を飛び出していた。
「ロフルさん! 少しくらい休んでからでも!」
後ろからフーチェの声も聞こえる。
「行ってくる!」
それだけ返して、走る速度を上げた。
半年間、第三層ではハナたちが戦い続けている。
そして、ようやく敵を送り出している施設そのものへ手が届くところまで来た。
これが正解かどうかは、まだ分からない。
それでも、何もせずに待っているつもりはなかった。
俺は再び座標〇・〇を目指し、森の中を駆け抜けていった。