四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
翌日。
俺は再び座標〇・〇の施設前に立っていた。
昨日は道場へ戻ったあと、ほとんど休む間もなくここへ向かった。さすがに途中で一度だけ身体を休めたが、それでも普段よりかなり強行した移動になった。
目の前には、相変わらず巨大なドームと見えない壁がある。
「今度こそ止められるといいんだけどな」
右腕へ闘気を集める。
「《闘爆衝》!」
拳から放たれた衝撃が透明な壁へ叩き込まれ、ガラスのように一気に砕け散った。
そして、壁が復元する前に施設へ入り、《エンハンス》と《闘気装》を同時に展開した。
内部は以前より薄暗い。
昨日は生産設備が動き出したことで照明も復旧していたが、今は最初に来た時に近い状態へ戻っているようだった。
足元の非常灯を頼りに進み、蜘蛛型兵器がいた巨大フロアまで辿り着く。
「いないな」
以前ここにいた巨大な機械兵器の姿はなかった。
扉が閉まることもなければ、アラートが鳴ることもない。
そのまま何事もなく通り抜けることができた。
さらに奥へ進み、やがて大量のモニターが並ぶ部屋へ戻ってくる。
「……ほとんど消えてる」
壁一面に並んでいた画面の大部分が、今は真っ暗になっていた。
昨日、第三層でハナたちと戦っていたデッドマンティスマシンの視界が、それぞれここへ映し出されていた。
その画面が消えているということは。
「無事に倒せたってことだよな」
自然と息が抜けた。
「よかった……」
ハナたちは持ちこたえた。
あれだけの数を相手にしながら。
それを確認できただけでも、ここへ戻ってきた意味はあった。
だが俺の目的は別にある。
視線を部屋の中央へ移した。
「これだな……」
黒い箱。
前世で見た自動販売機ほどの大きさがあり、何本もの配線が床や壁へ伸びている。
最初に見た時は、コンピューターかサーバーのようなものだと思っていた。
だから当然のように、電力で動いていると考えていた。
だが、リリアナの話を聞いた今なら見方が変わる。
俺はそっと手を触れた。
「……本当だ」
僅かだが。
確かに魔力を感じる。
しかも俺たちが魔法を使う時に感じるものより、遥かに密度が高い。
「じゃあ、やっぱりこいつが変換装置なのか」
手を当てたまま、しばらく考える。
この世界では、そもそも電力というものを使っていないのだろうか。
前世で機械といえば電気で動くのが当たり前だった。
だが、この施設にある装置は魔力で動いているらしい。
となれば、照明も。
工場も。
蜘蛛型兵器も。
デッドマンティスマシンも。
全て魔力で稼働している可能性がある。
「魔力って、そんな万能なものなのか……?」
疑問は浮かぶ。
しかし今考えても答えは出ない。
俺は意識を黒い箱へ戻した。
「確か、魔力を逆流させるんだったな」
リリアナはそう言っていた。
だが。
「逆流って言われても、どうすればいいんだ?」
魔力は闘気とは違う。
闘気なら、自分の身体から外へ放出し、腕へ集めることもできる。
だが魔力は、そういう扱い方をするものではない。
魔法輪へ触れる。
魔法を発動する。
その際に消費されるエネルギー。
少なくとも俺は、ずっとそう考えてきた。
魔力だけを手の平から放つことなど、本来はできない。
「……いや」
一つだけ。
外へまとわせる方法がある。
「《エンハンス》なら……」
エンハンスは魔力を全身へ流し、身体の外側までまとわせる魔法だ。
それなら。
黒い箱へ触れている手の平だけ、出力を上げればいい。
「やってみるか」
俺は《エンハンス》の流れを調整する。
普段なら全身へ薄く広げている魔力を、少しずつ右腕へ集中させる。
さらに。
掌だけ出力を引き上げた。
「……ん?」
黒い箱の中を流れている魔力と、自分の魔力が接触する。
最初はただ触れているだけだった。
だが、さらに意識を集中させると。
「混じった……?」
妙な感覚があった。
黒い箱の内部。
そこでは想像以上の速度で魔力が流れている。
川どころではない。
細い管の中を、大量の水が超高速で通り抜けているような感覚だった。
そこへ。
俺の魔力が入り込んでいる。
「これ……もしかして」
つながっている。
自分の魔力と。
施設を巡る魔力が。
一本の流れになったような感覚。
「制御……できるのか?」
試しに。
流れへ意識を向ける。
いつも《エンハンス》の出力を抑える時と同じように、速度を落とすイメージを持った。
最初は何も変わらない。
だが。
「……動いた」
僅かに。
内部の魔力が遅くなった。
「いける……!」
さらに集中する。
高速で流れていた魔力を。
少しずつ。
少しずつ。
押さえ込む。
俺が普段、自分の魔力へやっていることと同じだ。
ただし規模が全く違う。
施設の中を流れる大量の魔力を相手にしているため、頭が痛くなるほど集中力を使う。
「止まれ……!」
魔力の流れがさらに鈍る。
そして。
完全に停止した。
「……止まった?」
次の瞬間。
バチッ!
「っ!」
黒い箱の内部から激しい音が鳴った。
バチバチと何度も火花が散り、表面が急速に熱を持ち始める。
「熱っ!」
慌てて手を離した。
隙間から白い煙が吹き出す。
その直後だった。
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!
施設全体へアラート音が響き渡った。
「来たか!」
壁のモニターが一斉に赤く染まる。
そこへ大きな文字が表示された。
『異常事態発生』
『安全確保のため、全機能を停止します』
「……!」
さらに。
『再稼働には緊急調査および再起動処理が必要です』
そして最後に。
『管理者を直ちに転送してください』
「管理者……!」
部屋の照明が落ちる。
低く響いていた機械音も、一つずつ消えていく。
遠くで回っていた換気装置の音まで止まり、やがて施設は完全な静寂に包まれた。
俺は赤い文字が残るモニターを見つめる。
「成功……したのか?」
少なくとも。
施設は停止した。
これでデッドマンティスマシンの生産も止まっているはずだ。
問題は。
最後に表示された文章。
『管理者を直ちに転送してください』
「……来るのか?」
今まで。
この施設で人間らしい存在を一度も見ていない。
だが。
本当に管理者が存在するのなら。
今回の異常を確認するために。
ここへ来るかもしれない。
「だったら、待ってみるか」
わざわざ動き回る必要はない。
ここは施設の状態を確認できる部屋でもある。
管理者が現れるとすれば。
何らかの変化が、このモニターにも映る可能性がある。
俺は部屋の入口が見える位置へ移動し、壁へ背を預けた。
《エンハンス》と《闘気装》は解除しない。
施設を止めることには成功した。
だが。
むしろ。
本当に知りたかったものが現れるのは、ここからかもしれない。
俺は静まり返った部屋で。
まだ見ぬ《管理者》が現れるのを待つことにした。