四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
結局、俺は丸一日待った。
だが、誰も来なかった。
施設の管理者らしき人間が姿を現すこともなければ、《サーチ》にも新しい反応は一切ない。
「こんなトラブルなら、普通すぐに飛んでくるもんじゃないのか……?」
モニターには今も赤い警告が残ったままだ。
施設は完全に停止しており、機械音すらほとんど聞こえない。
ただ、考えてみれば今回の異常は、この施設側にとっても完全な想定外なのかもしれない。
そもそも、管理者がどこにいるのかすら分からない。
近くにいるとは限らないし、もし遥か遠方にいるのなら、到着まで何日どころか何か月もかかる可能性だってある。
「ここでずっと待ってても仕方ないな」
最初は、この部屋で待ち伏せするつもりだった。
だが、管理者がいつ来るか分からない以上、その方法は効率が悪すぎる。
幸い、《サーチ》なら周囲に新しい反応が増えればすぐに気づける。
ならば定期的に確認しながら、停止した施設内をもう一度調べた方がいい。
正常に動いていた時には閉ざされていた場所が、今なら開いているかもしれない。
そう考え、俺はモニター室を出た。
・・・
・・
・
蜘蛛型兵器がいた巨大フロアまで戻ったところで、すぐに違和感に気づいた。
「……あれ?」
以前、上へ移動するために使った巨大な昇降機。
円形の床ごと上昇する仕組みだったはずだが、今はまるで別物になっている。
上へ続く部分が開放され、その内側には階段が現れていた。
「緊急停止すると、こうなるのか?」
さらに周囲を見回す。
変わっているのはそこだけではない。
フロアの壁に、四つの通路が増えていた。
昨日までは何の継ぎ目もない平らな壁にしか見えなかった場所だ。
施設に異常が起きたことで、普段閉じられている扉やゲートが全て開放されたのだろうか。
「閉じ込められないための仕組み……とか?」
もし火災や大規模な故障が起きた際、避難経路を確保する必要がある。
前世の感覚で考えれば、それほど不自然ではない。
俺は四つある通路のうち、一番近い場所へ入ってみた。
その先にあったのは。
「また魔法陣か」
床に大きな魔法陣が描かれている。
部品倉庫のさらに奥で見つけた、コンテナが転送されてきた魔法陣とよく似ている。
ただし、模様は少し違っていた。
しかも一つではない。
同じ部屋に複数の魔法陣が並んでいる。
「これは何を運ぶためのものなんだ……?」
他の通路も確認してみる。
結果は同じだった。
どの部屋にも複数の魔法陣が設置されている。
模様もほぼ共通していた。
「もしかして……」
頭に浮かんだのは。
デッドマンティスマシン。
「ここから第三層へ転送してたのか?」
監視室で見た表示。
『生産完了』
『下層へ輸送開始』
その直後、大量のデッドマンティスマシンが第三層へ現れた。
製造された個体をこのフロアへ運び、ここに並ぶ魔法陣から順番に転送していたとすれば、流れとしては自然だ。
これまで最下層でも。
何の前触れもなく、突然目の前へデッドマンティスマシンが現れたことが何度もある。
「あれも……ここからだったのか?」
だとすれば、今まで魔物だと思っていたものが、実際にはこの施設から送り込まれていたことになる。
「……さすがに乗るのは危ないな」
転送先がどこか分からない。
第三層へ行ける可能性もあるが、全く別の場所へ飛ばされる可能性もある。
安易に試すわけにはいかない。
一通り部屋を調べたものの、他に目立ったものはなかった。
「こっちはこんなところか」
俺はフロア中央へ戻り、今度は階段を上っていくことにした。
・・・
・・
・
階段の先には、以前見た生産工場が広がっていた。
非常灯だけが点灯しており、辺りは薄暗い。
それでも足元に気をつければ問題なく歩ける程度の明るさはある。
ベルトコンベア。
巨大なロボットアーム。
デッドマンティスマシンを組み立てていた製造機械。
それらは全て完全に停止していた。
「本当に全部止まってるな」
再び稼働する気配もない。
少なくとも今の状態なら、新しいデッドマンティスマシンが第三層へ送り込まれることはなさそうだ。
そのまま工場内を見て回っていると、昨日まではなかった細い通路を見つけた。
「ここも開いたのか」
人が一人通れる程度の幅しかない。
大型の機械や荷物を運ぶための道ではなさそうだ。
慎重に奥へ進む。
少し歩いたところで、開けた部屋へ出た。
「……ここは?」
中には数体のデッドマンティスマシンが保管されていた。
全て停止しており、動く気配はない。
そして部屋の隅には、一つの魔法陣がある。
「あの倉庫のやつと同じだ」
コンテナが転送されてきた魔法陣。
模様が同じだった。
それだけではない。
壁を見る。
「傷だらけだな……」
至るところに深い傷が残されている。
金属片のようなものまで付着していた。
何かが激しくぶつかった跡にも見える。
近づいて触れてみる。
「……ん?」
壁に張り付いた金属片を引っ張ろうとしたが、妙に強く固定されていた。
「これ……磁石になってるのか?」
金属部品を引き寄せるほど強い磁力。
何のためにこんな構造になっているのか。
さらに調べようとして、ふと上を見た。
「……天井がない?」
部屋の真上。
そこだけが大きく開いている。
だが、その先には何も見えない。
完全な闇だった。
火岩を取り出して照らしてみても、光は途中で飲み込まれるように消えてしまい、上がどこまで続いているのか分からない。
「この闇……どこに繋がってるんだ?」
かなり高い。
それだけは分かる。
だが、施設のさらに上なのか。
それとも別の場所と繋がっているのか。
俺が首を上げたまま考えていると。
暗闇の中で、何かが動いた。
「……ん?」
最初は金属片でも落ちてきたのかと思った。
だが。
違う。
人の形をしている。
「え?」
次の瞬間。
それは凄まじい速度で落下してきた。
――ドンッ!!
激しい衝撃音が部屋に響く。
床が揺れ、砂埃と金属片が舞い上がった。
「な、なんだ!?」
俺は反射的に身構える。
だが。
煙の向こうに見えた姿を確認した瞬間。
身体が固まった。
「……は?」
紫色の髪。
二本の剣。
そして。
見間違えるはずのない顔。
「ハナ……!?」
俺の目の前に落ちてきたのは。
妹のハナだった。