四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
「いったぁ……さすがに痛い……」
地面へ落下した少女は、そう言いながらゆっくりと立ち上がった。
相当な高さから落ちてきたというのに、大きな怪我をしている様子はない。それよりも本人が気にしているのは、腰と背中に携えている武器の方だった。
「剣と刀は無事か……?」
腰の左右に二本ずつ差していた長剣を確認し、続いて背中に携えた二本の小刀へ手を伸ばす。
その姿を見て、俺はようやく我に返った。
「ハナ!」
「むっ!?」
俺の声を聞いた瞬間、ハナは勢いよく振り返った。
「私の名を知る者が、なぜここに……!」
腰の剣を抜き、すぐに構える。
動きに迷いがない。
半年の間に、ずいぶん戦い慣れたらしい。
だが剣先をこちらへ向けたところで、ハナの表情が固まった。
「……え?」
大きく目を見開く。
「お……お兄ちゃん?」
「ああ」
「お兄ちゃん!!」
剣をしまうより早く、ハナがこちらへ飛び込んできた。
「うおっ!」
勢いを受け止めながら、俺もその身体を抱き返す。
「会いたかったよ……! 無事だったんだね!」
「ああ。半年以上ぶりだな。まさか再会が上から降ってくる形になるとは思わなかったけど」
「ハナもこんな場所に落ちるなんて思わなかったよ!」
「だろうな」
思わず笑ってしまう。
久しぶりに間近で見るハナは、以前より少し大人びていた。
顔つきには幼さが残っているものの、目には以前にはなかった凛々しさがある。一見すると華奢な体格だが、腕や脚には戦い続けてきた者らしい筋肉もしっかりとついていた。
そして今の俺には、もう一つ見えるものがある。
「やっぱり……」
ハナの身体から、赤い蒸気のような力が立ち昇っていた。
闘気だ。
以前はハナにしか見えていなかったものが、今では俺にもはっきりと見える。
するとハナも俺をじっと見つめ始めた。
「お兄ちゃん……赤い蒸気、前よりずっと濃くなってる。それに大きい」
「ああ。これ、《闘気》っていうらしいぞ」
「とうき?」
「最下層に人が住んでる場所があってな。そこで教えてもらった。俺も修行して、ようやく見えるようになったんだ」
「そうなんだ!」
ハナの顔がぱっと明るくなる。
「さすがお兄ちゃん! またどんどん強くなっちゃうね……!」
「ハナも相当強くなってるだろ。落ちてきた時から普通じゃないぞ」
「えへへ」
照れたように笑ったあと、ハナは天井の暗闇を見上げた。
「ハナもいつか、その人たちが住んでる場所に行ってみたいな。でも今日は、それどころじゃないの」
「やっぱり上で何かあったのか?」
「うん」
ハナの表情が真剣なものへ変わる。
それから俺は、この半年間に第三層で起きていたことを聞いた。
月に一度、巨大な穴から大量の魔物が現れていること。
出現する場所は四か所に固定されており、周辺の村が協力して防衛に当たっていること。
鍛冶に長けた村が武具を作り、食料に余裕のある村が他の村へ分け与え、各地の強者が一つの部隊として戦うようになったこと。
そして、その一連の動きをまとめているのがハナだった。
「気がついたら、みんなハナの言うことを聞いてくれるようになってて……最近は《下層の王》なんて呼ぶ人までいるんだよ。恥ずかしいからやめてほしいんだけど」
そう言ってハナは頬を掻いた。
「すごいじゃないか!」
「え?」
「村同士をまとめて、魔物から第三層を守ってるんだろ? それって今、ハナのおかげでみんなが助かってるってことじゃないか」
「そ、そんな大げさな……」
口では否定しているが、少し嬉しそうだ。
「最初は大変だったんだけどね。お父さんとか村のみんなも、ハナが急に強くなったからちょっと怖がってたの」
「ああ……何も知らなければそうなるか」
「でも《エンハンス》のことをちゃんと説明したら納得してくれたよ」
「父さんは何て?」
「『俺ももっと最下層に残っていればエンハンスを覚えられたのか!』って、すごく悔しそうだった」
「父さんらしいな」
二人で笑う。
父さんも元気らしい。
それだけでも安心した。
「そういうことなら、俺からも伝えておかないとな」
「何を?」
「さっきまで動いてた、この施設のことだ」
俺はここまで調べて分かったことを、簡単にハナへ説明した。
デッドマンティスマシンがこの施設で作られていたこと。
それが第三層へ転送されていたこと。
そして施設を流れる魔力へ干渉し、現在は全機能が停止していること。
話を聞き終えると、ハナは目を輝かせた。
「じゃあ、来月から魔物は出てこないんだね!」
「たぶんな」
「やった!」
「ただ、まだ安心はできない。施設そのものが復旧する可能性もあるし、管理者っていう奴が来るかもしれない」
「管理者?」
「俺もまだ会ってない。だから、それを調べてたところなんだ」
そんな話をしていた時だった。
「ん……?」
腕に浮かぶ魔法輪が、僅かに明滅している。
こんな反応は初めてだった。
「どうしたの?」
「いや、魔法輪が……」
とりあえず触れてみる。
「《サーチ》」
周囲の情報が頭の中へ広がる。
施設内部にいる俺とハナ。
さらに範囲を外へ広げると、入口付近に二つの反応があった。
「フーチェとリリアナ?」
どうやら俺を追ってきたらしい。
だが。
「……なんだ、これ」
さらに二つ。
高速で施設の外へ向かって移動している反応がある。
表示されている名前は。
《Purge Spider》。
「パージ……スパイダー?」
間違いない。
あの蜘蛛型兵器だ。
しかも二体。
その進行方向には、フーチェとリリアナがいる。
「まずい!」
その時、《サーチ》上でリリアナの反応が点滅していることに気づいた。
「何だ?」
試しに、その反応へ意識を向けて触れてみる。
『あ! 繋がったわ!』
「うおっ!?」
突然、頭の中にリリアナの声が響いた。
「リリアナ? 会話できるのか!?」
『ええ。《サーチ》の機能よ! 三輪以上の魔法輪を持っている者同士なら、お互いが《サーチ》上に映っている時に会話できるみたい。前にフーチェと開眼の祭壇へ行った時に分かったの』
「便利だな……って、そんな話してる場合じゃない!」
『何よ?』
「蜘蛛型の機械が二体、そっちに向かってる!」
『なんですって!?』
「今すぐ行く!」
俺は《サーチ》を解除すると、ハナを見る。
「行くぞ!」
「うん!」
二人で同時に走り出した。
・・・
・・
・
施設の入口が近づくにつれ、金属の脚が床を叩く音が聞こえてきた。
速い。
蜘蛛型兵器は巨体に似合わない速度で移動している。
俺とハナが外へ飛び出した時には、すでに一体がフーチェとリリアナの前で停止していた。
「ロフルさん!」
「来たのね!」
リリアナたちの無事を確認したところで、もう一体の蜘蛛型兵器が横を駆け抜ける。
「待て!」
だが止まらない。
こちらには目もくれず、そのまま森の奥へ向かっていく。
「くそっ!」
どこへ向かっているのか分からない。
あれを放置するわけにはいかない。
「お兄ちゃん!」
ハナの声に振り返る。
「あいつを追って! こっちはハナたちで何とかするから!」
「何とかって……!」
相手は岩剛斎たちですら警戒していた巨大兵器だ。
半年ぶりに会ったばかりで、聞きたいことも山ほどある。
だがハナの目に迷いはなかった。
第三層で半年間、何度も戦場へ立ってきた者の目だった。
「……分かった!」
俺は走り去る蜘蛛型兵器へ向き直る。
「倒したらすぐ戻る!」
「うん!」
ハナへ任せ、俺はもう一体を追って森へ飛び込んだ。
・・・
・・
・
残った蜘蛛型兵器が六本の脚を高速で動かし、フーチェたちへ距離を詰める。
頭部に備えられた二本の砲台が淡く光り始めた。
それを見た瞬間。
「《バインド》!」
ハナが魔法を放つ。
円盤状の魔法が蜘蛛型兵器の頭部へ命中し、そこから伸びた鎖が砲台へ絡みついた。
直後。
無数の弾丸が放たれる。
だが《バインド》によって頭部を強引に引かれたことで狙いが大きく狂い、弾丸はフーチェたちから外れて地面や木々を激しく抉った。
「ハナさん!」
フーチェはすぐに状況を理解した。
ハナは魔法の同時発動はできない。
今は《バインド》を発動した直後であり、《エンハンス》を使える手がない。
フーチェは咄嗟にハナの前へ出ようとした。
しかし。
「私は大丈夫だ!」
「ですが……!」
「あの程度の速度なら避けられる!」
ハナは蜘蛛型兵器から目を離さない。
「それより、あいつの攻撃は全部避けた方がいい。何だか分からないけど……すごく嫌な感じがする」
フーチェは一瞬だけ迷ったあと、頷いた。
「……分かりました!」
ハナは二本の長剣を抜く。
次の瞬間、蜘蛛型兵器の砲台が再び光った。
「リリアナさん! この事を岩剛斎さんに伝えてください! 急いで!」
「わ、分かったわ!」
リリアナはそういって走り始める。
「来る!」
砲撃。
フーチェは大きく横へ跳ぶ。
ハナも放たれた弾丸の軌道を見切り、身体を捻りながら回避した。
そのまま後ろへ逃げるのではなく、前へ出る。
一発。
二発。
三発。
弾丸の間を縫うように走り、蜘蛛型兵器へ距離を詰めていく。
やがて《バインド》を使った手の冷却が終わった。
「《エンハンス》!」
全身を魔力が覆う。
ハナの速度が一気に跳ね上がった。
蜘蛛型兵器の脚元まで一瞬で潜り込む。
「機械の魔物なら……!」
ハナは何度も戦ってきた。
第三層へ送られてくるデッドマンティスマシンを。
金属の身体を持つ敵には、共通して狙いやすい場所がある。
可動部分。
関節だ。
「お前も、そこが弱いんだろ!」
蜘蛛型兵器の脚の付け根へ剣を突き刺す。
――ギャリンッ!
「なっ!?」
甲高い金属音と共に。
長剣が折れた。
切っ先が宙を舞い、地面へ突き刺さる。
「硬い……!」
デッドマンティスマシンとは強度が違う。
この剣では。
壊せない。
ハナは一瞬でそう判断すると、折れた剣を手放した。
代わりに背中へ手を伸ばす。
そこに携えていた二本の小刀のうち、一振りを引き抜いた。
鈍い黒色の刀身。
「なら――」
ハナは小刀を構える。
「この《黒吸鉄刀》なら、いけるはずだ」