四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
《黒吸鉄刀》。
第三層に存在する《黒吸鉄》という鉱石を、熟練の鍛冶師が小刀へ加工した武器である。
古くから黒吸鉄には奇妙な逸話があった。
強者が持てば恐ろしく鋭い刃となる一方で、力のない者が使えば枝一本まともに切ることができない。
理由は分からない。
それでも実際に使えば、持つ者によって性能が大きく変化することだけは昔から知られていた。
そして現在、第三層で《下層の王》と呼ばれるほどの強さを得たハナへ、熟練の鍛冶師が三本の黒吸鉄刀を打った。
そのうち二本を、ハナは今ここへ持ってきている。
後に判明することになるが、黒吸鉄には使用者の闘気を吸収し、自らの性質を強化する作用があった。
板状に加工すれば硬度が増し、鋭利な形へ加工すれば切断力を高める。
そして刀として打たれた黒吸鉄が強化するものは、当然――刃の鋭さだった。
「これなら……!」
ハナが黒吸鉄刀を握った瞬間、刀身が僅かに赤い闘気を帯びる。
本人はその理由まで知らない。
だが、これまで何度も使ってきた経験から、この刀なら普通の剣では通らない相手にも刃が届くことを知っていた。
蜘蛛型兵器――《Purge Spider》が、再び六本の脚を動かそうとする。
その前に、ハナが踏み込んだ。
「はっ!」
ザンッ!
一閃。
前脚の関節が、抵抗をほとんど感じさせることなく切断される。
返す刀でもう一本。
二本の前脚を失った巨大な機体が大きく傾き、地面へ身体を打ちつけた。
「フーチェさん!」
「はい!」
その隙を逃さず、フーチェが右手を向ける。
「《バースト》!」
至近距離で魔力が炸裂した。
爆発は蜘蛛型兵器の頭部を直撃し、二本の砲台が赤く焼けながら大きく変形する。
「やった……!」
フーチェが声を上げる。
しかしハナはすぐには喜ばなかった。
手元の黒吸鉄刀へ視線を落とす。
「……ちっ」
刀身がぼろぼろになっている。
蜘蛛型兵器の装甲を二度切断しただけで、刃こぼれが広がっていた。
「これはもう駄目だな」
迷うことなく使い終えた刀をしまい、背中から二本目の黒吸鉄刀を抜く。
その動作は驚くほど滑らかだった。
どの武器がどこにあり、どの瞬間に交換すればいいのか、身体が覚えているように見える。
その姿を横で見ていたフーチェは、思わず見入ってしまった。
(ハナさん……すごく頼りになります。それに話し方も、なんだか凛々しくなっています……!)
「フーチェさん、聞いているか?」
「えっ!? は、はい!」
慌てて返事をする。
「私がもう一度この刀で脚を断つ。あいつらは壊したと思ってもすぐ動くからな。もう一度、頭部へ《バースト》を頼む!」
「分かりました!」
ハナは小さく頷き、再び蜘蛛型兵器へ視線を向けた。
「さて、仕切り直しだ」
二人が同時に距離を詰めようとした。
その時。
焼け焦げていたはずの砲台が、再び淡く光り始めた。
「まずい、まだ撃てるのか! 回避に専念!」
ハナが叫んだ直後、蜘蛛型兵器の頭部から大量の魔力弾が放たれた。
砲身は変形している。
先ほどより照準も甘い。
それでも、一発一発の速度と威力は変わっていなかった。
ハナとフーチェは射線を読み、左右へ大きく動きながら回避していく。
木々が次々と弾け飛び、地面には深い穴が穿たれる。
ハナは視線を砲台から離さず、次に撃ち出される方向を読み続けていた。
フーチェも《エンハンス》で身体能力を高め、飛来する魔力弾をぎりぎりで避けていく。
だが。
――ガンッ!
「え?」
蜘蛛型兵器から放たれた一発が、途中にあった金属片へ当たった。
弾かれた魔力弾が、不規則に軌道を変える。
ハナが気づいた時には、すでに遅かった。
「フーチェさん!」
「――あぁッ!!」
魔力弾が背中へ直撃した。
衝撃でフーチェの身体が前へ吹き飛ばされ、そのまま地面へ倒れる。
「フーチェさん!!」
ハナが駆け寄る。
背中の衣服は焼け、皮膚も大きく抉れていた。
幸い、《エンハンス》は解除されていない。
強化された身体のおかげで致命傷にはなっていないようだが、傷は深く、フーチェは意識を失っていた。
「まずい……」
このまま長時間放置できる傷ではない。
しかもハナには、残された攻撃手段がほとんどなかった。
二本目の黒吸鉄刀。
それを失えば、蜘蛛型兵器の装甲を破る方法がない。
それでも、諦めるという選択肢だけは最初からなかった。
「こっちだ!」
ハナは残っている二本の長剣を抜き、蜘蛛型兵器へ向かって真っすぐ走った。
自分へ注意を引きつける。
そのつもりだった。
だが。
「……っ!」
蜘蛛型兵器の頭部が向いた先は。
ハナではない。
地面に倒れているフーチェだった。
「私じゃなく、フーチェさんを狙うのか!」
砲台が光る。
次の瞬間。
――ドドドドドッ!
大量の魔力弾が放たれた。
「させるか!」
ハナは進路を変え、フーチェの前へ滑り込む。
二本の剣を振るい、正面から飛んでくる弾丸の軌道を逸らしていく。
一発目。
二発目。
三発目。
何発かは左右へ弾くことができた。
しかし全てを防げるはずがない。
「ぐっ!」
肩を掠める。
続いて腹部。
脚。
《エンハンス》で強化しているとはいえ、連続する衝撃で身体が次々と焼かれていく。
「かはっ……!」
最後の一発を剣で受けた瞬間。
衝撃がそのまま身体へ伝わり、ハナは地面を転がる。
「……くっ」
立ち上がろうとする。
だが、脚に力が入らない。
身体のあちこちが焼け、腕も思うように動かなかった。
それでもハナは蜘蛛型兵器から目を逸らさなかった。
「まだ……終わらない……!」
苦しげに息を吐きながら、睨みつける。
蜘蛛型兵器はそんなハナの意思など一切関係ないと言わんばかりに、ゆっくりと頭部を向けた。
砲台が再び光り始める。
(もう……動けない……!)
ハナがそう思った。
その瞬間だった。
「――《連環爆衝》!」
聞き覚えのある声が、上空から響いた。
「え……?」
直後。
蜘蛛型兵器の頭上で爆発が起きる。
一度ではない。
最初の爆発を追うように次の爆発が生まれ、さらにその衝撃が次へと連なっていく。
ドドドドドドドッ!!
光り輝く爆発の連鎖が、蜘蛛型兵器へ降り注いだ。
地面が抉れ、爆風が周囲の木々を大きく揺らす。
ハナは咄嗟に顔を伏せた。
やがて爆発が収まり、砂煙が風に流されていく。
そこに残っていたのは、巨大な脚部だけだった。
蜘蛛型兵器の胴体も。
頭部も。
二本の砲台も。
全てが爆発に飲み込まれ、跡形もなく消し飛んでいる。
そして、その少し先。
抉れた地面の中央に立つ男を見て、ハナの表情が一気に明るくなった。
「お兄ちゃん……!!」
「ハナ!」
ロフルがこちらへ駆け寄ってくる。
「くそっ……! 大丈夫か!?」
「ハナは大丈夫。それよりフーチェさんが!」
「分かってる!」
俺はすぐにフーチェの横へ膝をついた。
背中の傷はかなり深い。
すぐに《キーキューブ》を起動し、中から用意していた薬を取り出す。
「これなら……!」
スライムボールと数種類の薬草を混ぜて作った、自作の治療薬だ。
スライムボールには傷口の汚れや異物を吸着する性質があり、そこへ治癒効果のある薬草を混ぜている。
「俺特製だ。ちょっと冷たいぞ」
意識を失っているフーチェの背中へ、薬をたっぷりと塗っていく。
ゼリー状の薬が傷口へ広がると、黒く焦げた部分や細かな汚れを少しずつ取り込み始めた。
「よし……出血も落ち着いてきた」
「……ロフル……さん?」
フーチェが僅かに目を開ける。
「ああ。もう大丈夫だ」
「ありがとうございます……」
弱々しくそう言ったあと、フーチェは安心したように目を閉じた。
呼吸は安定している。
今度は気を失ったのではなく、そのまま眠りに入ったようだった。
「さて」
俺は振り返る。
「次はハナだな」
「え? ハナは大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「どこがだよ」
顔にも傷がある。
肩や腕は焼け、服もかなりぼろぼろになっていた。
「このくらいならすぐ治るよ」
「駄目だ」
「でも――」
「顔に傷でも残ったらどうするんだよ。こんなに可愛いのに」
「……え?」
ハナの動きが止まった。
少しして。
頬がほんのり赤くなる。
「そ、そういうこと急に言わないでよ……」
「何でだよ。妹が可愛いのは本当だろ」
「もう……」
俺は気にせず薬を取り出し、顔の小さな傷から順番に塗っていく。
腕。
肩。
魔力弾を受けた場所にも丁寧に薬を広げた。
「これでよし」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
ハナは傷の具合を確認したあと、ふと施設の方へ視線を向けた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「施設の中、大丈夫かな」
「あ……」
そうだった。
蜘蛛型兵器を追って外まで出てきたが、施設は緊急停止したままだ。
管理者が転送されてくる可能性も残っている。
それに、蜘蛛型兵器二体が突然動き出した理由も分かっていない。
「確認した方がいいな」
「ハナたちはここで待ってるよ。中を見てきて」
「大丈夫か?」
「うん。フーチェさんもいるし、リリアナさんも戻ってきてくれるだろうから」
少し離れた場所では、リリアナがフーチェの様子を確認している。
ハナ自身も傷は深いが、薬が効けばしばらく休んでいる方がいいだろう。
「分かった。何かあったら《サーチ》で連絡してくれ」
「うん!」
俺は立ち上がる。
破壊された蜘蛛型兵器を一度だけ振り返ったあと、再び施設へ向かった。
管理者が来たのか。
それとも、停止したはずの施設が別の動きを始めたのか。
確認するため。
俺はもう一度、座標〇・〇の施設内部へと入っていった。