四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
俺はまず、モニターが並ぶ部屋へ向かった。
施設が停止してから内部の構造が変化している以上、何か新しい情報が表示されている可能性がある。それに、管理者が本当に転送されてきたのであれば、あの部屋へ向かっているかもしれない。
だが、通路を進んで間もなく違和感に気づいた。
「なんだ、あれ……」
前方に、今まで見たことのない形状の機械が浮かんでいる。
大きさは幅も高さも三十センチほど。
正八面体の本体が地面から少しだけ浮遊しており、その左右には十徳ナイフを思わせる細かな器具の付いたアームが一本ずつ伸びていた。
デッドマンティスマシンとも、部品倉庫で見たドローンとも明らかに違う。
「新しい機械か……?」
俺はすぐに攻撃せず、慎重に距離を詰める。
すると、こちらが声を掛けるより先に、その機械が俺の方を向いた。
『人型生物、確認。スキャンを開始します』
「スキャン?」
本体の一部が開き、そこから小型のドローンが二機飛び出した。
「お、おい!」
二機は俺の周囲を回りながら、赤や青の細い光を全身へ当てていく。
攻撃されている感じはしない。
それでも警戒は解かず、《エンハンス》と《闘気装》を維持したまま様子を見ることにした。
「何を調べてるんだ……?」
やがてドローンが本体へ戻る。
少しの間を置いて、機械が淡々と結果を告げた。
『確認完了。現地人である可能性――〇パーセント』
「……は?」
『ID未所持。該当条件より、管理者、もしくは生存者と判定します』
聞き慣れない単語が次々と出てくる。
『規約により、居住区へ転送します』
「ちょっと待て」
『転送装置……電源が入っていないため使用不可。転送処理を中断します』
何を言っているのか、ほとんど分からない。
現地人ではない。
管理者。
生存者。
居住区。
どれも聞き流せる言葉ではなかった。
「お前、一体――」
『作業に戻ります』
「え?」
機械は俺への興味を失ったように向きを変え、モニター室へ入っていった。
そのまま中央にある黒い箱へ近づくと、左右のアームを展開し、表面を細かく調べ始める。
「待て待て」
俺も後を追った。
「なあ。話せるんだろ?」
反応はない。
「君は誰なんだ?」
すると、作業を続けたまま返答が返ってきた。
『ワタシの名称は、管理用ロボットD-85デス』
「D-85……」
やはりロボットらしい。
「俺はロフルだ」
その言葉に反応し、D-85が一度だけこちらを向いた。
『ロフル。登録完了。生存者として仮登録しました』
「勝手に登録されたな……」
『ロフル。少しばかり手伝ってもらえないでしょうか』
「手伝う?」
『ハイ』
D-85は黒い箱をアームで軽く叩く。
『この魔力変換機を修理シマス』
「やっぱり、これが魔力変換機だったのか」
リリアナの予想は当たっていたらしい。
「これを修理したら、どうなる?」
『施設の再起動が可能となりマス』
「……なるほど」
俺は表情には出さず、頭の中で考える。
正直に言えば、修理を手伝う理由などない。
施設が止まっている方が、第三層にとっては都合がいい。
だが、ここでD-85に逆らえばどうなるか分からない。
それよりも。
こいつはこちらを敵だと思っていない。
生存者とやらに勘違いしている。
なら、手伝うふりをしていれば、施設やこの世界について色々と聞き出せるかもしれない。
「分かった。何をすればいい?」
『協力に感謝シマス。まず、作業用の仮権限を付与します』
「権限?」
D-85が再び小型ドローンを射出した。
今度は短時間だけ俺をスキャンすると、本体下部から薄いカードのようなものが排出される。
『IDカードを発行しました。こちらを首から提げることで、施設内の仮権限が付与されマス』
受け取って確認する。
細い紐の付いたカードで、表面には見慣れない文字とともに、
『LEVEL 0 TEMPORARY AUTHORITY』
と表示されていた。
「レベル〇、仮権限……」
少なくとも、一番下の権限なのだろう。
俺は言われた通り首から下げる。
「ところで、再起動すれば施設はまた普通に動き出すんだよな?」
『ハイ。ただし、即時の再起動は不可能デス』
「そうなのか?」
『スキャン結果を表示します』
黒い箱の側面に小さな光が浮かび、文字が表示される。
『内部魔力経路、複数箇所で異常停止および損傷を確認。通常修復には約一年を要します』
「一年!?」
思わず声が出た。
『さらに修理完了後、再起動処理開始から全機能復旧まで約半年を必要とします。損傷状況の変化を考慮した場合、完全復旧予測は一年半から二年デス』
「そんなにかかるのか……」
驚いたふりをしながら、内心では少し安心していた。
一年半から二年。
それだけの間、施設が止まり続けるのなら十分すぎる。
少なくとも来月からすぐに魔物が再び送り込まれる心配はない。
その間に、この施設そのものについて調べる時間もできる。
「っていうか」
俺は別の問題に気づいた。
「その間、俺ずっと手伝うのか?」
『ソウデス』
「即答かよ」
『頼りにしていマス、ロフル。居住区へ帰還した際には、規定に従い報酬をお支払いします』
「居住区……?」
反射的に聞き返した。
『……』
D-85の動きが止まる。
「ん?」
『居住区を知らないのデスカ?』
その瞬間。
D-85の正面にある光が、青から赤へ変わった。
「……!」
理由は分からない。
だが。
これはまずい。
直感的にそう感じた。
「ああ、居住区か!」
『……』
「聞き間違えたんだよ。違う言葉に聞こえただけだ」
数秒間。
D-85の赤い光が俺へ向けられる。
やがて。
『ワカリマシタ』
光が元の色へ戻った。
「……ふぅ」
危なかった。
どういう仕組みなのかは分からないが、こいつが俺を《生存者》だと認識している以上、その生存者なら当然知っているはずのことを質問すると怪しまれるらしい。
何でも聞けばいいというわけではない。
知りたいことは山ほどあるが、質問の仕方を考える必要がありそうだ。
『ロフル』
「ん?」
『まずは部品保管庫から、こちらのリストに記載された交換部品を持ってきてクダサイ』
D-85の側面から、薄い板のようなものが一枚出てきた。
「紙……じゃないな」
受け取ってみる。
半透明で、薄い液晶画面のような素材だった。
表面には部品名らしき文字と、数値、簡単な図がいくつも表示されている。
俺が触ると文字が少し動き、必要な部品が順番に並び替えられた。
「こんなのまであるのか……」
『部品位置はIDカードへ登録済みデス。保管庫内で該当場所へ近づけば案内表示が出ます』
「分かった。取ってくればいいんだな」
『ハイ。お願いシマス』
俺はリストを持ち上げ、確認する。
「じゃあ、行ってくるよ」
『行ってらっしゃいませ、ロフル』
D-85はそう答えると、再び黒い魔力変換機の調査へ戻った。
俺はモニター室を出る。
そして、ある程度距離を取ったところで足を止めた。
「……管理用ロボットD-85か」
ようやく。
この施設について詳しく知っていそうな存在と接触できた。
だが、こちらが何者なのか気づかれればどうなるか分からない。
生存者。
居住区。
管理者。
そして、現地人である可能性〇パーセントという判定。
何気なく聞いた言葉だけでも、気になるものが多すぎる。
「下手なこと聞かないようにしないとな……」
まずは言われた通り、部品を取りに行く。
その間に。
D-85から何を、どう聞き出すか。
じっくり考えることにした。