四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
「持ってきたぞ」
部品保管庫から戻った俺は、D-85に頼まれていたパーツを一つずつ床へ並べた。
半透明のリストに表示されていた番号と照らし合わせながら集めてきたので、間違いはないはずだ。
D-85は左右のアームを伸ばし、持ち帰った部品を順番にスキャンしていく。
『確認完了。全て指定部品と一致してイマス』
「それならよかった」
『非常に迅速な対応デス。過去の作業記録における平均値を大きく上回ってイマス』
「そうか。ありがとう」
褒められているのだろう。
ロボット相手だと、いまいち反応に困る。
そんなことを考えていた時、D-85が突然動きを止めた。
正面の光が扉の方へ向く。
『侵入者検知。一名』
「え?」
『スキャン開始……完了。現地人と判定しました』
次の瞬間、壁のモニターが一枚だけ点灯した。
映っているのは施設内の通路だった。
そして、そこをこちらへ向かって走っている少女の姿を見て、俺は目を見開く。
「ハナじゃないか!」
どうやら傷がある程度落ち着き、俺を追って施設へ入ってきたらしい。
だが、その直後。
『規約に基づき、リターン強制発動を実行します』
「え?」
モニターの中でハナの両腕にある二つの魔法輪が突然光った。
本人も何が起きたのか分かっていないらしく、驚いた表情で腕を見る。
次の瞬間には、その身体が光に包まれた。
「ハナ!」
俺が叫ぶ間もなく、ハナの姿は通路から完全に消えていた。
「……」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
俺はゆっくりとD-85を見る。
「D-85。今のは一体……?」
『現地人が施設内へ侵入していたため、強制的に《リターン》を発動し、施設外へ排除しました』
「そんなこともできるのか……」
『見たことがないのは当然デス』
D-85は何でもないことのように答える。
『通常であれば、現地人の侵入を検知した時点で排除機械が対応し、処分しマス。現在は施設停止中のため、代替手段として《リターン》による排除を実行しました』
「……そうだったな」
少し前までなら、ハナは蜘蛛型兵器か何かに襲われていたということだ。
むしろ施設が止まっていたから助かったと考えた方がいいのかもしれない。
それにしても、《リターン》を本人の意思とは関係なく発動させられるとは思わなかった。
やはり、この施設と魔法輪の間にはかなり深い繋がりがある。
『ロフル』
「ん?」
『本日の作業はここまででヨイです』
「え、もういいのか?」
『ハイ。作業初日デス。ですが明日以降は修復工程に応じたタスクを割り当てますので、よろしくお願いシマス』
「分かった」
思っていたより勤務時間はまともらしい。
もっと朝から晩まで部品を運ばされるのかと思っていた。
俺が帰ろうとすると、今度はD-85の方から声を掛けてきた。
『ところで、ロフル』
「何だ?」
『あなたは現在、どこで生活をしているのデスカ?』
「俺?」
一瞬だけ考える。
生存者として扱われている以上、余計なことを言わない方がいいだろう。
「ああ、その辺だよ」
『その辺……』
「そういえば、俺も《リターン》を使えるんだけどさ」
ちょうどいい。
ハナの件で、一つ気になったことがある。
「これを使えば居住区に帰れるのか?」
できるだけ何も知らないと思われないよう、とぼけた調子で聞いてみる。
『確認シマス』
D-85から小型ドローンが飛び出し、俺の両腕にある魔法輪を調べ始めた。
しばらくして、結果が表示される。
『現在、《リターン》の帰還座標は第三層――サンヘイズ村付近に登録されてイマス』
「サンヘイズ村……」
『したがって、現在の状態で《リターン》を使用しても居住区へ帰還することはできマセン』
「そうなのか……」
やはり。
俺の《リターン》は、村に戻るよう設定されたままだ。
『おそらく、こちらへ飛ばされた際に帰還座標が書き換えられたものと推測されマス』
「……なるほど」
また一つ。
聞き流せない情報が増えた。
D-85の言い方では、《リターン》の帰還先は本来なら居住区に設定されているように聞こえる。本来というか、生存者の場合か。
……さっき居住区について聞いただけでも警戒された。
俺はそれ以上質問せず、軽く頷いた。
『では、本日の作業は終了デス。お疲れ様でした』
「ああ。また明日」
『ハイ。明日もよろしくお願いシマス、ロフル』
俺はD-85に背を向け、モニタールームを出た。
・・・
・・
・
「ってことは……ハナは村に戻ったのか」
施設の外へ向かいながら、先ほどの出来事を整理する。
《リターン》が強制発動された。
ハナの帰還先も俺と同じように、最下層へ送られる直前にいた場所のはずだ。
なら今頃は第三層へ戻っているだろう。
「一度、道場にも戻っておくか」
明日からD-85の手伝いをすることになった。
岩剛斎たちにも、今の状況を伝えておいた方がいい。
・・・
・・
・
「――というわけだ」
道場へ戻った俺は、岩剛斎とリリアナに施設内で起きたことを説明した。
管理用ロボットD-85。
俺を現地人ではなく《生存者》と判断したこと。
魔力変換機の修復には約一年、その後の再起動を含めれば完全復旧まで一年半から二年ほどかかること。
そして施設へ入ったハナが、D-85によって《リターン》を強制発動させられたこと。
「なるほどのう……」
岩剛斎は腕を組みながら、大きく頷いた。
「とにかく、まずは一年半ほどの猶予ができたというわけか」
「ああ。D-85の話が正しければ、その間はあの施設から魔物が送られることもないはずだ」
「それだけでも十分大きいわね」
リリアナも少し安心したように息を吐く。
「で、ロフルは本当に修理を手伝うつもりなの?」
「手伝うふりはする」
「ふり?」
「あいつ、俺を生存者っていう奴だと思い込んでるんだ。その状態なら施設の中を自由に動けるし、上手くやれば色々な情報も聞き出せる」
実際。
今日だけでもかなりのことが分かった。
現地人。
生存者。
居住区。
《リターン》の帰還座標。
どれも、この世界の正体に繋がっていそうな情報だ。
「一年半もある。その間に、俺もできることを考えてみるよ」
「そうね。私も施設の外から調べられることがないか動いてみるわ」
「助かる」
半年間。
俺はこの道場で本当に多くのものを得た。
闘気を知り。
《闘気装》を身につけ。
《闘爆衝》を覚え。
そこから《連環爆衝》まで作り上げた。
「岩剛斎。リリアナ。本当にありがとう。みんなにも世話になった」
「なんじゃ、急に別れの挨拶のようじゃな」
「一度、第三層へ戻ろうと思ってる」
リリアナが少し驚いた顔をした。
「ロフル、帰るの?」
「ああ。ハナも戻ったみたいだし、第三層の状況を自分の目で確認しておきたい。父さんたちがどうしてるかも気になるからな」
「そうね……まだ送り込まれた魔物の残党が残っている可能性もあるし、一度戻った方がいいと思うわ」
「ああ」
それに。
俺自身、帰りたかった。
《リターン》を習得した時には、帰ることを選ばなかった。
ハナやサンクが最下層へ落とされる未来が分かっていたからだ。
だが今は違う。
二人の試練は終わった。
第三層にはハナがいる。
そして最下層へ戻る手段についてもある。
「そうだ。フーチェには、起きたら俺が第三層へ戻ったって伝えてもらえるか?」
「ええ。任せて」
「ありがとう」
俺は一度、道場の中を見回した。
半年間過ごした場所。
毎日修行した庭。
闘気を初めて見た場所。
短いようで。
かなり濃い半年だった。
「また来るよ」
「いつでも来い。次に会う時まで腕を鈍らせるでないぞ」
「ああ」
俺は笑いながら右手を上げた。
そして。
両腕にある魔法輪へ触れる。
「《リターン》」
魔法が発動する。
身体を光が包み、周囲の景色が薄れていく。
最下層へ来てから。
何年もの間、使わずに残し続けてきた魔法。
その力を。
俺は初めて、自分の意思で発動した。
次の瞬間。
俺の身体は道場から消えた。