四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
《リターン》を発動した直後、視界が白い光に包まれた。
身体が僅かに浮くような感覚があり、次に足の裏へ地面の感触が戻ってくる。
「……帰ってきた」
目の前に広がっていたのは、何年も前に見た懐かしい村の景色だった。
最下層へ転送される直前に立っていた場所。
当然といえば当然だが、《リターン》はきちんと俺を故郷まで運んでくれたらしい。
昔と比べれば建物が増え、見覚えのない家もいくつかある。それでも、村の中央にある水の枯れた噴水や、土が剥き出しになった道は記憶の中とほとんど変わっていなかった。
「懐かしいな……」
そんなことを考えていると、近くから何かが落ちる音がした。
「……ロ、ロフル?」
振り向けば、そこには村長がいた。
俺の顔を見たまま目を見開き、手にしていた杖を落としている。
「村長、久しぶり」
「お、おぬし……本当にロフルなのか?」
「ああ」
「ロフルじゃと……!?」
村長は数歩後ずさり、そのまま腰を抜かして地面へ座り込んでしまった。
「大丈夫か?」
「これが驚かずにいられるか! おぬし、何年最下層におったと思って――」
「あっ!」
村長の声を遮るように、少し離れたところから子供の大声が響いた。
「ロフルだ!」
その声に、近くで遊んでいた子供たちが一斉にこちらを見る。
「本当だ!」
「ロフルが帰ってきた!」
「最下層の英雄ロフルが帰ってきたぞー!」
「いや、その呼び方はやめてくれ!」
俺の声など聞いていない。
子供たちは次々と駆け寄ってきて、あっという間に周囲を囲まれてしまった。
「本当に最下層でずっと戦ってたの?」
「魔物を百匹倒せるって本当!?」
「ハナ様より強い!?」
「最後のは難しい質問だな……」
「そこはすぐ答えてよ、お兄ちゃん」
「え?」
聞き覚えのある声に振り返る。
少し離れたところに、荷物を背負ったハナが立っていた。
腰には剣を携え、どうやらどこかへ出発する準備をしていたらしい。
「ハナ」
「お兄ちゃん、本当に戻ってきたんだ!」
ハナは嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。
「さっき施設から強制的に戻されちゃったから、もう一度〇・〇へ向かおうと思ってたんだよ」
「だったらちょうどよかったな。俺も戻ってきた」
「うん!」
ハナの顔を見ていると、本当に第三層へ帰ってきたのだと実感する。
その頃には村中へ話が広がったらしく、大人たちまで集まり始めていた。
昔から知っている顔もいる。
俺を見て泣いている者までいた。
「ロフル、本当に生きていたのね……」
「よく帰ってきたな」
「お前のおかげで、うちの子も助かったんだ」
「ありがとう、ロフル」
次々に声を掛けられる。
最下層へ残ると決めた時、こんな形で帰ってくる日が来るとは思っていなかった。
少し気恥ずかしかったが。
「……ただいま」
そう答えると、村中から大きな歓声が上がった。
・・・
・・
・
いつまでも帰還を祝っているわけにもいかない。
俺は村長、ハナ、それから村の司祭を集め、この半年で分かったことを説明した。
〇・〇に出現した巨大施設。
そこではデッドマンティスマシンを始めとする機械の魔物が製造されており、第三層へ送り込まれていたこと。
そして現在、その施設は俺が魔力変換機へ干渉したことで停止している。
「管理用ロボットの話が正しければ、修理には一年。そこから完全に再稼働するまで含めれば、一年半から二年くらいかかるらしい」
話を聞き終えた村長は、しばらく何も言わなかった。
やがて震えるように息を吐く。
「では……少なくとも一年半は、新たな魔物があの穴から現れぬということか?」
「絶対とは言えないけどな。ただ、あの施設から送り込まれることはないと思う」
「そうか……」
村長は目を閉じ、大きく息を吐いた。
半年間ずっと張り詰めていたものが、ようやく少し緩んだのだろう。
「ロフル……おぬしは、本当にすごい男になったのう」
「いや、俺だけじゃないよ。こっちはハナたちが守ってくれてたわけだし」
「無論じゃ」
村長はすぐに立ち上がると、外にいた兵士を一人呼びつけた。
「すぐに各村へ伝令を出すんじゃ! 新たな魔物が現れる危機は、当面去ったとな!」
「承知しました!」
兵士が敬礼し、走り出そうとする。
しかし、その背中へハナが声を掛けた。
「待って」
「はっ!」
ハナは先ほどまで俺と話していた時とは違い、背筋を伸ばして兵士を見る。
「危機が完全に去ったわけではない。期限付きだと必ず伝えて」
「はい!」
「この一年半から二年の間に、謎の空洞周辺を全員で整備する。今ある四つの門も仮設にすぎないから、周辺の村と協力して本格的な防壁を築く。もし再び魔物が現れても、今までより少ない犠牲で迎撃できるように準備を進めるぞ」
「ハナ総司令官、承知いたしました!」
兵士が再び敬礼し、今度こそ走り去っていった。
「……」
俺は隣にいるハナを見る。
「な、何?」
「いや」
思わず笑ってしまった。
「ずいぶん凛々しくなったなと思って」
「……っ!」
さっきまで堂々としていたハナの表情が一瞬で崩れた。
「お兄ちゃん!」
「いや、褒めてるんだぞ?」
「みんなの前ではこうやって話すの! 総司令官なんだから仕方ないでしょ! 変なこと言わないでよ!」
「あはは。分かった、分かった」
「もう……」
頬を赤くしている姿を見ると、やはり俺の知っているハナだ。
だが、その一方で。
俺がいなかった半年間、ハナが多くの人間を背負って戦ってきたこともよく分かった。
ただ守られるだけだった妹ではない。
今では多くの村をまとめ、人々を守る立場になっている。
俺も負けていられないな。
施設は停止した。
一年半から二年。
一見すれば長い。
だが、D-85が修理を続ける以上、何もしなければいずれ再び動き出す。
その間に施設の正体を調べ、居住区について探り、できることなら人口調整そのものを止めなければならない。
ハナたちも、その間に第三層の防衛を固めていく。
「さて……」
俺は久しぶりの故郷を見回した。
時間はある。
だが、決して余っているわけではない。
「できることを、全部やっていかないとな」
一時の平穏を、本当の平穏へ変えるために。
俺たちには、まだやるべきことが残っていた。