四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

58 / 60
宝珠要塞

 第一層――レインフォージ家、会議室。

 夜も深まった頃、セレナスは通行証を使って屋敷の中へ入っていた。

 

 S階級の家へ足を踏み入れるのは初めてだったが、想像していたほど豪華絢爛という印象ではない。

 広さこそフロストハート家とは比べものにならないものの、装飾は意外なほど少なく、どちらかといえば実用性を重視した造りになっていた。

 

 案内された会議室には、すでにゼインが一人で待っている。

 

「来てくれると思ったぜ」

 

 椅子へ深く腰掛けていたゼインが、口元を緩めた。

 

「こんな機会は二度とないでしょうから」

 

「となると、俺たちはもう同志ってことだな」

 

「同志……ですか」

 

「ああ。だから、その堅苦しい話し方もやめろ」

 

「分かりました」

 

「違うだろ?」

 

「……分かった」

 

「それでいい」

 

 ゼインは満足そうに笑った。

 たった一日でS階級の人間へこんな話し方をすることになるとは、昨日までの自分なら想像すらできなかっただろう。

 

 だが今は、階級を気にしている場合ではない。

 セレナスは向かいの席へ座ると、すぐに本題へ入った。

 

「具体的には、どう動くつもりなんだ?」

 

「話が早くて助かる」

 

 ゼインも姿勢を正す。

 

「昨日読んでた本に、昔の階級戦争がどう終わったかは書いてあったか?」

 

「ああ」

 

 セレナスは頷く。

 

「《宝珠要塞》にある宝珠へ魔力を注ぎきる。それで階級が入れ替わる」

 

「その通り」

 

 第一層には、SからBまでの各家がそれぞれ管理する《宝珠要塞》が存在する。

 名前の通り、本来は家ごとの宝珠を守るために築かれた巨大な要塞だ。

 その宝珠には、それぞれの家が持つ階級そのものが紐づいている。

 

「お前のフロストハート家にもあるだろ?」

 

「ああ。中に入ったことはほとんどないけどな」

 

「普通はそうだ。今の時代、宝珠要塞なんて儀式と伝統のために残ってると思ってる奴の方が多い」

 

 だが実際には違う。

 天与の祭壇が停止する七日間。

 

 かつて神徒たちが階級を奪い合っていた時代、宝珠要塞は戦争の中心だった。

 上位家の宝珠へ辿り着き、規定量の魔力を注ぎきる。

 

 それに成功すれば、挑戦した家と防衛側の家の階級が入れ替わる。

 BがAの宝珠を奪えば、BとAが入れ替わる。

 AがSを奪えば、今度はAがSへ上がる。

 

「今でも、その仕組み自体は残ってる」

 

「だから毎年、例の七日間だけは宝珠要塞の警備が強化されるのか」

 

「そういうことだ」

 

 セレナスも幼い頃から知っていた。

 毎年、決まった七日間だけ、フロストハート家の宝珠要塞には普段より多くの兵が配置される。

 今まで深く考えたことはなかったが、その理由がようやく繋がった。

 

「つまり、どうにかして七日間のうちにソヴリンスター家の宝珠まで辿り着いて、魔力を注がないといけないわけか」

 

「ああ。そして、その役目はセレナス。お前がやる」

 

「……僕が?」

 

「そうだ」

 

 ゼインは当然のように答える。

 

「同階級の人間は、その階級の宝珠へ魔力を注げねえんだ」

 

 セレナスは一瞬考え込み、すぐに納得した。

 

「……それもそうか」

 

「階級を入れ替えるための宝珠だからな。同じS同士で注げても意味がない」

 

「だからレインフォージ家の人間では、ソヴリンスター家の宝珠を奪えない」

 

「そういうことだ」

 

 つまり。

 

 ソヴリンスター家のSという地位を奪うには、A以下の神徒が宝珠へ魔力を注ぎきる必要がある。

 ゼインがセレナスへ声を掛けた理由の一つも、そこにあったのだろう。

 

「しかし……」

 

 セレナスは腕を組んだ。

 

「問題がある」

 

「何だ?」

 

「フロストハート家で、こんなことを考えているのは僕だけだ」

 

 ソヴリンスター家へ挑む。

 そんな話を家へ持ち帰ったところで、賛同される可能性は低い。

 むしろ先に拘束される可能性すらある。

 

「今の段階では、この計画自体を家族に開示するのも難しい」

 

「そこは俺も同じだ」

 

 ゼインが苦笑する。

 

「レインフォージ家でこんな馬鹿なこと考えてるの、たぶん俺くらいだ」

 

「S階級なのにか?」

 

「Sだからこそだよ。今の地位を捨てるかもしれない話に、喜んで乗ってくる奴なんかいねえ」

 

「それは……確かにな」

 

 二人だけ。

 

 そう考えると、現実の厳しさが一気に増す。

 宝珠要塞は、文字通り要塞だ。

 しかも相手は第一層最強とされるソヴリンスター家。

 

「二人で攻めるには、さすがに厳しすぎるな……」

 

「いや」

 

 ゼインは首を横に振った。

 

「俺は一緒に攻められない」

 

「なっ?」

 

 セレナスは思わず身を乗り出す。

 

「どういうことだ?」

 

「俺は毎年、ソヴリンスター家の宝珠要塞の警護に回される」

 

「……え?」

 

「レインフォージ家は同じSだからな。表向きは互いの安全を保証する立場でもある。七日間だけは、うちからも何人か警護に出す決まりになってる」

 

 そこまで聞いて。

 セレナスも意味を理解した。

 

「それはつまり……」

 

「ああ」

 

 ゼインが笑う。

 

「内側から門を開けられる」

 

「……!」

 

 大きい。

 

 正面から攻めれば突破できない防壁でも。

 内側から開けてもらえるなら話はまるで違う。

 

「それなら、宝珠の近くまでは一気に行ける可能性がある」

 

「問題はそこから先だ」

 

「あとは人員か……」

 

「そうだ」

 

 いくら門が開いても。

 

 内部の守備兵。

 ソヴリンスター家の人間。

 そして宝珠そのものを守る戦力。

 

 それらを突破する必要がある。

 

「俺には、二つ方法があると思ってる」

 

 ゼインはそう言って、指を一本立てた。

 

「一つ目。闘技場の奴隷を解放して、一緒に戦わせる」

 

「……奴隷を?」

 

「ああ」

 

 第一層にも、表へ出ない者たちはいる。

 

 罪人。

 敗者。

 他階層から連れてこられた者。

 

 そうした者の一部は闘技場へ送られ、見世物として戦わされていた。

 

「恨みを持ってる奴は多い。自由にするって条件なら、戦う奴もいるだろ」

 

「でも、統率できるか?」

 

「そこが難しい。強い奴はいるが、信用できるかは別だ」

 

 ゼインは今度は二本目の指を立てた。

 

「だから、もう一つ」

 

「何だ?」

 

「第三層へ状況を伝える」

 

「……」

 

「そこで協力者を集める」

 

 セレナスの表情が変わった。

 

 第三層。

 

 自分がずっと気に掛けてきた場所。

 そして今まさに、ソヴリンスター家によって切り離されようとしている世界。

 

「第三層と……一緒に戦う?」

 

「ああ」

 

 ゼインは真っすぐセレナスを見る。

 

「向こうだって、自分たちが消されるって知れば黙ってねえだろ」

 

「……」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 セレナスの中で。

 今まで別々に考えていたものが、一気に繋がり始めていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。