四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
「ゼイン。先に一つ話しておきたいことがある」
レインフォージ家の会議室。
宝珠要塞を攻略するための人員について話していたセレナスは、一度話を止めた。
「なんだ?」
「僕は以前から、最下層へ行く方法を探していた」
ゼインの表情が僅かに変わる。
「最下層へ?」
「ああ」
セレナスは、この一年間に自分がしてきたことを話した。
十歳の神徒だけが使用できる転送魔法陣。
その仕組みを調べるため、転送魔法陣を代々管理しているモーンブレイズ家へ近づいたこと。
ワイズから信用を得るために仕事を手伝い、その流れで神徒大図書館の管理まで任されるようになったこと。
「でも結局、転送魔法陣について有益な情報は何一つ得られなかった」
「なるほどな」
「一年以上かけたんだけどな……」
思わず苦笑する。
最初は、十歳という条件を何とか誤認させられないかと考えていた。
年齢を判定する何らかの仕組みがあり、それさえ突破できれば自分も最下層へ転送されるのではないか。
だが、どれだけ調べても答えは見つからなかった。
ゼインは少し考えたあと、椅子へ深く腰掛けた。
「着眼点自体は悪くねえよ」
「慰めか?」
「いや、本当に。でも残念ながら、そこをどれだけ調べても最下層には行けない」
「……どういう意味だ?」
「あの転送魔法陣は十歳にしか反応しねえ。その条件は変えられない」
ゼインは断言した。
「年齢を偽装するとか、魔力を弄って誤認させるとか、そういう方法は存在しない。十歳の対象だけを判別して、最下層へ転送する。それがあの魔法陣の仕組みだ」
「そう……だったのか」
一年以上。
ずっと調べ続けてきた。
その答えが、今になってこんなにもあっさり否定された。
「じゃあ僕は、ずっと無駄なことを……」
「そうでもねえだろ」
ゼインがすぐに言葉を挟む。
「モーンブレイズ家に取り入ったから、大図書館の管理を任された。大図書館にいたから、俺がお前を見つけた」
「……」
「結果的には、ちゃんとここまで繋がってるじゃねえか」
「随分前向きだな」
「遠回りしたくらいで落ち込んでたら、ソヴリンスターの要塞なんて攻められねえぞ」
「それもそうだな」
セレナスは少し笑った。
確かに、無駄だったと決めつけるには早い。
あの一年がなければ、今こうしてS階級の人間と同じ机を囲むこともなかっただろう。
そこで、ふと一つ思い出す。
「そういえば、少し気になっていたことがある」
「何だ?」
「サンルイス家だ」
ゼインが頷く。
「元々、神徒大図書館を管理していたのはサンルイス家だった。それに、確かA階級だったよな?」
「そうだ」
「ユニークリング持ちを二人続けて出したことで没落したとは聞いてるけど、その後はどうなってるんだ?」
「名目上はC階級まで落とされた」
「名目上?」
ゼインは頷いた。
「階級そのものは剥奪されたが、宝珠要塞はまだサンルイス家のものなんだよ」
「……そんなことがあるのか?」
「宝珠の所有権まで簡単に書き換えられるわけじゃねえからな。だから今のAは、一枠空いてるような状態だ」
次の七日間。
天与の祭壇が停止する期間に、その空白も整理されるらしい。
「おそらくB階級の四家から一つがAへ上がる。その結果Bが一枠空くから、今度はCから一つ繰り上がることになるだろうな」
「なるほど」
「案外、フロストハート家がAに選ばれる可能性もあるんじゃねえか?」
ゼインが楽しそうに笑った。
「石板伝書の管理も長いし、家としての功績も十分だろ」
「まあ……僕が何もやらかさなければ、そうなっていたかもしれないな」
「はっは! 違いねえ!」
ゼインが大声で笑う。
「今からソヴリンスター家の宝珠要塞を襲おうって奴がいる家を、素直に昇格させてくれるとは思えねえ」
「負けたら僕だけの問題じゃ済まないだろうな」
「俺だって同じだ」
そこで。
ゼインの笑顔が消えた。
「事を起こして負けたら、俺たちの家はC階級へ落とされる程度じゃ済まねえだろう」
セレナスも表情を引き締める。
これは遊びではない。
成功すれば階級そのものを覆せる。
だが失敗すれば、フロストハート家もレインフォージ家もどうなるか分からない。
「だから絶対に負けられない」
ゼインは静かに言った。
その目に、先ほどまでの軽さはなかった。
セレナスはしばらくその顔を見たあと、以前から抱いていた疑問を口にする。
「ゼイン」
「ん?」
「君は、どうしてそこまでして第三層を守ろうとするんだ?」
ゼインはすぐには答えなかった。
「S階級の立場を失う可能性もある。家そのものが消されるかもしれない。それでもソヴリンスター家に逆らおうとしている理由が、まだ僕には分からない」
「……下層はともかく」
しばらくして。
ゼインが口を開いた。
「最下層を失うわけにはいかねえんだ」
「最下層?」
「ああ」
意味が分からず、セレナスは首を傾げる。
ゼインは椅子から立ち上がると、部屋の壁へ視線を向けた。
「フロストハート家は、代々《極光神輪の神殿》にある石板の記録を残している」
「ああ」
「モーンブレイズ家は転送魔法陣の管理。ソヴリンスター家にも役割がある。神徒の上位家には、それぞれ代々受け継がれてきた使命があるだろ?」
「そうだな」
「レインフォージ家にもある」
ゼインは振り返った。
「俺たちの家が代々任されてきたのは、この世界について調べることだ」
「世界を……?」
「ああ」
初めて聞く話だった。
「この世界がどうなっているのか。各層で何が違うのか。魔力がどう流れているのか。そういうものを昔から調査してきた」
ゼインは机へ戻り、指先で表面を軽く叩いた。
「例えば、この屋敷で動いている設備。大聖堂もそうだし、移動装置や街の設備も同じだ。第一層じゃ当たり前のように魔力を使ってる」
「それは知っている」
「じゃあ、その魔力がどこから来てるか知ってるか?」
「……」
セレナスは答えられなかった。
考えたことすらなかった。
「最下層だよ」
「最下層?」
「あそこには、桁違いの量の魔力が存在してる。逆に、第一層の大気に含まれている魔力なんてほとんどない」
「そんなに差があるのか……」
「ある。上へ行けば行くほど少なくなる」
第一層が最も豊かな世界だと思っていた。
少なくとも、神徒の多くはそう考えている。
だが魔力という一点だけを見れば、真逆だった。
「第一層で使っている魔力の大半は、最下層から供給されてる」
「じゃあ……第三層以下を切り離したら」
「この場所は一変する」
ゼインは迷わず答えた。
「今まで当たり前に使えてた設備が止まる。維持できなくなる施設も出るだろう。どこまで影響が広がるかなんて、正直レインフォージ家でも分かっちゃいねえ」
「それを知っていて、ソヴリンスター家は切り離そうとしているのか?」
「あいつらは第一層そのものが消える危険より、機能を失う方を選ぶつもりなんだろう。それ自体は理屈として理解できる」
ゼインの声が少し強くなる。
「でも俺は違う」
机へ置かれた拳に力が入った。
「最下層を失えば第一層は今まで通りじゃいられない。それなのに、何が起こるかも分からねえまま切り捨てるなんて認められるか」
熱を帯びたその言葉を聞きながら、セレナスは黙っていた。
「俺は第三層の人間を救う英雄になりたいわけじゃねえ」
ゼインははっきりと言った。
「未来を見てるだけだ。この世界を今後も維持するなら、最下層は必要なんだよ」
「……そうか」
ようやく分かった。
ゼインが動いている理由。
単なるソヴリンスター家への反発ではない。
レインフォージ家として調べてきたものがあるからこそ、今回の決定を受け入れられないのだ。
「その話を聞いて、僕は余計に決意が固まったよ」
「そりゃよかった」
ゼインは少し笑う。
そして窓の向こうへ目を向けた。
「それに……」
「ん?」
「最下層がなくなっちまったら、俺たちの世界は本格的に閉じていくだけになる……」
最後の言葉だけ、小さかった。
「ゼイン?」
「ん?」
「今、何か言ったか?」
「いや。何でもねえ」
ゼインはすぐに話を切り替えた。
「それより、最初の話に戻ろう」
「最初?」
「お前、最下層へ行きたいんだろ?」
「ああ」
「なら送れる」
「……え?」
セレナスは聞き間違いかと思った。
「今、何て?」
「だから」
ゼインは口元を上げる。
「十歳じゃなくても、お前を最下層へ送る方法はある」
「本当か!?」
思わず立ち上がった。
一年以上。
ずっと探してきた答え。
転送魔法陣を調べても、大図書館を探しても見つからなかった方法を、ゼインは知っている。
「ああ」
「どうやるんだ?」
「そのためには、ちょっと一芝居打つ必要がある」
「芝居?」
「そうだ」
ゼインも席へ戻る。
「しかも、これからやろうとしてる宝珠要塞の話とも繋がってくる」
セレナスは再び腰を下ろした。
最下層へ行く方法。
第三層以下の切り離し。
そして、七日間の階級戦争。
今まで別々だった目的が、少しずつ一つへ繋がり始めていた。
「詳しく聞かせてくれ」
「もちろんだ」
二人は再び机を挟み。
夜が更けていくのも忘れながら、計画について話し込んでいった。