四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

60 / 60
フォースアウト

 第一層――ソヴリンスター大聖堂。

 その最深部に、ゼイン・S・レインフォージの姿があった。

 

 今日は一人ではない。

 隣にはレインフォージ家の長老が控えており、その手には一枚のスクロールが握られている。

 

 そして二人の正面には、純白の司祭服をまとったエルミラ・S・ソヴリンスターが座っていた。

 ソヴリンスター大聖堂は、同家が所有する宝珠要塞の有効圏内に建てられている。

 

 宝珠と同期した者だけが使用できる特殊な魔法――《フォースアウト》と《リターンブレイク》も、この場所であれば発動可能だった。

 

「エルミラ様」

 

 レインフォージ家の長老が一歩前へ出る。

 

「我が家で捕らえている罪人について、本日刑を執行したく参りました」

 

 スクロールを差し出す。

 

「《フォースアウト》及び《リターンブレイク》。二つの使用許可を頂きたい」

 

 エルミラは受け取ったスクロールを開き、記載された内容へ目を通した。

 

「リザーマ……」

 

 罪人の名を読み上げる。

 しばらく確認したあと、僅かに眉を動かした。

 

「刑の執行が、予定より随分と早いですね」

 

 ゼインが横から答える。

 

「第三層以下の切り離しが本格的に始まる前に片づけておきたいんだよ」

 

「なぜ急ぐ必要が?」

 

「切り離したあとも《フォースアウト》がまともに機能する保証なんてねえだろ? 最下層そのものが切り離されるんだからな」

 

 エルミラは何も言わず、もう一度スクロールへ目を落とした。

 

 《フォースアウト》。

 

 宝珠と同期したA階級以上の家だけに許された特殊魔法。

 対象者の魔法輪へ直接触れることで、その者を強制的に最下層へ転送する。

 さらに《リターンブレイク》を先に使用すれば、《リターン》そのものを一年間封じることができる。

 

 かつて重罪人を最下層へ追放する際には、この二つを組み合わせることがあった。

 

「……確かに」

 

 エルミラはスクロールを閉じる。

 

「第三層以下を切り離した後、この権限がどのような扱いになるかは分かりません」

 

「だろ?」

 

「そういうことでしたら、刑の執行を許可します」

 

 ゼインの口元が僅かに緩んだ。

 

「感謝する」

 

 そして入口へ向かって声を上げる。

 

「おい! リザーマ、入れ!」

 

 扉が開いた。

 

 兵士に連れられ、一人の男がゆっくりと部屋へ入ってくる。

 全身を古びた衣服で覆い、頭には深くフードを被っているため顔は見えない。

 男はゼインの前まで来ると、何も言わず膝をついた。

 

「こいつだ」

 

 ゼインがそう言って近づこうとした。

 

 だが。

 

「待ちなさい」

 

 エルミラの声が飛ぶ。

 ゼインの足が止まった。

 

「……何だ?」

 

「フードを取りなさい」

 

 部屋の空気が、一瞬で変わった。

 

「は?」

 

「罪人の顔を確認します」

 

「必要ねえだろ。記録も出したし、長老も立ち会ってる」

 

「本当にリザーマなのですか?」

 

 エルミラの赤い瞳が、フードの男へ向けられる。

 ゼインは肩をすくめた。

 

「どういう意味だよ、エルミラ。こいつが別人だって言いたいのか?」

 

「念のためです」

 

「……」

 

「フードを取りなさい」

 

 譲る気はないらしい。

 ゼインは小さく舌打ちすると、フードの男へ近づいた。

 

「分かったよ。面倒だな」

 

 手を伸ばす。

 フードへ指が掛かる。

 その瞬間だった。

 

「ゴボッ!」

 

 男の身体が大きく震えた。

 直後。

 口元から大量の血が噴き出し、白い床へ飛び散った。

 

「なっ!?」

 

 ゼインが咄嗟に身体を引く。

 男は激しく咳き込みながら、床へさらに血を吐いた。

 

「お、お前……!」

 

 エルミラの表情が変わった。

 先ほどまでの疑いではない。

 明確な怒りだ。

 

「……なんということを」

 

 真っ白な床へ広がる赤。

 大聖堂の最深部。

 神聖な場所として扱われているこの部屋で、決して歓迎される光景ではなかった。

 

「もうよい!」

 

 エルミラが声を荒らげる。

 

「え?」

 

「もはや誰でも構いません!」

 

 先ほどまで本人確認にこだわっていたことなど忘れたかのように、汚れた床を睨みつけている。

 

「神聖なこの場所を血で汚すなど……許されることではありません。直ちに排除しなさい!」

 

「……分かった」

 

 ゼインは男の前へしゃがみ込んだ。

 フードの奥から荒い呼吸が聞こえる。

 

「じゃあ、刑を執行する」

 

 まずは。

 

「《リターンブレイク》」

 

 ゼインの手が、男の腕に浮かぶ魔法輪へ触れた。

 宝珠と同期した権限が流れ込む。

 

 その瞬間。

 

 《リターン》を示す魔法輪から光が失われた。

 

 白かった輪が、墨を流し込んだように黒く染まっていく。

 完全に沈黙した。

 

 一年間。

 

 これで、この男は《リターン》を使用できない。

 

「続けるぞ」

 

 ゼインは一度手を離す。

 そして再び、男の魔法輪へ手を添えた。

 

「《フォースアウト》」

 

 今度は別の力が流れ込む。

 魔法輪が一瞬だけ強く光った。

 男の身体にも淡い光が広がっていく。

 

 そして。

 一瞬だった。

 

 フードを被った罪人の姿が、その場から完全に消えた。

 最下層へ。

 強制的に転送されたのだ。

 

「終了だ」

 

 ゼインが立ち上がる。

 エルミラは男が消えた場所ではなく、床へ残された血を見ていた。

 

「まったく……」

 

 不快そうに眉を寄せる。

 

「この場所を必ず清掃しておきなさい。染み一つ残すことは許しません」

 

「分かってるよ」

 

「それでは」

 

 エルミラはそれ以上、罪人について興味を示すこともなく部屋を後にした。

 長老も彼女を見送る。

 

 扉が閉じ。

 

 足音が完全に遠ざかったところで。

 

「…………ふぅ」

 

 ゼインは大きく息を吐いた。

 額には、僅かに汗が滲んでいる。

 

「あっぶねえ……」

 

 あと少し。

 

 フードを取られていたら。

 全てが終わっていた。

 

「セレナスだってバレるところだったぜ……」

 

 床に残された血を見ながら、ゼインは苦笑した。

 一年以上、最下層へ向かう方法を探し続けていた男。

 セレナス・B・フロストハート。

 

 彼は今。

 

 罪人《リザーマ》の名を借り。

 《リターン》を一年間封じられた状態で。

 ついに――最下層へと送られていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ドールマスターヒロシ(作者:我島甲太郎)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

人形使いは木製のマネキン人形を召喚して戦わせる職業だ。▼ゴーレムより脆く、精霊よりも火力がない木偶人形にも一つだけ利点があった。▼それはレベルを上げていけば、人間並みの知能を得られるということ。▼――なら、人工声帯とオナホ仕込んで嫁にするしかないよね。▼そんな性欲に脳を犯された猿どものせいで風評被害に塗れたとある人形使いの少年は、ある日に飛び降り自殺を図って…


総合評価:2547/評価:7.88/連載:125話/更新日時:2026年09月20日(日) 18:00 小説情報

駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~(作者:木乃実なぎ)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

▼ これは、英雄に憧れた少年が――いつか、誰かにとっての英雄になるまでの物語。▼ 生まれてから十七年。▼ 母と二人、森の奥で暮らしていた少年ルキウスは、物語に登場する英雄へ憧れ、ハンターになるため旅へ出る。▼ 胸が躍るような冒険を夢見て辿り着いた、自由交易都市エルドラン。▼ そこで彼は、この世界の常識を初めて知った。▼「え? 人間は千年前に滅んだ種族?」▼「…


総合評価:1931/評価:8.56/完結:77話/更新日時:2026年09月08日(火) 21:00 小説情報

未来の崩壊世界に転生したら、職業くじでハンターを引いたので旧文明を漁る(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

前世では二十一世紀日本の普通のサラリーマンだった相馬悠真。▼気がつけば、文明崩壊後の未来地球に転生していた。▼東京とニューヨークがゲートでつながり、世界中の空間と時間が壊れた世界。それでも悠真は、日本系コロニーの中で十五年間、案外平和に暮らしていた。▼だが十五歳になった年、職業くじで最悪の札を引く。▼《ハンター》。▼防壁の外へ出て、旧文明の廃墟から物資を回収…


総合評価:1967/評価:8.53/連載:17話/更新日時:2026年10月10日(土) 19:59 小説情報

若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる(作者:ですわお嬢様スキー)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

王国唯一の独立騎士にして、騎士の中の騎士と謳われた男、ラングリッド・ラントブルグ・フォン・エシュタール。▼ 七十年の生涯を祖国に捧げ、最後は王国へ迫る竜を討ち果たした彼は、確かにその人生を終えたはずだった。▼ だが次に目を覚ました時、ラングリッドは最盛期の肉体を取り戻し、見知らぬ世界に立っていた。▼ 彼を喚び出したのは、赤髪赤目の公爵令嬢レティシア。▼ 気位…


総合評価:2723/評価:8.68/連載:16話/更新日時:2026年08月14日(金) 10:37 小説情報

余命2年の強化幼女を甘やかしまくったら最凶パイロットになった ~オズとシンデレラ~(作者:富士伸太)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

俺、小津翔一は日本のごく平凡なサラリーマンだったはずなのだが、気付いたら宇宙生物と戦う巨大ロボに転生していた。▼そんな俺のコックピットに乗り込んできたのは戦闘知識以外はなんにもしらない、情緒も体もペラッペラのうすほそ幼女(遺伝子強化済)。▼地獄のような戦場に理由もわからずブチ込まれ、自分が不幸だということさえ理解できないこの子をほんの少しでも幸せにしようと思…


総合評価:3274/評価:8.78/連載:28話/更新日時:2026年10月15日(木) 21:02 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>