四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
最下層――神輪の祭壇。
久しぶりに訪れた祭壇へ腕を入れると、見慣れた文字が浮かび上がった。
――
経験値確認……
種族 一般
レベル8.1相当の経験値を習得しています。
この祭壇ではレベル6までしか上昇しません。
レベル7以降は極光神輪の祭壇での習得が必要です。
――
「やっぱり変わってないか……」
〇・〇の施設が出現してから一年以上。
何度確認しても、表示される数字は八・一相当のままだった。
俺自身は以前より間違いなく強くなっている。闘気を覚え、《闘気装》や《闘爆衝》を身につけ、魔力量も身体能力も増えている感覚がある。
それでも経験値だけは、まるで止まったように増えない。
「今まで戦ってきた魔物じゃ、もう経験値にならないのか?」
可能性としてはありそうだ。
俺より遥かに弱い魔物を何百、何千と倒したところで成長しないのなら、それほど不自然でもない。
とはいえ、考えたところでどうしようもなかった。
レベル七へ上がるために必要なのは《極光神輪の祭壇》。
フーチェやリリアナにも協力してもらい、この一年でかなりの区画を探したが、それらしい場所は未だに見つかっていない。
「ないものは仕方ない。できることをやってくか」
俺は祭壇を離れ、〇・〇へ向かった。
・・・
・・
・
この一年。
修行と並行して続けてきたのが、施設の修復作業だった。
もちろん、本気で直したいわけではない。
D-85から情報を集め、施設内部を自由に調査するために手伝っている。
その甲斐もあって、首から提げているIDカードには以前とは違う表示が浮かんでいた。
『LEVEL 2』
最初は《LEVEL 0 TEMPORARY AUTHORITY》だった。
一年間作業を続けるうちにレベル一を経て、今では二まで権限が上がっている。
「結構信用されたってことだよな」
実際、できることも増えた。
以前のD-85は、施設へ現地人が侵入すれば問答無用で《リターン》を強制発動させていた。
だが、一人で修理するより協力者を増やした方が効率がいいと俺が提案したことで、現在ではその判断を俺へ任せてもらえるようになっている。
おかげでハナやリリアナも、必要があれば施設内部へ入ることができる。
施設から排除するか。
協力者として滞在を許可するか。
少なくとも俺がいる間は、かなり自由に決められるようになっていた。
「ロフル。こちらの接続をお願いシマス」
「ああ。これだな?」
その日も、俺はモニタールームで修理作業を手伝っていた。
床を這う太い管を指定された場所へ繋ぎ、固定する。
『接続確認。正常デス』
「これで今日の分は――」
言いかけたところで。
壁のモニターが一枚だけ点灯した。
『侵入者を検知』
「またか?」
最下層の魔物が施設周辺へ入り込むことは時々ある。
しかし、映し出された姿を見て俺は手を止めた。
「……誰だ?」
人だ。
赤い長髪の……女性か?
身体つきは華奢な感じがする。年齢は俺と同じくらいに見えるが……。
身につけている衣服も、この辺りで暮らしている人間のものとは明らかに違った。
何より。
「赤い髪……神徒か?」
フーチェたち以外で見るのは初めてだった。
D-85もすぐに反応する。
『ロフル。至急、対象の確認をお願いシマス』
「どうした?」
『対象への強制《リターン》が実行できません』
「なに?」
モニターへ近づく。
『スキャン結果では、《リターン》に該当する第二魔法輪が破損状態にありマス』
「破損?」
そんな状態は初めて聞いた。
「魔法輪って壊れるのか?」
『通常では確認されない状態デス。イレギュラー対象と判定。至急、直接確認をお願いシマス』
赤髪の人物は、こちらの事情など知らず施設の奥へ向かって歩いている。
「わ、分かった。見てくる!」
俺は作業を中断し、モニタールームを飛び出した。
・・・
・・
・
《エンハンス》で速度を上げ、入口へ向かう。
ほどなくして、前方にモニターで見た男を発見した。
「いた!」
相手もこちらへ気づく。
俺は敵意がないことを示すため、片手を上げた。
「おーい! ちょっと待ってくれ! 誰だ、君は!」
だが。
返ってきたのは予想外の言葉だった。
「貴様……一般か?」
「ん?」
赤髪の人物は俺の紫色の髪と瞳を見た瞬間、表情を険しくした。
「一般が、神徒である僕へ気安く話しかけるな」
声は……男だ。
彼は俺の反応を待たず、《エンハンス》を発動した。
同時に腰から剣を引き抜く。
「凄そうな剣だ……!」
思わず剣の方へ目がいった。
今まで見たことがないほど綺麗な武器だった。
柄や鍔には細かな宝飾が施され、青みがかった刀身には魔力が流れている。
ただ装飾が豪華なだけではない。
エンハンスの魔力が使用者の腕から刀身へ流れ込み、内部を循環していた。
(あれ、まともに食らったらかなり切れそうだな)
敵意がある以上、確認のために受ける気にはならない。
男が踏み込んできた瞬間、俺は横へ身体をずらして剣を回避した。
「ちょっと待てって!」
「黙れ!」
もう一度斬り込んでくる。
なら、一度止める。
「《バインド》!」
魔法を放つ。
「なっ!?」
円盤が男の横を回り込み、そこから伸びた鎖が身体へ絡みついた。
男の表情が驚愕へ変わる。
「一般が……なぜ《バインド》を使える!?」
「そこ驚くのか?」
「それだけではない。《エンハンス》まで……!」
どうやら第三層の人間が二輪より先へ進めないことを知っているらしい。
ますます神徒で間違いなさそうだ。
「とりあえずさ。名前くらい教えてくれよ」
俺は自分を指差した。
「俺はロフル」
「無礼な一般と話すつもりはない」
「まだそこにこだわるのか……」
「身の程を知れ」
男の目つきが変わった。
「《下位掌握》!」
「な――ッ」
何かが身体へ入り込もうとする感覚があった。
だが。
それだけだった。
身体は普通に動く。
指先一本、支配されていない。
「……」
「……」
互いに数秒間黙る。
先に口を開いたのは、男だった。
「効かない……?」
「そうなんだよ」
「ありえない」
明らかに動揺している。
「一般に《下位掌握》が効かないなど、そんなことがあるはずが……」
「信じられないかもしれないけどさ」
俺は自分の右眼を指差した。
「俺の眼、赤いだろ?」
「……赤い?」
「ああ。色々あってこうなったんだけど、どうも扱い的には神徒と同じみたいなんだ。《下位掌握》も使えるし、神徒からの支配も受けない」
「……」
男は俺の右眼を凝視する。
そして周囲の施設を見る。
「信じられん……」
その声には警戒だけではなく、僅かな恐怖まで混じっていた。
「やはり最下層は危険だ。常識が通用しない……」
「危険なのは否定しないけど」
俺は苦笑する。
「でも、それなら今は対等ってことでいいだろ。見た目は一般だけどさ」
「……対等」
「だから、そろそろ名前くらい教えてくれよ。いきなり斬りかかられたけど、こっちはまだ名前も知らないんだぞ」
男はしばらく黙っていた。
俺を信用するべきか。
それとも敵として扱うべきか。
迷っているように見える。
やがて。
剣を僅かに下げた。
「僕は……」
一拍置き。
男は名乗った。
「セレナス。セレナス・B・フロストハートだ」
「セレナスか」
その名前を。
この時の俺はまだ何も知らなかった。
なぜ彼が最下層へ来たのか。
第一層で何が起きようとしているのか。
そして。
この出会いが、俺たちだけではなく四層すべてを巻き込む戦いへ繋がっていくことも。
こうして俺とセレナスは、座標〇・〇の施設で初めて出会った。