四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
セレナスは剣を下げたあとも、俺への警戒を完全には解いていなかった。
特に気になっているのは、俺の腕らしい。視線が何度も魔法輪へ向けられる。
「……ユニークリングか」
「ああ」
俺の魔法輪には、《制御》を示す特殊な紋様がある。
セレナスはそれをじっと見つめたあと、今度は俺の紫色の髪と赤く変化した右眼を順番に確認した。
(ユニークリングで、髪色は一般。それなのに右眼は赤く、《下位掌握》まで効かない……。だからここへ来たということか? 本当に神徒なのか?)
表情を見る限り、まだ頭の中で俺の存在をどう整理すればいいのか分からないようだ。
「そういえば、ユニークリングを持った神徒は最下層に落とされるんだったな」
「……知っているのか?」
「ここで何人か会ってるからな」
フーチェ、マグ、アミナ、リリアナ。今では当たり前のように一緒にいるが、全員が第一層から追放された神徒だ。
「でもセレナスの魔法輪は、見る限り普通だよな。なんで最下層に来たんだ?」
「それを貴様に話していても仕方がない」
「まだ貴様なのかよ……」
セレナスは俺のぼやきを無視した。
「それより確認したい。現在、第三層を束ねている者はいるのか?」
「第三層を束ねる奴?」
すぐに思い浮かぶ顔がある。
「一番近いのはハナだな」
「ハナ?」
「俺の妹。最近は《下層の王》なんて呼ばれてる」
「下層の王!?」
さっきまで冷静だったセレナスが、珍しく大きな声を出した。
「すでにそのような存在がいるのか……!」
「本人は恥ずかしがってるけどな」
「待て」
セレナスが俺を見る。
「今、妹と言ったか?」
「ああ」
「下層を束ねる者が……貴様の妹?」
「そうだけど」
セレナスはしばらく黙り、何かを考えたあとで額へ手を当てた。
「まったく……最下層へ降りてから驚かされてばかりだ」
「そんなに変か?」
「変に決まっている。一般でありながらユニークリングを持ち、複数の上位魔法を使い、《下位掌握》まで効かない男がいて、その妹が第三層を束ねている。これを普通だと思える方がおかしい」
「言われてみればそうかもしれないな」
「……自覚がないのか」
呆れられてしまった。
「ハナなら今は第三層にいると思う。必要なら呼んでこられるぞ」
「呼んでこられる?」
セレナスの表情が再び変わる。
「貴様、ここからすぐ第三層へ行けるのか?」
「ああ。《リターン》で――」
そこまで言ったところで、セレナスが片手を上げた。
「いや、いい。十分だ」
「何が?」
「お前が本当に第三層の王と繋がっているのなら、先に話しておくべきことがある」
呼び方がいつの間にか「貴様」から「お前」に変わっていた。少しは信用されたのかもしれない。
セレナスは剣を鞘へ収めると、真剣な表情で俺を見る。
「第三層と最下層に、危機が迫っている」
「危機?」
「ああ」
そこから聞かされた話は、俺が想像していたものより遥かに大きかった。
・・・
・・
・
第一層には、神徒の中でも明確な階級が存在する。
その頂点に位置するS階級の中でも、現在最も強い力を持っているのがソヴリンスター家らしい。
「エルミラ・S・ソヴリンスターは、第三層以下の切り離しを決定した」
「……切り離し?」
「第三層と最下層を、第一層と第二層から完全に分断する」
「ちょっと待ってくれ」
意味がすぐには理解できなかった。
「分断したらどうなる?」
「正確には分からない」
「分からない?」
「過去に実行された記録がないからな。ただ、一度切り離された層とは二度と行き来できなくなる。そして古い記録では……いずれ消滅するとされている」
「……は?」
思わず声が漏れた。
「第三層も?」
「ああ」
「最下層も?」
「……ああ」
「そこにいる人間も全部?」
セレナスは少しだけ間を置いた。
「その可能性が高い」
「ふざけるなよ……」
第三層には父さんがいる。ハナもサンクも、村のみんなもいる。
最下層にも岩剛斎やリリアナたちが暮らしている。それをまとめて切り捨てるというのか。
「何でそんな話になってるんだ?」
「人口だ」
「人口……?」
「第三層の人口が想定以上に増え続けている。世界がその過重に耐えられなくなれば、全層が崩壊する可能性がある。だから、その前に第三層以下を切り離す。それがソヴリンスター家の判断だ」
「人口が……」
そこまで聞いたところで、嫌な予感がした。
「ちょっと待て」
「どうした?」
「もしかして、それって……」
今度は俺が、この数年間に起きたことを話した。
十歳で《リターン》を習得したあとも第三層へ帰らず、ハナやサンクがいずれ落とされると分かっていたから、その前に最下層で生き残る方法を探したこと。
その後、自分の家族だけではなく洗礼の試練で送られてくる子供たちを助けるようになり、マグやフーチェたちと協力して、以前なら死んでいたはずの子供たちを大量に生還させたこと。
そしてその結果として人口調整が始まり、座標〇・〇に巨大施設が出現したことまで。
「施設では、デッドマンティスマシンを大量に作ってた。それを第三層へ送り込んで、人口を減らそうとしてたみたいだ」
「……」
「今は施設を停止させてある。施設に協力してるふりをして、修理を手伝いながら情報を集めてるところだ」
話し終えると、セレナスはしばらく何も言わなかった。やがて両手で頭を抱える。
「……つまり、今回の異常の始まりはお前だったということか」
「結果的には、そうなるな……」
セレナスはさらに深く頭を抱えた。
「いや、別に子供を助けたことを後悔してるわけじゃないぞ」
「分かっている」
「俺だって、人口が増えたから世界を壊しますなんて仕組みがあるとは思わなかったし」
「それも分かっている!」
少し強めに返された。
セレナスは大きく息を吐き、ようやく顔を上げる。
「お前のせいだと言いたいわけではない。ただ、これまで別々に起きていると思っていたことが、全て繋がっていたことに驚いているだけだ」
「俺も今驚いてるよ」
人口調整も、排除装置も、施設も、そして第一層が考えている切り離しも、すべて俺たちが想像していた以上に大きな仕組みの中で繋がっている。
「でもさ」
俺はセレナスを見る。
「だからって、第三層と最下層を丸ごと消すことはないだろ」
「僕もそう思う」
「今からでもやめさせられないのか?」
「話し合いでは、もう不可能だ。切り離しは正式な決定事項になった」
「くそ……」
拳を握る。
施設を止めて、ようやく第三層に少し時間ができたと思った。それなのに、今度は第一層から世界ごと切り捨てられようとしている。
「だから僕が来た」
「……え?」
セレナスの声が変わった。
「その決定を覆すために、僕は最下層へ降りた」
「どうやって?」
「それは長くなる。今重要なのはそこじゃない」
セレナスは俺を真っすぐ見る。
「第三層で兵を集める」
「兵?」
「ああ」
「何するつもりだ?」
「第一層へ攻め込む。そしてソヴリンスター家を没落させる」
「……なに?」
俺が聞き返しても、セレナスの表情は変わらない。
「現在のS階級からソヴリンスター家を引きずり下ろす。それが切り離しを止める方法だ」
「神徒と戦争するってことか?」
「必要ならそうなる」
思った以上に、とんでもない話になってきた。
「詳しい説明は、ここでする必要はない」
セレナスは続ける。
「まずはハナという第三層の王を呼んでくれ」
「王って呼ぶと本人嫌がるぞ」
「今はそんなことはどうでもいい」
「まあ、そうだな」
「他にも、この話を伝えるべき者がいるなら同席してもらいたい。戦うにしても戦わないにしても、第三層の者たち自身に状況を知ってもらう必要がある」
「分かった」
ハナ、村長、第三層の各地と連絡を取れる者、それに最下層側なら岩剛斎やリリアナにも伝えた方がいいだろう。
「ここで待っていてくれ」
「一人で?」
「D-85には俺から言っておく。勝手に排除されることはないはずだ」
「D-85?」
「施設を管理してるロボット」
「ロボット……」
「それも後で説明するよ」
セレナスがまた頭を抱えそうな顔をした。
「本当に、この場所は何なんだ……」
「俺も知りたい」
俺は苦笑しながら魔法輪へ手を伸ばした。
「とりあえず行ってくる。話を理解できる奴を何人か連れてくるよ」
「ああ。頼む」
セレナスをその場に残し、俺は魔法輪へ触れた。
「《リターン》」
光が身体を包む。
次に戻ってくる時、この施設で話し合うのは最下層の魔物への対処ではなく、第一層の神徒との戦争についてになる。
少し前まで考えたことすらなかった話だ。
俺の身体は光に包まれ、新たな危機を伝えるため第三層へと戻っていった。