四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

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それぞれの準備

 俺は一度第三層へ戻り、事情を簡単に説明してハナを連れてきた。

 再び〇・〇の施設へ入ると、待っていたセレナスがこちらへ視線を向ける。最初はハナの顔を見ていたのだが、すぐに視線が下へ移り、腕や脚の辺りで止まった。

 

「……お前もそうだが、一般はみなこれほど肉付きがいいのか?」

 

「ん?」

 

 俺は自分の腕を見てから、隣にいるハナを見た。

 

「いや、俺とハナが結構筋トレ頑張ってるだけだぞ。むしろセレナス、お前は鍛えなさすぎじゃないか?」

 

「筋トレ……?」

 

「筋肉を鍛えることだ!」

 

 聞き慣れない言葉だったらしく、セレナスが眉を寄せる。

 

「魔力の研鑽なら日々欠かさず行っている。だが、その筋トレとやらは聞いたこともない」

 

 改めて見ると、確かに細い。別に不健康というわけではないが、フーチェやリリアナと比べても筋肉が少ないように感じる。

 第一層では、そもそも身体を鍛えるという文化自体があまりないのかもしれない。

 

「どちらにしても不要だろう。《エンハンス》をまとえば身体能力など上昇する。わざわざ日常的に肉体へ負荷を掛ける必要がない」

 

「その考え方だと、エンハンスが使えない時に困るんだけどな」

 

「使えない状況など――」

 

「お兄ちゃん」

 

 横からハナが俺の服を引いた。

 何かと思って顔を向けると、かなり不満そうな表情をしている。

 

「何なの、この偉そうな人……」

 

「聞こえているぞ」

 

「聞こえるように言ったからね」

 

「ハナ、喧嘩するなって」

 

 出会って数分ですでに相性が悪そうだ。

 

「まあ話し方はこんな感じだけど、第三層を助けるためにわざわざ最下層まで来てくれたんだ。そこは大目に見てやってくれ」

 

「……お兄ちゃんがそう言うなら」

 

「僕は別に大目に見てもらう必要はないが」

 

「セレナスも一言多いって」

 

 このまま二人を話させていると本題へ入れそうにない。

 

「それよりセレナス。実は最下層には、ここ以外にも人が暮らしている場所がある」

 

「人が?」

 

「ああ。そこで話した方がいい。信用できる奴らも集める」

 

 セレナスはまた驚いたようだったが、さすがにもう何も言わなかった。最下層へ来てから驚くことが多すぎて、少し慣れてきたのかもしれない。

 俺たちは三人で施設を出ると、岩剛斎たちが暮らす道場へ向かった。

 

・・・

・・

・

 

 道場の一室に、大きな卓を囲む形で六人が集まった。

 俺、ハナ、岩剛斎、リリアナ、フーチェ、そしてセレナス。

 全員が揃ったところで話を始めようとしたのだが、セレナスだけはそれどころではなさそうだった。先ほどから、ある一人を凝視している。

 

「……まさか」

 

 その視線の先にはフーチェがいた。

 フーチェは普段とは違い、少し俯いている。

 

「生きて会うことになるとは思わなかったよ。フロストハート家の汚点、フーチェ・B・フロストハート」

 

「……お兄様。お久しぶりです」

 

「え?」

 

 俺は思わず二人を見比べた。

 

「兄妹なのか?」

 

「ロフルさんには言っていませんでしたね……」

 

 セレナスはフーチェから視線を外すと、今度はリリアナを見る。こちらを見た時も、同じように眉間へ皺が寄った。

 

「それに、リリアナ・A・モーンブレイズまでいるのか。まったく……ここは一体どうなっているんだ」

 

「その名前で呼ばないで頂戴」

 

 リリアナは明らかに機嫌を悪くした。

 

「私はもう家名なんて捨てたの。それに、それはこっちの台詞よ。ユニークリングでもない神徒様が、わざわざ第一層から最下層まで降りてくるなんて何を考えてるの?」

 

「事情がある」

 

「その偉そうな態度も相変わらずね。第一層にいた頃を思い出して腹が立ってきたわ」

 

「追放された者に言われる筋合いは――」

 

「はい、そこまで」

 

 俺は二人の間へ手を出した。

 

「喧嘩するために集まったんじゃない。昔何があったかは知らないけど、今日はもっと重要な話があるだろ」

 

「……そうね」

 

「分かっている」

 

 フーチェがセレナスの妹だったことも驚いたし、リリアナがモーンブレイズ家だったことも、改めて考えるとかなりややこしい。

 だが、今はそんな話を掘り下げている場合ではない。

 

「セレナス。本題に入ってくれ」

 

「ああ……」

 

 そう答えたものの、セレナスはまだ周囲を見回している。

 無理もない。第一層から追放されたはずの神徒が二人も生きているうえ、その横には紫色の髪をした第三層の人間がいて、さらに向かい側には緑色の髪と瞳を持つ岩剛斎が座っている。

 

「ちなみに、この老人は何層の人間なんだ?」

 

「ふぉっふぉ。説明すると長くなるぞ」

 

「……そうか」

 

 セレナスは額へ手を当てた。

 

「気になることが多すぎるな」

 

「その気持ちは分かる」

 

 セレナスは一度大きく息を吸い、ゆっくり吐いた。

 

「分かった。気になることは全て後回しにしよう。まずは今起きている状況を伝える」

 

 そこからセレナスは、第一層で決定された《切り離し》について説明した。

 第三層の人口増加と人口調整の停止。このままでは世界そのものが危険になると判断したソヴリンスター家が、第三層と最下層を切り離そうとしていること。

 

 そして、それを止めるために第一層へ攻め込み、ソヴリンスター家をS階級から引きずり下ろす計画まで。

 一通り話し終えると部屋は静かになり、全員がそれぞれ考え込んだ。

 

 最初に口を開いたのはハナだった。

 

「あと半年……なんだな?」

 

「ああ。天与の祭壇が停止する七日間まで、およそ半年だ」

 

「それなら、第三層で戦える人を集めることはできる」

 

 ハナは少し考える。

 

「今の各村との繋がりなら、事情を説明すれば志願する戦士はかなりいると思う。でも村の防衛を完全に空にするわけにはいかないから、連れていけるのは……多くても百人前後かな」

 

「百人か」

 

 セレナスは顎へ手を当てる。

 

「ソヴリンスター家を相手にするには少々心許ないが、戦力としては十分だ」

 

「でも問題があるよ」

 

 ハナはすぐに続けた。

 

「第三層から集める人たちは、《エンハンス》を使えない」

 

 半年間、機械の魔物と戦い続けてきたハナだからこそ、その差を理解している。

 鍛えた人間が十人集まっても、《エンハンス》をまとった一人に圧倒される可能性すらある。

 

「第一層の神徒と戦うなら、少なくとも参加する人全員が《エンハンス》を使えるようになる必要があると思う」

 

「そんな夢物語を語るな」

 

 セレナスが即座に否定した。

 

「第三層の人間が持てる魔法輪は二輪までだ。半年でどうこうできる話ではない」

 

「いや、できるぞ」

 

「……何?」

 

 俺が答えると、セレナスがこちらを見る。

 

「全員一度最下層へ連れてくればいい。経験を積んでる奴なら、《神輪の祭壇》で《エンハンス》を使えるところまでは比較的早く上げられるはずだ」

 

「待て。第三層の人間が三輪以上へ進めるというのか?」

 

「ああ。なんならセレナス、お前も六輪になれるかもしれないぞ」

 

 一瞬の沈黙のあと、セレナスが大声で笑った。

 

「あっはっは! 何を言い出すかと思えば。馬鹿なのか、お前は」

 

「なんでだよ」

 

「魔法輪は五輪までだ。それ以上など存在するわけが――」

 

 途中でセレナスの言葉が止まった。

 俺は無言で腕を見せ、フーチェも同じように魔法輪を浮かび上がらせる。さらにリリアナまで得意げに腕を差し出した。

 

「ほら」

 

 セレナスが固まっている。

 何度数えても結果は変わらない。

 

「六……?」

 

「お、リリアナも六輪になったんだな」

 

「そうよ!」

 

 リリアナは胸を張った。

 

「岩剛斎を連れていったら種族条件を満たせたの。ちょっと大変だったけどね」

 

「ふぉっふぉ。役に立てて何よりじゃ」

 

「……そんな馬鹿な」

 

 セレナスは三人の魔法輪を何度も見比べる。

 

「第一層では、どれだけ祈り続けても五輪より先へ進んだ者など一人もいない」

 

「だったら、なおさら使えるな」

 

「何がだ?」

 

「第一層に六輪がいないなら、こっちだけが持ってる力になる」

 

 戦力差を埋める手段としては大きい。

 

「六輪で使える《バースト》って魔法が、かなりやばい威力なんだよ。全員とは言わないけど、何人かでもそこまで行ければ戦い方が変わる」

 

 セレナスはしばらく黙っていたが、突然俺の方へ身を乗り出した。

 

「ロフル」

 

「ん?」

 

「僕をその祭壇へ連れていけ」

 

 初めて名前で呼ばれた。

 

「お。ようやく『貴様』でも『お前』でもなくなったな」

 

「そんなことはどうでもいい!」

 

「俺には結構大きいぞ」

 

「六輪になれるというなら、早く案内してくれ!」

 

「分かったって」

 

 俺は笑いながら頷いた。

 どちらにしても、これから第一層と戦う可能性があるなら、強くなれる者はできるだけ強くしておいた方がいい。

 

「お兄ちゃん」

 

 ハナが立ち上がった。

 

「ハナは一度第三層へ戻るよ。みんなに状況を伝えて、戦ってくれる人を募ってみる」

 

「ああ。頼む」

 

「ただ、百人も集まったとして、どうやって最下層まで連れてくる?」

 

 第三層と最下層を繋いでいる巨大な穴なら、ハナが落下しても耐えられるだろうし、俺も問題ない。

 だが、普通の人間が同じ高さから飛び降りれば死ぬ。

 

「あの穴を全員で飛び降りるわけにはいかないぞ」

 

「穴?」

 

 セレナスが反応した。

 

「施設の中に、最下層まで続く巨大な縦穴があるんだ。今まではそこから魔物が出てきてた」

 

「……なら、これを持っていけ」

 

 セレナスは懐から一本の鍵を取り出した。

 

「何これ?」

 

「マスターキーだ」

 

 ハナへ手渡す。

 

「ゼイン・S・レインフォージ……協力者から借りてきた。第二層と第三層を繋ぐ昇降機、それから第一層と第二層を繋ぐ昇降機を起動できる」

 

「でも穴に昇降機なんて見たことないよ?」

 

「周辺を調べてみろ。レインフォージ家の記録が正しければ、最下層と第三層の間にも同様の設備が存在する可能性が高い」

 

「それが使えれば……!」

 

「百人だろうが、何度かに分けて運べるはずだ」

 

 ハナは鍵を両手で持ち、強く頷いた。

 

「分かった。ありがとう、セレナス!」

 

「絶対に無くすなよ。それがなければ第一層まで攻め上がる計画そのものが破綻する」

 

「分かってる!」

 

 ハナは鍵を大切そうにしまうと、《リターン》の魔法輪へ触れた。

 

「じゃあ、お兄ちゃん。また連絡するね」

 

「ああ。無理はするなよ」

 

「お兄ちゃんもね。《リターン》」

 

 光に包まれ、ハナの姿が消える。

 

「なら、私は施設側から穴を調べてみるわ」

 

 続いてリリアナが立ち上がった。

 

「下から見れば、昇降機らしい設備が見つかるかもしれないもの」

 

「頼む」

 

「任せて」

 

 リリアナも部屋を出ていく。

 

「私はマグとアミナにも、今のことを伝えてきます」

 

 フーチェも立ち上がった。

 

「二人なら協力してくれると思います」

 

「ああ。フーチェも気をつけて」

 

「はい!」

 

 最後に岩剛斎が腰を上げる。

 

「では、わしはこの道場から戦いに参加できそうな者を募ってみるとしよう。最下層にも、守りたいものがある者は多いからの」

 

「助かるよ、岩剛斎」

 

「ふぉっふぉ。世界ごと消されては、道場も続けられんからな」

 

 冗談めかして笑いながら、岩剛斎も部屋を出ていった。

 さっきまで六人いた部屋に、俺とセレナスだけが残る。

 

 第三層ではハナが兵を集め、リリアナは昇降機を探し、フーチェは仲間へ情報を伝え、岩剛斎は最下層から戦力を集める。

 話し合いを始めた時にはまだ実感が薄かったが、今は全員がそれぞれの役目へ向かって動き始めていた。

 

「俺たちも行くか」

 

「ああ」

 

 セレナスが立ち上がった。

 

「その《神輪の祭壇》とやらへ案内してくれ」

 

「見たら驚くぞ」

 

「もう十分驚かされた。これ以上何が出てきても驚かない」

 

「それ、最下層じゃ言わない方がいいと思うけどな」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのうち分かる」

 

 俺たちも道場を後にした。

 目指すのは《神輪の祭壇》。

 半年後に迫る戦いへ向け、これまでほとんど交わることのなかった第三層、最下層、そして第一層の者たちが、それぞれの場所で動き始めていた。

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