四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
セレナスを連れ、俺たちは《神輪の祭壇》がある区画を目指していた。
施設からそれなりに距離があるため、魔物の反応を《サーチ》で確認しながら森を進んでいく。
セレナスも五輪まで魔法を習得しているだけあり、最下層を歩くこと自体にはそれほど苦労していなかった。魔物が近づけば早い段階で察知し、《エンハンス》を使って避けていく。
そんな道中、前から気になっていたことを思い出した。
「なあ、セレナス」
「何だ?」
「なんで神徒はユニークリングを排除するんだ?」
セレナスが怪訝そうに俺を見る。
「それはリリアナたちから聞いていないのか? 神徒なら十歳になるまでに教えられることだぞ」
「ユニークリングを持った神徒は最下層へ送られるってことなら聞いてる。でも、俺が知りたいのはそこじゃない」
「どういう意味だ?」
「なんでユニークリングだから追放されるんだってことだよ」
フーチェもマグもアミナも、ただ魔法輪が他の者とは違ったという理由だけで第一層から追い出された。
それが神徒の決まりだということは分かっているが、なぜそんな決まりが生まれたのかまでは聞いたことがなかった。
セレナスは少し考えたあと、当然のことを答えるように言った。
「理由などない。ユニークリングだから最下層へ落とされる。それが答えだ」
「なるほど」
「何がだ?」
「セレナスも、それ以上は知らないってことか」
そう言うと、セレナスの眉がぴくりと動いた。どうやら言い方が気に入らなかったらしい。
「知らないわけではない。ユニークリングはイレギュラーだからだ」
「イレギュラー?」
「ああ。通常とは異なる魔法輪を持って生まれた存在を、そのまま第一層に残しておく理由がない。万が一、そういった者同士が子を作ればどうなる?」
「子供?」
「その子までユニークリングを持つ可能性があるだろう。さらにその子が子を産めば、イレギュラーは増え続けるかもしれない。それを防ぐために排除する。それだけの話だ」
「……なるほどな」
正しいかどうかはともかく、セレナスがどういう考え方をしているのかは少しずつ分かってきた気がする。
本人に悪意があるというより、第一層ではそれが当たり前なのだろう。階級が違えば扱いも違い、ユニークリングなら排除される。一般や貴族を下に見ることにも、ほとんど疑問を持っていない。
第一層なんていうから、もっと贅沢で自由な生活をしている場所だと思っていた。
実際に設備や暮らしそのものは豊かなのかもしれないが、話を聞けば聞くほど居心地が良さそうには思えない。
「神徒って、かなり階級とか血筋を気にするんだな」
「当然だ。それぞれの家には役割があり、階級にも意味がある」
「俺だったら疲れそうだけどな」
「第一層で暮らしたこともないお前に言われたくはない」
「それもそうか」
俺は笑いながら歩き続ける。
ただ、セレナスの話にも気になる部分はあった。
「でも確かに、ユニークリング同士が子供を作ったらどうなるんだろうな」
「何?」
「子供もユニークリングになるのかなって」
俺の《制御》、フーチェの《炎上》、マグの《磁力》。それぞれ全く違う能力だ。
もし特殊な魔法輪を持つ者同士から子供が生まれた場合、片方を受け継ぐのか。それとも全く別のユニークリングになるのか。
「調べた記録とかないのか?」
「知らん」
「やっぱり知らないんじゃないか」
「……ロフル」
「怒るなって」
セレナスは露骨に不機嫌そうな顔をしたあと、前方へ目を戻した。
「そんなことはどうでもいい。それより、まだ着かないのか?」
「次の区画だよ。もう少し」
「最初に聞いた時も、もう少しと言っていなかったか?」
「最下層の距離感で言えばもう少しだ」
「その基準を先に言え」
そんなやり取りをしながら、俺たちは《神輪の祭壇》を目指して森の奥へ進んでいった。
・・・
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その頃、第一層――レインフォージ家。
「さて……セレナスが頑張ってる間に、俺も動かねえとな」
ゼイン・S・レインフォージは、自室の書斎で一人呟いた。
広い机の上には大量の資料が積み上げられており、その大半に書かれているのは、現在第一層で進められているある計画についてだった。
闘技場の増設、戦士の補充、捕虜の確保、そして新たな娯楽としての興行計画。
ゼインはその中から一枚を取り出し、進捗へ目を通す。
「第二闘技場……完成まであと少しか」
第一層には元々、捕らえた一般人などを戦わせるための闘技場が存在している。
そこへ新たに建設されているのが第二闘技場だった。一度に百人近い戦士を収容できるほどの規模を持ち、従来より多くの試合を組めるよう設計されている。
表向きの目的は、娯楽の拡張。
増え続けている一般人を捕らえ、闘技場で戦わせる。試合の中では当然死人も出るため、人口を僅かでも減らすことにも繋がる。
神徒の中には、その考えを合理的だと評価する者も少なくなかった。
エルミラは当初あまり乗り気ではなかったが、レオネルが計画へ賛同したことで、増設そのものは驚くほど順調に進んでいる。
「……ソヴリンスター全員が、切り離しに賛成ってわけでもなさそうだな」
レオネルが闘技場案を支持したのも、第三層以下を切り離す以外の方法を残したいからなのかもしれない。
もちろん、一般人を捕らえて戦わせること自体、ゼインにとって褒められた方法ではない。
だが、この第二闘技場には別の使い道があった。
ゼインはセレナスと出会うよりも前から、ソヴリンスター家をS階級から引きずり下ろす方法を考えていた。
その最大の問題が戦力だった。
レインフォージ家の人間だけでは動けないし、他家へ話を持ち掛ければ、どこから計画が漏れるかも分からない。
ならば、最初から第一層の家々に属していない者を集めればいい。
闘技場で生き残ってきた戦士たちを解放し、ソヴリンスター家の宝珠要塞を攻めるための戦力にする。
そのためにゼインは、娯楽の拡張という名目で闘技場そのものを大きくし、より多くの戦士が集められる環境を作ってきた。
「第三層から兵を連れてくる話に絡められそうだな」
セレナスが向こうで話をまとめられれば、戦力はさらに増える。
第二闘技場に連れてくるなどの名目で、スムーズに兵士を上層へ連れてこられるかもしれない。
ゼインは次の書類へ手を伸ばしたが、途中でその手を止める。
「……人口増加によって、世界が過重に耐えられなくなる、か」
ここ最近、ずっと頭から離れない疑問がある。
第三層の人口が急増したこと自体は事実だ。
洗礼の試練から戻る子供が増え、さらに以前は子供を最下層へ送りたくないという理由から、子を作ることそのものを避ける者も多かった。
しかし生還率が上昇したことで、その風潮まで変わり始めたという報告もある。
この数年だけを見れば、例年の数倍という勢いで子供が増えている地域もあった。
「それでも……何万、何十万って増えたわけじゃねえ」
第三層全体から見ても、増加数には限度がある。
たった数年で、どれだけ出生数が伸びたとしても、世界の構造そのものを壊すほど人口が膨れ上がったとは考えにくい。
「その程度で、この世界ってのは壊れるのか?」
レインフォージ家は代々、この世界について調査してきた。
各層の環境、魔力の流れ、施設の役割、残された古い記録。その中には人口と世界の安定性に関する記述も存在している。
だからこそ、ソヴリンスター家が全く根拠もなく動いているとは思わない。
それでも何かが引っ掛かる。
「それを言うなら、俺たちだって増えてるんだよな……」
第一層の神徒も、緩やかではあるが人口が増え続けている。
かつては毎年のように繰り返されていた七日間の階級戦争も、今ではほとんど起こらない。神徒同士が永久に命を失う機会は大幅に減り、さらに神徒の大半は洗礼の試練を受けない。
ユニークリングを持たない限り、十歳で最下層へ落とされることもないため、第三層と比較すれば神徒の人口は遥かに安定して増えている。
「なのに問題になるのは、第三層の人口だけ……」
ゼインは机に広げられた資料を睨む。
何かを見落としている。
人口が増えたから世界へ負荷が掛かった。その考え方そのものが間違っているわけではないのかもしれないが、今の説明だけではどうにも噛み合わない。
「俺たちは何か……勘違いしてるんじゃねえか?」
答えは出ない。
今の情報だけでは、どこが間違っているのかすら分からなかった。
だからといって、立ち止まっている時間もない。
「……まあ、今は進めるしかねえか」
ゼインは資料を閉じ、新たな書類を引き寄せた。
第二闘技場の完成、戦士の確保、ソヴリンスター家内部の動向。七日間が始まるまでに、できる限り多くの準備を整える必要がある。
「セレナスたちが第一層まで上がってきた時、なるべく怪しまれずに動けるようにしておかねえとな」
ゼインもまた自分の場所で動き始めていた。