四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
七日間戦争まで、残り五か月。
第二層――中央都市。
その中心部にある大会議室では、三人の男が机を囲んでいた。
目の前には第一層から届いた命令書が広げられているが、誰一人として嬉しそうな顔はしていない。
「闘技場関連の命令だ。次は第三層より一般を百名ほど第一層へ送れ……だそうだ」
一人が読み上げると、向かいに座っていた男が露骨に顔をしかめた。
「百名だと? 資材の次は人か。これでは、ほとんど我々貴族に丸投げではないか」
「第三層の人口が増えているのは確かだが、それでも百名となれば相当な人数だぞ。どうやって集めろというんだ」
「中規模の村を一つ指定して、住民をまとめて連れてくれば――」
「闘技場だぞ? 女子供まで連れていって何になる」
「それもそうだな……」
三人揃って頭を抱える。
第二層の貴族にとって、第一層の神徒から下される命令は基本的に絶対だった。
多少無茶な内容であっても拒否は難しく、最終的には実行するための方法を考えなければならない。
特に最近は闘技場関連の要求が急増していた。
建築資材。
食料。
設備。
そして今度は戦士として使う一般人まで用意しろという。
「最近の神徒は、我々を便利な運び屋か何かと勘違いしているのではないか?」
「思っていても口にするな。誰が聞いているか分からんぞ」
「分かっている。ここだから言っているんだ」
一人がため息をつきながら、椅子へ深く腰掛けた。
「とにかく、一度第三層へ使者を送るしかないだろう。こちらで勝手に百人を選ぶより、現地の人間に集めさせた方が早い」
「今回はどこへ送る?」
「サンヘイズ村だ」
「サンヘイズ?」
別の男が首を傾げた。
「比較的新しく正式認定された村だったな。なぜそこへ?」
「最近入ってきた情報によると、第三層のかなり広い範囲をまとめ上げている人物がいるらしい。その人物がサンヘイズ村を拠点にしている」
「一般人が第三層をまとめているのか?」
「正確には複数の村から頼られている、といったところらしいがな。百人規模で集めるなら、その者に動いてもらうのが一番早い」
三人はしばらく意見を交わしたあと、その案で進めることを決めた。
そして翌日、第三層へ向かう使者が選ばれることになった。
・・・
・・
・
「なんで僕が交渉役なんだ……」
第三層。
サンヘイズ村へ続く道を歩きながら、エルヴァンは何度目か分からないため息をついた。
その隣を歩く女性が、呆れたように彼を見る。
「優しいからじゃないですか?」
「ミレア先生、それは理由になっていないよ」
「十分な理由ですよ。一般の子供を盾として使う授業方針に反対している貴族なんて、そう多くありませんから」
エルヴァンと同じ学校で教師をしている女性――ミレアは、少し楽しそうに答えた。
「一般人との交渉なら、威圧的な人間よりエルヴァンさんの方が向いていると判断されたのでしょう」
「もし本当にそれが理由なら、君まで僕に巻き込まれたことになるな」
「本当ですよ。せっかくなら気分転換だと思うことにします」
「前向きだな……」
目的地まではまだ少し距離がある。
二人は護衛を連れながら、整備された道を歩いていった。
やがて遠くに家々が見え始める。
「あれがサンヘイズ村か」
「思っていたより大きいですね」
正式に村として認定されてからそれほど年月が経っていないと聞いていたが、外から見ただけでもかなり整備が進んでいる。
入口へ到着すると、すでに話を聞いていたのか、一人の老人が待っていた。
「おお、貴族様方。遠いところからありがとうございます」
村長は深く頭を下げる。
「どうぞこちらへ。お話を伺う場所を用意しております」
「ああ。世話になる」
二人は村長に案内され、村の中でも比較的新しく建てられた大きな建物へ入った。
室内は綺麗に掃除されており、客人を迎えるための机や椅子も用意されている。
そこでしばらく待っていると、扉が開いた。
「貴族の方々。お越しいただきありがとうございます」
入ってきた少女が、丁寧に頭を下げる。
年齢だけを見れば、まだ少女と呼んでも差し支えない。
しかし、エルヴァンの目は別のところへ釘付けになっていた。
「……すごい」
「え?」
「素晴らしい……」
ハナが困惑する。
エルヴァンは椅子から立ち上がると、その鍛えられた腕や肩回りを食い入るように見つめた。
「なんという筋肉だ。一体どうやってここまで鍛えたんだ?」
「え? えっと……毎日、筋トレをしています」
「筋トレ?」
「身体に負荷をかけて、筋肉を鍛えるんです」
「筋肉を……意図的に動かして鍛えるということか。なるほど……」
エルヴァンは真剣な顔で頷いている。
「腕だけではないな。脚もかなり発達している。日常的に全身を――」
「エルヴァンさん」
隣からミレアが咳払いをした。
「今日は筋肉を見に来たのではありませんよ」
「……おっと、すまない」
ようやく我に返り、エルヴァンは席へ戻った。
「失礼した。本題に入ろう」
持ってきた鞄を机の上へ置き、中から大量の紙を取り出す。
「まずはこれを見てほしい」
ハナと村長の前へ、一枚ずつ差し出した。
大きな文字で、こう書かれている。
『集え、強者たち!』
『己の力を第一層で競い合い、富と栄光を手に入れろ!』
その下には闘技場で戦う戦士の絵が描かれており、さらに目立つ文字で待遇まで記されていた。
『闘技場戦士となった者には、第一層での永住権を与える』
『勝利を重ねた者には、富と名声を約束する』
「これは……!」
隣から覗き込んでいた村長が目を見開いた。
「闘技場への招待ではありませんか!」
「知っているのか?」
ハナが尋ねると、村長は興奮した様子で何度も頷いた。
「もちろんですとも。いやはや、これは何百年ぶりでしょうか……」
「何百年?」
「私も生まれておらぬ頃の話ですが、昔、一度だけ今回と同じように大規模な募集があったと聞いております」
闘技場へ一般人が送られること自体は、今でも時々あるらしい。
欠員が出た時などに数人単位で補充されることはあるものの、第三層全体へ向けて大々的に戦士を募集するようなことは長らく行われていなかった。
「今回、第一層では闘技場を大きく拡張することになった」
エルヴァンが説明を引き継ぐ。
「そのため、新たに百名ほどの戦士を必要としている。もちろん、誰でも構わないという話ではない。できるだけ腕に自信のある者を集めてほしい」
村長は熱心に話を聞いている。
「これは滅多にない機会だ」
エルヴァンは少し身を乗り出した。
「確かに闘技場で戦う以上、危険はある。試合の中で命を落とす者もいるだろう。しかし、それは決して頻繁に起きることではない」
少なくとも、そう説明するように言われていた。
「戦士たちは闘技場の内部で生活し、そこで結婚する者もいる。子供を作り、そのまま次の世代まで第一層で暮らしている者も珍しくない。不自由のない生活が用意され、活躍すれば富も名声も得られる」
「第一層で……」
村長は完全に話へ引き込まれている。
「闘技場だけで戦士の補充が完結しているため、今回のように第三層から大規模に募集すること自体が珍しい。だからこそ、これは大きな機会だと思っている」
「なるほど……」
エルヴァンは懸命に説明を続けていた。
だが、ハナの耳には途中から半分ほどしか入っていなかった。
頭の中では、別のことを考えている。
(これって……)
セレナスから聞いていた計画。
第一層へ攻め上がるために、第三層から戦士を集める。
問題の一つは、その大人数をどうやって不自然に見られることなく上へ運ぶかだった。
(これが、セレナスが言っていたもう一つの方法なのか……?)
セレナスは《マスターキー》を所持している。
第二層と第三層。
第一層と第二層。
それぞれを繋ぐ昇降機を自由に使える鍵だ。
だが、それを使って百人もの人間が無断で上層へ向かえば、途中で発見される可能性が高い。
そもそもマスターキーによる移動は、本来なら最後の手段だった。
ところが闘技場の戦士として正式に募集されれば話が変わる。
第三層で百人を集めたとしても不自然ではない。
移動も貴族側が主導してくれる。
第二層を抜けて第一層へ向かったところで、誰からも侵入者とは思われない。
(これなら……そのまま上まで行ける)
タイミングが良すぎる。
偶然なのか。
それともセレナスやゼインが何か仕掛けているのか。
今のハナには分からなかったが、使わない手はなかった。
「ただし」
エルヴァンの声で、ハナは意識を戻した。
「いきなり百名全員を連れていくわけにはいかない」
「どういうことでしょうか?」
「まずは数名、腕を確認するために第一層へ来てもらいたい」
エルヴァンはハナを見る。
「いくら百人集めても、現在闘技場にいる戦士たちより遥かに弱ければ話にならない。先に何人かを確認し、十分に戦えると判断できれば本格的な募集へ移る予定だ」
「なるほど……」
「あわよくば、君にも来てもらいたいところだが」
エルヴァンの視線が、またハナの腕へ向かう。
「その身体なら相当――」
「エルヴァン!」
ミレアがすぐに遮った。
「この方は女性ですよ」
「女性でも強ければ問題ないだろう?」
「そういう問題ではありません」
横で二人が言い合っているのを見ながら、ハナは少し考えた。
「申し訳ありませんが、私は第三層をまとめる役目がありますので、長期間ここを離れることはできません」
「そうか……残念だ」
「ですが、適任の者には心当たりがあります」
ハナは静かに微笑んだ。
「今日は長い道のりでお疲れでしょう。よろしければ、この村でゆっくり休んでいってください。数日のうちに、その者をこちらへ連れてまいります」
「本当か?」
「はい。少なくとも、強さについては問題ないと思います」
エルヴァンの表情が明るくなる。
「それなら助かる。こちらとしても、まず候補者を確認できれば話を進めやすい」
「分かりました」
ハナは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「それでは、失礼いたします」
部屋を出ると、そのまま廊下を進んでいく。
顔には出さなかった。
だが、頭の中ではすでに次の動きを考えていた。
第一層まで、正面から堂々と入れる道が現れた。
しかも向こうから、百人の戦士を連れてこいと言っている。
セレナスが知れば、間違いなくこの機会を利用しようとするだろう。
(さて……誰を貴族たちの前へ連れていくか……)
ハナは急いで最下層の道場へと向かう。