四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
第一層へ向かう準備を進めながら、俺には一つ確認しておきたいことがあった。
「なあ、セレナス」
「何だ?」
「《極光神輪の祭壇》について、何かあてはあるのか?」
第一層へ行けば何か情報が見つかるかもしれない。そう思っていたが、何の手掛かりもなく探し始めるとなれば相当な時間がかかる。
七日間戦争まで、残りは五か月しかない。
ところがセレナスは、思ったよりあっさりと頷いた。
「ある」
「あるのか!?」
「正確には、十中八九そこだろうと思っている場所がある」
「まじかよ!?」
思わず大きな声が出た。
一年以上、フーチェやリリアナと最下層を探し回っても見つけられなかったものだ。それが第一層へ行く前から候補まで絞れているとは思わなかった。
「どこなんだ?」
「《極光神輪の神殿》だ」
「……そのまんまじゃないか」
「僕らフロストハート家が代々管理している神殿だ。石板の記録を残すことが家の役目だという話はしただろう?」
「ああ」
「その神殿の奥に、現在は使われていない祭壇が一つある。昔から何のために存在しているのか分からないものとして扱われていたが……」
セレナスが俺を見る。
「お前たちが使っていた《神輪の祭壇》を見て、すぐに思い出した。形状がよく似ている」
「それ、絶対そこだろ……」
「僕もそう思っている」
思わず顔が緩む。
ようやく七輪へ進めるかもしれない。
八・一相当まで経験値が溜まっている以上、祭壇さえ使えれば一気に魔法輪を増やせる可能性もある。
「じゃあ第一層へ着いたら、すぐ行こうぜ」
「そんな簡単に入れる場所ではない」
「……やっぱり?」
セレナスの表情を見るだけで分かった。
「《極光神輪の神殿》はフロストハート家が常時警備している。家の者なら誰でも入れるわけでもなく、内部へ立ち入れる人間は決められているんだ」
「また一筋縄じゃいかないのな……」
「だからゼインに協力を頼む」
「ゼインに?」
「あいつはS階級だ。フロストハート家はB階級だから、長老たちもSから正式に命令されれば拒否しにくい。理由さえ作れれば中へ入ること自体は難しくないはずだ」
「階級社会も、使いようによっては便利なんだな」
「お前が言うと皮肉に聞こえるぞ」
そんなつもりはなかったのだが、これまで神徒の話を聞いてきたせいかもしれない。
俺は歩きながら、隣のセレナスを見る。
「でもさ、考えてみたら凄いよな」
「何がだ?」
「セレナスがいなかったら、俺たち第三層の人間は何も知らないまま全員死んでたかもしれないんだろ?」
「……」
「切り離しのことも知らなかったし、第一層に攻め込む方法だって分からなかった。本当にありがとうな」
素直に礼を言っただけなのだが、セレナスは露骨に顔をしかめた。
「突然何を言い出すんだ。気持ちが悪い」
「ひどくないか!?」
「普段のお前が軽すぎるんだ。急に真面目になるな」
「礼くらい言わせろよ……」
少しくらい照れるかと思ったが、どうやらそういう性格ではないらしい。
セレナスはすぐに話題を変えた。
「それより移動の話をするぞ」
「ああ。そういえば昇降機ってどこにあるんだ?」
「第三層側はクレンズ村だ。そこから第二層へ上がれる」
「クレンズ村……」
名前には聞き覚えがある。
「村って呼ぶには結構大きいところだよな。俺は行ったことないけど」
「ああ。第三層では比較的大きな集落だ。僕が神徒であることを示してマスターキーを使えば、そこで止められることはまずない」
「じゃあ問題ないな」
「問題はその先だ」
セレナスの声が少し低くなる。
「第二層の中央都市には、第一層へ続く昇降機がある。しかし、第二層では神徒の動向も記録される。たとえ僕であっても、いつ、どこから来て、誰を連れているかという情報は第一層へ上がると思っておいた方がいい」
「まじかよ。じゃあ俺と一緒にいるのがバレたら終わりじゃないか?」
「だから二人だけにした」
セレナスはそう言って懐を軽く叩く。
中にはマスターキーが入っている。
「中央都市には通常の大型昇降機とは別に、少人数用の小型昇降機も存在する。大勢なら目立つが、二人程度なら隙を見て使える可能性が高い」
「なるほどな」
父さんたちとは別に動く理由が、ここでも効いてくる。
俺たちは必要最低限の荷物だけを持ち、第三層へ移動した。
・・・
・・
・
クレンズ村へ到着したのは、それからしばらく後だった。
話に聞いていた通り、サンヘイズ村とは比較にならないほど大きい。
家々が広範囲に並び、道もかなり整備されている。村というより、小さな町と言われた方がしっくりくるくらいだった。
中央付近にある大きな建物へ向かうと、セレナスが村の長老へ話をつけた。
「第一層へ戻るため、昇降機を使用する」
「神徒様が……でございますか?」
年老いた長老は、一瞬だけ俺へ視線を向けた。
紫色の髪をした一般人を連れた神徒が、突然昇降機を使わせろと言ってきたのだから、怪しまれるのも当然だろう。
「失礼ながら、何か証明できるものは……」
「これでいいか?」
セレナスがマスターキーを取り出す。
それを見た瞬間、長老の顔色が変わった。
「こ、これは……!」
「確認できたか?」
「もちろんでございます。大変失礼いたしました。すぐにご案内いたします」
マスターキーの効果は絶大だった。
それ以上詳しい事情を聞かれることもなく、俺たちは村の奥にある昇降機へ案内された。
金属で作られた大きな扉の横には、小さな鍵穴がある。
セレナスがそこへマスターキーを差し込むと、重い音を立てながら扉が開いた。
「これで第二層か」
「ああ」
中へ入り、昇降機が動き始める。
身体が僅かに浮くような感覚とともに、床がゆっくり上昇していく。
第三層より上へ向かうのは、これが初めてだった。
「どんなところなんだろうな」
「第二層か?」
「ああ」
「第三層より建物は立派だ。それだけだ」
「夢がないな」
「観光へ行くわけではないからな」
そのまましばらく上昇を続け、やがて昇降機の速度が落ち始めた。
小さな衝撃のあと、完全に停止する。
「着いたぞ」
セレナスが先に扉へ向かう。
俺もその後ろについて外へ出ようとした。
だが、扉が開いた瞬間だった。
セレナスの足が止まる。
「……なぜだ」
「どうした?」
その横から外を覗き込み、俺もすぐに異変へ気づいた。
一人の男が立っていた。
でかい。
俺より頭一つ以上高く、身体全体を黒と白を基調とした鎧で包んでいる。顔もフルフェイスの兜に覆われており、表情は全く見えない。
兜の隙間から覗いているのは、鮮やかな赤い髪。
そして背中には、剣というより巨大な鉈と呼んだ方が近い武器を背負っていた。
「セレスティアンブレードが……なぜここに……」
隣でセレナスが呟く。
声に明らかな緊張が混じっていた。
「お、おい。誰だよ、それ」
「声を抑えろ」
セレナスは前を向いたまま、小声で答える。
「ソヴリンスター家に仕える最強の四戦士。その一人だ」
「最強の四戦士?」
「ああ。間違っても今は戦おうとするな」
それほどなのかと思い、改めて男を見る。
「七日間戦争が事実上行われなくなった理由の一つが、彼ら《セレスティアンブレード》だ。過去にソヴリンスター家へ挑んだ者の多くが、あの四人に阻まれている」
「……なるほど」
説明されるまでもなく、何となく分かる。
男の身体から漏れ出している魔力が大きすぎる。
魔法を発動している様子すらないのに、近くにいるだけで空気が重く感じられた。
俺はこれまで、第一層の神徒は五輪までしか持っていないと聞いて、正直どこかで甘く見ていた。
六輪の《バースト》がある。
闘気も使える。
《制御》によって魔法も細かく操れる。
五輪までの相手なら、どうにでもなるのではないか。
そんな考えがなかったと言えば嘘になる。
だが、目の前の男を見た瞬間、その認識は捨てた方がいいと思った。
魔法輪の数だけで強さが決まるわけではない。
少なくとも、そう思わせるだけの圧があった。
男がこちらへ兜を向ける。
「なぜフロストハート家の神徒が、ここにいる?」
当然の疑問だった。
セレナスは第一層から最下層へ追放されたことになっているわけではない。だが、本来なら第一層にいるはずの人間が、第三層側の昇降機から一般人を連れて現れれば怪しまれる。
セレナスは僅かに間を置いたものの、すぐに表情を整えた。
「……聞いておられないのですか?」
「何をだ」
「闘技場へ送る戦士を選ぶため、第三層から数名を先に試すという話です。僕もその手伝いをしていました」
「闘技場……」
男はしばらく黙り込んだ。
兜で表情が見えないせいか、何を考えているのか全く分からない。
やがて思い出したように頷く。
「ああ。聞いていたな。先に何人かの力を確認する、と」
「はい」
セレナスは迷わず俺を指差した。
「その一般が、候補の一人です」
「俺?」
聞いてないぞ。
そう言おうとした、その瞬間だった。
男の身体が消えたように見えた。
「――っ!」
次に見えた時には、巨大な鉈が俺の頭上へ振り下ろされていた。
考えるより先に身体が動く。
後ろへ思い切り跳び、刃が鼻先をかすめた。
直後、床へ鉈が叩きつけられる。
鈍い音とともに硬い床へ亀裂が走った。
「なっ……!」
あと少し反応が遅れていたら、頭から真っ二つにされていた。
「何すんだよ!」
男は答えず、鉈を肩へ担ぎ直した。
「上まで行く必要はない」
「は?」
「オレが、今ここで試してやる」
「おいおいおい……」
どうするんだ。
戦うなと言ったのはセレナス自身だろう。
俺は助けを求めるように横を見る。
セレナスも一瞬だけ固まっていたが、すぐに何かを決めたらしい。
「……分かりました」
「おい!?」
「ただし、ここは昇降機の出入口です。設備を壊すわけにもいかないでしょう」
セレナスは少し離れた場所へ視線を向けた。
建物の外に、石畳で作られた広い空間が見える。
「あちらで行いましょう」
「ふふ……いいぜ」
男は巨大な鉈を持ったまま、何事もなかったかのように歩き出した。
「ちょっと待て、セレナス」
俺は慌てて後を追い、小声で問いかける。
「お前さっき、絶対戦うなって言ったよな?」
「ああ」
「じゃあ何で戦うことになってるんだよ!」
「断れば、それこそ怪しまれる」
「それは分かるけど!」
セレナスはこちらを見ようともせず、開けた場所へ向かって歩いていく。
「ロフル」
「何だよ」
「絶対に六輪を見せるな。できればエンハンスもだ」
「……」
「それと、可能なら勝つな」
「注文多すぎないか!?」
目の前を歩く大男の背中を見る。
勝つなと言われても、手加減できる相手にはとても見えない。
第一層へ入る前。
俺は早くも、ソヴリンスター家最強の戦士の一人と戦うことになってしまった。