四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
その頃、第三層――サンヘイズ村郊外。
第一層の闘技場へ向かう戦士を募集するという話を各地の村へ伝えてから、すでに数日が経っていた。
参加を希望する者には指定した日にサンヘイズ村の郊外へ集まるよう呼びかけていたのだが、その結果はハナたちの予想を大きく上回るものとなった。
「ハナ……どうするの、これ」
隣に立つリリアナが、呆然とした様子で尋ねる。
「私に聞くな……」
ハナも同じような顔をしていた。
近くにいる村長や司祭たちも、目の前の光景に驚きを隠せていない。
広場として使っている草原を埋め尽くすように、大勢の人々が集まっていた。
若い男だけではない。
女性もいれば、年齢を重ねた者もいる。武器を持つ者、革鎧を身につけている者、普段着のままやって来た者まで様々だった。
ざっと見ただけでも三百人を超えている。
「私の予想では、百人を割ってしまうくらいだと思っていたのだが……」
ハナは改めて集まった者たちを見渡した。
応募した理由も一つではない。
闘技場で活躍し、第一層で豊かな生活を手に入れたい者。
第三層が切り離されるという話を聞き、自分たちの故郷を守るために戦おうとする者。
家族のため、村のため、あるいは自分自身の未来のため。
考えていることはそれぞれ違うだろう。
それでも、これだけ多くの人間が自ら戦おうと集まってくれたことは素直に嬉しかった。
「ここまで来てくれるとは思わなかったな」
「喜んでる場合じゃないわよ。連れていけるのは百人でしょ?」
「ああ。全員というわけにはいかない」
第一層側から要求されている人数は約百名。
それ以上連れていけば、せっかく用意された闘技場への潜入経路そのものを怪しまれる可能性がある。
ハナは少し考えたあと、大勢の応募者たちの前へ進み出た。
「皆、集まってくれてありがとう!」
大きく声を張ると、ざわついていた人々が少しずつ静かになっていく。
「第三層のために戦おうと思ってくれる人が、ここまで集まってくれたことを嬉しく思う!」
ハナは一度周囲を見渡してから続けた。
「だが、最初に第一層へ連れていけるのは百名だけだ。そこで急ではあるが、ここで選抜試験をさせてもらう!」
その言葉に、集まった者たちの間でざわめきが広がった。
後ろからリリアナが小声で話しかけてくる。
「試験って……何も考えてなかったじゃない」
「仕方ないだろ。三百人も来るなんて思っていなかったんだから」
「それで、どうするの?」
「まずは魔力と闘気の量を見る。第一層へ行く前に全員《エンハンス》を習得させるつもりだが、元々の力が高い方が短期間で伸ばしやすい」
ハナは少し考え、リリアナを見る。
「私が闘気を見て、リリアナが魔力を確認しよう。まずは五段階で評価して人数を絞る」
「急ごしらえだけど、それしかないわね」
こうして、その場で即席の選抜試験が始まることになった。
・・・
・・
・
応募者には一列に並んでもらい、一人ずつハナとリリアナの前へ進んでもらった。
リリアナが魔力を確認し、ハナは身体に宿る闘気の反応を見る。
どちらも五段階で評価し、その後に体格や戦闘経験なども簡単に確認していく。
「次!」
「はい!」
槍を背負った若い男が前へ出た。
リリアナがしばらく男を観察したあと、紙へ数字を書き込む。
「魔力は二ね」
「闘気は……一か」
ハナも確認する。
「戦闘経験は?」
「村の周辺に出た魔物を何度か倒したことがあります!」
「分かった」
二人は少し相談したあと、ハナが男を見る。
「すまない。今回は不合格だ」
「……そうですか」
「戦えないという意味ではない。今回は百人しか選べないから、どうしても今の時点で力の高い者を優先することになる」
男は悔しそうに拳を握ったものの、すぐに頭を下げた。
「分かりました。村に残って、こっちは守ります」
「ああ。それも大事な役目だ。頼む」
次の者が前へ出る。
今度は大柄な女性だった。
「魔力は三」
「闘気も三だな」
「剣なら十年以上使ってるよ」
「それなら合格候補に入れておこう」
「よし!」
女性が嬉しそうに拳を握り、次の者へ交代する。
試験はそのまま何時間も続いた。
途中には、かなり力のある者もいた。
逆に、気持ちは十分でも現在の実力では第一層へ連れていくのが難しい者もいる。
「魔力は一ね」
「闘気は……ほとんど感じないな」
目の前には、まだ若い男性が立っていた。
本人も結果が分かったのか、不安そうな顔をしている。
「俺、駄目でしょうか」
「残念だが、今回は不合格だ」
ハナが答えると、男は肩を落とした。
「ただ、これから鍛えれば次は分からない。今回で全てが終わるわけじゃないからな」
「……はい。もっと鍛えてきます」
そう言って去っていく背中を見送りながら、ハナは小さく息を吐いた。
集まってくれた全員を連れていければ一番いい。
だが、戦争になるかもしれない場所へ向かう以上、気持ちだけで選ぶこともできなかった。
さらに試験を続け、ようやく長かった列の最後が見えてくる。
「よし。これで終わりだな!」
ハナが大きく伸びをした。
三百人を超える相手を一人ずつ確認したのだから、さすがに疲れる。
リリアナも椅子の背もたれへ身体を預けた。
「思った以上に時間かかったわね……」
その時だった。
「あ、あの……」
小さな声が聞こえた。
「ん?」
「ボクが、まだです」
二人が声の方を見る。
少し離れた場所に、一人の少女が立っていた。
年齢はハナとそれほど変わらないように見える。
髪は他の第三層の人間と同じ紫色だが、かなり淡い。長めの前髪が目元まで垂れており、どこかおとなしい印象を受ける。
「す、すまない! 見落としていた!」
ハナは慌てて姿勢を正した。
「名前は?」
「カナデです」
「カナデか。来てくれてありがとう。すぐ確認するから、こっちへ来てくれ」
「はい」
カナデが二人の前へ立つ。
ハナとリリアナはいつもと同じように、それぞれの力を確認しようとした。
だが、すぐに二人とも表情を変えた。
「……ん?」
「え?」
ハナとリリアナが顔を見合わせる。
もう一度確認する。
それでも結果は変わらなかった。
「えっと……カナデ」
ハナが言いにくそうに口を開いた。
「すまないが……」
「い、いえっ!」
カナデが慌てて両手を振る。
「分かってます! ボクに魔力がないことは!」
「ああ……魔力もなんだが」
ハナは少し困惑しながら続ける。
「闘気も全くないんだ。少ないとか、まだ目覚めていないとかじゃない。本当に何の反応もない」
「私もこんなの初めて見たわ」
リリアナも目を丸くしていた。
「魔力が完全にゼロ。普通なら僅かくらいは感じるものなのに……」
カナデは特に驚いた様子もなく頷いた。
「ボクたちの一族は、皆そうなんです。魔力も闘気も持っていません」
「皆?」
「はい」
「どこの村の出身なんだ?」
「《原初の村》というところです」
聞いたことのない名前だった。
ハナはこれまで第三層の多くの村と連絡を取り合ってきたが、その名前には覚えがない。
「そんな村があったか?」
「地上にはありませんから」
「……地上にない?」
ハナだけでなく、リリアナまで身を乗り出す。
「はい。ボクたちは地下空間で暮らしています。居住場所も畑も水場も、ほとんど地下だけで完結しているので、外へ出てくる人は滅多にいません」
「第三層の地下に、そんな場所が……」
「ちょっと待って」
リリアナがハナの肩を叩く。
「完全に話が脱線してるわよ」
「あ……そうだった」
あまりにも気になる話だったので、試験中であることを忘れかけていた。
詳しいことは後で聞けばいい。
「カナデ。申し訳ないが、どちらにしても今のままでは力不足だ。今回は戦いに行く人間を選んでいるから、魔力も闘気もないとなると……」
「待ってください!」
カナデが声を上げた。
「確かにボク自身は弱いです。でも、その代わりにこれを使えます」
「これ?」
カナデは背負っていた鞄を下ろし、中から何かを取り出した。
ずしり。
机の上へ置かれたそれを見て、ハナとリリアナは揃って首を傾げた。
金属で作られている。
片手で持てる程度の大きさだが、剣でも槍でも弓でもない。
太い筒のような部分が前へ伸び、中央には回転しそうな円筒状の部品が取りつけられていた。
二人には、それが何なのか全く分からない。
だが、もしこの場にロフルがいたなら。
おそらく一目見ただけで、こう叫んでいただろう。
――銃!?
しかも、リボルバーじゃないか!
「いや……これは一体何なんだ?」
ハナが不思議そうに手を伸ばす。
「あっ! 触っちゃ――」
カナデが止めるより先に、ハナの指が金属部分へ触れた。
「ぐっ!?」
瞬間的に異変を感じ、ハナはすぐに手を離した。
「ハナ!?」
リリアナが椅子から立ち上がる。
「大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ。でも……何だ、これ」
ハナは触れた手を見つめる。
「力が吸われた」
「吸われた?」
「魔力も闘気もだ。触った一瞬だけなのに、両方とも結構な勢いで持っていかれた」
「そうなんです」
カナデは申し訳なさそうに武器を持ち上げた。
「これは周囲のエネルギーを常に吸収し続ける性質があります。特に、直接触れた人からはかなり強く吸い取ってしまうんです」
「そんな物をずっと持っていて平気なの?」
「はい!」
カナデが胸を張る。
「ボクたちには、そもそも魔力も闘気もありませんから!」
「……なるほど」
リリアナが武器とカナデを交互に見る。
「あなたたち以外が使えば、呪いの装備として封印されていたでしょうね」
「実際、他の村の人には触らせるなと教えられています」
「それで」
ハナはまだ警戒しながら武器を見る。
「それはどうやって使うんだ?」
「こうです」
カナデが武器を持ち上げる。
そして、何の迷いもなく銃口をハナへ向けた。
「え?」
「ちょっと――」
バンッ!
乾いた破裂音が響いた。
「おい! 急に撃つな!」
反射的に身構えたハナへ、光の球が一直線に飛んでいく。
避けようとした時にはすでに遅く、光球はハナの胸元へ触れ、そのまま身体の中へ吸収されるように消えた。
「……ん?」
ハナの全身が淡く光る。
先ほど武器に吸い取られた感覚が、今度は逆向きに流れ込んでくる。
「これ……!」
「どうしたの?」
「減ってた魔力と闘気が戻ってくる」
ハナは何度か拳を握り、身体の状態を確認する。
「いや、それどころか……さっき吸われた分がほとんどそのまま返ってきてるぞ」
カナデが嬉しそうに頷いた。
「そうなんです。この武器は吸収した魔力や闘気を蓄えて、必要な相手へ還元することができます」
ハナとリリアナが顔を見合わせる。
戦闘能力だけなら、カナデは今回集まった者たちの中でも下位どころではない。
魔力もない。
闘気もない。
直接戦えば、ほとんど何もできないだろう。
しかし、戦場で失った力を他人へ戻せるとなれば話は全く違う。
「すごいな……」
ハナは改めてカナデの持つ武器を見る。
「これは使えるかもしれない」
「そうね。前線で戦わせるわけにはいかないけど、後方にいれば相当役に立つと思う」
リリアナも頷く。
特に《エンハンス》を覚えたばかりの第三層の戦士たちは、魔力の扱いに慣れていない。
長時間戦えば、魔力を使い切る者も多く出るだろう。
そこへ力を補充できる者が一人いるだけでも、戦える時間は大きく変わる。
「じゃ、じゃあ……!」
カナデが期待するように二人を見る。
ハナは笑って頷いた。
「ああ。カナデ」
「はい!」
「君も合格だ」
「……っ!」
一瞬ぽかんとしたあと、カナデの顔が一気に明るくなった。
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げるカナデを見ながら、ハナはもう一度、不思議な武器へ目を向ける。
三百人を超える応募者。
その最後に現れたのは、魔力も闘気も一切持たない少女だった。
だが彼女が持つ力は、この先の戦いで誰にも代わることのできないものになるかもしれなかった。